第6話 故人から託された願い
「なるほど、あるはずの研究論文が見当たらず、残すはその日記だけだと……」
気が付くと、私はソファだかベッドだかよく分からない家具に寝かされていました……。
この部屋に入った時にはなかった物なので、おそらくキャストン様のアイテムボックスから出したのでしょうが……思った以上に寝心地が好いですね……。
それはさておき、気が付いた時には、部屋中がひっくり返されたような状態でした。
荒らさないと言う話は何処に?
いえ、こんな時こそ使用人の出番とばかりに、キャストン様の指示に従って部屋を片付けながら、現状を尋ねた次第です。
そして、キャストン様のお話によると、ガラハッド・エレイシスが研究していたのは『魔人薬』に対する治療薬の類であるとの事。
エステルちゃんがあのような状態になっているのは、やはりあの薬によるところがあるそうで、後天的に直接投与された私達とは違うものの、原因となっているのは同じ物なので、ガラハッド・エレイシスが完成させた薬の研究論文を読みたいのだそうです。
何より、寝たきりになっているエステルちゃんにはすぐにでも必要であり、ガラハッド・エレイシスの代わりに薬を作る事を条件に、この研究室を捜索させてもらっているのだとか。
……まぁ、これを素直に話してくれたのは、私の事を信用してくれた……という訳ではなく、私達がフレア様によって入れ知恵されている事が露見した為です……。
「最もして欲しくない時に、最もして欲しくない手を採られた」との事。
……何なのでしょうね、この敗北感は……。
「ここにある研究資料だけでも、いまの国立錬金術研究所は喉から手が出るほどに欲しいだろうな。何せ、研究所の錬金術師を全て動員しても、二,三年はかかる基礎研究が一年以上は短縮されるはずだからな……」
「そんなに、ですか?」
「あぁ。実際には、錬金術研究所だけでなく、魔法技術開発研究所との共同研究だから、基礎研究に二年もかからないと思うが……」
「あ、それは無理だそうです。父の話では、両研究所は犬猿の仲で、競う事はあっても協力する事はないようで、軍務省から再三再四要請しているそうですが……」
どちらの研究所も、研究成果が軍事に利用できる事が多いので、軍務省に属する組織となっています。
が、研究内容が似通っている事も少なくはなく、何かと張り合うようで、今回の共同研究……あの事件の被害者達に対する治療薬の開発も共同ではなく競争と化している……と、軍務大臣である父が手紙で嘆いていました。
「…………まぁ、似たような組織を並列で設立した以上、そうなるのも仕方ないか……そうなると、ますますガラハッド達のやっていた研究成果は価値が上がるな……」
もしも、この研究資料を売るとなれば、対立している両組織が独占したがるので、その値はどんどんと上がる事でしょう。
ただ……。
「ま、見つけたとしても、どちらにも渡さないがな」
「一応、理由をお聞きしても?」
「そんなの、決まっているだろ? 上からの要請を無視してまで手柄の奪い合い、足の引っ張り合いをするような連中には任せられん。血反吐はいてでもある程度の形に仕上げてやる」
「はぁ、そう仰ると思いました。ですが、キャストン様はまだ学生です。そうそう薬の開発に」
「あ、俺はもう学園卒業するし」
「時間を……って、え?」
今、何と?
「下手すりゃ今の三年より先に卒業するかもな。まぁ、多分、来月の卒業式とほぼ同時に俺も卒業となるだろう」
「な、え? ど、どういう事ですか?!」
「いや、正直、もう学園に通ってもやる事がないし、それ以上に通っている暇が本当にない」
学園を卒業? 二年生で? え、私みたいな途中退学ではなく? どうやって?
…………あー……ひょっとしなくても、マーリン学園長と何か取引なさいました?
いえ、問題はそこではありませんね。
キャストン様が学園を卒業なさると、当然生活の拠点はクレフーツ家のお屋敷になる……はずですが、何やらまた予想外の事が起こるやも……?
「ま、それはさておき、何よりも今直面している問題は研究論文の在り処だ」
むぅ、質問する前に本題に戻ってしまいました……。
「やはり、論文の原稿はガラハッド・エレイシスのアイテムボックスの中ではないかと……」
「だが、大事な妹を救う唯一の方法を持ったまま、戦場に行くか? 自分にもしもの事があったら、妹を救う薬の製法が失われる事になるぞ? 少なくとも、何処かに製法があるはずだ」
確かに、そんな大事な物をアイテムボックスに入れて戦地に赴くとは考えられません……。
アイテムボックスの中身は、持ち主が亡くなった場合、永遠に取り出せなくなるのですから。
「でしたら、残るはその日記の中かと……」
最初に二重底の抽斗から見つけた本。
あれは日記だったようで、中を確認せず、後でエレイン様にお渡しするつもりだったそうです。
「そうだな……製法だけでも残しておけば良い訳だから、この日記に遺された可能性は高いが……」
「どうかしたのですか?」
難しい顔をしたまま、日記を開こうとはしないキャストン様。
「いや、他人の日記を見るとか、ダメだろ?」
「…………でしたら、エレイン様にご確認していただきましょう」
ご遺族としては、故人が生前に何を考えていたかなど、少しでも知りたいでしょうし、何よりこの日記には出征前に遺書としての役割も与えられているかもしれないのです。
……あぁ、また一つ分かった。
この方は、自分が死ぬ可能性を考慮して、遺される家族に資産を遺す事は考えても、ご自分の意思を伝えるという事は考えないのですね……。
でも、この日記を二重底の抽斗には戻さず、エレイン様に渡そうとはした。理解には及ばないが、そうするのが一般的と考えて……。
「ふむ……それしかないか」
そうと決まれば、研究室を片付けて、エレイン様の元へと向かいます。
どうやら、フレア様達と共に全員が寝室にいるらしく、ノックをするとリジーが扉を開いてくれました。
「おかえり」
「はい、ただいま戻りました」
「……うん、上手くいったみたいでよかった」
「う……」
上手く、いったのでしょうか?
これまでに比べ、キャストン様の反応が軟化しているとは思うのですが……頭を撫でられた時の……その……そう、衝撃が強すぎて、あの後どうなったのか記憶にないんですよね……。
「う?」
「いえ、何でもありません。エレイン様はこちらに?」
「うん。エステルとお話してる」
入室すると、ベッドの脇に設えられていた椅子にエレイン様が着かれていたらしく、立ち上がってお辞儀なされました。
フレア様はと言えば、リジーと一緒に扉の傍で控えていらっしゃったのですが……。
「あの、フレア様? 如何なさったのですか?」
「どうも、しませんよ……」
明らかに消耗している様子でした。
「無理しすぎ。エステルは、呼吸するだけで辛いらしい。しかも、いつもは眠る事も出来ず、眠っているんじゃなくて、気絶しているようなものだって。なんだっけ……大気中の魔力に過敏に反応するせいだっけ? だから、キャス様やフレアが体内の魔力を一切使用しない結界を張って、周囲の魔力を結界の外に弾いていたみたい」
それは……あの小さな身体でそれほどの責め苦に苛まれていたとは……。
「んぐ……どうせ、その結界もお兄様に再度掌握されてしまいました……それで、薬の製法は見つかりましたか?」
「薬って?」
「ガラハッド・エレイシスがあの神子の協力を得て完成させたと言う、エステルちゃんに飲ませた薬です。錬金術に関しては、私はあの男やお兄様ほどの理解には及んでいませんから……」
あぁ、やはりフレア様はキャストン様が何をなさろうとしていたのか、ご理解なさっていたのですね……。
その域に到達するには、先が長そうです……。
「それが、資料は大量にあったようなのですが、肝心の論文や製法は見つからず、残すはあの日記だけなのです」
そう告げて送った視線の先には、キャストン様があの日記をエレイン様にお渡ししている姿がありました。
「でしたら、あの几帳面な男の性格からして、あの日記に確実に遺されているでしょう……お兄様が探して見つからないのであれば、エレインさんにも見つけるのは困難でしょうから」
「んー……でも、エステルは一度、その薬を飲んでいるんでしょ? なら、同じ薬を飲ませても、効果がないんじゃないのかな?」
「それは……」
リジーの疑問に、今更ながらその可能性に思い至りました。
「その可能性もなくはないですが、完治させるもののみを『薬』と表現する訳ではありませんよ。おそらく、その薬は症状を緩和させる類の薬です」
「どういう事?」
「エステルちゃんのこの症状は……正確に言えば、病気ではありません。成長により、先天的な体質が不安定になっているせいで引き起こされる問題です。大きくなれば、自然と安定します。なので、それまで症状を抑え、時間稼ぎが出来れば十分という訳です」
「つまりは、対症療法であると?」
「はい。まさにそれです。原因療法をしようにも、生まれ持った体質なので手の施しようがありませんから」
確かに、風邪なんかも魔法や薬で根治出来ませんね。
まして、これまで公けには服用者が処分される事になる薬だったのです。
個人でここまで成果を出しているだけでも驚嘆に値します。
「ただ……」
「「ただ?」」
暫く言いよどんだ後、フレア様は諦めたかのような表情で……。
「またお兄様が無茶をしそう……いえ、あれは道理を蹴り飛ばして、無理を押し通すつもりですわね」
その視線の先には、険しい顔をしてこちらに戻ってくるキャストン様が……。
「お兄様、とりあえず却下です」
「ぐぬ……」
開口一番、非常に簡潔な結論だけを言い放つフレア様。
「お二人とも、覚えておいて下さい。こういう顔をしている時のお兄様は、だいたいご自分の負担を度外視した案を出します。そして、それをうっかり耳にしてしまえば、口八丁で丸め込まれます。なので、聞く耳を持たずに却下してください」
立て板に水とはまさにこの事……キャストン様も反論できないご様子です。
「お兄様、まず、『完璧』を捨ててください。まぁまぁ、そのお顔を拝見すれば大体の所は察しがつきます。あの陰険眼鏡、お兄様宛に遺書か何かを遺しましたね?」
「……日記の中に、俺宛の手紙が入っていた。そこに、薬の製法と謝罪と……妹の治療を頼まれた……」
「それは単に、自分の代わりに薬を作って欲しい、というだけの事だと思いますが?」
「そうなんだが……俺の油断があいつの出征を招いた。落とし前は付けたい」
「理由も書かれていたんですか?」
フレア様の問いに首を縦に振るキャストン様。
阿吽の呼吸とも言うべき速さで話が纏まっていきます。
「はぁ……でしたら、『完璧』と『短期決着』、この二点は諦めて、お兄様の負担を極力軽くした案を組み直してください」
苦虫を噛み潰したような顔で、フレア様が提案なさいます。
……提案という形の実質命令ですね、これ。
「この通り、お兄様は生き急いでいる節もあるので、お二人で注意してあげてください」
提示された条件の下、キャストン様が頭を捻っている間に、フレア様が私達に語りかけます。
「あの、それはどういう……」
「どうも何も、もうお兄様が学園に通う理由はありませんからね。おそらく、さっさと自主退学なりなさるでしょう。そうなると、私の目が届かないようになってしまいます。私も退学してお兄様に付いて行きたい所ですが……流石に両親もお兄様もそれは認めないでしょうから」
……「流石はフレア様」と言うべきなのか、「流石のフレア様でも」と言うべきなのか……。
キャストン様が学園を出る事は読めたようですが、きちんと卒業資格も得る事までは読めなかったようです。
「なので、これからは実家がお兄様の生活の拠点となります。私よりも、お二人の方が接する機会は多くなるでしょうから、きちんと見張ってくださいね」
「フレア様……」
「あ、でも、だからと言って、図に乗らないで下さいね? 交際とか、認めていませんから♪」
…………フレア様もフレア様で、何処まで行ってもフレア・クレフーツでした……。
「ねぇ、フレア。キャス様が学園に通っていた理由って何?」
「え? そんなの、おっp……じゃない、グレイ……と、来たようですね」
リジーの質問に答えようとしたその時、何かを感知したらしく、フレア様の顔付きが変わります。
「そのようだな。さて、釣り針にかかった獲物は如何ほどの物か」
それに反応するように、黙り込んでいたキャストン様が呟かれます。
「釣り針って、さっきわざと逃がした密偵?」
「そうですよ。聞耳を立てている者がいる中で、わざわざあんな話をしたんですから、早晩動くとは思いましたが……なかなか良い頃合に来てくださいましたね」
あぁ、やはりですか……。
ガラハッド・エレイシスの戦死は濁す割りに、殿下達の事まで話したのには違和感があったんですよね……。
そうこうしているうちに、玄関を激しく叩く音と、何やら大きな声が響いてきました。
本当に、この兄妹は、一緒にいて飽きませんね。
拙い作品にここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
1月中には次のブリジット視点まで終わらせるつもりが……。
ぐぬー……なんとか、年度末に入っても定期的に公開できるようにします。
古巣のファンタシーでスターなオンラインゲームがアニメ化&新エピソードに突入したとか。
次の舞台は地球って……某スターでオーシャンな3作目みたいに、「前2作(+3作目前半)は作られたゲーム世界でした」なんてオチじゃなかろうな?
今思うとなかなか面白い設定ですが、ガキの頃に2をプレイしていた身としては、凄いショックだったのを覚えています……。
そのせいで、3作目は未クリア……それ以降の作品には全く手付かずと言う有様で……。




