折れない意志
夜明けの光が差し込む頃、ヤザンは依然として病院のベッドに横たわっていた。
前回の任務で彼は〈黒き暁〉のメンバー、イラの幻術によって深い昏睡状態に陥っていた。
彼の心は過去の悪夢の中を彷徨っていた。
記憶が一つ、また一つと消えていく――。
夢の中で、祖父マルワンが彼の前に現れる。
「じいちゃん……待って!」
ヤザンが叫ぶが、その姿は闇に溶けて消えていく。
マヤ、セイグラン、ラカン――彼らも順に現れては、同じように消えていった。
現実の病室では、マヤが白い花束を手に入ってくる。
ベッドの脇に花を置き、彼女はそっとヤザンの手を握った。
「……ここにいるわ、ヤザン。だから戻ってきて。」
彼女の脳裏に医者の言葉がよみがえる。
――「彼を救えるのは、彼自身の意志の力だけだ。」
遠く離れたオトラの村。
アマニは山の頂に座り、風を感じながら小さくつぶやいた。
「ヤザン……無事でいて。お願い。」
病院では、ラカンが急いで部屋に入ってくる。
「どうだ?」
マヤ:「汗が止まらないの……苦しそうなの。」
ラカンは彼の額に触れ、顔をしかめた。
「高熱だ……! 医者を呼んでくる!」
再び、ヤザンの夢の中。
彼は祖父マルワンを襲った魔獣たちを目の当たりにする。
村人たちが石を投げつけ、「出て行け、呪われた子だ!」と叫ぶ声が響く。
地面に落ちていた人形を拾い、少女に差し出すヤザン。
だが母親がそれを乱暴に奪い取り、二人とも闇に消えた。
そして、遠くからかすかな声が聞こえる。
「あなたは私の英雄よ。諦めないで……約束したでしょ。必ず戻ってくるって。」
黒き暁の本拠地
雨音だけが静かに響く部屋。
カインとイラは包帯に覆われた体で治療台に座っていた。
治療を施すのは、時空の支配者〈スカイ・ヴェイル〉――彼らを戦場から逃がした張本人だった。
カイン:「助かったよ、スカイ。お前がいなけりゃ今ごろ……」
イラ:「敵は多かったけど、少なくとも一人は倒したわ。」
スカイ:「黙れ。失敗したのに誇るのか? 本当に愚かだ。許可さえあれば、この場でお前たちを処分していた。」
その時、重い扉が開き、漆黒のコートをまとった男が現れた。
〈黒き暁〉の指導者――アズロン。
アズロン:「帝国が我らを止めるために“特別部隊”を作ったそうだな。……滑稽だ。」
鋭い眼光が二人を貫く。
「ラザンの息子はいたのか?」
イラは視線を落とし、小さくうなずいた。
「……はい。申し訳ありません、アズロン様。」
アズロン:「続けろ。」
カイン:「隊長は強かった。鎖の一撃をすべて受け流された。」
イラ:「私の幻術にも耐えた。しかも、とても速かった。」
アズロン:「光のような速さ……ラカンか。」
スカイ:「アズロン様、次こそ俺に殺らせてくれ。」
アズロンは手を上げ、彼を制した。
「焦るな、スカイ。お前の力でも、あの男と戦えばただでは済まぬ。だが――奴らが我々を探しているなら、好都合だ。」
唇の端を歪めて笑う。
「こちらから動こう。ラザンの息子を――誘拐する。」
イラ:「一人は私の幻術にかかったまま。今も意識は戻らないはず。」
アズロン:「そうか……なら準備を進めろ。」
帝国病院にて
ヤザンはなおも苦しげに体を震わせていた。
マヤはその手を強く握りしめる。
「お願い……もう一度、目を開けて。」
そこへ、セイグランが勢いよく部屋に入ってきた。
「起きろよ、弱虫。こんなところで終わるのか?」
マヤ:「セイグラン! そんな言い方――」
だが彼は構わず、ヤザンの耳元で低く言い放った。
「初めて会った時から、お前は気に入らなかった。もし起きなかったら……俺は二度とお前を友達とは認めない。」
その言葉が、深い闇の底にいるヤザンの意識に届いた。
――「起きろ。じゃなきゃ、友達とは認めねぇ。」
ヤザンの指がわずかに動く。
息を吸い込み、まぶたが開いた。
「……マヤ?」
マヤは涙を流しながら叫んだ。
「ヤザンが……目を覚ました!」
ラカンは安堵の笑みを浮かべた。
「よく戻ったな、戦士よ。」
ヤザンがセイグランを見ると、彼は背を向けたままぼそりと言う。
「さっさと起き上がれ。任務は山ほどある。」
その瞬間、ヤザンの胸に温かいものがこみ上げた。
――それは、あの無愛想な男から初めてもらった“友情”という証だった。
だが、ヤザンの記憶はまだ戻らない。
イラの幻術に落ちた瞬間からの出来事は、すべて霧の中。
ただ一つ、耳に残る言葉だけが消えなかった。
――「起きろ。じゃなきゃ、友達とは認めねぇ。」
静寂の中で、光が差し込む。
新たな戦いの幕が、静かに上がろうとしていた。
作者より
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