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死に戻ったお飾り王妃は、愛を知らない成り上がり国王の最愛になる【全年齢(R15)版】  作者: 針沢ハリー
死に戻った王女は運命に逆らう

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1.プロローグ 〜三年前〜



 三年前のあの日の出来事を、マリアーナは忘れていない。忘れられるわけがない。

 



 マリアーナはエイノール王国の第一子だった。

 豊かな金色の髪と王家によく見られる黄色がかった緑の瞳の持ち主である。

 生来のその美しさと快活さで、周囲から羨望の眼差しを向けられるのが常であった。

 そんなマリアーナは、広間の中央を見つめていた。



 カンナス伯爵家の養子になり、国に四人しかいない将軍に取り立てられた若きアルベルト・カンナス将軍が、広間の赤い絨毯の上を玉座に向かって歩いて来ている。

 

 彼は先ごろ起こった敵国の侵略を防いだ。その功績による昇進のため、養父である元カンナス将軍の引退によって空いた将軍の位が彼に与えられるのだ。


 平民出身の将軍の誕生に、会場の前方にいる大貴族らが不服そうな顔しているのを、マリアーナは見るともなしに見ていた。


 その時、父王が座る玉座の横にいたマリアーナの前にある階段の下で、彼が立ち止まった。

 マリアーナの視線は彼に吸い寄せられた。


 彼の姿は、まるで彫刻のように整っていて、戦うために生まれてきたのだと言われても信じてしまえそうな、立派な体つきをしているのが礼装の上からでも分かる。


 背が高く、その姿には威圧感を覚えるほどだった。

 このような場なのに、その表情に晴れやかさや誇らしさは見えない。


 彼はすぐに跪き、父王が彼を将軍に任命するのを、ずっと頭を下げて聞いていた。

 そして、顔を上げるように促されると、美しい身のこなしで立ち上がる。


 その姿に見惚(みと)れていたマリアーナは、侍女から一輪の花を渡された。

 それを彼のマントの留め具に挟み込むのがマリアーナの仕事だった。


 報奨とは別の、王家からの祝福を、それは意味する。

 本来であれば王妃である母がするものだけれども、母は平民に近づくのは気が進まないと、この式自体を欠席していた。

 そこで、母の代わりにマリアーナがその役を担うことになったのだ。


 マリアーナは進み出て階段を降りると、彼の目の前に立った。意識的に微笑みを浮かべながら、彼のマントの留め具に花の茎を差し込もうとする。


 ところが、その花の茎は短く切られすぎていて、留め具をずらさなければならなかった。それに手間取っているうちに、マリアーナは持っていた花を落とした。

 

「あ……」


 この花を落とすのは、とてつもない失態だ。でも慌てた次の瞬間、その花は大きな手によって受け止められた。


「留め具は私が。殿下はお早く……」


 彼はマリアーナにだけ聞こえるように気を遣ってくれたらしく、小声でそう言った。

 マリアーナは彼の手の平の上にある花を摘んで取ろうとした。急がなくてはいけないと慌ててしまう。


 しかし、彼の肌に指先が触れた瞬間、不思議なことが起こった。



 これから自分の身に起こることが、王家の危機が、自分自身の不様な死が、目の前を駆け抜けていく。


(そうだわ。私はこの人の妻になれと言われて、犯されて……)


 その時の恐怖や痛みが、今まさに感じたものかのようにマリアーナの体を震わせた。



 ◆



 マリアーナが十九歳の時、このエイノール王国で突如として革命が起きた。



 革命の日、ちょうど外出していたマリアーナは、その知らせを受けて護衛の兵士たちに守られながら、婚約者のいる隣国へ逃れようとしていた。


 輿入れを控えていたマリアーナを守ってくれていたのは、隣国への移動の準備のためにやってきていた隣国出身の兵士たち半分、自国の兵士が半分といったところだった。


 みすぼらしい空き家に潜伏しつつ、隙を見て国境を越えるつもりだった。

 しかし、国境までもう少しというところで革命軍の兵士たちに囲まれてしまった。


 マリアーナが馬車から引きずり出された時、今まで行動を共にしていた護衛たちは剣を下ろして項垂れていた。

 もう守ってくれる者はいないのだと、とてつもない恐怖にかられた。



 そして、マリアーナは囚われの身となり、連れ戻された王宮で、自ら国王を名乗るアルベルト・カンナス将軍とその部下に囲まれている。


 悔しくて仕方がなかった。もう少しで愛しい婚約者の元に辿り着けたのに。


 待ち受けていた屈強な男性たちは恐ろしい。

 でも、怖がってばかりいるのは情けないと、マリアーナは自分を奮い立たせた。


 冷たい瞳でこちらを見下ろすのは、貴族の養子になっているとはいえ、平民出身の英雄と呼ばれる若き将軍だ。


 彼とは何度か顔を合わせた覚えがある程度で、どんな人物なのかよく知らなかった。

 それなのに、マリアーナは、彼が新国王として即位するために彼の妻になるのだと聞かされた。


 何日も潜伏していたため、おそらく薄汚れているだろうマリアーナを、彼はじっと見ながら冷たい声で言う。


「王家の血が必要だ。あなたと婚姻を結べば、私は王位継承権者の配偶者として、貴族どもがこだわる法律にのっとって、合法的にも新たな国王になれる」


「私には婚約者がいるわ」


「だから? まだ婚姻を結んでいない。問題にはならない」


「嫌よ! あなたの妻になど!」


 将軍は冷笑を浮かべた。


 マリアーナは彼のその顔を見て、とても大きな不安が込み上がってくるのを感じた。

 これまで、周囲の人々は自分の望みを叶えるのが当然だった。命令を拒否されるなんて考えたこともなかった。


 無礼につかまれた手の力強さにも、その手で押さえられてしまえば自分の力では抵抗の一つすらできないのにも思い至っていなかった。

 そして、自分自身の価値にも。



 エイノール王国は男女の別なく、第一子に王位の相続権がある。それは外国へ嫁ごうが、国内貴族に嫁ごうが変わらない。その権利を放棄するか、死亡するまでは。


 マリアーナは婚約者との婚姻の際にその権利を放棄することになっていたけれど、それはまだ実行されていない。


 もし今、革命が起きた故国から逃げ出して嫁ぎ先のベランク王国に辿り着いたとしたら、マリアーナはその権利を放棄しないだろう。

 そして、簒奪者を糾弾し続けるに違いなかった。


 彼らが必死にマリアーナを連れ戻したのは、それが理由だ。急な出来事に我を忘れ、それすらも考えられていなかった。

 でも、それに思い至っていたとしても、何もできなかっただろう。結局こうして捕まってしまったのだから。



 その晩、マリアーナは彼に強引に処女を散らされ、無理矢理彼の妻にさせられた。


 


 その翌日、彼らは不意にやってきた。

 部屋の中は日が暮れはじめると同時に薄暗くなっていた。マリアーナを嫌っているらしい新たな侍女たちは、明かりを持ってこないつもりのようだ。


 打ちひしがれていたマリアーナは、大勢の男たちが静かに扉を開けてやってきた時、助けが来たのではないかと期待に胸を膨らませた。

 でも、違った。


 覆面姿の彼らは無言でマリアーナの腹を何度も刺し、標的が床に崩れ落ちると剣を引いた。


 口から溢れ出る血に呼吸すらままならない中で、引き上げていく男たちの声だけがマリアーナの脳内で響いた。


「もう一人の王女を塔から連れてこねばな」


「まだほんの子どもだ」


「だが、もう子どもを産める。それに姉のこのあり様を見せれば、従順になるだろうと伯爵が仰せだ」


「どんなに可愛げのない女だったとしても、自分の立場くらいは考えるだろう」


 男たちは恐ろしい言葉を残して部屋から出て行った。



 マリアーナは、頬を伝う涙を拭うことすらできなかった。手に力が入らない。それにとても寒い。


 彼らが言っていた、まだ十四歳になったばかりの妹の笑顔が、喧嘩をした時の泣き顔が、目の前を目まぐるしく通り過ぎて行った。


 そして何もできないまま、目の前が霞んでいくのをマリアーナは受け入れた。

 このまま死んでしまう方が楽だと思った。好きでもない男に犯され続けるよりも、よほどいい。


 しかし、男たちの会話から、次は妹が犠牲になるのだと思うと自然と涙があふれる。

 

 なぜ死なねばならないのだろう。自分はそんなに悪いことをしたのだろうか。


 王宮から出ることがほとんどないまま、王女としての教育しか受けてこなかったマリアーナには、この革命がなぜ起こされ、どのように成功したのか、何も分からなかった。


 悔しかった。死にたくなかった。でも、もう何もできなかった。


(革命が起こるのを知っていたら、何か変えられたのかしら……)


 マリアーナは、残された家族の行く末が、どうか少しでも明るいものになるようにと願った。

 そして、目を閉じることもできないまま、暗闇に堕ちていった。

 


 ◆



 花からまた手を放してしまったことにも、彼が目の前で自分自身で花を留め具に挟んだのも見ていたけれど、現実感がなかった。


「殿下。お役目は果たされました。歩けますか?」


 そう小声で言われて咄嗟に顔を上げると、そこには、先ほど記憶の中で見たよりも少しだけ若い、将来の夫になるはずの人の顔があった。

 そして、この人の息のかかった者に自分は殺される。いや、殺されたのだ。


 これは占い師がする予言のようなものだろうかとマリアーナは思った。


 でも、マリアーナが先ほど見た記憶は、自分自身で体験したことだという気がした。全ての感覚が、はっきりと思い出されたからだ。痛みを伴う不快なものばかりが。

 これは夢ではない。なんの因果か自分はまた同じ人生を生き直し、まだ十六歳である、今この時にそれを思い出したのだと感じた。


 心配そうな彼の顔が、目の前にある。そんな顔を見るのは初めてだった。あの記憶の中では見下されるか、睨みつけられるかだけだった気がする。

 マリアーナも彼に対して、そういう表情しか見せなかった。



 体が動かなくて立ち尽くしていた時、後ろからそっと侍女のセシリアに腕を支えられる。

 

「殿下。ご気分は? お席に戻りましょう」


 そう言われて、半分意識のないまま「そうね」と返して歩き出す。

 でも視線は彼から離せなかった。


 マリアーナは元の場所に戻ってからも、去っていく彼の後ろ姿を見つめ続けた。



つづく……

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