神殿にて
前回の続きです。
父娘の会話がメインになります。
無音の神殿の中は、まるでクリスマスのイルミネーションのような色とりどりの光で彩られている。六つ柱の大神の神像が放つ属性色の光が、金色に輝くお父様とレオアウリュム様を包み込んでいた。
電気エネルギーの活用がなされていないこの異世界で、こんな光景を見ることが出来るのはこの場所だけであろう。
あれ?
そういえば神像っていつもこんなに光ってたっけ?
首を傾げながら考えていると、ふいに華やかな光が収まっていった。
隣に跪いているお父様の金色の輝きも収まってきて、レオアウリュム様はお父様の額に当てていた右前足をゆっくりと降ろしている所だった。
お父様の顔を見上げると、満足そうに微笑んでいるように見える。
レオアウリュム様は立ち上がって何の前触れもなく宙に浮かび上がると、再び光を放ちながらググッと大きくなって元の大きさに戻った。
そして、そのままスーッと御台の上に移動すると、タンと軽快な音を立てて御台の上に降り立った。
その様子を見ていたお父様は、私に立膝の姿勢に戻るように促す。私はお父様の手を借りて、ペタリとお尻をつけたおばちゃん座りから膝を立てて姿勢を正した。
「さあ、これで今日のレクチャーは全部終わったよ。ご苦労様」
「とんでもない事でございます。この度は、六つ柱の大神並びにレオアウリュム様のご厚情と貴重な魔法を賜りまして、心より御礼申し上げ奉ります。併せまして、我が娘ルーチェオチェアーノスに転移陣を賜りました事、その際の娘へのご配慮に心から感謝を申し上げ奉ります」
頷いてお父様の御礼を受け取ったレオアウリュム様は、突然、何かを思い出したようにクスクスと笑い出した。
「ルーチェオチェアーノスは結界を作りたいんでしょ? 六つ柱の大神は君に聖句を授けたくてソワソワしていたんだよ。これで、神々も少しは落ち着いてくださるかな」
レオアウリュム様の急な暴露に、お父様がギョッとして私を見る。
エッ!
何でそんな事バラすかなぁ!
お父様、お願いだからそんな顔で私を見ないでよぉ。
別に神様の真似をしたい訳じゃないんだからぁ。
もうっ!
レオアウリュム様のおバカ!
「六つ柱のご厚情に感謝申し上げます」
「うん、伝えておくよ」
私は内心の動揺を押し隠して、何とか御礼の言葉を捻り出す。
素っ気ないかもしれないけれど、私が欲しかったのは力ではなくヒントだ。
元々、神々に頼る気なんかこれっぽっちも無かったし当てにしてもいなかった。
いくら私が愛し子でも、神々は私を甘やかすのをやめて欲しい。
「ほぉ、アデル。後で話をしよう」
お父様がやや低めの小声で私に言った。
「はい、お父様」
いやいや、まだ何もして無いよ。
まだ隠し事と言えるまでには育ててないからね。
てか…。
この際だから相談に乗ってもーらおっと、にひ。
「ルーチェステラ、全て終わったら報告してね。何か質問があるかな?」
「いいえ、質問はございません。本日は、御教えを賜りまして誠に有り難く感謝を申し上げ奉ります。必ず成功させて、良いご報告をいたします」
「うん、よろしくね。じゃあ、僕は帰るよ」
「重ねまして、本日は誠に有り難く存じました。今後とも我らコントラビデウスをお導きくださいますよう、何卒よろしくお願い申し上げ奉ります」
「うん、じゃあね。ルーチェステラ、ルーチェオチェアーノス」
天井から一条の光が差し込んで御台に降り注ぐと、レオアウリュム様の姿が光に溶けるように消えて、天井の光源に吸い込まれるように光が消えた。
神殿に残されたのは淡い光を纏う六つ柱の大神の神像と、私達父娘を包む静けさだけである。
その静けさを破って、お父様が私に話しかける。
「アデル、立てるか?」
「はい、大丈夫です」
私は、差し出してくれたお父様の手を借りて立ち上がると、ホッと一息吐いた。
「この様な形で御教えを賜る事になるとは、いや、驚いたよ。どうだ? アデルは理解できたか?」
「はい、お父様。神々がゆっくりと実演して見せてくださったので、とても解り易かったです」
「アデルに触れている事で、私も一緒に御教えを賜る事が出来たのは僥倖だった。まさか、転移陣があれ程のものだったとは…。本当に想定外だったよ」
「そうなのですね。私は元々知識が有りませんでしたから、驚きはしてもすんなり受け入れる事が出来ました」
「そうか、ならば良い。そなたの身体の成長の妨げになると判っていながら、この様に大量の魔力を使わせる事になってしまった。アデル、済まないね」
お父様が私の頭を撫でながら申し訳なさそうに言った。
「そなたにはこんなに幼いうちから国の為に苦労をさせて申し訳なく思っている。しかし、今回に限ってはそなたの愛し子としての力を借りねばならない。力不足の父を許して欲しい」
「お父様がその様に仰る必要はありません。私は王女なのですから国の為に出来る事をするのは当たり前なのです」
私はふんすと鼻息も荒くお父様に訴える。
元凶は、私が愛し子だから神々が暴走した事にあるのだ。
お父様は国王として力不足だと思っているみたいだけど、それは違うよね。
私の為に神々がやらかした事は、私が尻拭いする。
神々はやりっぱなしで後始末なんてしないから、元凶の私がやる。
何か問題でも?
「しかし、転移陣は2ヶ所に設置せねばならぬのだよ」
「転移陣が二つ必要という事でしょうか?」
「ああ、領主館の中に一つ、領主館の外に一つ。館内のものは王都のタウンハウスに繋いで、使用権を領主にも与える。館外のものは国王だけが権限を持ち、有事の際に兵を転移させる大規模なものになる」
お父様が言うには、転移陣の使用権を領主に授ける、という事は、領主に対する国王からの信頼の証である、という事になる。一方、兵の大量輸送が可能な転移陣の設置を領主が受け入れる、という事は、国王に対する領主の恭順の証である、と判断されるのだそうだ。
ところが、領民にとっての転移陣は少し解釈が違うらしい。
スタンピードや他国からの侵略があれば国王が助けてくれる、と領民の安心感を担保するものになっているらしい。
実際、建国当時は、魔物の討伐や隣国の襲撃に対応する為に、騎士団や後方支援物資を何度も輸送して、その事が領民達の間で語り継がれているらしい。
いずれにしても、転移陣を二つ作る事は決定事項のようだ。
「ところで、アデル。先程レオアウリュム様が仰せになっていた結界を作りたいというのは、どういう事なのかな?」
「ああ、はい。実は私、自分を守る為の小さい結界が作れるといいのになぁと考えているのです。国を守っている常時発動型ではなくて、必要な時に結界を作る事ができる魔法が有ると便利だなぁと」
「自分を守る為の小さい結界か」
「はい、そうです。お父様、他国には結界の魔法があるのですよね?」
「ああ、有るには有るが、結界の魔法はどの国も秘匿しているからなぁ。ましてや我が国では結界魔法は必要とされていないのでな。おそらく我が国で知っている者はいないと思うぞ」
「そうなのですね。…では、盾の魔法とかは有るのでしょうか?」
「盾の魔法? いや、聞いた事は無いな。防御に特化した魔法という事だろうか。攻撃魔法には攻撃魔法をぶつけて相殺するのが基本だからね。盾と言えば、魔力が少ない兵士や狩人などが使う物という認識だな」
お父様は私の頭にポンと手を乗せてニカッと笑う。
「アデルは面白い事を考えるなぁ」
「だってお父様。考えるだけならば私が約束を破った事にはならないでしょう? でも、コレと言える様な結論に辿り着けなくて、ヒントが欲しいなぁと思っていたのです」
お父様の手が私の頭からお父様の顎に移って、考えるポーズになった。
「ふむ…。ならばノビリタスコラの卒業イベントを見てみるか?」
「卒業イベント?」
「うむ。ノビリタスコラの卒業イベントは二日間に渡って行われ、イベントの最後は新成人の社交界デビューで締め括られるのだよ」
お父様の話では、イベント一日目が5年生の学習成果発表会が行われて、卒業に向けた就活の場になるらしい。イベント二日目に6年生の卒業式と社交界デビューの為の舞踏会が行われるのだそうだ。
その一日目の学習成果発表会で披露される魔法を見てみれば、何かヒントになるかもしれないという事らしい。
私が見た事のある魔法って盗聴防止の魔法くらいで、あとは全て神の御業ばかりだったりする。
確かに他の魔法も見てみたい気がする。
参考になるかどうかは別として…。
うん、神業じゃない魔法を見てみたい。
興味が湧いてきたぞ!
「お父様、是非その学習成果発表を見てみたいです」
「よろしい。では、そのように手配しよう」
「ありがとう存じます、お父様。嬉しいです」
わーい、楽しみぃ〜。
なんかワクワクしてきた。
アデルは、神様の尻拭いをする事を割り切る事ができたようです。
次回は、ノビリタスコラの卒業式を見学します。




