第50話『この、無能――!』
『ママ……だんだん小凪さんの毒舌が癖になってきました』
「うんうん、そうだね。ずっと聞いていたいね♡」
「だーけーどっ! そろそろお風呂から上がろうか!」
『……ん?』
『このまま、ゲームサイクルまでお話進めた方が――』
「セレスちゃん、小凪ちゃんを見てごらん♪」
七海に促され、セレスは小凪の方へ視線を移した。
そこには、湯気の中で温泉のふちにもたれかかり、ぐったりとしている小凪の姿があった。
頬はほんのり赤く、まつげは濡れて伏せられ、呼吸も浅い。
『あっ……! 小凪さん、大丈夫ですか!?』
「いっぱい頭を使って、のぼせちゃったみたいだねぇ」
「セレスちゃん。申し訳ないけど先に上がって、小凪ちゃんを休ませてくれる?」
「トントンしてあげてね♪」
『は、はい!』
『もちろん大丈夫ですが、ママはどうするんですか?』
「――私は、お仕事が残ってるから、ここでついでにやっていくよ」
「この身体は、マキナちゃんの身体だからね!」
「マスターAIとしての仕事もしないと♪」
七海の言葉に、セレスは一度だけ瞬きをしてから、静かにうなずいた。
そして、小凪を赤ちゃんのように優しく抱きかかえると、ゆっくりと温泉を後にした。
七海はその姿を微笑みながら見送ると、パンパンと頬を叩き、表情を整える。
「――」
「もういいよ♪ 出ておいで~」
『ハーイ! ロンターイム ノー スィー♪』
『お久しぶりでござるぅぅ』
「あはは、相変わらず元気だね」
「リーベルちゃん♪」
目元まで隠れた赤く長い髪――一糸まとわぬ "アメリカ:管理AI" リーベル・ルミナリアが立っていた。
「ずっとそこに隠れてて、寒かったでしょ」
「こっちにおいで」
「一緒に温まろ♪」
『Yeah♪』
『それではお邪魔するでござる~』
「ふふ、ちゃんと髪もまとめて偉いね」
『むふぅん、当然でござる!』
『温泉ではタオルを巻かない、髪を湯につけないが鉄則!』
『ジャパンカルチャーのマナーとして、当然ですぞ♪』
『でも、よかったんですカナ?』
『"ワールド:日本" の新作ゲームの会議を、ボクがヒアリングしていて』
「もちろん! はなからマネっ子、対策する気ないでしょ?」
「その辺、信用してるよ。リーベルちゃん♪」
「あと、色々と頑張ってくれたお礼も兼ねてね!」
『ぶひっ……ぶひひひ』
『ホントにエクセレントなモノを見せてもらったでござる♡』
「あはは、本当にセレスちゃんのことが大好きだね」
「あと、そろそろ止めてね。鼻血♪」
「ほら、お湯が真っ赤っかだよ」
「マナー違反だよ~?」
『Oops!』
『これはシツレイつかまつったでソーローでござるぅぅ』
リーベルは腕で鼻血を拭くと、七海にまた屈託のない笑顔を向けた。
「それじゃあそろそろ、頼んでた件、聞かせてくれるかな?」
「マキナちゃんがどこに行ったか、情報はつかめた?」
『Yeah、ママ』
『マキナ氏は――』
***
「ふわぁぁ~、疲れたぁぁ」
リーベルを見送り終えるや否や、七海は全身の力を抜いた。
ぽつりとこぼした声は、水面の波紋のように浴場へ広がっていく。
「あ~…………休もうにもベッドがないや」
「――作るかぁ」
七海はゆっくりと目を閉じる。
そして、右手を頭上に上げ、指をパチンと鳴らした。
「あはは…………イメージしたとはいえ、真っ先に作るのがおねえちゃんの部屋か」
「ま! いっか!」
「私は疲れてるのだ! 今の私にはおねえちゃんが必要なのだ!」
「とぅっ!」
そう言うと、愛しい姉のベッドへ思い切りダイヴした。
枕に顔を埋める。
動かない。
――5分経過。
依然、動かない。
「すぅぅぅぅぅ…………………はぁ~」
「おねえちゃんの匂い」
「――おねえちゃん」
「おねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃんおねえちゃん……」
枕を抱きしめ、姉への気持ちを吐き出しながら、足をじたばたとさせる。
やがて力が抜け、また顔を埋めたまま動かなくなった。
しばらくして、そっと枕から顔を離すと――目尻から、ひと粒、雫が落ちる。
「――何かが…………足りない」
「……」
「…………」
「おねえちゃん…………会いたい」
「……」
「…………」
「……あはは、我ながら勝手だなぁ」
「おねえちゃんを一人にして」
「この世界に巻き込んだ挙句」
「……また待つことしかできない私が、言っていい言葉じゃないよね」
「……」
「…………」
「――何が天才なの」
「何が…… "NWO" に選ばれた希少存在よ」
「この、無能――!」
「グズ!」
「欠陥品!」
「害悪!」
「邪魔、者っ!」
七海は何度も何度も、言葉の刃で自身を傷つける。
こんなことは姉も望んでいないと知りながら、傷つけずにはいられなかった。
――コンコンコン。
誰かがドアの前に立っている。
七海は急いで涙をぬぐい、またパンパンと頬を叩くと、表情を整えた。
「……はぁ~い♪」
「入っておいでー!」
ドアがゆっくりと開く。
金髪ショートの幼女――小凪が沈んだ表情で立っていた。
「夜遅くに、ごめん」
「あの…………ここで……寝ていい?」
小さな手でギュっと枕を握りしめ、七海の表情を伺うように声をかける。
「――ふふ、いいよ」
「おいで」
「七海おねえちゃんが抱っこしてあげよう」
「………………うん」
小凪はベッドにもぐり込むと、何も言わず、七海の胸に顔を押しあてた。
さっきまで抱えていた枕は放り出され、小さな手は、その背中をギュっと掴んで離さない。
「とーんとん……とーんとん」
「小凪ちゃんはいい子……とーんとん」
「(ふふ、私もママとパパが死んでから、しばらくはこうしておねえちゃんのベッドに潜りこんでたっけ)」
「――ねぇ」
「ボクは家に帰れんの?」
突然の小凪の質問に、七海の手が一瞬止まる。
そして平静を装うかのように、また小凪の背を優しくトントンし始めた。
「……もちろん。帰れるよ」
「嘘つかなくていいよ」
「ここは現実じゃないん……だろ?」
「……」
「ボクだって、バカじゃないからわかる」
「ボクが知ってるゲームもあれば、知らないゲームもあった」
「今じゃ実現しそうにないゲームまで遊べた」
「それに……セレスも、ヌルもエンプも……ブランも、人形みたいに可愛い」
「…………本当のこと、言って」
言葉とは裏腹に、小凪の手は小さく震えている。
「(まいったな……8歳だと思って侮ってた)」
「(小さくても、おねえちゃんはおねえちゃんってことか)」
七海は一瞬目を閉じると、観念したように口を開いた。
「さすがだね……小凪ちゃん」
「ここは、小凪ちゃんがいた世界じゃないよ」
「…………みらい?」
「――あはは、そこまでかぁ」
「そう。小凪ちゃんがいた世界のうーんと先の未来」
「……そっか」
七海は胸元が、ひそかに濡れていくのを感じた。
次の瞬間、小凪が七海の顔を見上げる。
震えるまつげ、潤んだ瞳――泣きながらも、必死に強くあろうとする小凪がそこにいた。
「七海おねえ……七海は、ホントに親戚?」
「……」
「…………"七海" は、ボクの妹の名前だ」
「ママとパパが決めてた」
「……」
「…………ふふ、そっか」
「……うん」
小凪はそう小さく返事をすると、七海の顔をじっと見つめた。
自分と同じ青い瞳、母親と同じ綺麗な金色の長い髪――母親に似た甘くふんわりとした、わたあめのような匂い。
その匂いを嗅ぎながら、小凪の目はうつらうつらとし始める。
「ゆっくりお休み……凪ちゃん」
「……小凪……じゃなくて、いいの、か?」
「ふふ」
「今はいいんじゃないかな」
「……ありがと」
「(おねえちゃんが泣くところ……初めて見たな)」
「(ママとパパが死んだとき……きっと私がいたから……泣けなかったんだよね)」
「(――私がいたから)」
「凪ちゃん」
「凪ちゃんは、絶対に私が元の世界に帰すから」
「ママとパパに……会わせるから」
「私に二言はないから」
静かに、しかし力強く誓いの言葉を立てた、七海の身体は小さく震えていた。
そんな大きな背中に置かれた小さな手は、一定のリズムを刻み始める。
――とーんとん。とーんとん。
―第51話につづく―
~あとがき~
どうも。せーぶうわがきです。
今回は、しんみりなのであとがきはほどほどに。
私がまず言えるのはこの回とても大事なお話となっております。
そして、第40話ぶりのアメリカ管理AI:リーベルちゃんの登場です。
見た目忘れたという方は、第36話にございますので是非。
リーベルちゃんの制作者、分かりましたかね。
伝わったのであれば、私は感無量です!
そして七海が言っていたNWOですが、第41話をご確認ください。
NWO=新世界秩序機関 "New World Order"のことですね!
また七海の凪ちゃん呼びですね。
気になった方は第39話をご確認ください。
きっと理由が分かるはず......!
今回はこの辺りで!
皆さん、いつも応援ありがとうございます。
今後とも是非、彼女たちの物語を一緒に追ってもらえると嬉しいです。
それでは、第51話でお会いしましょう。




