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第一話「私も恋する女子になりたい」

 四月。私こと早田沙織は、都内にある国立大学の入学式に出席していた。

 千人近い学生が一堂に集まり、周りを見渡すと、友達同士で楽しそうに話している人もいれば、これから始まる大学生活に期待を膨らませているような表情の人もいる。そんな中、私は少し疲れていた。


 高校の入学式とは違って、知っている顔はいない。これから新しい友達を作っていかなければならないのだと思うと、楽しみな気持ちもあるけれど、やっぱり緊張してしまう。

 緊張のせいなのか、もともと人混みが苦手な私は、気分が悪くなって早々に帰宅してしまった。

 部屋で落ち着いたところで、これからの事を考えて自分に問いかけてみる。

 

 大学生活って勉強だけではないはず。

 大学生になったのだから、アルバイトもしてみたいし、今まで経験したことのないことにも挑戦してみたい。

 その経験したことのないことの一つ、それは恋愛。

 

 高校時代、私の周りには恋人同士の友達が二組いた。内田君と長谷部さん。それから、石田君と種村さん。

 二組とも、見ていてとても自然なカップルで、特別に何かをしているわけではなくても、二人で話している様子や、相手を見る表情から、お互いを大切にしていることが伝わってくる。

 そういう姿を見るたびに、私もいつかあんなふうに誰かと付き合うことがあるのかしら、と思うことはあった。ただ、それほど真剣に恋愛したいって考えていたわけではなかった。

 

 ここだけの話、男の子から告白されたことは、何度かあるの。体育館の裏とか屋上とかに呼び出されて。でも、ほとんど話したこともない相手から突然好きだと言われても、どう答えていいのか分からないし、相手のことをほとんど知らないのに、好きかどうかなんて判断できないでしょ。結局、全部お断りしてしまったのね。

 当然、付き合った経験はないし、デートしたりとか、手をつないだことも、キ、キスなんてもちろんない。

 つまり私は、恋愛に関しては初心者中の初心者と言うことになると思う。

 

 大学生になって、これから先もずっとこのままでいいのかと考えてしまう。

 恋愛に興味がないわけではないし、むしろ誰かを好きになるというのは、いったいどんな気持ちなのだろうと気になる。

 とはいえ、恋愛をしたいと思ったところで、いったい何をすればいいのか分からない。

 まずは、男の子と話す機会を増やすところから始めたほうがいいのかしら。

 

 高校時代のことを思い返してみると、男子の中で、比較的気軽に話せた相手といえば、内田君と山崎君くらいだった。

 

 二年生の時に同じクラスだった内田君とは、勉強会に誘ったことをきっかけに話すようになった。最初に声をかけたのは私からだったけれど、奈央ちゃんや敦美ちゃんは前から内田君に話しかけていたし、敦美ちゃんなんか「内田っち」とか呼んでいたから、私も緊張しないで話しかけられた。

 それに、内田君はすでに恋人がいるし、今さら会話の練習相手になってほしいというのも、違う気がするし、何より長谷部さんに申し訳ない。

 

 もう一人の山崎君は、塾で知り合ったメガネ越しの瞳が優しい感じの男の子。高校は違ったけれど同じ授業を受けていて、ある時に私が教室に忘れたスマホを届けてくれた人。それから少しずつ話をするようになって、授業の合間にお話しするようになったっけ。まぁやよいさんと三人でと言うことがほとんどだったけど。

 それから、私の高校の文化祭にも、やよいさんのプレゼンを見てみたいって来てくれて、そのときは私が校内を案内したのよね。

 考えてみれば、男の子と二人で行動した経験といえるのは、あのときくらいかもしれない。

 あの時は平静を装っていたけど、内心ドキドキだったのを憶えている。

 

 山崎君とは、大学受験が終わって、卒業したときにメッセージをやり取りしたことがある。お互いに同じ大学へ進学することが分かり、これからもよろしく、と挨拶をした。

 

 そう考えると、男子との会話の練習相手になってくれそうなのは、山崎君がいちばん自然な気がする。

 そう考えた私は、スマホを取り出し、メッセージアプリで山崎君の名前を探して、画面をタップする。

 

 やっぱり最後のやり取りは、三月のもの。

(山崎)お互い、同じ大学なんですね。これからもよろしく

(沙織)はい、よろしくお願いします

 短い挨拶だけれど、別に不自然なやり取りではないと思う。

 

 次は私から会話のきっかけをって思ったけど……何と送ればいいのだろう。

 

 入学式はどうだった、と聞くのも変ではないけれど、同じ大学とはいえ学部が違う。今日の入学式も顔を合わせていないのだから、向こうがどこにいたかも分からない。

 それなら、今度お昼でも一緒に食べませんか、と誘ってみるのはどうだろう。

 

 いや、待って。

 いきなり二人で食事に誘うのは、少し唐突ではないかしら。そもそも、山崎君は私と二人で食事をしたいと思ってくれるかしら。

 もし断られたら、大学で見かけたとしても、どんな顔で会えばいいかわからない。

 考え始めると、いくらでも気になることが出てくる。

 

 ……困ったわ。

 勉強なら、分からないところを調べたり、問題を解いて間違えたところを見直したりすれば、ちゃんと理解できた。

 だったら、恋愛だって同じように考えればいいのではないかしら。

 まずは計画して行動。経験を積んで、うまくいかなかったところを振り返り、次に生かす。

 

 そう、PDCAサイクルね。

 

 計画を立てて、実行して、結果を確認して、改善する。……恋愛にPDCAサイクル?

 

 自分で考えておきながら、なんだか違うような気もする。

 でも、何もせずに悩んでいるだけでは、何も変わらないはずよね。

 

 私はもう一度、メッセージの入力欄に指を置く。

『久しぶり。今度、よかったら』そこまで打って、手が止まる。

 

 よかったら、何なのだろう。

 結局、続きを書くことができず、私は入力した文字をすべて消してしまった。……やっぱり、難しい。

 

 そのとき、新しいメッセージが届いた。やよいさんからだった。

 大学どんな感じ?といった他愛のないやり取りだったけれど、私はほっとした。高校時代の友達とは、進学先が別々になっても、こうして話ができる。

 

 それから私たちは、近況を報告したり、大学の話をしたりして、しばらくメッセージを続けていると、気がつけば、ずいぶん遅い時間になっていた。

 

 私はスマホを置き、ベッドに横になる。どちらにしても今日はもうやめよう。

 大学生活は、まだ始まったばかりだ。焦る必要はない。これから新しい友達もできるだろうし、男の子と話す機会だって増えるかもしれない。

 

 いつか、誰かを好きになる日が来るのだろうか。そんなことを考えながら、私は目を閉じた。

 

 ★☆★☆★☆

 

 大学の入学式というのは、どうしてこうも人が多いのだろう。会場にいるだけで、なんだか疲れてしまい、早々に帰宅した。

 会場では、もう友達ができたらしい連中が楽しそうに話していた。入学式の時点で、どうやってそんなに仲良くなれるんだろうな。僕には、ちょっと理解できない。

 

 僕の名前は山崎信長。今日から大学生だ。

 自分で言うのも何だけど、僕はどこにでもいる普通の人間だと思う。勉強は、まあ、それなりにできる。けれど、スポーツが得意なわけでもないし、話が面白いわけでもない。初対面の相手とすぐに仲良くなれるような社交性もない。もちろん、恋愛経験もゼロだ。

 

 そんな僕が大学に入ったからといって、急に何かが変わるわけでもないだろう。

 とりあえず、講義についていけるように頑張って、友達が一人でもできれば上出来。そんな僕には恋愛なんてものは、縁がない話だと思っている。

 

 ……いや、正確には、縁がないというより、縁があったとしても自分から手を伸ばせない、というところか。

 

 そんな時、頭に浮かんだのは、早田沙織さんの顔だった。

 

 彼女と知り合ったのは、塾だった。

 ある日、彼女がスマホを教室に忘れていて、それを届けたことをきっかけに話をするようになった。それから塾で会うと、少しずつ言葉を交わすようになった。

 

 早田さんは、きれいな人だ。

 見た目が整っているのはもちろんだけど、成績もいいし、落ち着いているし、話していても頭のよさが伝わってくる。僕なんかとは、住んでいる世界が違うんじゃないかと思うくらいだ。

 ……いや、さすがにそれは言いすぎかもしれないけど。

 

 ただ、僕は彼女に、どんな話題で話をすればいいのか分からなくなることがあった。

 何も考えずに話しかけられるような性格なら、もっと気楽だったのだろう。でも、僕はそういうタイプじゃない。

 

 そこで頼ったのが、Jimini、生成AIだ。

 明日は塾の日だという時には、会話のきっかけになりそうな話題を前もって考えてもらい、塾で早田さんに会ったときに使ってみる。もちろん、毎回うまくいくわけじゃない。それでも、何も思いつかずに黙っているよりはマシだった。

 今思えば、ずいぶん回りくどいことをしていた気もする。

 

 彼女の高校の文化祭にも行ってみたけど、悠木やよいさんのプレゼンを見たいという理由があった。

 ただ、せっかく来たのだからと早田さんが校内を案内してくれた。

 

 そのときの彼女は、普段より少し落ち着かない様子で、いつもはしっかりしているのに、僕が何かを聞くと、ちょっと考え込んでから答えたり、案内する場所をしおりで確認したりする、そういうところは、なんだかかわいらしかった。

 

 ……いやいや、何を考えているんだ、僕は。

 そもそも、早田さんが僕のことをどう思っているのかなんて、分かるはずもない。

 

 文化祭の後は、受験勉強に集中することもあって、連絡を取る機会は減っていたし、大学の合格が分かってから、同じ大学に進学することをメッセージで確認したくらいだ。

 

 同じ大学に入学したとはいえ、学部は違う。広いキャンパスの中で、偶然会うことがあるかどうかも分からない。

 

 早田さんなら、すぐに友達ができるだろう。きれいで、頭もよくて、話せばちゃんと相手のことを考えてくれる。男なら放っておかないはずだ。大学生活が始まれば、すぐに彼氏ができることだってあるだろう。

 

 そうなれば、僕がわざわざ連絡を取る理由もなくなる。

 ……いや、別に、今だって連絡を取る理由があるわけじゃないんだけど。

 

 僕はスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。早田さんとのやり取りは、三月で止まっている。

『お互い、同じ大学なんですね。これからもよろしく』自分から送ったメッセージを見返す。

 それに対する彼女の返事は、『はい、よろしくお願いします』だった。

 

 もちろん、それだけで何かを期待したわけじゃない。大学が同じになった知り合い同士の、普通の挨拶だ。ただ、これからも連絡を取ることがあるかもしれないと思って、メッセージを残しておいた。

 

 ……このまま連絡先を消してしまったほうが、気が楽なのかもしれない。

 そんなことを考えて、僕は画面をしばらく眺めていた。

 

 でも、結局、削除することはできなかった。

 

 別に、何かが起こると期待しているわけじゃない。

 ただ、せっかく知り合った相手なのだから、無理に縁を切る必要もないだろう。

 

 もしキャンパスで会うことがあれば、普通に挨拶をすればいい。それくらいなら、僕にだってできる。

 

 僕はスマートフォンをしまい、これから必要になる講義の登録や、大学生活の準備について考えることにした。

 

 まずは、大学に慣れること。それから、少しずつ友達を作ること。恋愛のことは……まあ、考えても仕方がない。僕は僕なりに、大学生活を始めていこう。

 

 ★☆★☆★☆

 

 こうして、二人の大学生活が始まった。

 考えすぎてなかなか一歩を踏み出せない二人の春である。


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