因果応報
息が苦しい。他人の笑い声が、嫌い。イライラする。まるでいつだって、俺は、一人のような気がしていた。学校でも疎外感でいっぱいだ。中二の春、小浮気勇人は、絶望している日々であった。
中一の冬に両親は、離婚した。父親は、働かないで母親の収入源だけが、小浮気家の柱であった。リーマンショックを境にして父親は、リストラをされ、そこからは、貯金を切り崩しながら、いたらしい。それも底についたのが、中一の冬である。母親の収入は、看護師ということもあり、それなりに家族を養えるくらいあった。真面目に就職活動をしていれば、母親も離婚という決断にいたらなかったであろう。しかし、父親は、毎日ギャンブル三昧で気づけば、貯金どころか、借金だらけになっていた。これが、事の発端である。酒に暴力を続ける人間に誰が、魅力を感じるのであろうか。母親は、兄の和真を連れて家を出た。俺は、取り残され、父親と二人暮らしとなった。
地獄は、これで終わりでなかった。毎日のように俺は、父親に暴言を吐かれるようになった。
「お前が、いなければよかったんだ! 死ねよ、なんだその目付きは?」
毎日のように言われると、なんだか、心が、消えていく。ルーティンワークのようにすら、感じてきた。まるで壊れたラジオのように狂っている父親を憎み続けることでしか、心を保つことが出来なくなってくる。
友達もおろか、学校では、日陰者。いつ死んだっていいんだ。精神が、蝕まれていく。全ては、離婚をきっかけにだ。許せない気持ちと居場所のない気持ち、モヤモヤが募っていくばかりである。
「おはよう! ご飯食べてる?」
何か、声がする。まさか、俺にかけてないだろう。教室の窓から、グラウンドを眺める。
「ちょっと聞いてるの? 勇人」
勇人? 懐かしい声だなー。名前も忘れかけそうなくらい呼ばれてなかったから、俺は、振り向いた。
「なんです……か?」
「他人行儀だなー。ご飯、食べてるの?」
幼馴染みの蟋蟀真礼であった。昔は、ショートカットでボーイッシュな雰囲気を持っていたから、気づかなかった。綺麗な黒髪は、肩くらいあり、クラスの中でも人気のある女子で学年のかわいい女子ランキングの優勝候補。
「真礼? 久しぶり! 今年は、クラス一緒だったんだ。食べてるよ」
中一の冬を境にして真礼とは、会ってなかった。ご近所過ぎるくらいに近い家なのに会っていなかったのは、妙な心配をかけたくないという男の見栄っ張り。
「そうそう、しかも、席隣だよ! 嬉しいな、またさ、一緒に遊んだり、しようね」
笑顔でいる真礼は、眩しくて俺自身溶けてしまいそうになる。
「そっか、よろしく!」
無愛想な態度で俺は、真顔をキープした。束の間の気持ちなんていらないんだ。家に帰れば、地獄。だったら、ここでも地獄の方が、落差なくていい。真礼といれるのは、嬉しいに決まっている。
「これから、お弁当つくってあげよっか? これでもね、最近料理の腕上げたんだよ! えっへん」
胸を張って真礼は、ドヤ顔をする。胸に目がいってしまい、俺は、顔を赤くした。中学生の成長って凄い。もう、大人顔負けのボディーになっているじゃないか。
「子供じゃないんだし、大丈夫! 大きい声でいえないけど、生活保護振り込まれているから」
俺は、真礼に小声で喋った。ただですら、日陰者の俺が、生活保護とくれば、叩きたい奴など、星の数ほどいるであろう。
「そうなんだ。でも、あたしをね……。頼ってもいいんだよ?」
俺は、身長165cmで体重45キロ健康診断の時、痩せ過ぎと担任にも言われたくらいであり、もしかしたら、家庭事情に詳しい真礼に言ったのかもしれないな。余計なことをしやがってとは、思わなかった。そんな、純粋な心を俺も持って行きたかったから、ただ羨ましいという感情だけが、芽生える。
「でも……。大丈夫だから、ありがとな」
「女の子みたいに腕細いから、心配だよ勇人」
華奢(152cm)な身体の真礼は、目を潤ませている。
「あはは、そうか? ま、真礼も気をつけろよ! なんか、男に人気あるみたいだし、告白とかもされるんじゃね?」
話を逸らして、もう俺のことを考えないで欲しいと願う。
「この前も告白された。一回も話したことないのに告白って頭可笑しくない? 怖いんだけど、断ると男を誑かしている女みたいに言われるしさ、辛たんだよ」
辛そうな顔を少し見せたが、すぐに笑顔を取り繕うようにする真礼。
「怖いな、マジで気をつけろよ」
「えへへ、そうする! 基本的に男子とは、番号教えないようにしてるから、大丈夫だと思うけどね」
心配してくれたのが、嬉しかったのか、照れたように笑う姿は、昔と変わっていなくてどこか安心した。家庭環境が、変わり過ぎてしまい、変わらないモノが、そこにあるということを忘れかけていた。この気持ちを失くしは、ダメだ。例え、人として終わっても気持ちだけは、人でありたい。
新クラス、新学期、運気の上昇を期待してしまった。家へと帰宅すると、体たらくな父親は、ソファーで寝転びながら、テレビに向かって文句を言っている。気持ちが悪い。
「おい、てめえは、学校なんか行ってれば、一丁前の面できていいなー! 誰のおかげでこの家にいれるとおもってんだよ! 俺の家だぞ、家賃払えよ! ああ?」
また、始まった。いちゃもんをつけ、文句タイム。14歳では、仕事、バイトをすることが、この日本では、不可能だ。芸能人でもない限り。
「義務教育終わるまで、待ってください」
俺は、頭を下げて感情を押し殺して言った。
「ふっ、まだ二年もあるのかよ! くっそが、ぜってえ、中学出たら、すぐ働けよ! クソガキ」
この時点で俺には、高校生活というものは、夢に消えた。普通の暮らしが、したい。普通に生きたい。普通ってなんなんだ? 苦しい。もう、逃げたい。ここじゃ、未来が、見えない。そうだ、家出をしよう。こいつさえいなくなれば、いい。どんな暮らしでもこんなやつが、いない世界なら、幸せに決まっている。消えて欲しい。願えば、願うほど、自分の心が、汚れていくことを感じた。
近所のイオンの駐車場へと歩いて赴き、ベンチへと腰掛けた。空気が、美味しい。あんな家より、最高だ。涙が、ポロポロ止まらない。人気のない場所だから、誰にも見られていない。『ぐーー』
俺は、お腹が空いて仕方なかった。食べたい。普通の家庭のようにお腹いっぱい食事をしたい。なんでもいい。普通になれれば。
その時、駐車場にキラキラと光るモノ? を見つけた。そして、俺の方へと光が、やってくる。光から、声がする。もう、頭が可笑しくなっているんだなって思い、その声に耳を傾ける。
「導かれたのか?」
光からは、少女のような声。
「どういうこと?」
「今の状況、どう思う?」
「最悪だよ。あそこにいるくらいなら、今すぐ死んだほうがいいくらい」
「よかろう。それで十分だ! 悪いことをしたやつは、どうなると思う? 分からないか? しっぺ返しだ! ブーメランだ。因果応報だよ」
光が、消え、羽の生えている少女が、ほくそ笑む。
「君は、誰なんだ?」
「ワイか? ワイは、ナルミ。君に導かれたのさ、因果応報の妖精だ! この世の悪を払うために存在している」
「因果応報? なんだ、それ」
俺は、パニックになり、動揺する。
「へえ、知らないのかい? 悪い行いをした奴は、こらしめるみたいなもんさ! 悪いことしてるのにいい人ぶってる奴とかさ、偉ぶってる奴なんで山ほどいるやろ? そいつらを浄化させる、禊として。例えば、お前の父親とかな」
少女は、白いワンピースを揺らしながら、解説してくれた。
「なるほど! そりゃ、いい話を聞いた。俺が、幸せになれるかもしれないってことだろ?」
俺は、白い歯を見せた。
「簡単に言えば、そういうことにも繋がるな! どうだい? 組まないか? もう腹減って仕方ないのさ! 因果応報しなければ、ワイも死んでしまうねん」
少女は、お腹を手で擦りながら、アピールをする。
「しゃあない! このまま死ぬよりは、面白いだろ! ナルミかわいいし、やってやるよ!」
「面食いか? 君」
少女は、照れたようにする。なんだこの妖精。
「いや、別に女の子だったから」
「あひゃひゃ、ちなみに15歳や! 歳上やぞ!」
「言葉遣いは、男みたいだけど……」
「まあ、気にすんなし、では、行こうか?」
「どこへ?」
「決まってんだろ? お前の家やで。小浮気家や!」
獲物を狙うライオンのような目付きに変わっていた。
「どうやって? イオンから、二十分くらい徒歩でかかるけど」
首を傾げて、少女に問いかける。
「お安い御用よ! 背中に乗れ、ワイは飛べるから!」
普段なら、信じられないことだろうけど、なぜか、少女の言っていることを信じれた。
「わかった!」
「しっかりつかまれよ」
ナルミの身体が、光出し、一瞬にして家の前へと辿り着いた。まるでテレポーテーションのようである。
玄関から、自宅へと入ると、酒の匂いが、部屋中に広がっていた。
「てめえ、どこ行ってるんだよ! 食器洗えや! 無料で住ませているんだぞ! それくらいやれや! くそ無能! ゴミ野郎!」
父親は、怒り狂っている。そして、瓶ビールを叩き割った。
「今日で最後だぞ! こんな生活も」
「ふぁ? 何、言ってんだ貴様? 親だぞ、神に近い存在だぞ! 無礼な口を聞いていいと思ってんのか? 殺すぞ!」
怒声は、部屋中に響いた。この人の人生は、リストラされた時に終わったんだなってハッキリと分かった。リーマンショックだかが、影響とか言ってるが、きっと、誰もこの人を慕う人なんていなかっただけであろう。じゃなきゃ、勤続二十年でクビになるわけがない。たまたま、切りやすいタイミングで不況が、やってきたのであろう。不況という形にしとけば、しょうがないと思わすことも出来るのであろうから。
「おい、ワイの声は、届かんのよ! 君が、言ってくれ! 因果応報と」
ナルミの声の方が、俺にとっては、響いた。
「あなたが、やったことは、許されることではないぞ! 弱者は、強者を打ち破る! 捨て身の覚悟で! 因果応報!」
俺は、父親を指差し、言い放った。
「はあ? なにを……」
「おい、ナルミなんも起こらないじゃねえか!」
「いやいや、よーく見てご覧! あいつの表情をだな!」
ナルミの言うとおり、父親の様子を見ると、真っ青になり、心臓を抑え出した。震えが、止まらないように見える。
「何が、起こっているんだ?」
「ワイだけが、見えることや! やつとワイだけ! しゃーないから、教えてやろうもん。子になにをしたのか、分かってるのか? 物じゃないんだぞ! 心が、あるんだ! おもちゃなのか? ストレス発散の捌け口にしやがって、おい、ころすぞ!」
父親には、ナルミの呼び出した死神が、斧で切り刻もうとしているらしい。
「ひいいー、許してください。もうしませんから」
頭を下げながら、震える父親。死神を出した時点で死は、確定しているらしい。悪魔の制裁をすることが、因果応報だったのだ。
「どうだ? 怖いか? てめえの子供は、もっと怖かったんだぞ? わかるか? 痛みが? てめえの薄っぺらい人生では、わからないか。死ねよ!」
斧は、父親を切り刻もうとし、肩に直撃したようであった。
「もういいだろ! 確かにこいつは、許せないけど、殺すのは、やめてやれ! もう、俺の心が、もたなくなる!」
俺にもその死神が、見えるようになった。
「ああ? こいつは、てめえを苦しめてたんだぞ! 死なんて当たり前なんだよ! ってか、確定してるんだ」
死神は、斧で心臓を打ち破ろうとしていた。
「ナルミどうにか、出来ないのか?」
「ワイでは、無理や!」
「てりゃああー!」
俺は、死神の斧にパンチを喰らわせた。斧は、飛び、死神は、舌打ちをしてこう言った。
「ふっ、甘ちゃんがよ! しゃーねえわ!」
死神は、姿を消し、俺の手には、血がたくさん流れていた。久しぶりに生きていた気がする。痛みも鈍くなっていたから、少しだけ、嬉しくなった。
「あ、あ、ありがとう。勇人」
父親は、泣きべそをかいていた。
「ねえ、勇人! あたし、警察呼んじゃったよ!」
気付けば、真礼がいた。そして、それと共に警察が、やって来た。
「暴行罪や殺人未遂の疑いで逮捕する!」
手錠を父親は、かけられた。
「なあ、勇人。ホントは、やりなおしたかったんだ。あの頃のようにお前が、まだ小学生くらいだった時のように暮らしたかったんだ。就職活動は、うまくいかねえし、挙句には、暴言吐かれるんだぜ! 面接官によう、そんなんやる気出るわけねえよ! ギャンブルで一発当てたろうと思ってやっていたら、いつの間にか借金まみれさ! すまなかった」
涙ながらに手錠をつけながら、父親は、俺に土下座をした。どうしてさ、早く気付かなかったの? 正社員じゃなくてもさ、非正規でもいいから、しっかり働けば、こんなことには、離婚することにもならなかったのにさ
。
「今更、遅いんだよ! だからと言って暴力や暴言を家族にぶつけちゃダメだろ! 糞親父! しっかり償って来い!」
俺は、そう叫び、警察が、父親を連れて行く姿を見送った。涙は、出なかった。悲しくないんだから、やっと俺の人生が、スタートラインに立ったから。
「勇人!」
泣いていたのは、なぜか、真礼の方だった。豊満な胸が、顔に当たっている。柔らかそうで仕方ない。今なら、触っても怒られないかな? っという煩悩で頭が、いっぱいであった。
「どうして真礼が、泣くんだよ!」
艶のある髪を撫でて、真礼を落ち着かせようとした
。
「だって、やっと解放されたんだよ! 苦しい生活から、やっと自由になれたんだよ! これからは、笑って生きていけるんだよ! 嬉しいよね? だから、あたしは……」
泣いていたので声が、上ずっており、言葉にならないような感じであった。しかし、何を言いたいかは、心で分かった。『自由』を得て良かったねってことであろう。
「これから、どうするの? 一人で暮らすの?」
ピンク色のスウェット姿の真礼は、心配そうに見つめる。
「そうだな、それしかないでしょ」
「うーん、お母さんって今どこにいるの?」
「分からない」
母親は、離婚してマンションに兄と住んでいるとしか、聞いたことがない。今回の騒動が、ニュースにでもなれば、連絡をしてくるかもしれない。期待してしまう気持ちもあるが、期待してても仕方ない。
「そっか。でも、あたしいるから、ずっとそばにね! だから、あたし毎日来るよ」
綺麗な瞳の真礼は、どこか誇らしげそうであった。
「真礼の料理食べたいし、そうしてもらえると、助かるよ!」
「えへへ! じゃあ、今日は、帰るね」
「ああ」
真礼は、帰り。俺は、荒れた部屋の片付けをしていた。
「それにしてもお前、甘ちゃんだな。ワイやったら、ぜってえ殺してたよ」
ナルミは、ソファーに寝転んでくつろぐ。
「俺にとっては、もう大切な人じゃないんだ。きっと、そこまでのことをしたら、俺にも非が生まれてしまう。こういう感情は、持っちゃダメだって、昔、誰かに聞いた気がするからさ、まあ、刑務所から、出られないと思うし、それで、罪を償ってもらえれば十分かと」
「そーか。これからは、人を殺してしまうということもあるかもしれねえからな。今回は、特例中の特例やで死神を止めたのは、お前が初めてだよ! 気に入ったで! 本来、因果応報のワイは、一回限りしかいないんだが、おもしれーから、これからもワクワクさせてくれよな!」
ナルミは、テーブルの上にある雪の宿を食いながら、白い歯をみせた。
「殺しかねないことか。他にもついたことあるんだな。まあ、俺の自由の恩人イクミ様ということでよろしくな!」
「ほいよ!」
まだまだ、悪い邪悪な気は、この世界にいっぱいある。夜桜が、とても綺麗だなんて思えたのは、何年ぶりだろうか。そして、寝室のベッドで安心して寝れるのも嬉しくてしかたなかった。
望むとするのならば、俺は、ただ『普通に生きたかった』その願いをいつしか、叶える一歩になったことであろう。僥倖をナルミが、導いてくれた