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緊急ブリーフィング

 ジャガーノート艦内のブリーフィングルームは、人でごった返していた。

「遅いよ、剣人」

 その最後列にいたリヒターの隣に剣人は座った。


「ではブリーフィングを始めます」

 最前の巨大ホロディスプレイの前で進行役を務めるのは円加だった。

 見渡すとブリーフィングルームの長机は軒並み埋まっていて、兵士以外のオペレーターや整備士も混じっている。


「ん?」

 そこまで視線を巡らせた所で剣人は違和感を感じた。円加の両脇にはそれぞれの部署のトップが居並んでいたのだが、明らかに見慣れない顔が見えたのだ。

 存在感を放つスーツ姿の男達。皆四十から五十代くらいだろうか、郊外戦争に従事する者の年齢には見えない。

 更に、どこか重々しいオーラを身に纏っている。特に真ん中の男の、皺で潰れた瞳の奥はここにいる者達全てを見下しているような冷たさに満ちていた。


「何なんだろうな。あいつら」

 リヒターも剣人の心情を察してか小声で耳打ちする。



「まず、皆も気づいているとは思うけど……」

 円加はもう一つ咳払いをするとスーツの男達に目配せをする。


「この方達は京都県区の運営委員会の方々です」

 言い終ると同時に男達はブリーフィングルームに集まった面々に向かって会釈をする。が、その動作は妙に傲慢さが滲み出ていた。


「お偉いさんが何だって……」

 リヒターの隣で小さく呟く剣人。


「そして、委員の方々がここにいらしたのは他でもない、これから話すブリーフィング内容とも関係しています」

「――早速だが、ここから先は私が説明しよう」

 言葉を遮るようにその内の一人が中央に進み出る。円加はちょっとだけ困った顔をすると自分の立っていた場所をその男に明け渡した。


「次戦が控えている中で緊急ブリーフィングを開く形になった事、先ずは謝罪しよう」

 そう言って申し訳程度の一礼をする運営委員。


「この通知は京都県区派遣軍だけでない。現在東京に駐屯している全ての県区派遣軍のも発せられている。これはほぼ同時に行われている緊急ブリーフィングなのだ」

 新参の剣人にはサッパリ意味が分からない。とりあえず男の言葉に耳を傾ける。


「これから先予定されている郊外戦争は全て一旦延期となった。皆には共同して共同(レイド)ミッションに当たってもらいたい」

 その言葉に前列の方で小さなどよめきが起きる。

 剣人もたまらず隣のリヒターの肘をペンでつつきながら質問をぶつける。


「何だよ。共同ミッションって」

「県区合同のミッションだよ。主に災害復興とか予期しないトラブルに際して県区が持つ巨大兵器や人員で当たるんだけど……でも」

「でも? 何だよ」

「共同ミッションなんて前回の郊外戦争でもやらなかった。大異変の余波から来る災害も最近は無いしな。今この状況でやるとしたら」

 リヒターの歯切れの悪さに剣人は眉間をしかめる。


「何だってんだよ」

「ま、黙って聞いてみなって」

 運営委員の男はどよめきがある程度収まったのを確認すると説明を再開した。


「情報筋によると、東京・山梨両県に跨る廃棄地域に反体制組織の大規模な拠点がある事が判明した。本作戦はその殲滅だ」

 ――はんたいせい?

 剣人は頭の中で男の言った言葉を反復する。


「過去の郊外戦争を幾度と無く乱した挙句、本来各県区で分配されるべきエネルギー・食料施設を不当に襲撃する連中――悪の枢軸だ。奴らを殲滅する」

 運営委員の男はさながら独裁者の演説のように拳を振り上げる。

 それに呼応するように中央の巨大なディスプレイに表示が灯る。

 透き通った電子音と共にOSが起動し、東京県区近隣を含めたマップが展開され徐々に西側にシフトしていく。


「奴らの拠点は旧多摩地域、八王子市から山梨県境までの広範囲に存在している事が確認された。そこを現在東京に駐屯中の京都、愛知、青森、石川の四県区の合同勢力で、叩く」

 ディスプレイは多摩地域の起伏に富んだ丘陵地帯を映し出していた。CGで形作られた地形図がスクロールされていく。


「ちょっと待ってくれ」

 そこまで説明が続いた所で初めて、聴衆の中から挙手が起こる。

 声の主はたまに食堂で見る顔――剣人が所属するウィルム隊の戦車長だった。


「あんたらの言い分は分かった。だが、四県区出撃する程の相手なのか? 俺達や愛知の連中は先日一戦交えたばかりだ」

「その件に関しては我々も承知している。運営本部から物資、弾薬など最大限の補填を行う。損傷機体、車両のメンテナンスの人員も送るとのことだ。その上でこの作戦に積極的に望んで欲しいと考えている」

 運営委員の男は少しだけ溜めを作る。


「――敵は県機クラスの戦力を保持している。だからこその四県合同作戦だ」

 瞬間、今までで一番のどよめきが巻き起こった。

 彼らの驚愕する理由は『県機』と言う単語一つだけに反応しているのだと、剣人は理解したのだが、


「おいおいマジかよ。何で反体制勢力風情が県機クラスの兵器を持ってるんだろうなぁ」

 あろうことか隣のリヒターは茶化すような薄ら笑いを浮かべている。


「お前、元記者だろ? 何か知ってんじゃねえの?」

 だが、リヒターはさあねと掌をひらひら舞わせるだけだ。

 議論はまだ続いており、戦車長は更に問いかける。


「県機だって? 昔行われた合同作戦で県機を持った鳥取県区に挑んだ四国は全滅したぞ。県機一機いるだけで戦況は全く分からなくなる。 せめて敵の県機の概要だけは教えて頂きたい」

「その質問には回答いたしかねる。だが、敵には県機クラスの戦力が保持されていることだけは確かだ」

「――鹿杜(しかもり)さんは勝算があるのかと聞いてるんだ!」

 戦車長に加勢するかのように近くに座っていた整備士が声を荒げた。

 野次ににも男は気を立てる事無く、後ろ手を組みながら続けた。


「その為に本ミッションには多額の報奨金を用意した。また、追加報酬の形式は郊外戦争の作戦と同じ戦果出来高制を取る――

「いいかしら?」

栗生美央(くりゅうみお)大尉。質問を許可する」

 次に立ち上がったのはドレイク隊の女隊長だった。


「反体制勢力って言ってもピンからキリまであるわ。運営の情報網が超一流なのは知ってるけど、戦力は判明しているんでしょうね?」

「旧郊外戦争を経験した傭兵が複数加担していると思われる。今回は連中の親玉が多摩に潜伏しているとの報があった。敵は強力だが諸君ら四県区が協力すれば掃討は可能だと推量している。これからの秩序ある戦争続行の為にも、この障害は早期に排除しなくてはならない。今はその好機なのだ」

 流暢に述べる運営委員に美央は分かったわとだけ言って座る。

 だが、剣人を始めこの場にいる兵士の殆どが男の説明に納得いかない顔を浮かべていた。


 質問の答えが抽象的過ぎる。運営委員は間違いなく詳細まで把握している筈だ。

 しかし、作戦に臨む者達にはそこまで細かく述べる気が無いのだと理解したのだろう。

 委員の男は下がり、円加に司会進行のバトンを渡すと早々に退室していった。

 そこから先は日時や戦力配置などのブリーフィングが推し進められて終了した。

 皆が退室していく中、剣人とリヒターは最後まで机に座ったままだった。

 去り際にエレナのぼやきが剣人の耳に入ってきた。

「県区軍相手じゃないからあまり稼げなさそうね……それに相手は有人兵器か」

「さあさあ、キナ臭くなって参りました」

 リヒターだけがさぞ面白そうに、剣人に語りかけてきたのだった。



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