力と危険の兆し
扉の全てが、歓迎のため開かれるわけではない…
ある扉は、来る者を“包囲”するために開かれる。
政略の宮殿では、
最初に掲げられるのは剣ではない、
微笑である。
しかし最も危険な戦争は…
相手に「ここには戦争などない」と信じ込ませようとする時、
始まるのだ。
カゴーラ宮殿 ─ 執政の間
アルマーザ使節団到着の数分前、カゴーラ宮殿の執政の間は囁きに満ちていた。
高座の玉座に座ったカゴーラ総督は、円卓を囲む将軍たちを見下ろしている。
一人の将軍が焦燥気味に言った。
「彼らの存在は不愉快です。もし我々の領内で調査を始めれば、我々が統制を失ったように見えます」
別の将軍が答える。
「彼らに“事態は既に収束した”と納得させるのが最善です。“闇の大地”に入った者は死んだ、と。調査する理由などありません」
三人目の将軍が狡猾に微笑んだ。
「闇の大地は、入った者を返しはしない。奴らを一歩も動かさずに帰らせてみせます」
短い沈黙が流れ、総督がようやく口を開いた。
「アルマーザとは敵対したくない…しかし、彼らに我々の内情を探られても困る」
そして計算された静けさで言った。
「客人として迎え入れよ…そして自ら去るように仕向けよ」
その時、衛兵の声が響いた。
「アルマーザ使節団、到着」
宮殿の入口
ラカンが先頭に立ち、アルダとアドナンが続く。その後ろに騎士団の面々:
シグラン、マーヤ、アスマ、ラーイド、アーナス、ンダー、ワーイル。
彼らの足取りは確かだが、目は宮殿の隅々を探るように動いていた。
アドナンが唇を動かさずに囁く。
「歓迎に必要な数より、兵士が多い」
ラカンが静かに答えた。
「力の誇示だ…あるいは警告か」
執政の間
重厚な扉が開かれ、使節団が入場する。
カゴーラ総督が立ち上がり歓迎の言葉を述べた。
「アルマーザの指揮官諸君、ようこそ。御身方の来訪は我が国の誉れです」
ラカンが恭しく一礼する。
「温かい歓迎に感謝いたします」
一同着席し、短い形式的な挨拶が交わされた後、総督は早速本題に入った。
「御身方の来訪の理由は承知している。協定を破り“闇の大地”に入った者がいると…」
将軍たちが一瞬視線を交わし、一人が言葉を継いだ。
「だが率直に言おう…あの地に入った者は戻らぬ」
別の将軍が微笑みを浮かべて付け加える。
「おそらく、事態は始まる前に終わっている」
ラカンはしばし沈黙し、静かだが敬意を込めた口調で言った。
「それでもなお、詳細が必要です。入った者の外見特徴を」
短い沈黙が流れた。
すると一人の将軍が嘲笑うように笑い出した。
「外見?ただの少年だ。そして今となっては…もう何も残ってはいまい。闇の大地は骨さえ残さぬからな」
何人かの将軍からかすかな笑い声が漏れた。
しかし、アドナンの目が細くなった。
アルダは無言で拳を握りしめた。
一方ラカンは静かなままだが…今度の声には微かな鋭さが宿っていた。
「たとえ少年であろうと…国の運命を変えることがある」
重い沈黙が広間を支配した。
遥か遠くで…
一人の少年が、彼らの知らぬ世界で、自らの運命を変えつつあったのだ。
シーン ─ 領域の訓練
宮殿の喧騒や政略の囁きから遠く離れ、魂のささやきのみが届く闇の大地の深淵にて…
イーゼンはかすかな白い霧に囲まれた円の中に座っていた…直前の戦闘訓練の影響で息は乱れ、体は疲弊していたが、大師は彼の前に微動だにせず立っていた。
大師の声、イーゼンにのみ聞こえるその重なり合う声が響く。
「これまでに汝が学んだ力は…敵を見てから使う力だ」
そして続ける。
「だが、もっと深遠な力がある…敵が汝を見る前に、己の掌中に捉える力が」
イーゼンはゆっくりと顔を上げた。
「“領域”…か?」
大師がうなずく。
そして突然、全てが変わった。
大地も空も霧も消え去り、イーゼンは果てしない白い虚無の中に立っている自分を見出した。
「これが…俺の領域?」
大師の声が返ってくる。
「まだ違う。これは単なる虚無だ。真の領域とは…汝自身が押し立てる“世界”である」
突然、動きもなく一匹の魔獣が目の前に現れた。
イーゼンは攻撃を試みたが、体が重くなった…空気そのものが彼を縛り付けるようだ。
大師の声が再び響く。
「今、汝は我が領域の中にいる」
見えない圧力がイーゼンの胸を押し潰し始めた。呼吸は困難になり、考えることさえ負担に感じられる。
「領域の中では…敵は汝の体だけでなく、汝の精神と意志をも攻撃する」
イーゼンはひざまずき、抵抗を試みる。
「もし汝の領域が強くなければ…触れられることなく敗北する」
イーゼンは叫び、圧力を破ろうとエネルギーを解放した。
一瞬だけ…
虚無が揺れた。
大師が静かな声で微笑んだ。
「良い…理解し始めたな」
イーゼンは膝の上に崩れ落ち、苦しそうに息をした。
「でも…それを習得するには、どれくらいかかる?」
答えは冷たく、率直だった。
「汝が汝自身を、敵が汝を理解する以上に理解するまでだ」
遥か遠くで、ウドゥクの存在たちが静かに見守っていた。
一人が囁く。
「この人間…進歩が速い」
別の者が答える。
「強くなるために戦っているのではなく…弱いままではいられないから戦っているのだから」
一方、大師は静かにイーゼンを見つめていた…
真の試練は…まだ始まってもいなかった。
シーン ─ カゴーラ宮殿 (続き)
カゴーラ総督が静かに手を振ると、従者たちが進み出て一礼した。
「客人にふさわしい饗宴を整えよ」
従者たちが素早く動き出す中、ラカンが一歩進み出て恭しく頭を下げた。
「総督閣下、ご厚意は感謝いたしますが、ご協力をお願いいたします。時間が限られております。闇の大地に入った少年の真相を、速やかに確認したいのです」
一人の将軍の表情が強張り、怒りで拳を握りしめた。
「ちくしょう…総督の招待をあたかも些事のように断るとは!」
しかし総督が僅かに手を上げると、将軍は即座に沈黙した。
総督は計算された静けさで微笑んだ。
「その件にはやがて至ろう。だが諸君はカゴーラの賓客だ。まずは賓客としてもてなすのが我々の務めである」
アドナンが落ち着いた口調で進み出た。
「この歓迎の仕方だけでも十二分です。これ以上ご負担をおかけしたくはありません」
一人の将軍の目が細くなり、隠しきれない微かな敵意のオーラが周囲に現れた。
後方で、シグランが自信に満ちた笑みを浮かべ、冷ややかに言い放った。
「どうやら、我々は気に入らなかったようだ」
微かな闇のオーラが彼の周囲に立ち昇り始めた。
緊張が高まる前に、アルダがシグランの肩に手を置いた。
「落ち着け…総督の宮殿内で敵対を宣言するつもりか?」
オーラは次第に収まったが、シグランの笑みは消えなかった。
その時、一人のカゴーラの指揮官が静かに光景を見ていた。総督に近づき、一礼して囁いた。
「閣下…あの狂暴な蛮牛を討ち果たした少年が…彼らの間にいます」
総督の視線がゆっくりとシグランへと向かった。
そして静かに呟く。
「あの少年か…ズラン」
一瞬沈黙し、続けた。
「最高指揮官ハーマンの息子…」
微かな笑みが彼の顔に浮かんだ。
「確かに…父に似ているな」
総督は一瞬彼らを見つめ、決意を隠した静かな口調で言った。
「よかろう…我々自らが、カゴーラと闇の大地を隔てる海岸まで同道しよう」
アルマーザの指揮官たちの表情が一変した。
ラカンが声を少し潜めて言う。
「これはまずい…」
アドナンが唇をほとんど動かさずに呟いた。
「狡猾だ…我々の一挙手一投足を監視したいのだ」
アルダは歯を食いしばり、苛立ちを抑えようとしたが、沈黙を保った。
しばらくして、ラカンが恭しく頭を下げた。
「感謝いたします、閣下」
総督は外交的な微笑みを浮かべ、振り返った。
「では…出発しよう」
広間の大扉が開かれ、一行は宮殿の外へと動き出した。
重い足音、張り詰めた沈黙、そして双方が理解していた。海岸への道程は…単なる同行ではない。
まだ表面化していない、隠された戦いの始まりなのだ。
闇の大地 ─ 領域の訓練
白い静寂が再びイーゼンを包み込んだ。
魔獣もいない。
音もない。
ただ静かな虚無だけ。
そしてイーゼンの前に、輝く霧から大師の姿が形作られた。彼には脚や足はなく、動く雫の塊が高次元の形を成しているようで、空気そのものが形を取ったかのようだった。
彼は立っているのではなく…
その場の一部であるかのように、安定して漂っている。
彼の声が空中に流れた。
「これまでに汝が学んだ力は…生き延びるための力だ」
そして動くことなく近づき、その存在が静かな水流のように虚無を滑った。
「だが“領域”こそが…戦わずして勝利させる力なのだ」
イーゼンは眉をひそめた。
「領域?」
大師が手を振った。
突然、全てが変わった。
白さが縮み、場所は霧の中に消えていく広大な暗い円へと変貌した。
イーゼンの前に巨大な生物が現れた。その皮膚は岩のようで、目は狂暴だった。
イーゼンは即座に突進した。
しかし、彼は止まった。
体が重くなった。
息が詰まった。
膝が崩れ落ちそうになった。
彼は叫んだ。
「何が起きている!?」
大師の声が静かに響いた。
「今、汝は“彼の領域”の中にいる」
魔獣がゆっくりと近づく中、イーゼンの体はさらに重くなり、空気そのものが彼を押しつぶすようだ。
「領域は…肉体的な力ではない」
大師が言った。
「生物が己の意志を押し立てる“空間”なのだ」
魔獣がさらに近づいた。
イーゼンは腕を上げようとしたが、筋肉が反応しない。
圧力が増す。
恐怖が胸に忍び寄り始めた。
大師の声が再び届いた。
「敵の領域に入れば…敵の土壌で、敵の条件で戦うことになる」
そして一瞬沈黙した。
「今こそ学べ…どうやってその地を己が地とするかを」
イーゼンは目を閉じた。
呼吸を整えた。
これまで経験した全てを思い出した。
恐怖。
痛み。
喪失。
生存。
そしてあることに気づいた。
圧力は外から来ているのではなく…
内側から来ているのだ。
イーゼンはゆっくりと目を開けた。
そして囁いた。
「ここは、俺の場所だ」
その瞬間、空気が震えた。
領域の圧力が砕けた。
魔獣は止まり、驚いた様子だった。
白い霧がイーゼンの体から漏れ始め、周囲に広がった。
足元の大地が固くなった。
空気が再び軽くなった。
今度は魔獣が一歩後退した。
大師の声に、初めて微かな満足の色が宿った。
「良かろう…」
彼は杖を上げた。
魔獣も世界も共に消え去った。
白さが戻った。
大師が言った。
「これは単なる始まりに過ぎぬ。真の領域には…心の清らかさが必要だ」
そしてイーゼンが口を開く前に─
遠方に微かな光が現れた。
光と雫で構成された、細長く優美な存在がゆっくりと近づいてきた。
大師の前で一礼した。
その声は水の微風のようだった。
「これが、その人間ですか?」
大師が答えた。
「そうだ」
その存在は興味深そうにイーゼンを見た。
「人間は、この地の敵ではないのですか?」
大師が静かに答えた。
「自身の闇を乗り越えた人間は…敵にはならぬ」
そして続けた。
「この地の守護者としての我々の務めは…心清き者を導くことであり、その者に扉を閉ざすことではない」
その存在はイーゼンに近づき、観察した。
「彼は疲れています…しかし、折れてはいません」
大師が軽く微笑んだ。
「故に…機会を与えられよう」
その瞬間、イーゼンは奇妙な感覚を覚えた。
あたかも闇の大地そのものが…彼の存在を認め始めたかのように。
そして大師が最後に言った。
「少し休め、イーゼン」
「次の試練は…汝の力を試すものではない」
そして白い地平線を見つめた。
「汝の“運命”を試すものだ」
闇の大地との境界 ─ 海岸沿い
正式な街道から遠く離れ、黒い樹木が絡み合う影のように広がる場所で、アズロンは高台の岩の上に座り、黙って地平線を見つめていた。
スカイが静かな足取りで近づき、言った。
「樹木に仕込んだエネルギーが…何か告げていませんか?」
アズロンはゆっくりと目を開けた。
「告げている…だからこそ心配なのだ」
スカイは遥か彼方の海岸を見つめた。
「首領…複数の気配がその場所に集まっているのを感じます」
アズロンの目がわずかに細くなった。
「ならば…カゴーラだけではないな」
一瞬沈黙し、続けた。
「他国の使節団もいるかもしれん」
スカイは少し躊躇い、そして言った。
「アルマーザの騎士団だと思いますか?」
アズロンが立ち上がり、その動きと共に周囲の影が揺れた。
「ああ…そしてそれは、事態が予想より速く動き始めたことを意味する」
そして静かに言った。
「行こう…何事が起きているか見届けよう」
スカイが手を上げると、眼前の空気が割れた鏡のようにひび割れ、時空に暗い裂け目が開いた。
二人はその中へと歩み入った。
反対側では、二人は海岸近くの影の中から静かに現れた。
そして彼らの眼前に、使節団が続々と集まっていた。
カゴーラ総督の一行が先頭に立ち、将軍たちと衛兵に囲まれている。
そしてその後ろに、アルマーザの騎士たち。
ラカンが先頭に立ち、指揮官と騎士たちが続く。
アズロンが微かに微笑んだ。
「ラカン…ここにいるのか」
しかしスカイは彼を見ていなかった。
彼の目は別の人物に釘付けになっていた。
シグラン。
数秒間沈黙し、ゆっくりと言った。
「首領…」
アズロンは視線をそらさなかった。
「何だ?」
スカイが、目を見開きながら言った。
「あの少年…シグランです」
「彼のエネルギーが変わっています」
さらに集中し、声を潜めて言った。
「彼のオーラ…似ています…」
アズロンの表情が強張った。
「何に似ている?」
スカイがゆっくりと言った。
「あの少年…イーゼンのオーラに似ています」
重い沈黙が二人の間に落ちた。
そしてアズロンが突然彼を振り向いた。
「何だと?」
スカイの視線はシグランから離れなかった。
「全く同じオーラ…あるいは、極めて近いものだ」
第114章の終わり




