第5話−7
「まだ、わかんないことがある」と、由紀子ちゃんが真面目な顔で言った。
「うん。なんだい?」
「おじさんの話だと、恋愛と性欲は一致してるんだよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、何で世の中には、いやらしい動画や写真で溢れてるの?男の人は、大好きじゃん。そういうの」由紀子ちゃんの言い方には、不正を咎めるような力があった。
「それは、確かににそうだ」
「街の中心には、必ず風俗街があるし。電車に乗れば痴漢に会うし。夜道を一人で歩いてると襲われるよ。ねえ、これってどういうこと?性欲だけだよ、恋愛も幸せも、どこにもないよ」
「由紀子ちゃんの言う通りだ。世の中は、『ヤリたいだけ性欲だけ』だと思えることがたくさんある」と、直人は答えた。
「そうでしょ!」
由紀子ちゃんは、少し怒っていた。その理由が、直人にはわかった。『ヤリたいだけ性欲だけ』とは、見た目、ビジュアル重視ということだ。自称ブスの彼女は、コイツに苦しめられてきたのだ。彼女は、こう抗議したい。恋愛と性欲の一致なんて嘘だ。見た目、ビジュアル重視で性欲を抱くだけじゃん。
「ねえ」直人は、彼女に優しく声をかけた。
「うん」
「これから話すことは、また俺のオリジナルだから」
「また?」
「だから、他の人には話さないでね。由紀子ちゃんが恥をかくから」
「うん、わかったよ.誰にも話さない」彼女はクスッと笑った。機嫌が直りそうだ。
「まず、マスターベーションのことを考えてみよう」
「げっ!?」由紀子ちゃんの顔が、ムンクの叫びみたいになった。驚いて狼狽する彼女は、とても可愛いかった。
「まあ、落ち着いて。俺だって、若い頃はマスターベーションの話なんてしたくなかったもの」
「うん・・・」青くなった由紀子ちゃんは、今度は赤くなってきた。
「マスターベーションは、よく考えるとなかなか素敵なことだ」
「ええっー!??」由紀子ちゃんは大声を出した。私は慌てて、口に指をあてて「静かに!」と合図した。
「なぜかと言うと、ハッピーエンドだからさ」
「なんで?!」
「自分の妄想の中で、ハッピーエンドになるでしょ。マスターベーションは、必ず相手と上手く行くんだ。失恋するマスターベーションはありえない」
「むむむむむ」由紀子ちゃんは、腕組みをして考えこんだ。直人は、彼女が考えている間、しばらく待っていた。
「むむむむむ」彼女は、まだうなっている。
「ねえ、納得した?」
「うん・・・、わかったよ」
「では、次のステップに行こう」
「ふむ」
「マスターベーションがハッピーエンドだとすると、いやらしい動画や写真やら漫画やらゲームやら、も説明できる」
「ゲーム?」
「この世には、性欲丸出しのゲームがあるんだよ」
「あ、そう・・・」彼女には、初耳だったらしい。
「でもね。いやらしい動画や漫画その他いろいろも、相手と上手くいくことを目指してるんだよ。妄想の中で、相手は必ず自分を好きになってくれるから」
「おじさん、でもさ」と、由紀子ちゃんはまた真剣になった。「そういう動画って、レイプとか痴漢とかあるじゃない。あんな自分勝手なことは、どう考えりゃいいの?」
「それはね、秘密があるんだ」
「え?!」
「いやらしい動画や漫画はね。女の子に襲いかかると、必ず受け入れてもらえるんだよ」
「ええっ???!!」
「女の子を押し倒すと、『ああ、気持ちいい。あなたって素敵、最高』って言ってもらえるんだ」
「?????」
「つまりね、ハッピーエンドなんだよ。いやらしい動画や漫画の主人公は、たいていカッコよくない男だ。不細工で貧乏で仕事もできなくて、世間から白い目で見られているタイプ。こういう人が主人公だと、世の中の“自分に自信のない男子たち”は感情移入しちゃう。そのカッコよくない男が、若くてきれいでお金持ちで高学歴の女の子に襲いかかる。すると、その高嶺の花のような女の子が、『あなたって素敵、最高』って言ってくれる」
「ふーん、なんかバカみたいなんだけど・・・」
「その通り。みんなバカで単純なんだよ。性欲じゃないんだ。『あなたって素敵』って、認めてほしいんだ。それが一番。相手に好かれて、気持ちよくなれる」
「おじさん、そしたらさ」
「うん。なあに?」
「動画や漫画の話じゃなくて、現実のレイプとか痴漢は?」
「基本は同じだよ」
「はあ???」
「性犯罪を犯す人は、相手が受け入れてくれることを求めてる。どんなに身勝手な願いであっても、彼らは夜道に襲いかかった相手に、『あなたって素敵、最高』と言ってもらたがってる。『そう言ってくれるんじゃないか?』と期待してる」
「本当に???」
「そうだと思う。あ、コレは俺のオリジナルだからね。他の人は、こんなこと言わないからね」
「わかったあ・・・」由紀子ちゃんは、横を向いた。多分、亡くなったお兄さんを考えているんだろう。
「『あなたって素敵、最高』って言われたいな、と思って、夜道に知らない人に襲いかかる。でも、襲われたひは恐怖でパニックだ。間違っても、襲いかかる相手とハッピーエンドなんてありえない。抵抗して、暴れて叫んで、恐怖で泣き叫んで・・・となる。バッドエンドだ」
「うん・・・」
「由紀子ちゃん」
「うん?」
「君は、自分がブスだと言うよね」
「そーだよ、ブスだよ」由紀子ちゃんは、抑揚のない言い方をした。
「でも、ブスってどんな顔だろう?」
「ええ???」
「ブスな顔というのはね。悲しい顔や泣いている顔や痛がっている顔や怒っている顔のことなんだ。相手に、バッドエンドを予感させる顔のことなんだ」
「・・・」
「気の毒だけれど、世の中には、普段の顔が“悲しそうだったり、泣いていたり、痛がっていたり、怒っているように見える人”がいる。そんな顔の人はモテない。なぜかと言うと、バッドエンドを予感させるからなんだ」
「ううううううーん」
由紀子ちゃんは、両手を左右の頬にあててテントの天井を見上げた。そのうちに、首を右に傾けた。とても愛らしい仕草だった。
「由紀子ちゃん」
「うん」
「君は、決してブスじゃない」
「んん?なんで?」
「だって、いつも笑っているから」
「えー、そうかなあ?」
「いつもニコニコしてるよ」と、直人は言った。「さっきの“バッドエンドを予感させる顔”のことだけど・・・」
「うん、何?」
「バッドエンド顔を直す、特効薬がある」
「えーっ?!何それ。そんなものあるの?」
「笑顔だよ」
「へ??!」
「自分はバッドエンド顔だ、と悲しんでいたらバッドエンドから脱出できない。いつもニコニコ笑うことだ。相手がニコニコしていると、みんなリラックスできるんだ。自然に会話が弾むし、相手に親しみを感じるようになる」
「ねえ、そんな簡単なもの?」由紀子ちゃんは、疑いを見せた。でも顔は笑っていた。
「本当だよ。でもね、笑うのが難しい。相手にいい印象を与えるとわかっていても、悩むがあると笑えないもんだ」
「それでわかった」と、由紀子ちゃんは言った。「バッドエンド顔の女の子は、笑わないからモテないんだ」
「笑うのは、難しいよ」と、直人は自分に聞かせるように言った。「俺だって、普段はずっと暗い顔だよ。涸沢にいると、リラックスできるけどね」




