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リザルト・ゼロ

 視界に入ってきたのは見覚えのある天井。

 剣人が目覚めたのは艦内医務室。アイボリーの天井には所々人の顔のように見えるシミ。


 気を失う間際に目の前にいたのはあの銀髪の男。人形のように無感情なエースパイロット、アキの姿だった。


 一度目は助けられ、今度は……

 狂乱のまま戦っていた所までは覚えている。バリウスの双輪が回る度、AIの意思が流れ込んできたようだった。

 一体感のままバリウスを駆った。

 それでも久澄秋鷹に勝つことは出来なかった。


「どうしてアイツはあんなに強いんだ」


 戦場に踏み込む覚悟は出来ていた。兵士として名を上げ、富を得て自分をコケにした連中を見返してやる。

 その為にバリウスで戦場を駆けた。


「クソッ」


 拳がベッドサイドを殴りつけた瞬間、傍らから耳障りな電子音が響いた。

 見ると、自分の五指には電極が取り付けられていて真横には機材が置かれていた。心拍数、体温などを示す緑色の表示板にはエラーの赤い文字。


「気づいたようね」


 ピンク色のカーテンが軽やかに開く。

 顔を覗かせたのは円加だった。

 その表情は久澄秋鷹とは違い喜怒哀楽に満ちている。

 何度か話をした剣人には分かっていた。彼女は感情が顔に表れやすい性格なんだろう。


「良かった……本当に良かった」


 剣人の手を握る円加は心からの安堵に満ちていた。


 何故だ、と剣人は思った。

 自分など所詮使い捨てなのだ。何時でも補充できるモジュールアーミーなのに。


「何でそこまでして」


 剣人が小首を傾げると、今度は首筋にくっつけられていたコードが外れ落ちた。


「身体の調子はどう? 動かせる?」


 円加はその機器を拾いながら問いかける。


「ああ、平気だよ」


 剣人は半身を起こし腕を肩からぐるぐる回して見せる。

 パイロットスーツは衝撃吸収パッドに覆われていたので大きな怪我は無かった。


「メディカルルームからこっちに移したの。でも見る限り大丈夫みたいね。これでまた戦えるわね」

「俺は負けたのか……久澄秋鷹に」

「あれが勝ちなのか負けなのか私には分からない。でも……」


 そう言って円加は沈みかけた面持ちを戻す。


「作戦は私達の勝利よ。生還おめでとう剣人君。戦二乗りの初戦の生還率は三割。それなのによく生き残れたわ」

「俺の力じゃない。バリウス……あいつは一体何なんだ?」


 剣人は生死を賭けた作戦中、終始彼を振り回し続けた鉄馬の名を口にする。あの一体感は戦闘の高揚状態がもたらすものでは無かった。

 何か別の力の――


「教えてくれ鷲宮さん。俺はバリウスの騎乗者としてこいつの正体を知る必要がある」

「……バリウスが青陵重工製だって事は知ってるわよね?」

「二輪戦闘機普及の立役者……大戦で真っ先に消滅した企業……」


 ドローン戦争とも呼ばれる第三次世界大戦末期の状況は物心ついた頃にテレビで見ていた。

 日本は常に上手く立ち回り被害は免れたが、その後、まるで天秤の傾きを戻すかのように大災害が起きた。

 その結果が今なのだ。

 恵まれた人々は傘の下に引きこもり、あぶれた者達は多くが郊外に住む。

 大企業の上層部の思惑でルールある戦争が繰り広げられている小さな箱庭のような世界だ。


「青稜重工の戦二は今でもアンダーマーケットに出回っている。パーツも使いまわされてるしね。この機体もそんな成り行きで手に入れたの」

「何でそんな古いモデルがあんなポテンシャルを持っている?」


 あの戦いで大破しかけたバリウスは間違いなく廃車コースだった。それなのに量子タービンは見たことの無い出力で回転し、再起動した。

 まるで不死身の生き物が息を吹き返すように。


「現行の二輪の方がずっと安定性もあるし進歩してる筈だろ? それなのにあの再起動は何だったんだ?」


 穏やかだった円加の表情が一転、険しい物となる。


「そう。ここからが本題なの。あの機体は大戦中に作られたって君なら知ってるよね? でも、それ故にあるシステムが搭載されている」

「あるシステム? ジーニアスの事か?」


 円加はポケットからタブレットを取り出し、ベッド脇に置かれたスツールに腰を掛けた。

 そしておもむろに画面を剣人に見せながら身体を寄せる。甘い香水の香りに一瞬雑念が混じるが集中し直す。


「電気消していい?」

「え?」


 思いがけない一言に声を上げる剣人。円加は剣人の焦りなど露とも知らず照明スイッチを押す。

 暗くなった室内にタブレットの明かりだけがぼんやりと浮かんでいる。


「この機体に搭載されたジーニアスシステムは他のAIとは違う物なの」


 円加はしなやかに指をスライドさせロックコードを解除すると画面の上にバリウスの設計図らしきディスプレイがホログラムでポップアップする。


「ジーニアスは元は青稜が開発したAIよ。搭乗者と思考をシンクロする為のね」

「シンクロ?」

「そう。バリウスに搭載されたAIの意思が搭乗者に流れ込む。君には聞こえなかった? バリウスの声が」


 そこまで聞いた所ではっとする。

 バリウスの回転数が最大域に達した時、確かに剣人は聞いた。脳に直接染み込んでくるような女の声を。


「そうか。あの声はやっぱり幻聴では……」

「やはり聞いてしまったのね」


 円加は全てを悟ったように項垂れた。


「あの声は一体……あんな生の人間の声がAIだってのか?」

「青稜重工のテクノロジーは闇に葬られたまま、明らかになっていない部分も多いわ。特にジーニアスに関してはまだ研究途上、私たちも解析を進めているわ。でも――」


 円加ははぐらかすような笑みを浮かべる。


「幸い君は彼女(バリウス)に好かれているみたいね」


 ホログラムはそこで停止した。再び部屋に照明が戻る。

 白色光に照らし出された円加はシリアスな顔から何時もの親しみやすそうな表情に戻っていた。


「気に入られたのかあれで? あいつは俺の意識に入り込んできた。乗っ取ろうとしていたんだぞ」


 円加は惚けた顔をしながら、


「大丈夫、あの子はきっと貴方を気に入っているわ」

「そんな訳ないだろう。茶化さないでくれよ」

「あ、そう言えば」


 そして思い出したように懐から小さな茶封筒を取り出した。

 表には給与明細の四文字。


「この仕事は月給じゃなくて作戦ごとの給与なの。死亡者にはその親族に慰労金が送付されるシステムになってる」


 ビリビリと端を破く。そして、剣人は明細を見て驚愕した。


「なんだよこれ……」


 唸りながらゆっくりと反転して円加に見せ付ける。

 給与の欄にははっきりと「0円」と表記されていた。


「そうよ。まあ生きてるだけで丸儲けって昔の人は言ってたみたいじゃない? それよ」

「それよ。じゃねーよ! ワケがわからないよ」


 そう言って円加を睨みつける。

 赤縁眼鏡のレンズ、その向こうの丸い瞳に病人服姿の自分が映りこんでいた。


「作戦終了後。君はアキと戦った。作戦中なら会社持ちの兵器であればいくらでも補修費が出るけど作戦終了後の貴方達の戦闘は独断。私闘と同じ扱いだから補填は効かないの」

「でもアイツだって命令違反じゃないか。向こうはお咎め無しかよ」


 言いかけた剣人の眼前に人差し指を立てる円加。


「それはそれ。そもそもアキは一杯稼いでるから修理費の半額分を払うなんて造作も無いわ。彼はきっちり弁償してくれたし問題なしなの」

「うう……」


 メメントモリの赤字を半額弁償したアキ。

 命令無視をするような性格なのでそういった費用もばっくれるかと思っていた。

 ――意外に素直なヤツだった!




「つまりもう半額は俺の給与で相殺されたって事か」

「いいえ。君のしょぼい給与じゃ払いきれないから私の権限でプラマイゼロで抑えてあげたって言ってるの。本来なら赤字分を請求したいところなのだけど寧ろ感謝してほしいわね」


 えっへんと胸を張る円加。胸が意外にでかい。


「その補修費って……いかほど?」


 兼ねてから気になっていた金額。

 円加はにっこりと笑みを浮かべて剣人に耳打ちする。

 伝えられたその額に愕然とした。


「ヒェッ……」


 勝ち誇った顔で円加は頷き返す。


「本来ならバリウスのメンテ、修理も請求したいところなのだけど。君は数少ないバリウスに気に入られた貴重なパイロット君だし。今回は大目にみてあげるってコト。分かってくれた? BC250くん?」


 久しぶりに聞いた嫌なあだ名にも剣人はうへえと声を上げた。


「分かってくれたか! よかったよかった。うんうん……」

「――ところで!」


 剣人が勢いよく顔を上げる。


「久澄秋鷹、何なんだよアイツ。危うく死ぬ所だったんだぞ、俺は!」

「彼なりに君を救おうとしたの。それに彼は言っていたわ。貴方は向いてないって。目的もないならやめろって」

「そうだけどさぁ」

「今回はプラマイゼロ。今後作戦中であれば赤字にはならない。生きれば生き残るだけ稼げる。死んだら終わりだけど……引き返すなら今よ。それでも君はこの仕事を続ける?」

「ここで辞める? 俺が……? そんなワケないだろう!」


 剣人は敢然と言い放つ。


「逃げるのはいつでも出来る。でも俺は戦うためにここに来たんだ。目的だって……!」

「目的? 戦うことが目的なの?」

「違う、俺は戦闘狂なんかじゃない。でも……久澄秋鷹、アイツこそどうなんだ!?」


 剣人は詰め寄る。円加ならアキの本質を知っていると思ったからだ。少なくとも円加は作戦中アキを頼りにしているように見えた。


「仲間を蔑ろにして一人で暴れて……あれでよく隊長が務まるよな」

「彼は決して独りよがりで戦っているんじゃない。皆を――仲間を死なせたくないだけ」


 円加は俯きながら答える。


「だから俺に辞めろと? それがあいつなりの優しさ……?」

「そうかもね」


 円加はカーテンを開放して歩き出す。剣人もそれに続くようにゆっくりとベッドの縁から立ち上がる。

 薄いスリッパ越しに感じるひんやりした床の感触。


「彼と私は……群馬県区で一緒に戦ったから」

「そこからこのメメントモリに?」


 こくんと頷く円加。


「……そうか。群馬か」


 だが、剣人はこれ以上二人の過去に踏み込む気がしなかった。

 群馬県区は数年前に郊外戦争で壊滅している。


 と、円加が気持ちを切り替えるように後ろで組まれていた手を広げながら振り返る。


「でも私達が今属しているのは京都県区軍よ。戦いはまだ続く……」


 手を差し伸べる円加。

 その手のひらを見上げる剣人。


「早速だけど次戦の通達が来てるの。もし、君がバリウスと共に戦場を駆ける気があるなら……」


 メメントモリ――死を覚悟しろを意味するラテン語の言葉。

 それが社名の由来だ。


 使い捨て兵士の派遣会社に相応しい名前だと、剣人は思った。


 未だバリウス、ジーニアスシステムの真相は底知れず。自分は実験動物のようにこれからも戦場で酷使されるだろう。

 でもこの戦場で剣人とバリウスの答えが見つけられるなら……


「ああ……やってやる!」


 差し伸べられた円加の手を剣人は力強く握り返した。



次回より第二章です。

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