旧多摩地区
日が昇って間もない冷たい荒野を無数の排気音が切り裂いていく。
陸上艦ジャガーノートを背後に小さく見送りながら、戦闘二輪部隊が疾走していた。
旧多摩地域の廃棄区域。
東京の西端とも言えるこの地域は、かつては都心で働く人々のベッドタウンとして大いに栄えた。しかし、大災害によって伴って発生した地殻変動で都市機能を失い破棄されたのだ。
緑と廃墟のコントラストが織り成す天然の要塞。このどこかに反動勢力が身を潜ませていると言う。
剣人は徐々に増えてきた民家や背丈の低いビルの遺構を見送りながら、これから起こるだろう激戦に不安を感じていた。
「大丈夫か? 剣人」
「こら。ここじゃ部隊コードで呼ばなきゃウィルム6」
そんな剣人を気遣うように通信を寄越してきたのはリヒターだった。
それを窘める様な口調でエレナが割って入る。
「まあいいじゃねえか。それより……緊張してるんだろ? 剣人」
「俺は別に……」
思わず気持ちとは裏腹な事を口走る剣人だが、HUDの小窓に映るエレナはそんな剣人の不安まみれの心中も察しているように見える。
「全くこのドイツ人は心配性なんだから。剣人はこの前も実戦経験してるし大丈夫よ」
そう言ってウインクをしてみせる。その仕草に剣人は思わずドキッとした感情を覚えるが、強がるように『当たり前だ』とだけ答える。
三人はそれからも時折通信機越しに会話を続けるが、前方を走るアキは一切反応を示さない。部隊共有チャンネルなのでアキにも三人の会話は丸聞こえの筈なのだが沈黙を保ったまま。
一定音域の排気音を響かせながらTZFは精密機械のような機動で走行し続ける。
リヒターはそんな隊長機の事などお構いなしで続ける。
「けどよ、今回の相手は殆どが有人兵器だ。ドローンだらけの郊外戦争とは訳が違う」
「有人戦力か……」
リヒターの言う通り、剣人には迷いがあった。前回の戦闘の相手は無人機が殆ど
しかし、今度は正真正銘生身の人間を殺すために戦わなければいけない。今までのどこか競技じみた戦いとは全く異なるのだ。
「今まではこっちが殺されるだけだった。だから必死になって応戦できたけど、今回の相手はドローンじゃなく人だからな。殺すって事を気にしてるとやられるぞ」
「分かってるって……」
「ほんとかあ?」
リヒターは既に戦場に身を置いている割に落ち着いている。それが人殺しに慣れた余裕から来るものなのかは剣人には分からない。だが、剣人もまたモジュールアーミー。戦場に出たら個は消え去り、フィオナの言う戦闘単位になりきらねばならない。
「俺はバリウスのアシスト無しでもやってやるよ。それに相手がテロリスト紛いの連中なら気にしなくていいし……」
言い聞かせるように呟いた剣人の顔を見てエレナもリヒターも何か言いたげに眉間に皺を寄せる。強がっている剣人の心を見透かしているような憂い顔だ。
「……時間だ」
その沈黙を破るように先頭のアキがぶっきらぼうに呟く。
ヘルメット内に表示されたHUDの時刻がきっかり0800を差したその瞬間、つんざくような轟音が身体中をビリビリ震えさせる。
敵戦力の漸減を目的としたジャガーノートの艦砲射撃が始まったのだ。
剣人も出撃前に聞いていたので分かってはいたが、陸上艦の艦砲射撃は凄まじいの一言に尽きる。HUDの表示が明滅するほどの迫力。
しかも、この艦砲射撃が他の三方面からも同時に行われているのだ。各県区軍の母艦による直接攻撃は、現在の郊外戦争本戦では禁じられている。だが、テロリスト相手ならば関係無かった。
地形を変える程の衝撃と爆発。轟音が響きその度に上天に煙が上がっていくのが見えた。
暫くの内に砲声は止むが、
「来るぞ」
お返しとばかりに遥か前方の稜線からミサイルが発射される。どこにこれほど隠れていたのか、潜敵の火線が目を覚ましたのだ。
「恐らくは隠していた移動ミサイル車両からの反撃ね。こちらはジャガーノートと直掩のサーペント隊で対応できるわ。ドレイク、ウィルム、ワイバーン各小隊はこのまま突撃して敵の機動戦力を各個撃破して」
敵の反撃を受けている筈なのだがジャガーノートブリッジは落ち着いた物だった。
円加の指示に従うようにアキのTZFの排気が一際高鳴る。それが交戦の合図だった
「いくぞ、全機エンゲージ」
飛び出したアキ。その先に点在する家屋の陰から次々と敵の歩行機械が姿を現す。
「賞金首、いただきよ」
「剣人ついてこい!」
バリウスの両脇をエレナとリヒターの戦闘二輪がすり抜けていく。それを見ながら、剣人も負けじとアクセルを思い切りひねりながら続いた。
交戦開始から数時間が経過した。
「出撃前に円加から聞いた戦況予報とは随分違っているな」
剣人は遮蔽物を陰にしながら、バリウスのインジケータ上に展開されたホログラムマップを睨んでいた。傍らにはエレナから預かった飛行型の警戒ドローン『ハミングバード』が浮遊し、更新されたマップ情報を随時付け加えていく。
マップの形は上から下に動く更新ラインを境に、見る間に変貌していく。艦砲射撃で変わり果てた地形の凸凹が生々しい。それに伴い残存敵戦力の数値も変動していく。
出撃前に聞いた話では、県区合同軍は度重なる郊外戦争で戦力温存を目論んでいるとの事だった。どの県区も積極的に兵力を割こうとせず、結果的に反体制勢力との戦力さは思った以上に拮抗しているとの事だ。
しかし、戦況は円加達の予想とは裏腹に作戦進行は順調だった。
「既に当該地区の戦力の八割を撃破……マップにはそう表示されてるけどさエレナ。この警戒機壊れてるんじゃないの?」
リヒターが茶化すような口ぶりでエレナと通信している。
「アンタドローン動かせないじゃない。偵察も遠隔操作も部隊直属は私が受け持ってるのよ。少し誉めてよね」
「へいへい。エレナ指揮下のドローン戦果イコールお前の戦果だよな? なら今度奢れや」
「なんですって」
そのやりとりは徐々にヒートアップしていく。戦場の中なのに剣人はほっこりした笑みを浮かべていた。
「いかんいかん」
そんな自分に気づき、慌てて口許を正す。すると、今度は味方戦車の音が近づいてくる。
「よう、坊主。元気か?」
履帯をたわませながらバリウスに横付けする二○式戦車。声の主は戦車長の鹿杜だった。
「粗方掃除は終わったようだな。各隊の戦車部隊はこの市街地エリアに残るようだ」
「奥地はバイクの方が小回りが利きますからね」
剣人はマップ情報を鹿杜車に転送しながら相槌を打つ。
「ああ、すまんな。戦車はあくまで迎撃戦力だからな。それにしてもここまで敵の部隊が肩透かしだとは思わなかったよ。戦闘二輪だけでいけるんじゃないか?」
「ええ。俺の撃破数もこの一戦で一気に増えちゃってるんですよねえ」
剣人は自機の表示キル数に視線を移す。ジャガーノートの戦績管理に直接リンクしている剣人のキルスコアは戦闘開始から数時間で既に前回の郊外戦争作戦時のスコアを大幅に更新していた。
相手が殆どエレナやリヒターのお零れの飛行型ドローンとは言え、入隊間もない兵士としては大分多いのではないか?
「でもこれに油断して死んじゃったら元も子もないんで……」
「はっは! 分かってるじゃないか」
鹿杜は通信機が音割れするほどの大音量で大笑いしてみせる。
「だがここから先はこうもいかん。ここはまだ敵の警戒区域の中でも端の端。前哨みたいなもんだ。もっと奥にいけば戦闘経験も厚いプロの連中が防衛しているだろう。そいつらともやりあわねばならんぞ」
「はい」
そう言って剣人は彼方を見渡そうとする。
遥か遠くまで広がる戦区は山がちな地形で天然の要害だ。
旧市跡地は県区合同軍が大方確保したとの事だが、これから進む先は半ばジャングル化した地域。反体制軍はゲリラ戦に対応しやすいように山岳を機械要塞化しているという。
「ウィルム各機、聞こえるか?」
HQとのやり取りを終えた隊長機――アキの声。
それまで夫婦漫才のようなやり取りをしていたリヒターとエレナが押し黙る。
「他部隊も各エリアの安全を確保した。これより我々は更に奥地に進軍する。恐らくは敵も戦闘二輪を使ってくる。各機注意せよ」
「「了解」」
「りょ、了解」
エレナとリヒターに続き剣人も応答。それを確認したアキは何も言わず、
代わりに剣人の待機していた場所から数ブロック先でTZF特有の甲高い排気音が響き、青い車体が飛び出す。
「戦車隊は一旦待機。俺達は先行してワイバーン、ドレイクの奴らと連携する。戦闘二輪を前面に集中させて一転突破だ」
「了解!」
エレナがクーガーを加速させる。電子の力で制御された鉄の猛獣はがしゃがしゃと足音の間隔を狭めながら四方に散っていく。
風景は徐々に変わっていき、荒れ果てた獣道を四機は走っていた。
かつては整備された道路であっただろう場所は大災害を経て、一気に息を吹き返した自然に圧倒され原初の姿を取り戻しつつある。
剣人は前の三機に習って量子タービンを最低減の動力で稼働、微弱な黄緑色の燐光を纏ったバリウスの双輪が礫や小石を砕く。
荒れた路面で際限無くガタついていた座り心地は、程なくしてハイウェイを走っている時と変わらない快適な物に変貌していく。
「全機、突っ込むぞ」
「今度の奴らは強えぞ剣人!」
リヒターがにやりとさせながらバイク両サイドにライフルを顕現させる。
剣人もアキ、リヒターエレナに続く形でバリウスのギアをもう一つ上げる。一際高鳴る雄叫びを上げて四機は緑と灰の世界を進んでいった。




