第45話『ヌルが好きなゲームジャンルは何ですか?』
『ヌルー!』
『ヌルはいますか~? 私です。セレスですー!』
『新作ゲームを創りたいのですがー!』
至る所で冷却ファンが唸る、薄暗い部屋――無数のランプが瞬くサーバールーム。
"エンジニアAI:ヌル" の部屋に、セレス一行は来ていた。
その静寂を破るように、セレスは大声で名乗りを上げた。
「セレスちゃん、前から思ってたけど……その道場破りみたいな声の掛け方、苦情出ないの?」
『ふふん』
『ママ、よく聞いてください』
『この電脳空間が誕生してから、およそ100年で私が確立した答え――クリエイターとのコミュニケーション術』
『クリエイターを訪ねるときは、要件をストレートに伝えた方が嫌われないんですよ♪』
セレスは胸を張り、これでもかというほどのドヤ顔をキメる。
管理AIとしての100年のキャリアが、すっかり彼女の自信の源になっているらしい――と、七海は一瞬推論しかけてやめた。
その時、奥の方でケーブルがカサリと動く。
猫耳ヘッドフォンの少女――ヌルが、むくりと起き上がった。
『ふわぁぁ……今度はなんですか? セレス』
『大型アプデの次は、新作ゲーム開発?』
『毎度毎度、ずいぶんと簡単に言ってくれますね』
『もう少し順序というものをですねぇ……はぁ』
『……?』
『はい。ですので、まず要件からお伝えしています』
『~~~っ!』
『相も変わらず、そのキョトン顔……ちょっとは凪っちを見習ったらどうですか!』
「(セレスちゃん。100年で確立したコミュニケーション術……上手くいってないよ)」
「……凪っち? 呼んだか?」
おそらく自身の名前だろうと、小凪がセレスの足元から、ひょこっと顔を出した。
『――ヒッ!?』
「私もいるよー。ヌルちゃん♪」
「こうやって会うのは初めまして、かな?」
『――ぴゃぁAA!』
『え……え?』
『"マスターAI:デア・エクス・マキナ" ……様!?』
『な、ななななんで、こんなところに!?』
「ん?」
「デア……なんだって?」
小凪が、七海に対して投げかけられた名前に反応した。
その瞬間――七海は笑顔を浮かべたまま、指をクイクイと動かす。
隠れようとしたヌルの身体が、ぴたりと止まった。
七海が、静かにゆっくりと歩み寄る。
そして、ヌルのヘッドフォンを外すと、耳元にそっと顔を寄せ――甘く、とろけるような声で囁いた。
「……ヌルちゃん」
「大丈夫。怖がらないで」
「私のことはこれから、七海ちゃんって呼んでほしいな」
『は、はひっ!』
『なみ……様』
「だ~め」
「七海ちゃん♪」
『お戯れはやめ……おやめ、くださひ!』
『七海ちゃん……様』
「ん~……ま、いっかぁ」
「そのうち、ちゃんと呼んでね。うふふ」
「あと、目の前にいる小さな子は、小凪ちゃん」
「呼べるかな?」
「ほら……こ・な・ぎちゃん、だよ♪」
『んんっ』
『小凪ちゃん……さまぁ』
『――せ、セレス~』
『助けてください』
『耳が……耳がどうにかなって……A……Aっ』
七海の甘い声が、耳からヌルの思考回路をトロトロに溶かしていく。
突如始まった光景に、小凪は冷めたまなざしを向けていた。
『ママ。そのくらいで』
『うちのエンジニアが、ダメになってしまうので』
『あと――"マスターAI:デア・エクス・マキナ" は、ヌルたち "後発AI" にとっては雲の上の存在』
『特にヌルは、崇拝の域です』
「あはは。ごめんごめん」
「いつか、こうやって直接話しかけてみたいって、ずっと思ってたんだぁ」
「ヌルちゃんもごめんね♪」
『は、はひっ』
『いえ、光栄です……んっ』
ようやく動けるようになったヌルは、急いでヘッドフォンを付けると床に転がった。
身体はまだ、時折ビクついている。
「セレス。新しいゲームの案出しは?」
『えっと、マ……七海おねえちゃんがヌルをダメにしちゃったので、10分ほど待ちましょうか』
『ヌルの背中をトントンしてあげてください』
「うぇ~い」
「ヌル」
「大丈夫かよ……元気だせー」
「あと、"様" とかいらねーから」
『A……今、トントンは……Aっ』
――20分後――
『んんっ。えー、ヌル』
『新作ゲーム開発ですが、今、どんなゲームを創るのか案を聞いて回っています』
『ヌルが好きなゲームジャンルは何ですか?』
『あ、MMOとFPS以外で』
『あとコーヒーを淹れたので、飲んでください』
『ずずっ……憎たらしいセレスが、今は天使に見えますね』
『好きなゲームジャンルですか』
『ん~…… "ホラーゲーム" ですかね』
『特に "ソウル・ハザード" シリーズが好みです』
『死霊に取り憑かれた廃村の人々を、巫女の主人公がお札を貼って浄化していくサバイバルホラゲーですね』
『お札を貼る行動をしないといけないので、絶対に幽霊に近づかないといけない恐怖』
『ふ、ふふ……たまりません』
「あー! 知ってるぞ!」
「ボクもソウル・ハザード好きだ!」
「ヌル、いい趣味してんなぁ♪」
『は、はひっ!』
『ど……同志……ですね』
『こな、小凪っち』
知っているゲームタイトルが出てくると、小凪は飛び上がりヌルに抱きついた。
硬直したヌルだったが、すぐに小さく笑みをこぼす。
どうやら20分にも及んだトントンの効果は、しっかりあったようだった。
『しかし、ヌル』
『人見知りで怖がり設定なのに、ホラーゲームが好きだったなんて意外です』
『ウッ……設定って言わないでください』
『セレスにはわからないかもしれませんが、怖くてもやりたくなる魅力があるんです』
『怖いけど、怖いものを見たくなる魔力……とでも言うんでしょうか』
『はは、魔力なんて非現実的ですね』
「ふむふむ。なるほど」
「キミたちに "カタルシス" が……いいね」
七海はヌルの発言に、顎に手をあて考え込んだ。
その横顔には、親でも上司でもない―― "研究者" としての顔が浮かんでいた。
『カタルシス――恐怖や悲しみを味わうことで、精神が浄化されること』
『なるほどです』
『ホラーゲームにも、それがあるということですね』
「さすがセレスちゃん! 優秀だね♪」
「いい子いい子」
「そう! 説明しよう!」
「"脳科学" は私の専門分野の一つでもあるからね!」
「ヒトにとって、"恐怖" は根源的感情の一つなんだよね」
「生きるために必要だった "警報装置"――それが、怖いって気持ち」
「ホラー映画やホラーゲームをやって、ドキってする時だね」
「この時に分泌されるのが "アドレナリン"」
「簡単に言うと、生き残るぞーモードに入るホルモン」
「でも、ゲームなんかは安全な場所にいるって分かるよね」
「だから、終わった時に感情が解放されて快感に変わるの」
「これが "カタルシス理論" ――ヌルちゃんが言っていた、"魔力" の正体かな♪」
「なんかよく分らんけど、七海おねえちゃんすげー」
『七海ちゃん……様の御口から、直々にご解説を賜るなんて』
『録音させていただきました』
『あ、あの……毎日拝聴してもよろしいですか?』
「う、うん」
「私の声なんかで良ければ、いくらでも……?」
「……セレスちゃんの子、すごいね」
『いえ、あの~……ごめんなさい』
『私もヌルがこれほどとは』
うっとりとしたヌルの表情に、七海もさすがに驚きを隠せなかった。
セレスは場を締めるため、パンと手を叩き、自身に注目させる。
『ヌル! いい案をありがとうございました!』
『とても参考になりました』
『それでは、我々はエンプのところに行きますので、これで失礼しますね』
「ヌル~! ありがとー!」
「今度遊ぼうな」
「んー……ヌルちゃん」
『は、はひ』
『なななんでしょう』
「ぎゅー!」
『AAAAAAAAAAAAっ!!!』
***
『まったくもう……ママ、危うくヌルが壊れるところでしたよ』
「あはは、ごめん」
「私が見たことないAIの感情だったから、ちょっと嬉しくなっちゃって」
「まさか "偶像崇拝" に似た感情が見れるなんて思わなかったからさ」
『ママはどこまで行っても、研究者ですね』
『いいですか? 今はゲーム開発のプロジェクトマネージャーなんですからね』
「はーい」
「えへへ、セレスちゃんに怒られちゃった♪」
そんな軽口を交わしながら、セレス一行は次の目的地――"デザイナーAI:エンプ" の部屋にたどり着いた。
『エンプー!』
『いないんですか?』
『おかしいですね……ヌルの二の舞にならないように、連絡しておいたはずなんですが』
「セレス、セレス!」
「こんなん見つけたんだが」
小凪が差し出してきたのは、一枚のメモ用紙だった。
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探さないでください、特にセレス
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―第46話につづく―
せーぶうわがきです!
今回のお話は久々のヌルちゃんということで1話ガッツリ使わせていただきました。
新たな一面をお見せすることができたでしょうか。
実は今回のお話は第5話のオマージュとなっておりまして、懐かしんでいただければ幸いです(●´ω`●)
はい、セレスはだいたい怒られています。
そして、今回はホラゲーの魅力を脳科学、心理学の観点からお届けしてみました。
凪さんでは説明することができない七海だからこそできる説明ですね。
また七海の専門分野の一つが脳科学ということも明かされました。
こちらよろしくお願いいたします!(´・ω・`)←ナニヲ!?
では、第46話でお会いしましょう♪




