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イザン:血の継承  作者: Salhi smail


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149/151

完全なる器

象徴的な導入


扉は、力だけで開くものではない。


時に——

肉体が強く、

血が深く、

名が重くとも……


それでも、

扉は閉ざされたままなのだ。


なぜなら、闇は常に最強の者を探しているわけではない。


闇が探すのは、空洞。


温もりを奪われ、

そして力こそが、

生き残る価値のある唯一のものだと教え込まれた心。


血は鍵になり得る。


だが恐怖こそが……

その鍵を回す手なのだ。


廊下 — アルマザ王宮


気配は、まだ到達していなかった。


だが、動いた。


そこは王宮から遠く、

統治の間からも遠く、

目の前で起きたことしか見ようとしない者たちの視界の外。


黒い何かが、空気を押しつぶし始めていた。


最初にそれを感じたのはイザンだった。


次に、ハマン。


それは壁の揺れではなかった。

空に響く叫びでもなかった。


遠い鼓動のようだった。

誰も見たくない方角で、暗い心臓が脈を打ち始めたかのように。


廊下には、

ハスミが統治の間の扉の前に立っていた。


その前にはラーカン。

マヤはその隣にいた。

そして隊は、全員が沈黙していた。


一方、イザンは、

彼らの輪の中にはいなかった。


ラーカンとマヤとの短い会話のあと、

彼は廊下の端へ数歩離れていた。


統治の間の扉に落ちる影に近く、

そしてハマンが沈黙したまま立っている場所にも近かった。


今の彼は、その輪の一部ではなかった。


だが、名前を呼ばれれば聞こえるほどには近く、

真実がまだこの廊下を去っていないのだと、

全員に感じさせるほどには近かった。


ほんの少し前まで、

イザンは訓練の日々について語っていた。


食堂のこと。

卵の皿のこと。

たった一人の少女が、自分を普通の人間のように扱ってくれたことを喜んでいた、小さな人間のことを。


だが、次の瞬間には、

彼の顔に別の重みが戻っていた。


過去が、もはや涙を求めていないことを知る男の重み。


求められているのは、決断だった。


ラーカンは、イザンが最後に立っていた場所から目を離さなかった。


そして言った。


「……すべてを知りたい。ハスミ将軍」


ハスミはゆっくりと息を吸った。


彼の顔は、自分がそう見せたいほどには穏やかではなかった。


「……すべてを廊下で語ることはできない」


彼は統治の間の扉を見た。


「……だが、何が起きたのかを理解するのに十分なことなら、話せる」


アルダが一歩近づいた。


アドナンは黙ったままだった。

その視線は、何度もハマンへ戻っていた。


アミールは顔を上げなかった。


ライードは歯を食いしばっていた。


マヤは、

聞いているようで、聞いていなかった。


イザンの言葉が、まだ彼女の中に残っていた。


「自分が完全な異物じゃない気がしていた」


なぜその言葉が、謝罪よりも痛むのか、彼女には分からなかった。


謝罪は、傷を閉じるものかもしれない。


だがその言葉は、

彼女が存在すら知らなかった扉を開けてしまった。


ハスミは低い声で言った。


「……あの部屋の中で、イザンは誰も剣で倒していない」


視線が彼に集まった。


「……だが彼は、アルマザの歴史そのものを裸にした」


廊下が静まり返った。


ラーカンでさえ、何も言わなかった。


ハスミは続けた。


「……我々が思っていたように、氏族は力の起源ではなかった」


「……ただの欠片だった」


彼は廊下の奥に刻まれた遠い紋章を見た。


「……そして皆が恐れてきた血は、意味のない伝説ではなかった」


アミールがゆっくりと顔を上げた。


「……どういう意味ですか?」


ハスミは彼を見なかった。


「……イザンは、ただの逃亡者ではなかったということだ」


彼は言葉を止めた。


「……ただの容疑者でもない」


マヤは無意識に胸元を握った。


ハスミは続けた。


「……彼は、リースの息子だ」


その言葉が再び落ちた。


だが今度は、単なる情報ではなかった。


それは鍵だった。


廊下の端で、

イザンは振り返らなかった。


だが肩が一瞬だけ止まった。


その名は、

どれだけ聞いたことがあっても、

他者の前で告げられると、なお重みを持つのだ。


ハスミは、より静かに、だがさらに重く続けた。


「……そして血筋で言えば、彼は賢者ハルーン・ザランの孫でもある」


廊下全体が沈黙した。


「……アルマザの創始者だ」


空気そのものが止まったようだった。


かつてイザンを見下し、

騎士たちの中に立つ資格もない追放者の少年として扱っていたアミールは、

硬直したままだった。


言葉が出なかった。


ナダは口元に手を当てた。


「……なんて高貴な血筋……」


ワイルは、聞いたことを拒むように、ゆっくりと首を振った。


「……え?」


そして、さらに小さな声で繰り返した。


「……え?」


ライードは強く拳を握った。


反論したかった。


血筋など関係ないと言いたかった。


この真実を、少しでも軽くする方法を探したかった。


だが彼の目は、遠くに立つイザンからハスミへ移り、

そして統治の間の扉へと移った。


彼は明らかに苛立った声で言った。


「……つまり、イザンはハルーンの血を引いている……」


一瞬、止まった。


そしてさらに眉をひそめた。


「……それで、あの傲慢なシグランは、ニムルードを通してカグチの系譜に連なるというのか?」


彼は歯を食いしばった。


「……なんという恥だ」


その言葉は、イザンへの怒りではなかった。


自分たちの氏族が、

純血と力を誇ってきたその氏族が、

災厄の道の始まりとなる男を、自らの影の中に抱えていたことへの怒りだった。


その後ろで、ワイルがついに耐えきれなくなった。


彼は手のひらで頭を叩き、小さくつぶやいた。


「……ちょっと待ってくれ……もう何も分からない」


ハスミを見て、

遠くのイザンを見て、

そしてハマンを見た。


「……あれがリースの息子?」


混乱した手で彼方を指した。


「……で、あのシグランは古い痕跡?」


今度は自分自身を指し、助けを求めるように言った。


「……それで氏族は全部、欠片?」


少し黙ったあと、力なく言った。


「……頭が痛い」


誰も笑わなかった。


だが緊張は、その一瞬だけわずかに緩んだ。


たった一呼吸。


そのあと、再び重さが廊下に戻った。


後ろでは、

アナス・コラミが黙っていた。


いつものように。


声を荒げることもなく、

他の者のように驚きを表に出すこともなかった。


だが、ハスミが、ハルーン・ザランの起源はザランの名を持つ前、コラミに戻ると言った時、

彼の目に小さな変化が生まれた。


アナスは一歩前へ出た。


静かに言った。


「……なら、彼はコラミの起源にも連なるのか」


アミールが驚いて彼を見た。


「……何を言っている?」


ナダも驚いてアナスを見た。


だがアナスは、

遠くに立つイザンを見つめたままだった。


大きく笑うことはなかった。


ただ、低い声で言った。


「……ずっと、近いものを感じていた」


少し沈黙する。


そして続けた。


「……仲間としてだけじゃない」


彼はわずかに目を上げた。


「……まるで、俺の血に近いような」


その言葉は大きくなかった。


だが、どんな叫びよりも澄んでいた。


その瞬間、

少なくとも何人かにとって、イザンはもはやただの逃亡者ではなくなっていた。


統治の間から出てきた侵入者でもなかった。


もっと厄介なものになった。


リースの息子。


ハルーン・ザランの孫。


そして古きコラミの流れを引く者。


かつて起源に最も近い血を拒んだ氏族が、

今、その血の前に立ちながら、気づかずにいたのだ。


ハスミは、その衝撃が少し沈むのを待った。


そして言った。


「……だが、あの部屋で語られた中で、最も危険なのはそれではない」


ラーカンが目を上げた。


「……何が最も危険なのですか?」


ハスミは、窓の向こうの灰色の空を見た。


「……迫っている危険は、血だけではない」


彼は黙った。


そして言った。


「……器だ」


恐怖という言葉


ラーカンは目を細めた。


「……器?」


ハスミはゆっくり頷いた。


「……扉は、血だけで開くものではない」


統治の間の扉の近くで、

ハマンは微動だにせず立っていた。


その顔は、気配が動いた方角へわずかに向いていた。


廊下の端では、

イザンが沈黙したまま立っていた。


二人の距離は短かった。


だがその間には、語られなかったすべてが満ちていた。


ハスミがその言葉を口にした時、

ハマンは動かなかった。


だが彼の内側で、何かが動いた。


ハスミは続けた。


「……血は道を整えることがある」


「……だが扉を開くものは……」


彼は止まった。


一瞬、ハマンを見た。


そして言った。


「……恐怖だ」


恐怖。


たった一語。


しかしそれは、ハマンの耳に届いただけではなかった。


彼のすべての年月を横切った。


本を。

広間を。

その時には理解できなかった遺言を。


そして、訓練場で膝をついている小さな少年の顔へと届いた。


回想 — 訓練場


シグランは七歳だった。


膝には土が張りついていた。


腕から血が流れていた。


胸は激しく上下していた。

まるで痛みの歯の間から息をしようとしているかのように。


木剣は手から落ちていた。


だがハマンは、それを拾わなかった。


彼の前に立っていた。


冷たく。


厳しく。


まるで慈しみそのものが殺すべき敵であるかのように。


ハマンは言った。


「立て」


シグランは試みた。


だが腕が言うことを聞かなかった。


また倒れた。


唇が震えた。


だが泣かなかった。


泣いても救われないことを、すでに学んでいた。


ハマンはわずかに身を屈めた。


声は高くなかった。


だが叫びよりも残酷だった。


「戦場に心の居場所はない」


シグランは目を上げた。


ハマンは続けた。


「感情で戦う者は……その感情に埋められる」


少年はその言葉のすべてを理解したわけではなかった。


だが、ひとつだけ理解した。


自分の心は危険なのだ。


弱さは恥なのだ。


痛みは、誰かに見られる前に埋めなければならないのだ。


回想 — リンの手


訓練のあと、

シグランは壁のそばに座っていた。


誰も求めなかった。


誰の名も呼ばなかった。


腕に流れる血を見つめていた。

それが自分の血なのか、あるいは内側にいる別の何かの血なのか、分からないように。


その時、リンが現れた。


影の中から。


小さく。


静かに。


濡らした布を持っていた。


彼女は、彼が強いとは言わなかった。


弱いとも言わなかった。


ただ彼の前に座った。


そして優しく彼の腕を取った。


血を拭った。


その手の感触は、この家のどんなものとも違っていた。


ハマンの命令とも違った。


広間の沈黙とも違った。


訓練の冷たさとも違った。


それは温もりだった。


あまりにも単純なものだったから、

シグランはそれをどう受け止めればいいのか分からなかった。


リンは柔らかい声で言った。


「お父様には、私が手当てしたって言わないでね」


シグランは彼女を見た。


そしてその日初めて、

彼の呼吸は落ち着いた。


リンはただの姉ではなかった。


すべての扉が閉ざされた家に残された、最後の窓だった。


回想 — 雨


そして、その日が来た。


シグランの心から決して消えなかった日。


ハマンは怒っていた。


怒りが部屋を炎のように満たしていた。


リンは彼の前にいた。


声は震えていた。

それでも、彼が望むようには下がらなかった。


ハマンは彼女の首を掴んだ。


幼いシグランが飛び出した。


持てる力すべてで父の腕を掴んだ。


叫んだ。


「離して!」


ハマンには聞こえなかった。


あるいは、聞こえていても、自分に聞かせることを許さなかった。


シグランはさらに強く腕を引いた。


「お願いだ、父さん!」


その言葉。


父さん。


それは二人の間に落ちたが、

誰も救えなかった。


ハマンは彼を脇へ押しやった。


そしてリンを投げた。


その声は、断ち切るようだった。


「お前の居場所はここにはない」


家全体が沈黙した。


「私の家から出ていけ」


その後にあったのは、雨だった。


リンは出ていった。


空が、すべての者の代わりに泣いていた。


シグランは扉へ走った。

だが召使いたちが彼を押さえた。


声が裂けるまで叫んだ。


「姉さん!」


「リン姉さん!」


リンは最初、振り返らなかった。


やがて雨の中で一度だけ立ち止まった。


だが、戻らなかった。


その瞬間、

シグランの心に空洞が入り込んだ。


誰にも埋められない空洞。


訓練でも。


命令でも。


力でも。


ただ、奪われた温もりの場所に、

静かな憎しみだけが育ち始めた。


回想 — 部屋の扉


年月が過ぎた。


シグランは成長した。


背は高くなった。


より硬くなった。


より静かになった。


そして、より危険になった。


ある日、彼は屋敷へ戻った。


召使いたちは頭を下げた。


エミリアが荷物を持とうとした。


だが彼は振り返らなかった。


何も言わなかった。


その廊下を歩く彼は、家に戻ってきた者ではなかった。

自分の一部を埋めた場所へ戻ってきた者だった。


そして足を止めた。


リンの部屋の扉の前で。


扉は閉ざされていた。


静かだった。


手を伸ばさなかった。


開けなかった。


名を呼ばなかった。


ただ立っていた。


そして、その木目の中にすべてを見た。


濡れた布。


雨。


裂けるまで叫んだ声。


「リン姉さん!」


そして彼は歩き出した。


閉ざされていたのは、その扉だけではなかった。


彼の内側の何かが、

もうどう入ればいいのか分からなくなっていたのだ。


現在 — ハマンの理解


ハマンは廊下へ戻ってきた。


遠い気配はまだそこにあった。


だがもはや、ただの気配ではなかった。


彼はそこに、膝をつく少年を見た。


その腕の血を拭う少女を見た。


雨を見た。


閉ざされた扉を見た。


そして自分自身を見た。


そのすべての間に立ち、

自分は騎士を作っているのだと思い込んでいた自分を。


喉が乾いた。


最初、彼は何も言わなかった。


だが、その目が変わった。


イザンは廊下の端に立っていて、彼から遠くはなかった。


ハマンを見てはいなかった。


それでも、変化を感じ取った。


ハスミは背後で話していた。

だがハマンには、もうすべての言葉は聞こえていなかった。


聞こえたのは、ハルーンの遺言だけだった。


「恐怖を知恵に似せるな」


そして、自分の昔の声。


「戦場に心の居場所はない」


ハマンは目を閉じた。


初めて、

シグランを失敗した武器として見なかった。


完成しなかった息子としても見なかった。


制御を失った力としても見なかった。


彼を、空洞として見た。


自分が作る手助けをした空洞として。


低い声で言った。

それは、ほとんどイザンにしか聞こえなかった。


「……私は騎士を作ったのではない」


イザンは振り返らなかった。


ハマンは続けた。


「……満たす力を探す空洞を作ったのだ」


その言葉は重かった。


それは最高司令官の口から出た言葉ではなく、

崩れた壁に残る自分の手の跡を、ようやく見た男の言葉だった。


そして、より遅く言った。


「……私は血を見ていた……」


沈黙。


「……だが、人の内側で恐怖が何を作るのかを見ていなかった」


イザンは一瞬だけ目を閉じた。


彼は、そうだ、とは言わなかった。


遅すぎた、とも言わなかった。


遅れて届いた真実には、

さらなる刃は必要ないからだ。


完全なる器


ハスミは隊への説明を続けた。


だがその声は、さらに低くなっていた。

廊下そのものが言葉を恐れているかのようだった。


「……シグランが危険なのは、強いからだけではない」


ラーカンは彼を見た。


ハスミは言った。


「……力だけでは災厄は生まれない」


マヤが目を上げた。


アミールは何かを尋ねたそうに見えたが、何も言わなかった。


ハスミは続けた。


「……強い肉体は抵抗することができる」


「……強い血だけでも足りない」


そして、ハマンが立っている方を見た。


「……だが、空洞がある時……」


沈黙。


「……恐怖があり……」


また沈黙。


「……力こそが存在の意味そのものになろうとする欲望がある時……」


彼は声を落とした。


「……その時、人は扉になる」


ラーカンが言った。


「……何への扉です?」


ハスミはすぐには答えなかった。


一瞬だけ、廊下の端に立つイザンを見た。


それから低く言った。


「……悪魔への」


その言葉は叫ばれなかった。


それでも全員に届いた。


マヤは腕に冷たい震えを感じた。


アナス・コラミは拳を握った。


アドナンは窓の方へ顔を向けた。


ハスミは続けた。


「……血だけが扉だったのではない」


沈黙。


「……恐怖こそが鍵だった」


不完全な痕跡


今度は、

イザンが語ったのではなかった。


ハスミが説明を続けた。

その目はハマンと隊の間を行き来していた。


「……シグランはザランではない」


その言葉は明確だった。


「……完全なる起源の継承者でもない」


ラーカンは目を細めた。


ハスミは続けた。


「……彼が持つのは痕跡だけだ」


ハマンは動かなかった。


だがその言葉は、彼自身が知る場所を突いた。


ハスミは言った。


「……ザランの血の古い痕跡」


「……ハルーンがハマンを死から救った日に、彼の体へ入ったもの」


隊全員がハマンを見た。


だがハマンは答えなかった。


ハスミは続けた。


「……その血は、ハマンに起源を与えなかった」


「……彼をザランにしたわけでもない」


「……だが沈黙した傷跡として、彼の体に残った」


そして付け加えた。


「……時を経て、その痕跡は受け継がれた」


「……弱く」


「……不完全に」


「……沈黙したまま」


「……シグランへと」


沈黙がさらに重くなった。


ハスミは空の方を見た。


「……だが痕跡だけでは、扉は開かなかった」


彼は止まった。


「……恐怖が開いたのだ」


ラーカンが静かに言った。


「……なら、イザンとシグランの違いは……」


ハスミは遠くのイザンを見た。


すぐには答えなかった。


今度は、

廊下の端からイザンの声が届いた。


静かだった。


大きくはなかった。


だが、届いた。


「……俺は苦しんだ」


全員が沈黙した。


イザンは完全には振り返らなかった。


「……彼も苦しんだ」


彼は地面を見た。


「……俺は拒まれた」


「……彼は恐れた」


「……俺は罪を着せられた」


「……彼は壊された」


それから、わずかに目を上げた。


「……でも俺には、自分が人間だと思い出させてくれる者がいた」


彼はすべての名を口にしなかった。


だが、それらは彼の内側を過ぎていった。


シャーメル。


ラーカン。


リン。


ナスリン。


キナン。


そしてマヤでさえ、

小さな食堂での何気ない問いとともに。


マヤは、彼が自分を見ていないのに、

その言葉が自分へ戻ってきたように感じた。


イザンは続けた。


「……だがシグランは……」


彼は止まった。


「……苦しむたびに、強くなれと言われた」


「……恐れるたびに、心を埋めろと言われた」


「……温もりを必要とするたびに……」


ついにハマンを見た。


「……記憶の中で、リンの扉が閉ざされていた」


ハマンは目を上げなかった。


イザンはさらに静かに言った。


「……イザンは苦しみ、意味を探した」


そして空の方を見た。


「……シグランは苦しみ、力を探した」


それ以上、何も言わなかった。


説明に与えられた彼の時間は、

そこで尽きたかのようだった。


アルマザの境界


王宮から遠く。


廊下から遠く。


ようやく真実を語り始めた言葉からも遠く。


アルマザの境界は、重い灰色の空の下に広がっていた。


前線の塔は沈黙していた。


その上に立つ兵たちは、骨の上を何かが通り抜けるような感覚を覚えた。


最初は何も見えなかった。


ただ風が止まった。


次に、木々から鳥が一斉に飛び去った。


そして大地は、

ほんの一瞬、

息を止めたように見えた。


影の中から、

シグランが現れた。


彼は速く歩いてはいなかった。


その必要がなかった。


彼を包む黒い気配は、ただ燃えているのではなかった。


呼吸していた。


体の中にいる何かが、もはやそこに住んでいるのではなく、

その肉体を使っているかのようだった。


彼はアルマザへ顔を上げた。


首都は遠かった。

だが見えるには十分だった。


城壁。


塔。


紋章。


自分たちはすべての上に立っていると思い込んできた歴史。


シグランは笑った。


あの都市は彼の名を知っていた。


あるいは、これから知ることになる。


だが前へ進む前に、

彼は止まった。


別のものが感覚に触れた。


糸。


細く。


静かで。


首都から離れた場所。


アルマザではない。


別の方角。


彼はゆっくり振り向いた。


目を細める。


そして笑った。


「……イザン」


その名に怒りはなかった。


愉悦だった。


闇が最も好む遊びを見つけたかのようだった。


シグランは遠い地平を見上げた。


感じていた。


そこに。


人々から遠く。


家々から遠く。


アルマザから遠く。


イザンは隠れていなかった。


自らの気配の糸を残していた。


呼びかけではない。


餌だった。


シグランは低く笑った。


「……俺を誘っているのか?」


そしてもう一度、アルマザを見た。


まるでそこに語りかけるように。


「……心配するな」


笑みが広がった。


「……お前を忘れたりはしない」


そして言った。


「……まずは彼だ」


短い沈黙。


「……それからアルマザ」


影の爪


シグランの背後で、

影が動いた。


それは人間だけではなかった。


アーセル。


リクザ。


そして彼の気配に呑まれた者たち。


その顔は青白かった。


目は、人間の怒りとは違う黒に染まっていた。


彼らは死んでいなかった。


だが、その中の何かは、もはや正しく生きてはいなかった。


その間を、

歪んだ存在たちが這っていた。


闇から出てきた怪物たち。


まるで大地の憎しみそのものから生まれたかのように。


長い四肢。


病んだ沈黙へ開かれた口。


慈悲のない目。


それだけでアルマザを落とすほどの数ではなかった。


だが、門を地獄へ変えるには十分だった。


シグランは振り返らなかった。


ただ手を上げた。


黒いエネルギーが彼らの体へ流れ込んだ。


足元の大地が震えた。


リクザが顔を上げた。


その体に病んだ雷が走った。


アーセルが拳を握った。


怪物たちは、誰にも聞こえない命令を聞いたかのように身をかがめた。


シグランは彼らに新しい力を与えただけではなかった。


彼らの中にもともとあったものを腐らせた。


速さは獣のものになった。


技は慈悲を失った。


痛みは身体から遠ざかった。


まるで、それが別の誰かに起きたことのように。


シグランは冷たく言った。


「……アルマザはお前たちにやる」


そしてイザンを感じた方角へ顔を向けた。


「……だが彼は……」


彼は笑った。


「……俺のものだ」


泣かぬ大地


首都から遠く離れた場所で、

イザンは広い大地の上に一人で立っていた。


家はない。


子どもはいない。


市場もない。


怯えた者たちが隠れる窓もない。


ただ硬い地面と、

重い空と、

何かがここで起きると知っているかのように石の上を抜ける風だけがあった。


イザンは目を閉じた。


自分の気配をすべて隠しはしなかった。


その一部だけを残した。


シグランが辿れる一本の糸。


イザンは戦いを待っていたのではない。


戦う場所を選んでいた。


一瞬、

オタラの名が頭をよぎった。


彼はその光景を大きくさせなかった。


叫びを完全には戻さなかった。


ただ心の中で言った。


二度と。


目を開けた。


シグランが自分を感じ取ったことは分かっていた。


来ることも分かっていた。


すべての者を守ることはできない。


だが少なくとも、

なぜ死ぬのかも分からない顔で、大地が満たされるのを防ぐことはできる。


彼は地平を見上げた。


誰にも聞こえない声で言った。


「……来い」


道が動き出す


アルマザの境界で、

シグランは進む方角を変えた。


それは首都を救ったのではない。


その死を先延ばしにしただけだった。


背後で、

彼の道具たちがアルマザへ動き出す。


アーセル。


リクザ。


そして怪物たち。


前方には、

イザンの糸が地平へ伸びていた。


アルマザ王宮では、

ハマンが気配の分裂を感じ取った。


ひとつは首都へ向かっている。


もうひとつは……


イザンを追っている。


彼は拳を握った。


ラーカンが顔を上げた。


マヤの胸に冷たさが走った。


ハスミは言葉を止めた。


そして廊下の端から、

イザンが立っていた場所から姿を消した。


別れは必要なかった。


道は彼が選んだ。


そして災厄は、その誘いを理解した。


全員が、ひとつのことを悟った。


イザンは、最大の災厄を遠ざけることに成功した。


だが、その影は……


まだアルマザへ向かっていた。


遠くで、

シグランは笑った。


「まずは彼だ……」


そして、背後の首都を想像の中で見た。


「……それからアルマザ」


第149話 終わり。

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