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S級魔王様が華麗に世界を征服あそばされます

 瞬間移動によって魔王城の寝室へと戻っていった魔王バンドールは、暗黒騎士の鎧を脱いでガウンを身に着けた状態になった。


 敵軍の襲来とあって、城のあちこちで騒ぎが起こっているのが、ここまで聞こえてくる。


「魔王様」


 部屋の片隅に佇んでいた吸血鬼メイドが、彼に声をかけた。

 さきほどまで不在だったことが知られたかもしれない。


 だが、吸血鬼メイドは何も知らない風を装って、淡々と告げた。


「阿臥王国における戦況は思わしくありません。獣王ベレルリィッヒ様に帰還を呼びかけておりますが……」


「……あいつは帰ってこないだろう」


「どうしてですか?」


「死んだ」


 吸血鬼メイドは、息をのんだ。

 獣王ベレルリィッヒがなぜ自害を選んだのか、魔王バンドールにもわからなかった。


 いったい何がいけなかったのか。

 魔王バンドールの心中の困惑は、黒い嵐となって魔王領を吹き荒れていた。


 魔王城に押し寄せてきていた反乱分子は、竜王と同類の大魔族であった。

 すきあらば魔王に対して反乱を起こそう、とくわだてており、それを成功させた暁に手に入る官職をあてにしていた彼らは、つい先刻、竜王が魔王の側に寝返ってしまったのを受けて、慌てて行動を起こしたのだ。


 事前にその情報を掴んでいた魔王は、彼らを泳がせて利用していた。

 マーラーを呼び寄せてちょっと力を示しただけで、騒ぎはすぐに鎮静化した。


(何かしていないと、やっておれんな……)


 作業に熱中して嫌なことをすべて忘れるのに、『箱庭』という空間はうってつけだった。


 そう思って魔王が王都に足を踏み入れると、途端に不穏な空気が漂ってきた。


 建国祭が終わった街中は、想像以上に荒れていた。

 飲んだくれた冒険者が道端に座り込み、Aランク冒険者たちはどこかに冒険にいったまま帰ってこないと言う。


(……そうか、すっかり忘れていたな)


 異世界に飛ばされた王都の人々が困っていたのは、食糧が手に入らない、ということだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 王城に戻った魔王バンドールが最初に行った仕事は、魔王領の全土にお触れを出したことだった。


「これより18日間は、獣王ベレルリィッヒのために喪に服す日と定める……魔王軍は、領土外における一切の交戦を禁止する……他国を占領中の軍は、これを一時的に撤退させるものとする」


 テレビを通じて全国に広まったお触れは、魔王軍の活動停止を指示するものだった。

 阿臥王国とにらみ合いを続けていた軍も撤退し、ようやく元のように自由に活動できるようになった。


 この18日間、魔王は何もしなかった訳ではない。

 対外的には、魔王は瞑想をするために部屋にこもったことになっている。

 だが、その間もむろん『箱庭』の改造に全力を尽くしていた。


 王都のすぐそばに、魚介類が豊富な湖や、放牧の盛んな草原地帯などを配置し、食糧問題の解決に務めた。

 また広大な農耕地を配置し、定期的に雨を降らせて、農作物が育ちやすいよう、太陽も昇らせた。


 異世界に飛ばされた人間達は、最初は戸惑いつつも、少しずつ新天地での生活に慣れていった。

 そこは少しずつ理想の異世界へと形を変えていった。


 あるとき魔王バンドールは、勇者プレミールを誘って、湖で魚釣りをしていた。


 勇者プレミールは重かった鎧を脱ぎ、ラフな格好であぐらをかいていた。


「モンスターがいない世界って、なんか不思議だな……」


「ああ……そうだろうな」


 勇者プレミールの隣で釣竿を掲げながら、魔王バンドールは小さくうなずいた。


 この世界では、武器を持っている必要もない。

 魔族が現れるよりも前、大賢者アステラが旅をしていたころのドトール界は、こんな平穏な場所だったのだ。


「なあ、超いまさらなんだけどさ、あんたって何者?」


「それを聞きたいのは、こちらのほうだ」


「どういうことさ?」


 勇者プレミールに聞き返されたが、魔王バンドールは上手く言いだせなかった。


 魔王が聞きたいのは、なぜ、勇者は女神アステラと同じペンダントを持っているのか、という事である。


 それには、さまざまな解答が考えられた。

 勇者プレミールが女神と出会って、直接プレゼントされたことがあるのかもしれない。


 ひょっとして、女神アステラを信奉するどこかの信者が模造品を作っていて、それを手に入れただけかもしれない。


 だが、もうひとつ、魔王の恐れていたことがある。

 それは、350年前、女神アステラが大賢者として世界を旅していた時。

 彼女は、大切な家族をドトール界に残してきたことを悔やんでいた。


(もし結婚して、子供を産んでいたのだとしたら……)


 いままでなるべく触れないようにしていた彼女の過去を、間接的に知ることになるのは嫌だった。

 勇者プレミールはその子孫だった、などと言われたら。


 その可能性がゼロではないことはすでに考えていたし、その程度で魔王バンドールの愛は揺らがない。


 だが、言うなれば魔王バンドールは、女神アステラと再婚することになるのである。


 つまり、新しい父親となるのだ。再婚相手の子孫とどう接してゆけばいいのだろうか?


「この湖は、昔からよく魚が釣れた」


「ああ……モンスターが食べにくるから、しょっちゅう見回りの仕事があったよ」


「お前もやっていたのか」


「時給も高いし、旨い魚も食えるし、割のいい仕事だったよ」


「魚は好きか」


「うーん、肉がなければ食べる感じ?」


「今度は、狩りにいってみるか」


「なあ、おっさん。さっきから私をナンパしてるの?」


 自分の正体をなかなか明かせない魔王バンドールは、押し黙った。

 微妙な距離感を保ったまま、仲良く釣りをしていると、ちりん、ちりん、とベルの鳴る音が響いてきた。


 湖の端の方を見やると、ちょうど下り坂になった辺りを、自転車に乗ったモッチが降りてくるところだった。


 振動にあわせてぶるぶる揺れる胸に、勇者プレミールは軽く口笛をふいた。


「口説くなら、ああいう女の子がいいんじゃない?」


「お前の嫁だろう」


「フラれちゃったよ。まー、諦めるつもりはないけどさ」


 モッチは、お弁当の入った包みを掲げて、舌を噛みそうになりながら言っていた。


「プレミール! これどうやって止めるの、止まんないい! きゃぁー!」


 やがてモッチは、湖のへりから真っ逆さまに水中へと落ちてしまった。

 ぶくぶく、とあぶくを立てる湖面には、お弁当箱と自転車が浮かんでいたが、モッチはどうやら沈んでしまったみたいだ。


「やれやれ、新しい世界でも、勇者様は平穏を得られそうにないね」


 勇者プレミールは立ち上がると、自ら服を脱いで下着姿になった。

 そのまま湖に飛び込んでいく勇者プレミールに、魔王は呆れたように呼びかけていた。


「年頃の娘がはしたないことをするな」


「大丈夫、前世は男だったから!」


 などと言いながら、彼女は湖に飛び込んでいくのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 こうして、18日間の瞑想から目覚めた魔王バンドール。

 彼の体からあふれ出る魔力は、見る者を圧倒していた。


 最初に彼の姿を目にした吸血鬼メイドは、それだけでマヒして動けなくなってしまっていた。


 もはや魔神マーラーがいなくても、この男さえいれば全ての魔族を養っていけそうな、そのぐらいの凄まじい覇気を宿している。


 空を飛ぶ魔鳥軍が、警告を発していた。


「阿臥王国に告ぐ! 100分以内に王城の半径5キロ以内から撤退せよ! 遅れた場合、生存は保証できない!」


 そうして魔王バンドールは、再び丘の上に立った。

 王都が消滅し、更地の先に遠くにかすんで見える王城。

 その影に手をかざした魔王バンドールは、それを握りつぶすように手を握り締めた。


「……目障りな王国め……跡形もなく滅びるがいい」


 地面から白い閃光があふれ、空へと立ち昇っていく。

 その光の中心にそびえていた王城は、砂で出来ているかのようにボロボロと崩れはじめた。

 その静かな破壊は、大地にもう一つの巨大なクレーターを生み出し、そこには何も残らなかった。


 家臣たちは、悲しみと失望の入り混じった眼差しで、人間との戦いを終わらせた魔王の所業を最後まで見守っていたのだった。


「人間どもめ……魔王殿下に逆らうからだ……」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 こうして、無事に王城を消滅させた魔王バンドールは、『箱庭』のマイホームで穏やかな眠りについている女神アステラの耳に口づけした。


「アステラ、来てほしい」


「最近よく来るのね。お仕事はどうしたの?」


「これからは、週休二日制をとることにした」


「あら、いいの?」


「ああ、いいんだ」


 魔王軍の信頼を一気に取り戻した魔王バンドールは、それまで世界の支配を維持するために毎日のように働いていたのをやめた。


 毎週土曜日と日曜日は、これまで魔王領の発展のために尽くしてくれたすべての英霊のために冥福を祈る日と定めたのだ。


 ようするに週休二日制にしたわけだが、物は言いようである。


 女神アステラの手を引いて、薬草畑を横断していくと、彼女は王都の向こうにそびえる白亜の城に息をのんだ。


「まあ、王城も持ってきちゃったのね」


「街を維持管理するのは、思ったよりも大変なのでな。代わりに王国にやってもらうことにした」


 阿臥王国の王城は、王都と同じ手管で『箱庭』へと移し替えられていたのだ。

 王子イリヒサも、王女も、A級冒険者たちも。

 阿臥王国は、異世界でほとんど同じ姿を取り戻していた。


 女神アステラは、振り返って魔王バンドールの巻き角を触っていた。


「ねぇ、貴方の仕事って、なんなのかしらね? いろいろ考えてみたのだけど……」


「うむ」


「やっぱり、分からなくてもいいわ。私いま、すごく幸せだもの」


 魔王バンドールは、やはりこの女神を愛して正解だったのだと、改めて思った。


 思わず抱き寄せようとした、そのとき、王城の方からすさまじい獣の唸り声が聞こえてきた。


「がるるるぅぅ!! 人間どもぉ! この俺様を何者だと思ってやがるぅ! 俺様は、S級魔王バンドール様の一の部下にして、四天王、獣王ベレルリィッヒ様だぞぉぉ!」


 魔王バンドールは、驚いて王城の方を『千里眼』で見やった。


 魔王軍のスパイは、王城を破壊するとき残らず撤退させたはずだったが、どうやらまだ、獣王ベレルリィッヒが地下牢に閉じ込められていたらしい。


 まさか、生きていたというのか。

 自刃しても死にきれなかった彼は、これまでずっと捕虜にされていたのだ。


 魔王バンドールは、ほっとしたような、また厄介なことになったと頭を悩ませるような顔をして、女神アステラに言った。

 こういうときのプランは、まだ対策していないのだ。


「……偶然、名前が同じ奴がいたらしいな。珍しい名前ではないので」


 女神アステラは、ふふっと笑みをこぼして、自分の目を覆って後ろを向いたのだった。


「もう、見ていないから、はやくどこかに連れて行って?」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 やがて、土日の休暇を終え、魔王バンドールは瞑想の部屋から魔王城へと舞い戻っていった。


 王城ですれ違う家臣たちは、あるいは憧れの眼差しや、信頼の眼差しを浮かべ、魔王バンドールの姿を見つめている。


 もはや、このドトール界で魔王バンドールに逆らおうとする者は皆無であった。

 彼ならば、アステラ界もいずれ手中に収めてくれるだろう、と確信を抱いているし、そうでなくともこの世界は末永く安泰であると感じていた。


 竜王は、すがすがしい笑みを浮かべて、魔王バンドールに報告した。

 大魔族と交渉する任を負った彼は、各地でつぎつぎと成果をあげていた。

 その声もじつに喜ばしそうであった。


「して、魔王殿下。次は何を人間から取り上げるのがよろしいでしょうか?」


「ふむ、そうであるな」


 ドトール界に君臨するS級魔王バンドールは、世界地図をながめて思案した。


 彼は世界征服を達成した後も、人間の世界から次々と資産を消滅させていた。


 阿臥王国の王都に引き続き、王城。

 その次は、魚介類の豊富な湖、放牧の盛んな農場。

 そして広大な農作地。

 魔王の所業により、現代の地図は、次々と書き換えられていたのだ。


「そろそろ、秋の味覚が美味しい季節だぜ?」


 そして閣議の席には、彼の親友である獣王ベレルリィッヒの姿もあった。


 奇跡の生還を果たした彼は、剣も鎧も新品になって復活し、魔王城を警護する憲兵のリーダーとして活躍している。


 獣王ベレルリィッヒがさりげなく告げた言葉に、魔王バンドールはなにやら楽しげな想像をしつつ、宣言したのだった。


「よし……次は、山を消滅させよう」

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