34 制御と理性
「魔王様と勇者ですが、二人は今精神世界で大喧嘩中です」
私に脛を蹴られて蹲ったところを襲われたラスボスは、白い頬に複数のひっかき傷を作り半泣きになりながらそう言った。
セバスチャンの推理はほぼ当たっているが、まだ崩壊はしておらず、二人はまだ精神世界にいるらしい。しかしそれも時間の問題のようだ。
奴は今、私の手の届かない場所、天井の隅に蜘蛛の巣みたいに貼り付いている。
降りて来いよ何逃げてんだこの犯罪者。
共犯も犯罪者だからな。何よりお前まおちゃんの保護者だろ。本来は部下かもしれんが保護者だろ。まおちゃんのやらかしの責任をとりやがれ。
その場合、みーちゃんのやらかしの責任は私がとるんだろうか。
自分で言っておきながらちょっと躊躇う。責任って言葉に尻込みするが、いい加減こっちの世界での保護者は私しかいないとわかってもいる。
とにかく降りてこいラスボス。
指を丸めて爪を主張し、ひっかくポーズをとる私をセバスチャンがそっと下げた。
こいつも最初の誘拐では共犯だから、この部屋には犯罪者しかいない。私の感覚からするとこの世界の奴ら全員勇者に尻拭いをさせる身勝手な奴らだから、改めて味方がいねぇと実感してしまった。
味方がいないと実感したからこそ、みーちゃんをなんとしても助けなくてはいけない。
「…大喧嘩って、私を追い出したから?」
「全くもってその通りです。魔王様は感情の制御ができないお子様なので、勇者が気にかけるあなたの存在が邪魔で仕方がなかったようです。ええ見ての通り邪魔に思っていましたので、盛大に追い出してこれから勇者と末永く心ゆくまで遊べると思っていたのですが現実はそうともいかず、お怒りの勇者に大っ嫌いと怒鳴られて哀しくなって苦しくなって可愛さ余って憎さ百倍なんで気持ちを察してくれないのかと怒りは勇者に向かい大喧嘩することとなり…」
「そこまで感情の動きがわかっていてあなたは魔王を止めなかったのですか」
セバスチャンの問いかけに、ラスボスはコトリと大袈裟な動きで首を傾げた。
「魔王様は魔王様のお気の向くまま行動されるのが世界に求められているので、私は魔王様のやりたいことを阻害したり致しません」
「そこは止めろよ!」
仲良くなりたいという念願を理解しているのに、仲良くなれない方向に爆走しているクソガキ上司を放置するなんて、本心から相手のことを思っているなら絶対にしない。
しかしラスボスには響かないようで、首を傾げて不思議そうにしている。部屋の天井の四隅に貼り付いて首を傾げる様子は、高さもあって鳥類が首を傾げる動きに似て見えた。
つまりとっても人外な動き。
「魔王様がそうしたいと仰せなのですから、その通りにさせるべきでは?」
「じゃあアンタここに何をしに来たんだよ」
そういやこいつ、子供の世話とかダメダメな奴だったと顔を顰めながら話を変える。
ラスボスは四隅に貼り付いたままなので、地味に首が痛い。私は突っつく用の棒状のものを探したが、身近になくて断念した。苛立って舌を打つ。
ちなみにラスボスの登場からセバスチャンはじっと相手から目を逸らさない。片手が魔法を発動する前のように特徴的な形になっているので、おかしな動きをしたら迎撃するつもりなのだろう。是非そうして欲しい。
警戒されていることを気にせず、ラスボスは巨体を四隅で縮こまらせながらため息をついた。
「魔王様のお気の召すまま行動なさって欲しいとは思いますが、魔王様が世界を滅ぼすような事態は流石に避けたいわけです」
「…は?」
「このままでは精神世界は崩落。大喧嘩で大興奮絶好調の理性と言う名の制御を知らぬ幼い二人の魔力が前触れなく現実世界に解き放たれれば、どんな堅牢な壁を保つ城壁だろうと突然の最大火力には勝てません。このままでは不意打ちで世界が滅ぼされかねないので助けを求めてここまで来ました助けてください」
「お前なに言ってんの?」
出会って短いからとかそういう問題ではなく、この男の言っていることがさっぱりわからない。
しかしセバスチャンは理解したらしい。ぎゅっと眉間に皺を寄せた。いつも冷静を装う彼には珍しい表情だ。
「ムツミ。今すぐ全力で走れと言われて走れますか?」
「急に何」
「全力を出せと言われても、身体が温まっていなかったり解れていなかったりで本来の実力をすぐ出せる者は少ないです。なので準備運動は大事ですし、戦闘時に様子見などと小手先を調べるようなこともします。即座に最大火力、最大出力を出せる者は限られている」
「だから何の話」
訝しんでセバスチャンを見上げる。
ラスボスから視線を外すことなく、セバスチャンは冷や汗を流していた。
「勇者も魔王も、いきなり全力を出せるわけではありません。理性が働きますし、無意識に制御するものです。しかし今代の勇者と魔王は幼子で、理性も制御も未熟。更に精神世界で大喧嘩ということは、充分身体も温まり遠慮もなくなっている状態のはず」
――現実世界で、なんの制御も遠慮もされていない最大出力の魔力が二つ、爆発する危険性がある。
つまり。
「…幼児同士の喧嘩で世界の危機…?」
窓の外で稲妻が走った。
世界滅びるんかってくらい、子供って、泣くよね。
全力で。理性も制御もせず自らの出せる全力で泣くよね。
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