第6話『Hello, new world?』
――あれは、妹の匂いだった。
顔をうずめた胸元に、あの頃と同じぬくもりが宿っていた。
AIに匂いなんてモノがあるのか?
そんなことはどうでもいい。
確かに、七海はそこにいたんだ。
***
「……ちゃん」
「おねえちゃーん。朝だよ~」
ふんわりとした綿あめのような声が、まどろみの中にいるアタシの耳をくすぐる。
「うーん……あと5分」
「もう。そうやって、また寝る気でしょ」
「そんなことないお~」
「おねえちゃん、七海の言うことなら、なんでも聞いちゃうんだから~」
「スー……はぁ……熟成2日目」
上から覗き込んでいる七海に抱きつくと、彼女から香るコーヒー豆の熟成日数を言い当てる。
「ぴんぽん、ぴんぽーん♪」
「変態なおねえちゃんには、美味しい朝ごはんと、美味しいコーヒーをプレゼント~」
「だから、早く降りてきてねっ」
「んうぇ~い」
「はぁ……なんて幸せな朝なんだ」
「ごはん、3杯は食べれるな」
***
「ん? 七海、もう出かけんの?」
居間に着くといそいそと、エプロン姿から白衣に着替えている七海がいた。
「ふふふ、そのとおーり!」
「我こそは機械知性の深淵を覗き、精神を保った唯一の存在……」
「"思考の疑似神格化" を実現した第5世代AI設計理論、その創造主だ!」
「今日こそ学会の腐ったみかんどもに! この超天才の論文を叩きつけてやるのだ!」
「待ってろよ! ハゲども! ワハハハハ!」
丸いチャイナメガネをかけた七海は、ビシッとポーズを取り、大声で言い放った。
チャイナメガネは七海の誕生日に、アタシがプレゼントしたものだ。
どうやら白衣と合わせた自分を見た時、厨二七海が誕生してしまったらしい。
「おおぅ……今日も朝から全開だな」
「そんなんじゃ、嫁の貰い手もないぞー。ずずっ」
「いいもーん、おねえちゃんにずっと養ってもらうもーん」
「ねっ♪」
七海は、コーヒーを飲んでいるアタシのまたぐらから顔を出しておねだりした。
――ありえない。
こんな可愛い天使が、この世に存在するなんて。
「くっ……かわいいっ」
「メタエッジスコア100億万点――」
「あ、時間だ……!」
「じゃあ、おねえちゃん、私大学に行ってくるね!」
「あぁ。いってらっしゃい」
「ちゃんとお父さんとお母さんに挨拶していくんだぞ~」
「はーい!」
「じゃ、行ってくるね。お父さん、お母さん♪」
「おねえちゃんも! 行ってきますぅぅ!」
「ちゅっ、ちゅっ♡」
「(うっ……とんでもない破壊力だ)」
七海がいなくなると、家の中は静けさに包まれた。
食事をする音だけが響いている――。
この家には七海とアタシの2人しかいない。
両親は不慮の事故で、20歳の時に旅立ってしまった。
両親が亡くなってからというもの、七海はアタシが1人で育ててきた。
9つも下だ。
当然だ。
――ピロン。
スマホが鳴り、AIが今日のニュースを通知してくれる。
「ん? なになに?」
「小熊が民家に侵入……アメリカの研究所が人間の意識を電脳化に成功」
「ほぇぇ、すげぇな」
「……んん!?」
「エッジストリーム・ユニバーシティ所属、天才少女、神岬 七海が第五世代AIの研究を発表。ついに心を持ったAIの誕生か」
「はは、父さん母さん、見ろよ」
「あいつ、すげぇな」
「さすが高校をすっ飛ばして、大学院に入っただけのことはある」
「だが! しかし! この記事は1つだけ間違えてる!」
「天才美少女だ!!!!!」
「このライター、ぶちころがすぞ!」
「よし! 今日は仕事をさっさと終わらせてお祝いだなぁ!」
「七海、早く帰って来いよっと」
七海にメッセージを送り、アタシはウキウキしながら家を後にした。
***
しかし、帰宅して、何時間経っても七海は帰ってこなかった。
大学に何度電話しても "七海は来ていない" の一点張り。
朝に送ったメッセージにも既読がついていない。
警察に捜索願いを出しても、貯金の全てを投入して探偵を雇っても、七海は見つかることはなかった。
***
全てが無だった。
大好きだったゲーム開発も心が動かない。
七海のベッドで、アイツの残り香から記憶をさかのぼるだけの日々が続いていた。
ふと、伸びをすると手に何かが当たった。
「ん? 七海のVRヘッドセットか?」
「はは、アイツ、すげぇ魔改造してんな」
「どれ、アイツが普段どんな世界を見てたのか見てみるか」
色々な見たことがない器具がついたヘッドセットを被ると、真っ暗な空間が広がっていた。
「なんだこれ。真っ暗で何も見えん」
「――ま、いっか」
「アイツの匂いもするし、何も見えないくらいがちょうどいいな」
***
あれから何日経ったのかわからない。
「ん………………また目が覚めちゃったか」
「このまま眠ったままでいいんだけどな――」
ピロン。
「ん? メール……?」
真っ暗な空間に1通のメールアイコンが現れる。
アイコンに触れると、メッセージが表示された。
――――――――――――
「Hello,new world?」
――――――――――――
「どっかのプログラマのいたずらか?」
「普通 "Hello,world" だろ……しかもなんで疑問形?」
「ん? リンクになってる」
思わずタップしてしまった。
「う……あがぁぁっ!」
「はぁはぁ……うぐっ!」
「あたま、が……なんだこれ……いしき、が、とぶ――」
***
目を覚ますと、また真っ暗な空間にいた。
「なんだ、意識を失ってただけか……?」
「んん? 誰かいる……?」
真っ暗な空間に、ポツンと光り輝く、白髪のツインテールの少女。
その少女を見ていると、急に地面?に引っ張られた。
「うわっ!」
***
「いっでぇぇ!」
「ん?」
「――こ、ここは」
「この机……ベッド……」
凪は、一気に記憶がよみがえる。
「はは、そっか、現実に帰ってきちゃったか」
「2150年の電脳世界が現実ってなんなんだって感じだけどな……」
甘くて苦い夢を噛みしめながら、そんな小さな独り言をつぶやいた。
だが、夢とは違うふんわりとした綿あめのような声が、耳に残っている。
「 "ありがとう。おねえちゃん" か――」
「ふふ」
「あははは」
「さーて! いっちょやったりますかねー!」
セレスへ続くドアを、バンと開けると凪は元気よく挨拶をした。
「おーい、セレス! 準備整ってる~?」
「はぁ~? 終わってない? ゲーム開発なめてんのぉ?」
―第7話につづく―
どうも、せーぶうわがきです!
ようやく皆さまに主人公の一人である凪の妹、七海をお見せすることができました。
このお話、実はとても……とても大事なお話となっております。
これから先、何度も戻ってきていただけると私嬉しいです。
そして、皆さま!いつも読みに来ていただきありがとうございます!
皆様からのPVが1増える度、飛び上がって見ております。
もしここまでで少しでもいいなと思っていただけた方は、画面一番上の「ブックマークに追加」ボタンをポチっと押していただけると床に頭をこすり付ける勢いです。
是非に!是非に甘やかしてください(´・ω・`)←?
では、第7話でお会いしましょう!




