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バル  作者: 隣の猫
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436



カゲロウが。


踏み込んだ。


黒蛇が。


一斉に。


ベスへ向かう。


その瞬間だった。


――ドォォォン!!


遠くで。


巨大な衝撃が響いた。


山肌が裂けるように震え。


斜面の一部が崩れ落ちる。


その崩落に巻き上げられた雪が。


白い壁となって空へ噴き上がった。


それはただの雪ではない。


砕けた氷片と粉雪が混ざり合い。


光を反射しながら渦を巻く。


白い奔流。


それが風に押されて。


二人の戦場へと流れ込んでくる。


一瞬。


世界が白に塗り潰された。


視界は消えた。


輪郭は溶けた。


カゲロウの黒も。


黒蛇の影も。


すべてが白の中へ沈む。


だが。


その白の中にだけ。


“動き”だけが残る。


右。


左。


背後。


そして正面。


空気が裂ける方向だけが。


刃の位置を告げていた。


「……!」


ベスは。


動かない。


見えないのではない。


見えなくてもいい。


来る場所は。


もう決まっている。


キィンッ!!


白の中から。


黒が走った。


黒刀。


それは雪煙を裂く黒い線となって。


一直線にベスへ伸びる。


ベスは剣を合わせる。


ガキィン!!


白の中で。


黒と銀がぶつかる。


火花は見えない。


だが。


衝撃だけが骨に響いた。


その直後。


足元の白が。


“割れた”。


黒蛇。


雪の下から。


泥のように黒が噴き出す。


白を汚すように。


一気に広がる。


ベスは。


振り返らない。


視線は前のまま。


ただ。


雪の中に埋めていた“銀”へ。


意識だけを落とす。


次の瞬間。


白の地面が。


裂けた。


銀色の爪。


それは雪の中から刃のように突き上がり。


黒蛇の群れを正面から叩き潰す。


ガガガガガッ!!


黒が弾ける。


霧のように散る。


だがそれは血ではない。


“黒い霧”。


生き物のように蠢きながら。


白の中へ溶けていく。


その一瞬。


カゲロウの動きが止まった。


白と黒の境界が崩れた。


ほんの一瞬。


だが戦場では致命的な隙。


ベスは踏み込む。


白を裂くように。


カゲロウの懐へ。


キィンッ!!


再び黒刀。


今度は真正面。


ベスは受けるのではなく。


“流す”。


刃と刃が擦れた瞬間。


黒の軌道がずれる。


白の中で黒が逸れる。


そのまま。


ベスの肩を黒が掠めた。


布が裂ける音だけが残る。


だが止まらない。


ベスはそのまま。


一歩。


さらに一歩。


白の中を踏み抜く。


距離を詰める。


カゲロウの“内側”へ。


剣を。


返す。


ザンッ!!


白が裂けた。


その裂け目に。


赤が走る。


黒い外套の下から。


鮮烈な赤。


それは白の中で異様なほど強く浮かび上がる。


一滴。


二滴。


いや。


落ちるというより。


“白に染み込む”。


雪の上に広がる赤は。


じわりと滲み。


白を侵食していく。


カゲロウの身体が止まった。


黒刀が。


ゆっくりと下がる。


白の中で。


黒が力を失っていく。


ベスも剣を止めた。


白い雪煙が。


少しずつ薄れていく。


やがて。


世界が戻る。


白。


黒。


そして赤。


三つの色が。


はっきりと分かれて見えた。


カゲロウは。


胸元に手を当てる。


指の隙間から。


赤が溢れる。


だがその赤は。


白い雪に触れた瞬間。


熱を失い。


暗く沈んでいく。


それでも。


カゲロウの口元には。


笑みがあった。


黒の中で。


最後まで崩れない形。


「……。」


ベスは。


剣を構えたまま。


その姿を見る。


カゲロウの身体が。


わずかに揺れる。


白の上に落ちる影が。


小さく歪む。


それでも。


倒れない。


一歩。


踏み出そうとする。


だが。


その足は。


白の上で止まった。


黒刀が。


雪へ落ちる。


一本。


そして。


もう一本。


カラン。


カラン。


金属音が。


白の世界に吸い込まれる。


黒が。


白に沈む音だった。


カゲロウは。


ゆっくりと膝をつく。


その動きさえ。


白の中では遅く見えた。


それでも。


笑っている。


赤に染まりながら。


黒を失いながら。


最後まで。


形だけは崩れない。


「……ようやく。」


声は。


白に溶けるように小さい。


ベスには。


その意味は届かない。


ただ。


そこに“終わり”だけがある。


カゲロウは。


それ以上何も言わない。


ゆっくりと。


目を閉じる。


黒が。


白に溶けていく。


霧のように。


崩れていく。


やがて。


すべてが静まった。


白い雪原に残ったのは。


倒れた黒。


滲んだ赤。


そして。


何も語らない銀だけだった。


ベスは。


しばらく動かなかった。


やがて。


剣を。


ゆっくりと下ろす。


「……終わった。」


遠くで。


崩れた雪が。


最後に一度だけ音を立てた。

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