第5話−5
とうとう、雨が降りだした。最初はポツポツと。まもなく、大粒の雨に変わった。カッパは着ていたけれど、直人と由紀子ちゃんは展望テラスから撤退することにした。
「ねえ。私のテントに来なよ」と、由紀子ちゃんは言った。「ウイスキー、持ってきたの。ホットで飲もうよ」
「いいの?」20才の女の子のテントに呼ばれたのだ。直人はドキドキした。
「いいよ、いいよ。大歓迎だよ」と、由紀子ちゃんは軽いノリで言った。
由紀子ちゃんのテントは、かなり大きめの二人用だった。広々として、天井も高かった。
「俺のテントと、えらい違いだ。すごく居心地がいいよ」と、直人は言った。
「そうでしょ」と言って、由紀子ちゃんは得意そうだった。「おじさんのは、超小型の一人用だもんね」
「うん。あれは、十年以上使ってる。狭いけど、寝るだけなら問題ないよ」
「このテントはね、茜と二人で使ってるの」と、由紀子ちゃんは説明した。「茜はテント背負う体力ないから。私が二人分運んでるの。それから、茜の食料も」
「へえー。そうなんだ」
テントの中央にガスバーナーを置いて、お湯を沸かした。バーナーは本来、外で使うものだ。だが土砂降りの雨なら、テントの中で使うしかない。もちろん、こまめに換気をする必要がある。
由紀子ちゃんはお湯に、紅茶のティーパックを入れた。カップに注いだウイスキーを、ホットの紅茶で割った。それを、直人に手渡した。飲んでみると、とても美味しかった。
「美味しい!」直人は、珍しくはしゃいだ。殺人稼業は、しばらくお休みだ。
「身体が、あったまるよね」と、由紀子ちゃんは言った。「お好みで、ハチミツも入れてね。栄養抜群だよ」
「なるほど」
直人はハチミツも入れてみた。甘くて、お酒に思えなかった。
「おじさん」
「うん?」
「雨具脱いだら?暑いでしょ?」と、由紀子ちゃんは言った。
「そうだね」直人は、雨具の上着を脱いだ。
「下も脱いで」
「え?」
「雨具のズボンも?」
「うん、そう」
さっきの話があっただけに、直人は雨具を脱ぐのが恥ずかしかった。由紀子ちゃんが、自分をじっと見ているのがわかった。その視線は、忙しなく活動していた。
「ねえ」
「うん?」
「おじさん、やっぱりイイよ」と、由紀子ちゃんは言った。
「本当に?」
「うん」と言って、由紀子ちゃんは笑った。両膝を立てて、両腕で抱えた。そしてホット・ウイスキーをぐいっと飲んだ。「ねえ、おじさん」
「うん?」
「人はなんで、性欲を感じるの?」
「えっ?!」
テントとは、薄い生地一枚で中と外を隔てている。だから当然、近くにいればテント内の会話は筒抜けだ。だから、会話に気をつけないといけない。特に涸沢のように、密集してテントを張る場所はなおさらだ。
だが今は、やかましいくらい雨が降っていた。雨は本降りになり、みんなのテントと地面を太鼓のように叩いた。風も吹いてきて、ゴーッ、ゴーッと不機嫌な熊のごとく唸っていた。だから二人の会話は、隣のテントでも聞こえそうになかった。
「そうだねえ」直人は、天井を見上げて考えた。さて、この若者にどんな説明をすべきだろうか?
「私ね」と、由紀子ちゃんはとても素直な調子で言った。
「うん」
「今ね、性欲を感じてるの」
「えっ!?」
「うん。多分、性欲だと思う」由紀子ちゃんは、直人の身体をじっと見た。「おじさん」
「うん」
「そのダウンジャケットの下は、何を着てるの?」
「えっ!?ええっと・・・、長袖のアンダーウェア」
「寒くない?」
「うん、大丈夫だよ」
「さっき濡れたからさ。これで、あったまって!」
由紀子ちゃんは、ウイスキー紅茶割りのお代わりをくれた。つまみに、チーズとサラミを挟んだクラッカーもくれた。なんだか、チヤホヤされている気分だった。
「ありがとう」直人は、お礼を言った。
「どういたしまして」と、ニコニコしながら由紀子ちゃんは言った。そして自分も、ウイスキーをぐいっと飲んだ。「さあ、性欲。性欲!」
「おいおい・・・」
「性欲って、なあに?」




