番外編(if storyランカ先輩ルート~夏期講習編)
『悪役令嬢はパラ萌えされる』にて、初のレビューをいただきました!
ありがとうございます!(感涙)
あまりの突然の出来事に天にも昇る思いで赤文字をクリックしてしまい、後から「スクショとればよかった……」と何度も反省したのは秘密。
本編よりも文学的かつ素敵なレビューですので是非ご覧ください!!
炎天下の訓練場。
何でこの人たちは剣を振っていられるのか。理解に苦しみます。
私は騎士団の夏期講習の補佐として、せっせとレモン水を配っていた。
それから清潔なタオルを一枚ずつ水につけて絞り、休憩する生徒へ渡す。
「お疲れ様です。タオルとお水です」
普段よりラフな格好に、ポニーテールというカジュアルな髪型のせいか、皆声を掛けるまで気付かないようで。
「リ、リシリア様!? 公爵令嬢がなんでっ」
「もったいなすぎて飲めません」
「俺、暑すぎて幻影が見えてる……」
王太子妃候補でしたから、皆が恐縮するのもわからなくもないのですが。
でもやると決めたからにはとことんやり切るつもりです!
「手当てが必要な人はいませんか?」
タオルと水を配り終えたら救急箱を持って生徒の間を回る。
この暑さだ、小さな切り傷でもきちんと対処しておかないと危険なのだ。
泥がついた傷口は真水で流して清潔に。打撲は冷やして固定。少しバテている人には自家製の塩キャラメルのナッツを口に入れてやる。
「いつまで休憩している、再開するぞ」
ランカ先輩は私を誘ったくせに、訓練中はちっともこちらを見ない。タオルを渡した時だって、目も合わせずに受け取った。何だかちょっともやもやする。
だけど大きな身体で剣を振る姿はやっぱり格好良くて、汗を散らしながら風を切る真剣な横顔に胸がキュンとなった。
いけません。見惚れている場時間はありません。
私は使用済みのタオルを抱え、訓練場脇の井戸まで移動する。井戸の下に置いた大きな桶に汚れたタオルを次々突っ込んだ。
そして青銅色の手押しポンプを力いっぱい動かすと、ドバドバという涼し気な音とともに大量の透明な水が桶に注がれた。
じゃぶじゃぶと耳障りの良い音を立てながらタオルを洗う。
雑用と言えば雑用だが、皆が喜んでくれるなら嬉しかった。それにこういう家事みたいな仕事は公爵家ではなかなかさせてもらえないので良い経験だった。
「国外追放されたらどこかでメイドでもしようかしら」
転生したばかりの頃は「国外追放」だなんて絶望とセットでしか口に出せなかったけど、今では結構前向きに考えられるようになった。自分の力で生きていくっていうのも案外悪くない。
ただ、国外追放ということは、この国の騎士になるランカ先輩とは二度と会えなくなるということだけど。
少しだけ顔を上げて訓練風景を見る。
ランカ先輩は外部講師の騎士様と剣を交えていた。
あれだけ筋肉がついて重そうな身体なのに、身のこなしは羽のように軽い。
「はい、これ今日言われたことをまとめておきました」
訓練の最後にある、一対一の模擬戦。
そこで講師の先生があれこれと改善点を指摘するのだけれど、それを全員分メモにとっておいた。一人ずつメモを手渡しながら「お疲れ様でした」と挨拶をする。
最後の一人にメモを渡し終えたあと、野太い声に呼ばれた。
「リシリア、俺の分は」
「ランカ先輩に改善点などないでしょう」
軽い身のこなしからは想像も出来ない重い剣技。素人目でもわかる。ランカ先輩の力はずば抜けている。講師の先生も何も言わなかった。
「そうか」
「はい。お疲れ様でした」
私はランカ先輩に向かって頭を下げながら、このあとは荒れた訓練場を少し整地してから帰ろうなんてことを考えていた。グラウンドの整地なら日頃の部活で慣れたものだったから。
が、ランカ先輩は一向に動こうとしない。
「?」
「どうだ、続きそうか」
「何がです」
「補佐の仕事だ」
「思ったより楽しいです。明日は腕が筋肉痛な気もしますが」
「揉んでやろう」
「謹んでお断りいたします」
私は食い気味に返事をした。
すると背後から大きな笑い声がした。
「骨のあるお嬢さんだな。ノックス公爵殿がこんな娘を隠していたとは」
振り返ると講師の先生が白い歯を見せて笑っていた。
講義が始まる前に少しだけ名前を紹介されたが、直接話すのはこれが初めてだ。
「ご挨拶が遅くなりました。リシリア=ノックスと申します。父とはお知り合いですか?」
「あぁ、たまに言葉を交わす程度だが」
「そうですか。お世話になっております」
私は淑女の礼をしたかったが、あいにくふんわりしたドレスは着ていない。頭を深く下げて敬意を表した。
「私はランカの父で、今は近衛騎士団をまとめている」
「お、お父様でしたか」
そんなの初耳ですよ。私はランカ先輩の顔を恨めしげに見た。
「あぁ、言い忘れていた」
「……」
いや、その顔。絶対嘘でしょう。
「言ったら逃げるだろう?」
何ですか、その逃げる設定は。
「一度自分でやると決めたことですから、逃げたりなどいたしません」
私が毅然とした声で言うと、ランカ先輩はにやりと笑って私の腰を抱いた。
「なっ」
「父上、これが俺の見初めた女です」
「なるほど」
「父上の目にはどう見えますか」
「似合いの二人だ」
「それはよかった。王城でも父上の感じたままのことを触れ回っておいてください」
「父を使うとは偉くなったものだな」
「ことがことですので」
!?
何!?
「行くぞリシリア」
「ちょっ、私は訓練場の整地をっ!」
「戦場などたいてい荒れているのだからこのままでいい」
「っ!」
私は言い返す言葉もなく、夕日の中でランカ先輩をじっと見た。というか、睨んだ。
「では父上、失礼する」
ランカ先輩はそう言うと、私をひょいっと担ぎ上げた。
「ランカ先輩っ! 自分で歩けます!」
「これも親父殿へのパフォーマンスだ。少し付き合え」
「どういうことですか!」
私がじたばたしていると、ランカ先輩は少し声のトーンを落として言った。
「リシリアは王太子妃候補だったのだろう?」
「え、えぇ。まぁ」
「それを払拭してお前を手に入れるためには、少々根回しが必要だからな」
「何を言って――」
「父上には王城で俺たちの仲を見たままに触れ回ってもらう」
見たまま――?
腰を抱かれて、担ぎ上げられて?
え? お父様にも聞かれるの? 国外追放どころか、自分から出て行きたい気分ですよ。
「そうすればそのうち王太子妃候補なんて話は消えるだろう。殿下はまだ諦めていない節があるからな」
「そんなことは」
「俺が何も考えていない筋肉バカだと思っていただろう?」
脳筋野郎くらいには思っていたのでノーコメントを貫かせてください。
「軍師になるためには策も必要だからな」
ランカ先輩がふっと笑った。
その余裕ぶった笑みに心臓がバクバクと鳴り始める。
「こ、困ります」
「策に嵌った獲物を逃すとでも? 俺はお前を仕留めると言ったはずだ」
弧を描いた唇に、私はただ体温を上げるしか出来なかった。
これにて「ifストーリー」を締めさせていただきます。
ランカ先輩、脳筋野郎だとばかり思っていましたが、策を弄するなんて悪い奴め!笑
でもラスト、ちょっとかっこいいと思ってしまったから許す!笑