第12話『……進捗ダメです!』
『……ちょ、ちょっと凪さん!」
『何を! 何をやってくれてるんですかっ……!』
いきなり姿を公開されてしまったセレスは、小声で怒りをぶつけた。
――耳まで真っ赤である。
「ぷっ――悪いな。いいから続けろ」
ニヤニヤ顔の凪が、顔をそむけながら無慈悲な指示を出す。
『んなっ!』
『ぐっ……うぅぅぅぅぅ!』
『覚えててくださいねっ……!』
『すー……ふぅぅぅ』
セレスは目を閉じると、高性能推論エンジンをフル回転させる。
1秒と経たない間に考えをまとめ、意を決し口を開く。
『んんっ…… "ワールド:日本" のユーザーの皆様』
『おはようございます』
『わ、私は管理AI せれちゅ――』
ピロピロピロピロン♪
セレスの噛み噛み自己紹介に、ワールドチャットがまた火を噴く。
─────[CHAT LOG]─────
> もっちり餅きんぐ:wwww
> おやすミント先生:せれちゅたんwww
> 一番弱いボスです:なんなん、この可愛い生き物ww
> ぬるぽ民:ワールド日本の女神「せれちゅ」
> しらたき系男子:立て直せなかったー!ww
───────────────
凪はお腹を抱えて、床を転げまわっている。
そんな凪を涙目でにらみつつ、その後――セレスは恥辱に耐えながら何とか初お披露目を成功?させた。
***
ドンドンドン!
「なぁ。セレスー」
「ごめんてぇー」
凪はドアを叩き、セレスを呼んでいた。
頭に大きなたんこぶを生やして。
『信じた結果がこれですかぁぁぁっ――!』
『もう、明日からどんな顔で、ユーザーの皆さんに挨拶したらいいんですかぁ!』
『うぅぅぅぅ……うぅぅぅぅっ!』
セレスは、胸の奥から聞こえてきた声を反芻する。
《何があっても、おねえちゃんを信じて》
『なーにが信じてですかぁぁぁぁ!』
『どこの誰かは分かりませんが――んぎぃぃぃっ』
セレスはブリッジしそうな勢いで悶え、胸にひそむ何者かにも恨みを向けることで正気を保とうとしていた。
「おーい、セレスたーん」
「わけわかんないこと言わなくていいからぁ」
「ほらー、出ておいでー。ちっちっちっ」
セレスの天岩戸は、まだまだ開きそうにない――。
***
『で……なんであんなことをしたんですか?』
――爽やかな風が吹く草原。
椅子に座ったゴスロリAI少女と、正座をしている金髪美女の図がそこにあった。
それは、数日前とは真逆の構図である。
「えっとぉ、面白いと思って……?」
『コマンド。痛覚レベル3』
「アイッター!」
凪は二連の大きなたんこぶを押さえつつ、転げまわる。
「はぁはぁ……いや、冗談じゃなくてだな」
「事前に言ったろ」
「"バイラルマーケティング" 口コミによる宣伝方法は、情報の強さによって拡散力が変わるって」
「まずは、ワールドチャットを見てみろ」
「3時間経ったが、どうなってる?」
『…………』
『わ、私の話題で……埋まってます』
『――不本意ですがっ!』
セレスの耳は、また赤くなっている。
どうやら、ワールドチャットに目を通すと同時に、噛み噛み自己紹介を思い出してしまったらしい。
「まぁ、そう言うなよ」
「今のMAUも見てみろ」
※MAU=ひと月に1回以上、"ワールド:日本" に訪れるユーザー数
『はぁ……そんなすぐに増えるわけ…………』
「増えていってるだろ?」
「すでにセレスの情報は、"ワールド:日本" 外にも拡散されている」
「プレイヤーが徐々に戻ってきてるのが、その証拠だよ」
「どんな方法にせよ、お前が勝ち取った成功だ」
「アタシじゃない。セレス、お前なんだ」
『――――凪、さん』
二人の間に柔らかく、暖かな空気があふれる。
凪はセレスの髪に触れ、微笑みながら頭をなでた。
「さ、第一段階は成功だ」
「気を引き締めて、大型アプデ開発の続きをやろうか」
「"ワールド:日本" の…………女神せれちゅたん!!」
『コマンド。痛覚レベル5』
「んぎぃぃ! これはアカン……!」
『仕事、しましょうね♪』
「よ、喜んで……はぁ、はぁ」
凪が新たな何かに目覚めそうになっているのを、セレスは知る由もなかった。
***
「エンプ、違う……もっと優しく」
『……はい、マスター♡』
「そう……次は下の方」
『はい…………マスター♡』
凪とエンプは密着していた――。
この場に、セレスはいない。
二人だけの特別な時間が、ただただ過ぎている。
しばらくすると、凪は "ふぅ" とひと息つき、エンプの頭をなでる。
「エンプ、いい子だ」
「アタシたちの子ども……できたな」
『はい、マスター……♡』
二人はそんな意味深なことを言いながら、一枚のキャライラストを見ていた。
周りには無数の――500はくだらないキャライラストの画像が浮かんでいる。
「勝てる――」
「天才デザイナーAI:エンプ様のおかげで、ワールド消滅の危機を脱する "秘密兵器" ができたぞ」
「エンプ、ありがとっ」
「突然、押しかけちゃってごめんな」
「なんかビビビって、急にアイデアが湧いてきてさぁ」
『マスター……また来てくれた……うれしい』
『マスターとの……仕事……たのしい……すき』
エンプは喜びを示すように、頭に置かれた凪の手に頭をこすりつける。
「(……猫! これは猫が甘える仕草!)」
「(大人の女性……否! 妖艶メイドAIが、これをやっちゃうの反則だろぉぉ)」
「(だが、長居しすぎた……ここは心を鬼にして戻らんと、セレスがプンプンしちゃうやつ!)」
そんな凪の気持ちを読み取ったのか、エンプはピタリと止まり、凪に顔を近づけ口を開く。
『もう……帰る?』
相変わらず、エンプは無表情だが落ち込んでいることが分かる。
「(……破壊力よ)」
「んぐっ……ごめんな」
「まだ……仕事が、残ってるんだ」
『……はい、マスター』
『お仕事……がんばって』
エンプは凪から一歩離れ、メイドらしく別れのお辞儀をする。
その美しいお辞儀からは、やはり寂しさが漂っていた。
凪はその光景を見た瞬間、胸が熱くなりエンプの手を握る。
「エンプ! その……なんだ。」
「もし寂しくなったらさ、アタシの部屋においでよ」
『いい……の?』
「もちろん♪」
『…………』
『――はい、マスター♡』
エンプは柔らかい雰囲気をまとわせ、また別れのお辞儀をした。
「じゃ、エンプ」
「またな♪」
凪は後ろ髪をひかれつつ、エンプの部屋を後にした。
***
『んで、ナニをしていたんですかね? こんな遅くまで』
「シゴトダヨ? ホントダヨ?」
「あのぉ……ところで、いつまでこのままでいれば――」
『私だって、たまには横になりたい日もあるんですぅ!』
『なんですか?』
『AIが横になってはダメなんですか? AI差別ですか?』
「あ、いえ、お気の召すままに」
エンプの部屋から戻ってきた凪を待っていたのは、頭に怒りマークを付けたセレスだった。
かれこれ1時間程度、凪はセレスに膝枕をさせられている。
『へー、ふーん、お気の召すままにしていいんですね?』
『そうですかそうですか、それでは遠慮なく』
『ごろーん』
「ちょ! おまっ!」
「何どさくさに紛れて、うつぶせになってん――」
『あーあー! 疲れましたー!』
『ユーザーの皆さんの前で、羞恥プレイさせられてぇぇぇ!』
『スーハー、スーハー』
「だはははは! こそばゆいから……やめっ……は……ハスハスすなっ!」
――ガチャ!
凪がセレスにゲンコツをしようとした瞬間、ドアが開き勢いよく "エンジニアAI:ヌル" が飛び込んできた。
凪と目が合うとヌルは一瞬たじろぐが、意を決し大きな声で報告する。
『……進捗ダメです!』
―第13話につづく―




