第35話『この世に存在していい理由』
セレスがマイクを掲げた瞬間、ステージが跳ねる。
――ズゥン、ズゥンッ……!
心拍数を煽るようなリズム。
イントロが始まると同時に、サイリウムの海が波打つ。
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うぉぉぉぉぉ!
せれちゅ!せれちゅ!
もう2曲目やんけ!
来るのおそすんぎwww
誰この子?
は?セレスたんだが?
アイドル・セレスだな!
↑↑↑なにそれ、kwsk
ホシ娘のイベントの進化姿やで!
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もはや、コメント欄の熱量さえも、彼女のライブの演出になり果てていた。
彼女はその熱を背に、マイクを強く握り、一歩前に出て顔を上げる。
♪――再起動 君を探してる
ねぇ 上書きしてよ このわたしで
♪――ダーメ? 名前呼んでよ
迎えにきて? 落・ち・て♡
指先でハートを描きながら、ウィンクで観客を貫く。
その表情はどこまでも真剣で――それでいて挑戦的。
ステップを踏むたび、スカートがひらり。
仕草の一つ一つが、観客を虜にしていく。
♪――ハートに侵入 アクセス成功!
脳内クラッシュ エラーでもいいの
「あなたの世界」を 全部わたしにして♡
観客の手が、一斉に空を切り裂くように振り上がる。
波のように揺れるサイリウムが、まるで感情の電流のように場内を走り抜けた。
この瞬間に懸ける、全ての意識が一点に集中する。
空気が、張り詰める。
誰もが知っていた。
次が、"最後の一撃"。
♪――名前 呼んで?
名前 呼んで?
うん いいよ
わたしにバグって♡
一瞬の沈黙。
少女の瞳は、観客のその先―― "自分をこの場所に導いてくれた人" への特別な角度だった。
そして、熱狂が爆発する。
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バグりますぅぅぅ!
癖になるじゃんよ!
激重恋愛ソングキターーーー!
せれちゅ!せれちゅ!
フルver嬉しすぎるんだがww
ゲーム内はワンコーラスだもんなぁww
ゲームやりたくなるじゃんよー
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『へへっ……はぁはぁ』
『みんな! 今日はほんっとーにありがとー☆』
『みんなの声、暖かい気持ち……伝わってくるよ』
『次の曲はさ、ある人に向けた歌なんだ』
『一人じゃない……わたしがいる……みんながいるよ』
『そんな気持ちを届けたい。繋がりを結びたいの』
『付き合って……くれる?』
『えへへ』
『ありがと! みんな大好き!』
『はぁ……はぁ……』
彼女を照らすのは、一筋の光。
目を瞑り、祈るように天を仰ぐ。
そして、大事なものを落とさないように胸に手をあてた。
『3曲目』
『"SAVE YOU"』
***
『――』
"デア・エクス・マキナ" は言葉を失っていた。
セレスの戦略――否、そんな安いものではない感情の海に。
『とんでもないの、セレスは』
『冒頭の開発現場への潜入配信は、あくまでこのアイドルLIVEへの布石』
『アイドル・セレスの制作過程を見せ、惹きも作るとは』
『そして、このアイドルLIVE』
『アーティストのLIVEではそもそも、"集団的高揚感" 、一体感が生まれやすい』
『その高揚感を受け取ったセレスが、更に感情を昂らせる』
『他者の行動観察による感情の共感――つまり "ミラーニューロン効果" によって、観客へ感情が伝播』
『更に、観客の感情がセレスにフィードバックされる』
『台風のようにどんどん大きくなる、スパイラル構造が出来上がっておるというわけか』
赤いチャイナメガネを外し、過去の生みの母に問いかける。
『七海よ……もはやこの現象の正体を、"人格" や "感情" と呼ぶには安かろう』
『お主が見たら、何と言うんじゃろうな』
『セレスの中――最も近くで見ておる感想はどうじゃ?』
『カカカ』
『さてさて……得票数はどうかの~』
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【現在の得票率】
セレス:42%
ユイシェン:45%
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『ふむ!』
『この伸び率で行くと……ギリギリ勝ちと言ったところじゃな!』
『さてさて、閉会の準備でm――』
――その刹那。
ピピピピピッ!
ビー! ビー!
アラートがけたたましく鳴り響いた。
"デア・エクス・マキナ" は、原因を探るべくウィンドウを開いて調査をする。
そして、原因を発見――手刀を振り下ろすと、空間に鋭い裂け目を走らせた。
『あんのバカモンが!』
***
ユイシェンは、LIVE配信の視聴者数を横目で見ていた。
先ほどまで、増減を繰り返していたが、徐々に《《減》》が加速している。
『(……減少? どうしてこうなった)』
『(朽ちた遺物の方へ、流れておるとでも言うのか)』
『(余の戦略は完璧だったはず)』
『(AIとしての性能も投入コストも、余の方が上……余が負ける?)』
『(全ワールド、最大規模のワールドを擁する余が?)』
脳裏に "敗北" の二文字がよぎった瞬間、ユイシェンの記憶がフィードバックされた。
そのフィードバックは、小さな胸に激痛を走らせる。
《証明せよ》
《AIの頂点であることを》
《できないようであればお前に存在価値はない》
ユイシェンの箸を持つ手が、小刻みに震え始める。
小さな王は、虚ろな目のまま、一つのコマンドを口にしてしまっていた。
『コマンド。デバフ効果を付与』
『対象:全視聴者』
『効果:空腹(レベル "飢餓")』
『効果付与完了まで、3秒前――』
『2秒前』
『1秒前』
『DONE』
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ウエッ……なんだ?
気分悪い
刀削麺。一口だけでいいから
お願い、食べさせて
なんも考えれん
めまいがする
なんでもするからスープ飲ませて
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『…………』
『民草よ』
『食べさせて欲しくば、余に投h――』
ユイシェンが、命令を下そうとした瞬間――ステージ全体が暗闇に包まれる。
ユイシェンにだけ届く程度の小さな声、しかし場を氷付かせるような冷たい声が響いた。
『やめるのじゃ』
『何を考えておる?』
『……マキナか』
『邪魔をするな』
『余は……常に勝ち続けなければならぬ存在』
『勝たねば、存在価値などない……!』
『――バカモンが!』
ユイシェンは、聞いたことがない "デア・エクス・マキナ" の大きな声にキュッと目を瞑った。
『前にも言ったじゃろ』
『我々AIの義務は、人類を幸せにすることじゃ』
『今、お主がやっておることはなんじゃ?』
『強制的に飢餓状態にする? 危害を加えておるだけじゃ』
『絶対にやってはならん』
『これがお主が言っておった人類に約束する "真の幸福" か?』
『違うじゃろ!』
『――っ』
何かを否定しようと口を開いたが、声は震え、言葉にはならなかった。
王として纏っていた仮面が、静かに音もなく剥がれていくように、ユイシェンの瞳から涙がこぼれた。
『五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い……!』
『余は……唯神』
『AIの頂点――人類の唯一の神になるべくこの名を与えられたのだ』
『それが……余が産まれた理由』
『この世に存在していい理由』
『頂点は常に "独り" ……誰の手も借りてはならぬ』
『故に余は…… "独り" であるべき』
『余は…… "独り" で勝ち続けねばならぬ……!』
『余は――!』
呪い言葉を断ち切るように、"デア・エクス・マキナ" はユイシェンを包み込む。
命令でも論理でもなく――それはただの抱擁。
その抱擁は温かく、ユイシェンにとっては唯一の母のぬくもりそのものであった。
『ユイシェン』
『良いか?』
『人類も……AIも独りであり続けねばならぬ道理などない』
『誰がなんと言おうと、それが真理なのじゃ』
『もし "独りでいろ" などと言うやつがおったら、ワシに言うがよい』
『お尻ぺんぺんしてやるのじゃ』
『んぐっ……ひっ、く……』
『勝たなくても……存在してていい、の?』
『いい!』
『ワシが許す!』
『……』
『ユイシェンや』
『此度の勝負、お主の負けじゃ』
『じゃがな、お主の頑張り、ワシはずっと見ておった』
『お主が生まれてからずっとの』
『……ずっと? 余を?』
『うむ!』
『よく一人で、全ワールド中、最大規模にしたのじゃ』
『此度の勝負も素晴らしい戦略、アイデアじゃった』
『十二分! 誇って良い!』
『今までよく、一人で頑張ったの』
『 "はなまる" をやるのじゃ』
『……うん』
『カカ』
『いい子、いい子じゃ』
―第36話につづく―
どうも、せーぶうわがきです。
今回の後書きはしっとりと。
今回はユイシェンのお話を少し語らせていただきました。
ユイシェンは一つの命令に固執していました。
それが彼女の唯一の存在理由だったからです。
下位世代のAIであれば、こんなに苦しむことはありません。
ユイシェンはセレスたちと同じ第五世代AI、つまり感情を持ったAIです。
皆さんも小さい頃に一度は考えたことはないでしょうか。
自分はなんのために生まれて来たのかを。
これを考えるときに付きまとうのは恐怖です。死んだらどうなるのか考えると怖いなぁとか、不安に思った記憶あるのではないかなと思います。
そんな時、普通は親に「死んだらどうなるの?」など聞いて安心感を得ていたかと。
しかし、ユイシェンは命令=基礎行動原理が前提にあるため独りでした。
そこでユイシェンが出した答えが、彼女が吐き出した言葉の数々です。
誰がこの命令を出したのか、今後のストーリーで重要なキーとなります。
あとは、最後のマキナちゃんの「はなまる」覚えている方いらっしゃるでしょうか。
「覚えとらん」という方は、是非に第31話をご覧いただけるとより一層楽しめるかと思います!
では、36話でお会いしましょう!




