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第二話「お友達が出来ました」

 四月も後半になり、大学の講義にも少しずつ慣れてきた。

 毎日、時間割に合わせて教室を移動して、講義を受けて、空き時間には課題を片づける。そんな大学生活のサイクルが、なんとなく出来上がってきた気がする。

 

 教室の外にある中庭や通路には、サークルの勧誘をするための机が並んでいた。大勢の学生が行き交い、あちこちから声が聞こえてくる。

 大学というところは、本当に人が多い。全学で四千人以上いるのだから、当然といえば当然なのだけれど。

 

 その大勢の人の中に、山崎君を見かけることは一度もなかった。

 学部も学科も違うのだから、簡単に会えるとは思っていない。それでも、どこかで偶然に顔を合わせることくらいあるかもしれないと、少しだけ期待していた。

 

 もちろん、私からメッセージを送ればいい。それはわかっているのだけど。

 何と送ればいいのか。久しぶり、というのも少し違う気がするし、大学生活には慣れた?なんて聞くのも、何だか唐突な気がする。

 考えているうちに、いつも送れずに一日が終わってしまう。

 

 そんなある日、二時限目の講義の終わりに、隣の席に座っていた女の子が、こちらを向いて声をかけてきた。

「あの、よかったら、お昼、一緒に食べませんか?」

「えっ、あ、はい。いいですよ」

 

 彼女は、必修科目の講義で何度か見かけたことのある子だった。午後の三時限目も同じ講義を受けるので、ちょうどいいと思ったのだろう。

 私たちは教室を出て、学内の食堂へ向かった。

 

「私、鈴木紗弓っていいます。よろしくね」

「早田沙織です。こちらこそ、よろしくお願いします」

  お互いに簡単な自己紹介をしながら、お昼を食べることになった。

 

 鈴木さんは、地方の街から東京に出てきて、一人暮らしをしているそうだ。セミロングの黒髪に眼鏡。服装も落ち着いた感じで、話し方も丁寧で、真面目できちんとした人という印象だ。

「早田さんは、東京の人?」

「ええ。都内の高校に通っていました。大学も親元から通っているわ」

「そうなんだ。私、東京ってもっと人が多くて、みんなせかせかしているのかと思ってた」

「人は多いよね。私も、大学に入って改めてそう思ったわ」

「やっぱりそうだよね。私、こっちに知り合いが全然いなくて。高校から同じ大学に来た子もいないし、最初はどうしようかと思っちゃった」

「私も同じ高校から来た人はいないんです。だから、声をかけてもらえてうれしいです」

 そう伝えると、鈴木さんはほっとしたように笑った。

「よかった。実は私、早田さんのこと、講義で何回か見かけてたんだよね。すごく美人で清楚な感じだから、絶対に都会の人だと思ってた」

「えっ、そんなことないよ」

「いやいや、本当に。だから、声をかけるのも、ちょっと勇気がいったんだよ」

 そう言って照れくさそうに笑う鈴木さんを見て、私も自然に笑顔になった。

 

 私は初対面の人と話すのは、決して得意ではない。

 でも、こうして自分から声をかけてくれる人がいると、思っていたよりも話しやすいものなのだと思った。

 

 それから、私たちは同じ講義がある日は声をかけ合い、一緒に受けるようになった。お昼を一緒に食べたり、帰りにお茶をしたりすることも増えていった。

 

 何日か一緒に過ごすうちに、私は鈴木さんの変化に気づいた。

 ある日、いつもの眼鏡ではなく、コンタクトレンズをつけていた。

 

「あれ?鈴木さん、今日は眼鏡じゃないんですね」

「そう、コンタクトにしてみたの」

「そうなんだ。なんか雰囲気が変わるね」

「最初はちょっと怖かったんだけど、頑張って入れてみたんだよね。慣れたら、こっちの方が楽かなって」

 

 また別の日には、いつもより顔全体が明るく見えた。

「今日、何か違いますね」

「わかる?ちょっとお化粧を頑張ってみた。ファンデ変えてみたの」

 

 そして週明けに会ったときには、髪が少し明るい茶色になり、緩いウェーブがかかっていた。服装も、いつもの落ち着いたパンツスタイルではなく、おしゃれなスカート姿だった。

「鈴木さん、髪も服も変わりましたね」

「うん。ちょっとイメチェンしてみたの。どうかな?」

「すごく似合ってますよ」

「ありがとう!」

 鈴木さんはうれしそうに笑ったあと、少し照れくさそうに続けた。

 

「私ね、もともと人見知りするタイプなんだよね。自分から誰かに話しかけるのも苦手だったし。でも、大学生になったんだから、そういうところも変えたいなって思って」

「そうだったんですか。私には、そんなふうには見えなかったわ」

「いやいや、結構頑張ってるんだよ。せっかく大学に来たんだし、友達もたくさん作りたいしさ。女子力も上げたいし!」

 

 最後の言葉には、思わず力がこもっていた。私は、そんな鈴木さんの姿勢を素直にすごいと思った。

 自分を変えたいと思っても、実際に行動するのは簡単ではない。鈴木さんは、コンタクトにしてみたり、メイクを工夫してみたり、髪型や服装を変えてみたり。そうやって一つずつ挑戦しているのだ。

 

「私も、もっと頑張らないといけないですね」

「ええっ?サオリンは、そのままでいいよ!」

「サオリン?」

「あ、ごめん。早田さんって、ちょっと呼びにくいかなって。嫌だった?」

「いえ、そんなことないです。ちょっとびっくりしただけで」

「じゃあ、サオリンって呼んでいい?」

「うん。じゃあ私も、紗弓ちゃんって呼んでもいいかな?」

「もちろん!」

 こうして、私たちはお互いを名前で呼び合うようになった。

 

「でも、本当にサオリンは素材がいいから、今のままで十分だと思うけどなあ」

「そんなことないよ」

「いや、ほんと。私もサオリンみたいな雰囲気になりたいなって思うもん」

「私は、紗弓ちゃんが自分からいろいろ挑戦しているところが、すごいと思うよ」

「えへへ、そう言ってもらえるとうれしいな」

 紗弓ちゃんは照れくさそうに笑った。

 

 その笑顔を見て、私は思った。

 大学生活は、ただ講義を受けて単位を取るだけではないのだろう。こうして新しい友達ができて、知らなかった考え方に触れることも、その一つなのだと思う。

 

 そんなある日、お昼を食べていると、紗弓ちゃんが聞いてきた。

「ねえ、サオリンって、サークルに入るつもりある?」

「サークルですか?まだ、あまり考えていなかったわ」

「私も、まだ決めてないんだけどね。ちょっと気になってるところがあるんだ」

「どんなサークルなの?」

「CCCっていうところ。カレッジ・コミュニケーション・クラブ、だったかな」

「CCC……?」

 

 何だか、ちょっと怪しげな名前だ。

「何その、秘密組織みたいな名前」

「違う違う!普通のサークルだよ。学部とか学科に関係なく、いろんな人と交流して、大学の中に自分の居場所を作ろうっていう感じらしいの」

「へえ……」

「定期的にイベントをやったり、学園祭でも中心になって活動したりするんだって。それに、新入生の大学生活をサポートするボランティアみたいなこともしてるらしいよ」

 なるほど。そういうサークルもあるのか。

 

 私は、サークルというのは、スポーツとか軽音楽とか、何か特別な目的のために集まるものだと思っていた。大学の中で人との交流を増やすこと自体を目的にしたサークルがあるとは、考えたこともなかった。

 

 自分の少ない知識だけで先入観を持ち、最初から選択肢を狭めてしまう。視野狭窄に陥るというのは、こういうことなのかもしれない。

 ……などと、また堅苦しく考えてしまった。

 

「それで、紗弓ちゃんは、そのサークルに入るの?」

「うーん、まだ迷ってる。実は今度の金曜日に新歓コンパがあるんだよね。まずはそれに参加してみて、それから決めようかなって」

「新歓コンパ……」

「サオリンも一緒に行かない?」

「私も?」

「うん!一人で行くより、誰かと一緒の方が心強いし。サオリンも、いろんな人と知り合うきっかけになるんじゃないかな?」

 そう言われて、私は少し考えた。

 

 大学生活は始まったばかりだ。今まで知らなかった人たちと知り合う機会は、きっとこれからたくさんある。せっかくの機会なのだから、最初から避けてしまうのももったいない。

「そうね。これも何かのきっかけになるかもしれないし、参加してみようかな」

「やった!じゃあ、一緒に行こうね!」

 紗弓ちゃんは、うれしそうに笑った。私も、少し楽しみになってきた。

 

 ★☆★☆★☆

 

 僕が通う経済学部には、金融証券学科という学科がある。

 高校のときから経済や金融には関心があったものの、将来何をしたいのか、具体的に決まっていたわけではない。大学でいろいろ学びながら、自分の進む道を考えていけばいいと思っていた。

 

 そんな大学生活にも、少しずつ慣れてきたけど、一つだけ想定外だったことがある。

 文系なのに、必修科目に体育があるのだ。

 しかも、その日は郊外にあるグラウンドまで行かなければならない。朝から電車に乗って移動するのは、なかなか面倒だった。

 

 授業が始まり、準備運動のあと、二人一組になってストレッチをするように指示された。

 

 さて、困った。

 

 周りを見渡しても、当然知り合いはいない。何度か講義で顔を見たことがある人はいるけれど、話をしたことはなかった。

 どうしようかと思っていると、近くで三人で固まっていたうちの一人が、こちらに歩いてきた。

 

「なあ、何回か必修の講義で見かけたことあるよな?」

「え?ああ、そうだね」

「一緒に組まないか?」

「あ、うん。助かるよ」

 正直、ありがたかった。

 

 自分から声をかけるのは、どうにも苦手だ。こういうとき、誰かが先に動いてくれると助かる。

 そいつは、そんな僕の気持ちなど気にする様子もなく、気さくに話しかけてきた。

「俺、加山渉一。よろしくな」

「山崎信長。よろしく」

「よし、じゃあストレッチするか。体、硬い?」

「まあ、普通かな」

「俺は結構硬いんだよな。ゲームばっかりやってたからかな」

「ゲーム?」

「そう。まあ、その話はまた後でな」

 加山は笑いながら、さっさとストレッチを始めた。

 

 午前中の体育が終わると、僕たちはそれぞれ着替え、大学の校舎がある方へ戻ることになった。

 午後からは、そちらで必修の講義がある。

 

 駅へ向かって歩いていると、加山が僕に声をかけてきた。

「山崎、このあと昼めし食うだろ?俺も同じ講義に出るから、途中で何か食って一緒に行かないか?」

「うん、いいよ」

「よし、決まり!」

 僕は初対面の相手に、こんなふうに話しかけることはなかなかできない。だからこそ、少しうらやましいとも思った。

 

 大学に入ってから、改めて気づいたことがある。

 高校までなら、同じクラスになれば、自然と顔を合わせる相手ができた。席が近かったり、同じ行事に参加したり、何となく一緒に過ごすうちに話すようになったり。

 

 でも、大学にはそういう「クラス」がない。講義ごとに教室も顔ぶれも変わる。黙って座っているだけでは、誰とも話さないまま一日が終わることだってある。

 せっかく始まった大学生活だ。新しい友達もできたらいいと思う。そのためには、自分から動かなければいけない。

 頭ではわかっているのだけれど、なかなか難しい。だから、加山のような人はありがたい。

 

 駅の近くで昼食を取ることになり、席に着くと、加山は改めて自己紹介を始めた。

「俺、都内の高校から来たんだよ。まあ、そんなに偏差値の高いところじゃなかったけどな。同じ高校からこの大学に来たの、俺一人なんだ」

 

「そうなんだ。僕も同じ高校から来た人はいないよ」

「お、山崎もか。じゃあ、お互い新しい仲間を探さないとな」

「そうだね」

「俺の高校、勉強はそこそこだったけど、いろんなことに打ち込んでる奴が多かったんだよ。運動部もバスケとか強かったし、文化部も結構すごくてさ。吹奏楽とか軽音とか文芸とか。文芸部なんて、卒業と同時に作家デビューした奴もいるらしいぜ」

「へえ、それはすごいね」

「だろ?で、俺はPCクラブに入ってたんだ」

「PCクラブ?」

「パソコンでゲームを作るんだよ。これが結構面白くてさ。プログラムを書いたり、キャラクターを動かしたり、いろいろ試してみたり」

 加山は、好きなことを話すときの子供のような顔になった。

「じゃあ、加山は情報系の学部に進もうとは思わなかったの?」

「いや、それも考えたんだけどさ。これからはプログラムだってAIが作れるようになるだろ?」

「まあ、そうだろうね」

「だったら、AIにちゃんと指示を出すためには、社会とか経済のことをわかってないとダメじゃん。どんなものを作るにしても、世の中のことを知らなきゃ、いいものは作れないだろ?」

「なるほど……」

 ずいぶん独特な考え方だとは思ったけれど、加山なりに先のことを考えているらしい。

「まあ、実際に何をやるかは、これから考えるつもりだけどな。山崎は?」

「僕も経済、特に金融には関心があるんだ。でも、具体的にどんな仕事をしたいかまでは決まっていないよ」

「いいじゃん。大学一年なんて、これから見つけるための時間だろ。最初から将来が決まってる奴ばっかりじゃないって」

 加山は、あっけらかんと言った。

 そう言われると、少し気が楽になる。自分が何をしたいのか、まだわからない。それは、別に悪いことではないのかもしれない。

 

「そういえば、山崎ってサークルとか決めてる?」

「いや、まだ。勉強に役立つような金融研究のサークルがあれば、入ってみたいとは思ってるけど」

「なるほどなあ。でもさ、サークルって学科に関係ないところに入るのも面白いと思うぜ。普段なら知り合わないような奴と話せるし、視野も広がるだろ?」

「そういうものかな」

「そういうもんだって。いろんなタイプのプレイヤーとパーティー組んだ方が、攻略できるイベントも増えるじゃん」

「……プレイヤー?」

「ほら、大学っていうフィールドに来たわけだろ。まずは一緒に戦う仲間探しだよ」

 これは、大学生活をゲームに例えているみたいだな。

 僕は少し戸惑ったけれど、加山は至って真面目な顔をしている。

 

「山崎って、割と無口で、自分から話しかけるのは苦手なタイプだろ?」

「うっ……まあ、そうかもしれない」

「だったら、ぴったりのサークルがあるんだよ。俺もそこに入ろうと思ってるんだ」

「どんなサークル?」

「CCCっていうところ。学部とか学科に関係なく、いろんな奴と交流して、大学生活を楽しくしようっていうサークルらしい。イベントもいろいろやってるんだってさ」

「へえ……」

「明日、新歓コンパがあるんだ。俺も行ってみるつもりだから、一緒に参加しようぜ」

「明日か……」

 

 少し考えた。

 大勢の知らない人が集まる場所は、正直、得意ではない。けれど、大学生活が始まったばかりの今だからこそ、こういう機会に参加してみるのもいいのかもしれない。

「うん。じゃあ、一緒に行ってみようかな」

「よし、決まり!新しい仲間をゲットだな!」

 加山は満足そうに笑った。

 

 仲間をゲット、か。ずいぶんゲームっぽい言い方だけれど、悪い気はしなかった。

 こうして、僕にも大学で一緒に過ごせる友達が一人できた。

 

 ★☆★☆★☆

 

 さて、ここで一つ、面白いことが起きている。早田沙織は鈴木紗弓に誘われ、山崎信長は加山渉一に誘われた。

 二人とも、金曜日の新歓コンパに参加することになったのだ。さてさて、これはお約束の展開になりそうです。


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