精霊眼をもつ者であるということ2
いまだに見ていてくださる方がいるとは思わず。
皆様、反応、感想、誤字報告含めて本当にありがとうございます。
文章書くのが下手で時間がかかり申し訳ありません…。
―――怖い、と思った。
だって相思相愛の人たちが、すでに結婚して子供までいる相手までもが、私が強い精霊眼を持つから
選べる。その仲を引き裂けるって言われて、うれしいなんてどうやって思えるんだろう。
目の前の人がまるで化け物みたいに思える。
耳元から離れたその人の瞳をじっと見る。
その瞳にちらつくのは、私に向けられた感情の中では初めて見るものだ。
でも、けしてみたことがない感情じゃない。
一つは、歓喜。
一つは、安堵。
そして、一つは。
「罪悪感…?」
ほとんど吐息に溶けるようなそれは目の前のリシャール王弟殿下には聞こえなかったようで、
不思議そうにしている。
何故だろう、さっきまで手を握ってくれていた安心感も、何もかも消えて、この人が怖いと感じる。
目を合わせるのが怖くて、すっと横のユリウス様のほうに顔を向けて息をのんだ。
見てはいけないものを、見てしまった気がして、リシャール王弟殿下に向き直る。
「リシャール王弟殿下。申し訳ありませんが、すこし休ませていただけないでしょうか。」
「そうだね、君には消化する時間が必要だろう。長居して済まなかったね。」
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます。」
「ユリウス殿、僕が滞在する部屋まで付き合ってくれないか。」
「はい。リシャール様。…オフィーリア、失礼するよ。」
お二人が退出していったあと、先ほどのユリウス様のことを思い浮かべる。
「なんで…?」
何故彼が泣きそうで苦しそうな顔をしていたのか。
あの顔は。
見たことがある。お父様のことを考えるとき、ユリウス様の婚約者でいいのか考えるときの
わたしの顔だ。
私が選べば解放されるのに、うれしそうな顔をしない。
私は今まで自分の存在が彼を、周りのすべてを傷つけていると思っていたけれど。
今はまるで逆の立場になったかのよう。
そういえば。
今までわたしは私の思っていることを何もユリウス様に話したことがない。
ユリウス様もわたしに何を思っているのか話したことはない。
婚約者だというのに、まるで赤の他人みたいに何も知らない。
今、私は12才だけれど、前世で29年間生きた記憶があって。
社会人としてしっかりと自分の意見を伝えたりとかしていたのに、この世界でそれをやったことはあるだろうか。
わたしは自分が何かをすることが、選択することが、誰かを傷つけるからと言い訳をして、
何もしてこなかっただけなのではないか。
選択する側になった、というリシャール王弟殿下の言葉。
今まで何もしないという選択を私はしてきたのではないか。
話をする、知性を持つ生き物である私たちが、お互いを理解するのに最初にする行動。
それをするという選択を今、しなくてはいけないのではないだろうか。
「限られた人しか接触が許されていないということは、ユリウス様と話す機会もあるのかしら。」
怖いけれど、怖くて仕方ないけれど。
わたしが選択する側に立つというのなら、無責任なことをしてはいけない。
今までの受け身でいるだけだは、ダメになる。
影響力が大きい立場に立たされるということは、責任が伴う。
それが自分で望んだものでなくとも、そんなのはほかの人には関係ないのだから。
「しらなくちゃ。」
選択する際に、間違わないように。
後で後悔しないために。
まず、何をするべきなんだろうか。
ユリウス様に聞くべきは、今まで何を考えていらしたのか。
わたしという婚約者を「いるはずがない」といったのはどういう意図なのか。
なぜ、私が選択できるとわかったときにあんな表情をしたのか。
そして、今まで精霊眼の持ち主が、私のような境遇に置かれたことはあるのか。
なぜ、誰もうわさやその他の軽視に対応しなかったのか。
そう、他国からはなぜ何も反応がなかったのか。
そもそも、あまりにも精霊眼についての知識が私は少ない。
自分のことなのになんでこんなにも知らないんだろう。
考えて、来なかったからだ。
楽な方に流されて、自分が何かをするとだめだと思い込んでいたんだ。
家庭教師だってつけてもらっていた、この国の令嬢が持つべき知識だってあった。
なのに、軽んじられることに対して対処もできなかった。
対処すらできないから、未確定の精霊眼の持ち主としてしか価値を提示できなかったんだ。
だから、その精霊眼すら疑わしいとなったときに私の周りから人がいなくなった。
わたしは、本当に何もしてこなかったんだ。
何もしていない、ただ誰かが助けてくれるのを待っている人間に、助けなんて来ない。
思考停止している人間に、何かをするなんて無理だ。
そんな簡単なことも忘れてしまっていた。
なんで、こんなにわたしは―――――。
『考えなくていいのです。ただ、後ろに立って、笑顔を浮かべているだけでよいのです。』
―――あ、れ?
『外見だけなら完璧なのですから。社交界の白百合といわれたあのお方に。』
――――――?
『あなたが奪ったのですよ、この国の社交界から。ユーフィリアさまを。』
――――ごめ、なさ…。
『謝らなくてよろしい。その謝罪は無意味です。口を閉じで何も語らず、何も考えず、笑顔だけ浮かべなさい。――それが淑女というものです。』
――――――はい、先生。
これ、おかしくない?
なんでこんな変な洗脳じみた内容を私は受け入れてたんだろう。
家庭教師の人の発言がおかしいと、何故お父様に言えなかった?
私は、そこまで相手の言うことを真に受けるような人間だっただろうか。
「―――っ。」
頭がズキズキする。
でも、そう。
いつも家にいるときはこんな感じに、考えているのが苦痛で、気が付いたら。
何も考えずに自分が悪いということにして頭を空っぽにしているのが当たり前になっていって。
この効果に思い当たるものがある。
思考を誘導させる、都合の良い存在を作り上げるための、道具。
精神操作系の魔術具だ。
でも、貴族の家にそれらは持ち込めないし、持ち込もうものなら、
防衛魔術が反応して破壊されするはず。
ありえない。…本当に?
すでにありえないことだらけなのに?
今更常識の範疇で考えるというのは危険ではないのか。
情報が少なすぎる。もっといろいろな人に情報を聞きたい。
けれど今接触できる人は2人だけ。
どちらのこともあまり私は知らない。
知らないけれど、話すなら、疑問を口にするのなら、それはユリウス様にするべきだ。
そう、今までこの状況を把握していただろうに一切手出しをせず。
私の瞳が変わってから情報を出してきたモルゲンデンメルングのリシャール王弟殿下ではなく。
そもそもかの国は精霊眼の調整、把握、神託、管理のすべての知識が最も多く集まるところだ。
その情報がわかっていて、なぜここまでこじれるまで後手に回っているのか。
何か意図があるのではないか。そう考えてしまうのは、前世の自分が人間不信気味だったからなのだろうか。
いいえ。疑うくらいでないと。わたしには信じるべき指標がない。
考えるのに情報が足りないのならありえないという考えを持たずに、すべて疑いつくすくらいでないと。
でも。
「疲れたなぁ…。」
体を寝具に預けて力を抜く。
まどろみの中で意識がほどけてゆく。
目が覚めたら、まず、ユリウス様にだけ会いたいと伝えて、
それから――――――――――――――…
瞳を解き放つ望み
(あやつり人形の糸を切るように)