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「何て機動だ!」


 バリウスのコックピットの中で剣人は息を飲む。

 計器が示す回転数はとっくにレッドゾーンまで振り切られている。それなのにその出力は一向に止まる気配がない。

 バリウスは猛々しい咆哮をあげTZFに喰らい付く。


 TZF――青い甲冑を纏った人型バイクの二丁拳銃はバリウスを近づけまいと連射しながら併走する。しかし、それでも銀の鉄馬は止まらない。

 最小限で避けながら接近、幾つかの弾丸が肩や腰部装甲を掠めるがそんな被弾はお構いなしと剣を振り続ける。

 この白兵戦用の武装が振りかざされる度、バリウスの蹄状の足先が地を叩いた。

 対するTZFは正確にバリウスの装甲を削っていくのだが、量子タービンが出力全開で装甲を復元し続ける。


 まるで底無し。闘争本能だけが活火山のように沸き続けているようだ。

 その様はまさしく北欧の伝説に謳われた狂戦士。止めようの無い殺意の奔流がバリウスのエンジンを更に高回転域まで到達させる。

 そして、驚くべきは剣人がその操作を無心状態で行っている事にあった。

 ジーニアスシステムによってある程度のバックアップをバリウスが行ってはいるものの、剣人の指先はそれぞれが生き物であるかのように蠢き挙動を制御しきっている。

 ある種のトランス状態に陥ったように、剣人は目の前のTZFとアキしか見えていないようだった。

 

「もうやめて剣人! バリウスに引っ張られちゃダメよ!」


 ヘルメット内に円加の悲鳴が木霊する。しかし、甲高いバリウスの排気音が剣人の思考を戦闘で塗り潰してしまうのだ。

 目を見開き間近に迫るTZFの人型を見据えたまま、


「――ッ!」


 変形ペダルを思い切り踏み叩く。

 人型を形成していた量子装甲が解除。直立していた車体がそのまま中腰まで沈みこみ、ボディサイドに大型の武器が顕現する。

 巨大な灰色の円筒はどこまでも長く、煙突か何かのようだ。剣人は迷うことなくトリガーを引き絞る。


 カノン砲の轟音がバリウスの排気音を一瞬かき消した。

 アキはハンドルをわずかに傾けそれを回避。難なく避けたTZFの後ろで爆発音と共に家屋が丸ごと吹き飛んだ。


「チッ。装甲の余剰分を火力にまわしやがった」


 粉上になった瓦礫がピシピシと機体にぶつかるのを感じながら、アキがコクピットでぼやく。


 とうとう公園外の道路に飛び出す二機。

 暴走状態のバリウスは再び量子装甲を形成し人型形態と化すと、再び剣を構える。もう片方の腕にはサブマシンガンが握られている。

 アキもそれに呼応するように白兵戦に移行、バリウスと横並びになりながら走る。

 二丁拳銃とサブマシンガンの弾幕音がぶつかり合う。


「おいどうなってやがる!」


 リヒターとエレナがようやくこの戦場に現れた。作戦終了の報せを受けても一向に終わらない戦闘にたまらず駆けつけてきたのだ。

 だが、当事者達からの応答は無い。


「円加これは一体どうなっているの!? 作戦は終了したんじゃないの!?」

「終了はした。したけど……二人の戦いは終わらない」


 エレナが叫び、円加が呆然とそれに答える。


「じゃあ止めてよ、貴女指揮官でしょう!?」


 嗜めるようなエレナの言葉。

 だが、円加は自分ではどうしようもないと頭を振る。タブレットを覗き込み表示された数値を観測している。


「ジーニアスシステムがどんどん活性化してる。このままじゃバリウスの意思が剣人君に流れ込む」

「そんな……あの新入りは私みたいに思考直結手術をしているとでも言うの!?」

「……いいえ!」

「じゃあ何故……貴女何を知っているの円加!」


 エレナは感情を露にするが、画面上の円加はそれに答える事は無い。ただ口を真一文字に結び二人の戦いの行方を見極めようとしている。


「まずいぞエレナ! このままじゃ――俺達も行こう!」

「無理よ! 私もアンタも下手したら殺されるわ」


 エンジンを蒸かし戦線に加わろうとするリヒターをエレナが制止する。

 この戦いを僅か見ただけでエレナは確信していた。

 エレナとリヒター、そしてドレイク隊の残存機で束になっても二人の戦いを止める事は出来ない。

 


「何か知っているのでしょう……あの機体には何があるの?」

「それは……」


 エレナは円加に再度問いかけるが反応は鈍い。更なる追求をするべくエレナは口を開こうとする、その時だった。


「おい!」


 割り込むように発せられた通信はリヒターの物だった。

 エレナが視線を二機に戻すとバリウスが大きく振りかぶって剣を投擲した所だった。もう片方の腕に握られたサブマシンガンの弾幕がTZFを誘い込む。

 果たして、剣は吸い込まれるようにTZFの頭部に突き刺さり、タービンが生成し続ける緑の燐光が行き場を失い迸る。


「アキ!」

「隊長!」


 円加達の声が重なり、TZFの頭部が弾け飛んだ――のだが、


「!?」


 一方、コクピットの剣人は息を呑んだ。

 立ち込める煙を切り裂いてTZFが肉薄してきたからだ。


「頭を潰せば止まると思ったか?」


 TZFは手にした拳銃を力任せに振りかざしバリウスのサブマシンガンを飛ばすと肩口に銃口を押し付け零距離射撃を浴びせる。

 機械のマニピュレーターの指先がトリガーを引く度に銃火が瞬く。シートに跨る剣人にも衝撃が走りHUDが明滅する。


「く……そッ!」


 バリウスは空手になった左手で殴りかかるも青い人型は後ろに一飛び。

 TZFのちぎれた首元からは中のアキの姿がちらりと見える。その形相はヘルメット越しでも分かる。本気の闘志と殺意だ。


「アイツ……あんな状態で操縦できるのか」


 バリウスが空手を構える。マニュピレータには騎士の篭手のような装甲が施されていた。質量を武器にそのまま殴りつけるつもりだ。


「とっとと落ちろよ」


 再び迫るTZFの拳銃を持つ手と何度も打ち合う。打撃も想定して作られているのか拳銃形の量子武装は驚くほど重かった。

 乾いた金属の衝突音だけが響く度、倒壊しかけた信号機が振動で傾いていく。

 打ち合う音が耳朶を打つ度にバリウスの闘争本能が剣人の脳髄に流れ込む。

 浸透していくように機体の意思――ジーニアスと言う名のAIが剣人に語りかける。


『全部壊してしまえばいい――衝動に身を任せるのよ』


 水底の中から発せられているように低く重い、それでいて透き通った女の声。

 その言葉が打ち合う音と重なって剣人の鼓膜に直接響き渡る。ある種の音楽のように。

 戦に赴く者達を奮い立たせる激しい音楽。鼓動と調律が重なり、明確な破壊衝動を沸き起こさせる。


「あ……アアアアァァァア!」


 剣人の叫びに重なるように排気音が上天に向かって吠え猛る。

 両腕の拳を溜めながら空に向かって吠える銀色のバリウス。その場に面した者達は皆がおぞましい狂音に耳を押さえている。

 そんな中アキだけが冷静に状況を見ていた。


「円加――」


 再三に渡って応答をしなかったアキが初めて自分から語りかける。

 画面上の少女が驚きのあまり飛び跳ねるように首を動かし見つめ返す。


「アキ……!?」

「機体に引っ張られたバカを止める。いいな?」


 そして二度空ぶかし突進。

 背部のブースターも人型形態の加速をアシストする。

TZFが手にするのは二丁の拳銃型武装のみ。そしてバリウスに至っては度重なる格闘戦で装甲も剥げ落ちたフレームだけになった細い腕部のみだ。

 

 二機が拳を突き出し真正面からぶつかり合う。

 鉄がぶつかる鈍い音と様々な部品、装甲のカケラが弾け飛ぶ音。


「硬いな」


 アキは舌打ちしながら銃床で殴り続けていた腕を器用に操作。回して銃口を向けると立て続けにバリウスの胸に撃つ。

 だが、バリウスはもう避けようとしない。撃たれながらもTZFの腕を狙い殴りかかってきた。

 アキは殴られながらも銃撃を止めない。トリガーを引き続ける。

 バリウスの量子装甲は弾け飛ばされる度に再構成を続け、代わりにアキのTZFの装甲が殴られ弾け飛んだ。

 そして、遂に――


「――ッ!」


 バリウスの肘に突如顕現したのは剣と呼ぶにはあまりに無骨な代物。

 先の尖った鉄杭を据えつけただけの近接武器だ。その先端が鈍く光る。


「ダメよ、その武器は!」


 その武器が何であるか理解した円加は叫ぶ。

 腕に直に武器が括りつけられた様は先程までの剣とは全く違う。暴力的で実用性――破壊のみを突き詰めた武器。

 繰り出される拳。

 そこから炸裂する一撃の恐ろしさをアキは知っていた。


「時代遅れの兵器だな」


 アキは冷静にその武器を観察していた。

 パイルバンカー。

 炸薬で打突力を爆発的に増加させた一撃必殺の近接武装だ。


「避けて! その武器は量子装甲ごと貫通するわ!」


 アキは避けない。代わりにバリウスの胸部に思い切り銃口を押し付ける。

 ほぼ同時に迫る鉄杭。


「あああああああ!」


 剣人は躊躇う事なくトリガーを引く。信管が発動し銀色の鉄杭が射突される。

 この零距離でパイルバンカーの爆発的な打突力をもろに喰らえばTZFは量子装甲ごと貫かれる――その筈だったのだが。


「え?」

 パイルバンカーの鉄杭が射出される事は無かった。暗闇で剣人が正気に戻ったような声を発している。

 何が起こったのか分からない。

 次の瞬間、量子装甲の残骸がぽろぽろと剥離していく。

 外の景色が露わになり、バリウスの人型を組成していた量子装甲が解除されていく。

 最後にはフレームだけが残された。

 二足歩行のバイクの上で剣人は呆然とハンドルを握り締めていた。

 腕を構成するフレームは量子装甲で肉付けされていなければ骨のように細い。パイルバンカーは既に消え去り、何も無い空手をTZFの胸――コクピットめがけて突き出していた。


「手間かけさせやがって」


 一方のTZFは今まさにシートに座る剣人に銃口を向けている所だった。

 トリガーを引きかけたアキの人差し指は彫刻で作られた指のように静止している。

 相打ちの体勢。

 だが、バリウスは量子タービンに溜め込んだエネルギーをこの一戦で全て使い切ってしまった。

 もし、このままアキが剣人と同じように闘争本能そのままでトリガーを引いていたら、


「良かった……ありがとうアキ」


 どっと胸を撫で下ろしながら円加は呟いた。

 しかし、アキは彼女と目も合わせようとしない。

 バリウス、シートに座す剣人の胸元目掛け銃を向けたまま、そしてTZFの量子装甲も解除されていく。


「二機の量子タービンの停止を確認」


 間近で見ていたエレナが事務処理的な口調で呟いた。

 一方フレーム剥き出しの可変途中のバイクの上で呆然と座っていた剣人は、


「……あっ」


 その瞬間、糸の切れた人形のように意識を失った。

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