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再起動

「嘘!?」

「坊主!」


 二つの叫びが重なり、金属がひしゃげる音が響いた。

 ブレイドを狙った敵指揮官機の狙撃をバリウスが盾になり防いだのだ。

 剣人とバリウスが宙に弾き飛ばされ、そのまま地にぶつかるように落ちた。


「うう……」


 土煙を間近で浴びながら、剣人が首元のスイッチを押すとショック吸収で膨張していた内蔵パッドが収縮する。だが、出来る事はそれまでだった。

 薄らいでいる意識の中でカーキ色の巨体が近づいてくる。


「何で出てきたの!?」


 ドレイクリーダーの女は半狂乱で怒鳴る。

 彼女のヒステリックで切羽詰った声がメット内の拡声器から響いて頭が余計痛む。


「俺がチェスの駒ならアンタはキングだ……守らなきゃ戦いに負けちまう」

「だからってそんな……」

「平気だ……俺は生きてる。だから……勝って」


 霞んだ視界には土煙が立ち込めている。地べたに密着した身体中に伝わる振動と煙の向こうには巨大な戦車の影が見えた。履帯を回しながらこちらに進んでくる。


「はは……」


 ここで終わるか。ならそれでもいい。

 だが――

 傍らに転がったバリウスはまだ量子タービンの緑色の光が灯ったままだ。

 機体の外観は大きく大破してしまっている。そこら中に装甲片が散らばっていた。

 剣人が咄嗟に思いついた捨て身の盾と言う行動にバリウスは躊躇い無く反応した。


「お前、俺が嫌いじゃなかったのかよ……」


 引きつった笑いと共にむせる。

 いよいよ重戦車がこちらに迫る。のろのろと起き上がりバリウスに近づく。

 引き起こさなきゃ……でもまだやれるのか?

 ひたすらに膂力を込めてバリウスを起こしていく。不思議と焦りは無い。驚く程に落ち着いている自分がいた。死というものを目の前にしたらここまで思考がクリアになるのかと悟った。


 ようやく起き上がった銀の車体。

 剣人はよろめきながら、すがりつくようにバリウスのシートを掴み跨った。驚くべき事にインジケータの表示は生きていた。

 ただ、計器の画面全てが深刻なダメージを表している赤一色に染まっている。


「お前……まだ動けるのか?」


 傷だらけのグローブでクラッチを握り締める。

 が、そこで終わりだった。剣人の前方で重戦車がぴたりと動きを止めていた。

 こちらに向けられた特大の砲塔の照準は自分とバリウスだけを狙い済ましている。撃てば確実に当たる距離。

 死ぬ――そう確信した。

 剣人は目を閉じ運命に委ねる。

 そして、轟音は鳴り響いた。




 起こりえない筈の沈黙が流れていた。

 砂塵の香りがするだけで身を焦がす炎も爆音も衝撃も一向にやってこない。剣人は思わず瞳を開け、そして驚愕する。

 重戦車の上に立つ青い人影があった。

 戦車は沈黙している。


「だからやめとけと言ったんだ」


 死と硝煙に満ちた静寂に水を差すような一言。それは紛れも無いアキ――久澄秋鷹の物だった。

 青い人型形態となっていたアキの機体は持っていた大砲を投げ捨てた。空になった一発使い切りのロケットランチャーが剣人の目の前に転がる。


「アキ……」


 声を発した主は剣人の見下ろした先、通信ウインドウに映る鷲宮円加だ。

 いつの間にかジャミングは消えていた。ジャミングを発していた敵戦車を目前の男が沈黙させたのだろうか。


「何をしにきた。たった一機で」


 秋鷹が抑揚の無い声で呟く。青いTZFは人型形態のまま。切れ長のツインアイが剣人だけを見ていた。

 センサーアイ越しに浴びせられる冷ややかな視線に圧迫感を覚えた剣人は思わず言い返す。


「たった一機……お前だって単騎だろうが! 勝手に俺やリヒターを置き去りにして何をやってたんだよ!」

「ほう……」


「――⁉」 


 その二人のやり取りに横槍を入れるような銃撃音が鳴り響く。

 残された敵の隊長機、ストリートファイターの戦二がTZF目掛けライフルを放ったのだ。


 秋鷹は会話に気を取られていた素振りも見せず重戦車から宙返りして跳ねる。

 軽やかなバック転で放たれた徹甲弾を交わすと着地と同時に加速。尚も殺到する銃撃を次々に交わして突進する。言葉を失う剣人。

 そして敵指揮官の間合いに入ると一太刀で斬り伏せて見せた。ぐしゃりと音を立てて倒れるオレンジのストリートファイター。剣人のHUDに作戦終了を意味する表示が灯る。


 戦いは剣人達の勝利に終わった。だが、誰一人それを喜ぶ者はいない。

 剣人もドレイク隊の面々も円加も、青いTZFの動向だけを注視している。

 当の久澄秋鷹は通信機越しにふぅと溜息を漏らす。


「俺とお前の単騎では意味が違う。俺は確かに先行してお前たちを置き去りにした。それは複数行動では作戦の遂行が困難だと判断したからだ。ここは結果が全てだ。意味が分かるか?」

「なんだと……」


 そう言い掛けた所で剣人はこらえる。拳が震えていた。

 確かに、久澄秋鷹は一機で敵部隊を壊滅させていた。それは円加の通信でも確認済みだ。

 そして今ドレイク隊を苦しめていたもう一隊をも撃破。勝利の立役者となったのだ。

 剣人は確信する。

 久澄秋鷹は戦闘二輪乗りの兵士としては卓越した実力を持っている。たった一機で相手の部隊一つと渡り合う程の戦力。

 

 味方との連携を無視した行動ではあった。

 しかし、郊外戦争は結果が全てにおいて優先される。実際、この戦いにおいて久澄秋鷹の活躍無ければ勝利はおろか剣人は死んでいた。

 一方の剣人はバリウス一機すらまともに操れない現状。


「遅いのよ!」


 言い返せない剣人の代わりにドレイクリーダーの女が声を上げる。

 しかし、秋鷹はそんな彼女に対してもトーンを変えないまま傲岸不遜に答える。


「向こうの敵の取り巻きにも同じようなドローンバイクがいた。それを殲滅するのに時間をとられた」

 それだけ言うとTZFは踵を返す。

 甲高いタイヤがキュイキュイと擦れる音。青いボディが向き直る。

 人型の頭部は今一度剣人だけを見つめている。


「もう辞めろ。お前はこの隊では役に立たない。リヒターを置き去りにして自分の機体も大破。この程度の敵相手にこの体たらくではいつか死ぬぞ」

「アキ……違うの、剣人君は」


 だが秋鷹は止めない。言葉を発しかけた円加を無視して続ける。


「戦闘二輪の扱いも出来ない。兵士として戦うべき矜持も無い。ただ漫然と稼ぎたいだけなら傘の下に戻れ」

「傘の下……ね」


 自嘲気味に剣人がくぐもった笑いを零す。その光景に他の面々が押し黙る。


「アンタも傘の下の連中と同じ類か?」

「何が言いたい」

「俺がやってきた努力はテラリウムで暮らす連中にとって下らない物だったってことだ。近衛技研で使い潰された日々も、ここでのこいつと一緒に戦った事も」


 剣人の脳裏に去来するのは傘の下――居住テラリウムで送ってきた毎日だった。

 剣人は自身が跨るバリウスのフュエルタンクを優しく触れる。


「そうだ。この世界は成し遂げた結果が全てだ。利になる結果を出せば重用され続け、一度でも挫いたらその時点で捨てられる。それまでの実績も努力とやらも全て無価値な物だったと見なされる」

「だから諦めろってのか?」

「事実お前は既に今回の戦いで結果を出した。戦闘では全くの適性外だと言う結果をな。そんな奴は邪魔だ。今すぐ消えろ」


 そう言って人型形態のTZFは片膝を沈め体勢を傾けて、あからさまに不快そうな態度を取る。

 剣人は言われている間も過去の自分の送ってきた日々をフラッシュバックさせていた。

 幼い頃、希望以外の物が何一つ存在しなかった幸せに満たされた日々。

 思春期を迎え、現実に迫られ、右も左も分からぬまま競争する事を強いられた日々。

 そして、近衛技研に入社したあの日。彼の両親や親戚、友人は口々に賛辞した。彼の保証された未来を。

 近衛技研と言えば今や日本はおろか世界のあらゆる分野でトップシェアを誇る企業統合体の一角だ。その一員となった剣人には安定した人生が確約される筈だった。

 だが、それは突如終わりを告げた。言いようの無い理不尽が彼の生活を一変させたのだ。

 身体の不調は治せば再起できる。だが心を壊されては無理だ。

 剣人にとっては耐えて耐えて耐え抜いた末の選択だったのだが、近衛技研を退職した事を知った途端、剣人の周りの者達は彼を落伍者と言う言葉で片付けて見放した。


「何時だってそうだ。所詮他人事だから頑張らなかった結果だって言って終わらせられるんだ」


 剣人は克服しようと足掻きながら沈んでいった。その結果がこの戦場なのだ。

 変わらない日常、何時までも同じ世界。


「だから俺自身が変わらなきゃいけない」


 秋鷹がそれを聞いていたとは思えないが、そんな事は今の剣人には最早どうでも良い。

 ハンドルを握り締める手に力が入る。

 その瞬間、バリウスが再起動。前輪に搭載された量子タービンが黄緑色の燐光を発する。


「お前……」

「剣人君!」


 秋鷹と円加が同時に声を上げる。

 剣人は尚もハンドルに込めた力を緩めないまま、計器にはいくつものウインドウが高速で重なり続ける。

 そして、けたたましい電子音と共に、それら無数のウインドウ全てを上書きするように巨大な「All Correct」の文字列がでかでかと浮き上がった。



 バリウスの咆哮はどこまでも高らかに耳を劈く。

 その鼓動が剣人の腹の底まで深く浸透していた。

 鉄馬の嘶きは、まるでバリウス自身が剣人の意思に応えるかの如く。車体全てが燦然とした光に包まれていく。


「やるか? なら見せてみろ。お前の力を」

 TZFは剣を背部に格納すると両腕をぶらりと垂らす。輝きと共に拳銃型の装備が両手に顕現。

 水平に構えバリウスの動向を窺う。TZFの戦闘態勢を確認した途端、円加の表情が一変した。


「ダメよアキ!」


 秋鷹は構えたまま。銃を下ろさない。


「その機体はもう動けない筈なの!」


 円加が声を枯らし叫んだ瞬間、バリウスの車体が競り上がる。

 その激しい挙動は跳ね上がるというべきか。高くなっていく剣人の目線を量子装甲が形成され光が包み込む。

 途中で分解した試験走行時とは違う。先ほどの戦闘で拒絶した時とも違う。

 今度は滞る事なく銀色の装甲を形作っていく。

 車輪だけの細い脚部も甲冑のような脛と足先が覆った。馬の蹄のように均一に尖らせた足先。

 車体は完全に二足歩行で直立していた。

 最後に、インジケータ上から頭部装甲に覆われたヘッドライトがポップアップする。


「これがこいつの本当の姿……」


 ヘッドライドの中心で輝くセンサーアイの一つ眼。銀色の人型形態。

 250クラスなのでこれまで見た戦闘二輪の人型形態に比べると造詣が少なく、ややシンプルだ。軽装甲にも見える。

 赤く輝く表示灯がコックピットを照らしていた。


「でも――やってやるぜ!」

「剣人君! アキと戦ってはダメ!」


 咎める円加。

 だが、それに反して眼前の青い人型二輪は戦意剥き出しだ。一瞬でIFFが敵対を示す赤色に変わる。


「行くぞ!」


 赤に染まった暴力的な色の空間で剣人は思いきりスロットルを回した。排気音に量子タービンの唸り声が重なりバリウスが直進。

 目指すはTZFただ一つ。宙に現れたアサルトライフルを右腕が掴み取った。

 剣人はハンドルから分岐した火器トリガーを思い切り引き絞った。

 走行音に弾丸をばらまく射撃音が重なる。

 一方、射線上のTZFはローラー回転の脚部駆動で射線を交わすと、お返しとばかりに両腕に構えた拳銃型の武装をこちらに向ける。


「来る――!」


 感情がバリウスに伝播していたかの如く、軽やかに反応。

 その動きは剣人のコントロールを離れ、勝手に回避したように感じられた。


「これがジーニアスシステム……そうか、お前も戦っているんだな!」


 剣人は殺し合いの真っ只中で清々しい笑みを浮かべ、更にスロットルを回す。

 それに応えるバリウスの雄叫びは歓喜の咆哮にも聞こえた。

 接近しても尚、TZFは体勢を崩さない。

 両腕に構えた無骨な拳銃。二つのマズルフラッシュが迸り、弾丸がバリウスの左肩を掠めた。


「ぐおッ!」


 衝撃と共にHUDが波線でブレる。

 出力が装甲維持に注がれ、量子タービンの回転音が一瞬鈍化するがすぐに再加速する。


「なろおッ!」


 もう一度牽制射撃。だが、TZFはひらりと交わすと再び詰め寄ってくる。

 接近戦はこちらが不利。そう思った剣人はバリウスの挙動を後退させようと試みる。

 バイク形態では不可能な後退だがタイヤが並列状態にあるこの形態ならば可能な機動。

 だが……


「って、おい!」


 バリウスは従わない。あろうことかライフルをヤケクソのようにTZF目掛けて投げつける。

 それを腕先の拳銃で後方へ弾き飛ばすTZF。

 バリウスがもう一度駆動音を高鳴らせるとライフルを失った右腕は強烈な光に包まれる。

 その様子を最早コクピットで傍観するしかない剣人。

 

 光は直線状に伸びて実体剣と化した。切っ先から柄の根本まで鈍色一色の無骨な刀身。

 その剣でTZFの近接攻撃を受け止める。

 打撃武装にもなる両手の拳銃を振り回しながらTZFはバリウスと打ち合う。金属同士がぶつかり合う音と衝撃でコクピットの剣人の視界はぐるぐる回った。



 尚も続く二機の戦い。それはまるで、暴走したマシンが闘争本能だけを剥き出しにぶつかり合っているようだ。


「もうやめて! アキ――剣人君!」

 円加の悲痛な叫びは次いで上がった爆音のせいで無かったかのようにかき消された。


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