転移陣の設置
お茶会の話のはずが、お父様からビックリの提案があります。
アデルの周囲にも大きな変化をもたらす事となりました。
お兄様方が主催するお茶会があった日の二日後、ディー兄様から、お茶会の情報交換をしたいので王宮の会議室に来て欲しい、と連絡があった。
幸い、私は側近達とのお茶会の反省会を昨日のうちに済ませていたので、すぐに承諾の返事をした。
お茶会の反省会では、参加した側近見習い達が私が思うより上手く情報収集してきた事に驚いてしまった。
私が得た情報を補強するものや尾鰭が付いた噂話まで、たくさんの情報を集めて来てくれたので、改めて自分の側近見習い達の優秀さに舌を巻いている。
文官見習いの三人が中心となって一連の情報をまとめてくれたので、ディー兄様には情報を資料として渡せる状態になっている。
私は意気揚々と、メアリとクラリス、セブランを連れて会議室に向かった。
会議室に着くと、何故かお兄様方だけでなくお父様とお母様も席に着いて待っていた。
あれ?
なんでお父様とお母様まで来てるんだろう?
これじゃあ情報交換と言うより家族会議だよねぇ。
私の勘違い?
「お父様とお母様もお茶会の情報交換に立ち会われるのですか?」
「ああ、アデルが茶会で得た情報の中には私に話しておくべき重要な情報があるのではないのかい?」
お父様はおどけてウインクしながら私に問いかける。
うへぇ。
こりゃー鑑定魔法を使った事がバレてるねぇ。
「まあ、今日はそれだけでは無く、君達に相談したい事があってね。それでディーに頼んでこの場を設けてもらったのだ」
「そうなのですね。分かりました」
私はそう答えながら席に着く。
確かに、情報交換だけならディー兄様と直接やり取りすれば済む事なのだ。
「父上、全員揃いましたので、お茶会の情報交換から始めてよろしいでしょうか」
「ああ、ディー。頼むよ」
「ではまず私から。現在、ノビリタスコラで問題になりつつある私の婚約者候補の噂の件ですが、大事になる前に収束させたいと考えております。私が、噂の実態を掴むために直接動く事は却って良くない方向に事が動く可能性がある、と判断しましてシルとアデルに協力をお願いしました。そこで私は、男子生徒と意見交換する事に専念したのです」
「うむ、それで?」
「はい、男子生徒は上級生が下級生を上手く導いてくれている様子で、特に混乱はありませんでした。詳細は、後日、シルと一緒に報告書を提出します」
「うむ、分かった」
「では、次はシル。報告を頼むよ」
「はい、兄上。僕は少し前から僕に直訴をしようとしていた生徒達について確認をしました。どうやらデイデウス領の地方貴族の子弟だけで中央や他領には広まっていない様です。名簿を作成しましたので兄上にお渡ししておきます」
「シル、ありがとう。次はアデルだね。報告の準備は出来ているかな?」
「はい、ディー兄様。私は、高位貴族の女子生徒からお話を聞く事が出来ました。男子生徒は聞き流している様ですが、女子生徒の間では大きなトラブルに発展する可能性がある様です。その詳細を資料にまとめて来ました。こちらをどうぞ」
私はクラリスから資料を受け取ると、こっそり隠して持って来た鑑定魔法の結果を書いたメモを添えてディー兄様に渡した。
「アデル、大変な役目を引き受けてくれてありがとう。とても助かるよ」
ディー兄様はニッコリ笑って資料を手に取ると、すぐにメモに気付いてくれた。そして、そのメモを手元に残し、資料を筆頭文官のアランに渡した。
私のメモを読み終えたディー兄様は、顔を顰めて溜め息をつくとすぐにお父様にメモを差し出した。
「父上、これに目を通していただけませんか?」
「うむ、見せてみなさい」
お父様がメモを黙読して顔を上げると、ディー兄様に頷いて見せてから私に顔を向けて
「このメモは私が預かろう。それで良いか?」
と言った。
「はい。お任せいたします、お父様」
私は素直に頷いて了承する。
鑑定魔法を使って領主家の問題点が判明したからと言って、子どもの私にはどうする事も出来ないし、それはディー兄様も同じだ。
ふぅー、お父様が引き受けてくれて良かった。
なんかすっげえ複雑な背景だからねぇ。
すっげえ複雑な犯罪の匂いがするよねぇ。
「では私は、集めた情報をシルと二人で精査した上で、対応を学校長に相談しようと思います」
確認するようにディー兄様がシル兄様を見ると、シル兄様は唇を引き結びディー兄様に応えて頷いている。
「それで良いだろう。学校長と相談した結果は、必ず私に報告して欲しい」
「分かりました。必ずご報告いたします。父上、母上、ご心配をおかけして申し訳ありません」
「うむ」
「ディー、親が我が子の心配をするのは当たり前の事よ。そんな風に謝らないで」
「母上。…今はまだ将来の伴侶について考える余地はありませんが、いずれその時が来たら必ず父上、母上に相談します。その時は、どうぞお力をお貸しください」
「ええ、解っていますよ。貴方の立場では色々と考えなければならない事もあるでしょう。でもね、お父様も私も、同じ道を通って来たのよ。いつでも、頼りにしてちょうだい。もちろんシルもアデルもね」
お母様の心がこもった言葉に、ディー兄様は嬉しそうに微笑んで頷いている。
「母上、僕もアデルもまだまだ先の話ですよ」
「あらあら、そうなの? でもちゃんと覚えていてね。お父様も私も貴方の味方だという事を」
「分かっています、母上」
シル兄様は承諾の返答をしながらとても嬉しげに笑っている。それを見て頷いたお母様は私の方を見て念を押す。
「アデルも、ね!」
「もちろん! 私は一から十までお母様にお話しするわ。大きくなって好きな殿方ができたら、お母様にアドバイスしていただくのを楽しみにしているの」
私がニコニコ顔でそう言うと、お母様は嬉しそうに笑ったけれど、途端にお父様がむくれてしまった。
「アデルは私にはその、好きな人の話はしてくれないのか?」
あちゃー、やっちゃった!
お父様が拗ねちゃったよ!
やべ、そんなつもりじゃなかったんだよぉ!
うしっ、必殺、おとぼけ作戦だいっ。
「えっ? お父様…。些細な事はお母様とお話ししますけど、大切な事はちゃんとお父様にお話ししますよ? 今までもそうでしたよね?」
私はこてんと首を傾げてお父様を見上げる。
「うむ…、そうであったな」
「そうですよ。私がお父様を蔑ろにするような事は絶対にしません」
「うむ、それならば良いのだ」
お父様の様子を見ていたお兄様方は苦笑いしているし、お母様は笑うのを堪えて俯いたまま肩を揺らしている。
ふぃー、なんとかご機嫌が治ったかな?
要らん所で墓穴を掘ってしまった。
大好きなお父様だもの。
大事にしないとね。
「ところで父上、私達に相談とは何事でしょうか?」
「うむ。相談だが近々、新領地フィデスディスレクスに新しい転移陣を設置する為に出向く事になっている。その時に、王位継承権を持つ其方達を同行させたい、と考えている」
お父様の話にお兄様方は目をキラキラと輝かせている。
私?
ふーん、そうなんだぁって感じでしょうかねぇ。
すかさずディー兄様がお父様に質問する。
「父上、それは例の大災害で大破したデクストラレクスの領主館にあった転移陣を改めて作るという事でしょうか?」
「少し違う。改めるのではなく新たに設置するのだ。デクストラレクスの転移陣は館が破壊された時に消滅している。今、新しく建造しているフィデスディスレクス領主の館に、新たに転移陣を設置せねばならないのだ」
お父様はディー兄様の質問に答えると、話を本筋に戻した。
「転移陣の設置は、初代王が六つ柱の大神に賜った魔法の一つだ。それを伝え繋ぐのは直系の王族のうち、真のコントラビデウスの役目だ。つまり、転移陣の設置は王家の秘伝なのだよ」
現在、真のコントラビデウス、つまり王位継承権を持つ人は、私を含めて7名いる。継承順位第一位は王太子であるディー兄様だ。第二位がシル兄様で、第三位が私だ。
継承順位第四位は父親の世代であるグラーチェおじ様、第五位が祖父世代であるステラおじ様で、第六位がお祖父様である。
そして、第七位に曽祖父世代のお爺様となっている。
私は、お父様の急な相談は、未来に繋ぐ為に私達兄妹に伝えておきたい、という事だと解釈した。
「とは言え、代々口伝で伝えられるだけで、私も先達も実際に見る機会など今まで全く無かった。せっかくの機会だ。まだ秘伝を授けていない其方達に伝授する良い機会だと考えたのだよ」
「父上、今の父上のお話から考えるに、初代王以外に転移陣を実際に設置した国王はいなかった、という事でしょうか?」
「ああ、そうだ。元々、転移陣は人間の力で破壊できる物では無いのだから、破壊されるという概念が無かった。今回、大自然の力で転移陣が破壊されて消滅してしまったのは、建国以来初めての事なのだよ」
ディー兄様とシル兄様は、秘伝の伝授が嬉しいらしく、輝くような笑顔でお父様の話に食い付いている。
人間の力で破壊できないって…。
て事は、結界と同じで神様が作ったって事でしょう?
そりゃあ、神様謹製の物を神様以外に壊せる訳なんか無いだろって思うけど…。
私が愚考するに、壊したというより消したんだろうなぁ。
はぁー、またお口チャック案件が増えるのかよぉ。
秘密が増えるのは、ツライよぉ!
「私は是非ともお供させていただきたいです、父上」
ディー兄様がお父様にそう訴えると、シル兄様も同様に
「父上、僕もご一緒したいです」
と言っている。
私は、真のコントラビデウス、という区分が引っかかってしまい、思わずお母様の顔を見ると、お母様は少し不安げな様子になっていた。
そんなお母様を見た私は、真のコントラビデウスでは無いお母様は一人でお留守番なのだろうか、と思う。そして、お母様が一人でお留守番をするなら私も一緒に残ろう、と思ってお父様に尋ねる。
「お父様、お母様は同行なさるのですか?」
私の顔を見たお父様は、少し考える様子を見せた後、私の問いに答えてくれた。
「ん? そうだな…。此度の訪問は少し長くなる。その間、お母様を一人残す事を心配しているのだね。アデルは優しい娘だからさもありなん。ふむ、煩わしくなるのが判っているのに一人残すのもな。あ、いやいや、アデリーヌが問題なく留守居が出来るのは解っているよ」
お父様は慌ててお母様に向かって言い訳をしている。
「しかしね、イザークと相談役に留守居を頼めるならば、アデリーヌには同行してもらった方が、良い成果を得られるかもしれん」
お父様の言葉に、お母様はハッとして何かに気付いた様子を見せた後、同意する様に頷いた。
お母様が一人でお留守番をすると何故煩わしい事になるのか、私には全くピンとこないけど、お母様も一緒に行けるのなら喜んで同行しよう。
「お母様もご一緒できるのなら私も参ります」
私の返事を聞いたお父様が、ホッとしたように息を吐いた後に決を下す。
「では決まりだ。次のフィデスディスレクス領行幸は、王家全員で実施する。第一の目的は転移陣の設置、第二の目的を領民の信頼回復とする。この行幸で、王家が彼の地を見捨ててはいない事を示すのだ。汚名に塗れた領地の立て直しを引き受けてくれたウリエルに、王家が領主の後ろ盾であると示す。その事を通して新領主が領民の信頼を得る一助とする」
お父様の言葉を頷きながら聞いていたお母様が、嬉しそうに微笑みながら言う。
「セラフィエル様もお喜びになりますわ。きっと陛下のお心遣いを心強く思われることでしょう」
お母様が言うセラフィエル様はお父様の末の妹で、結婚前は今の私と同じ立場にいらした方である。今はフィデスディスレクス侯爵ウリエル様の嫡男フィリップ様に嫁いで、4人の子宝に恵まれている。
セラフィエル様は四人目のお子様が生まれたばかりで、ずっと子育てに専念されていたので、今まで私とは挨拶程度の交流しか出来ていなかった。
確か一番上のお子様は、私と同じ歳の女の子だったと思う。
お父様は、お母様の言葉に力強く頷いて話を締め括った。
「詳細は後日知らせる。皆、そのつもりでいるように」
思いがけず、家族揃って辺境の地フィデスディスレクス領に行く事が決まった。
お茶会の意見交換のつもりで会議室に来たのに、考えてもいなかった遠出の話が決まって、公務ではあるけれど家族でのお出かけが楽しみで少しウキウキする。
そんな気持ちはお兄様方も私と同じらしく、側近達を交えて明るい顔で次の予定の話をしている。どうやら、側近達と共にディー兄様の執務室に移動するようだ。おそらくノビリタスコラでの対応を話し合うのだろう。
私はまだ未就学なのでこれ以上できる事はない。だから、側近達を連れて自室に戻る事にした。そこにお父様からストップがかかる。
「アデル、少し話したい事がある。今から時間を取れるか?」
私が確認のためにメアリを見ると、メアリが頷いたので別に予定は無いようだ。
「では父上、母上。私とシルはこれで失礼します」
「ああ、ディー、シル、ご苦労だった。アデルはここに座ってくれ」
お兄様方が退室して、お父様が私に指し示したのは、両親の正面に向かい合う席だった。
「盗聴防止の魔法を使う。皆、魔法の範囲から出るように」
お父様の指示に、メアリとセブランは慣れた様子で壁の方に控えるが、メアリに付き従うクラリスは戸惑いを隠せていない。
私は、側近達にニコリと笑って頷いて見せてから指定された席に座った。
その間に、お父様が呪文を唱えると、すぐに青いベールのような盗聴防止の魔法が立ち上がった。
「イ チュウコム ソヌス チェラレアム」
うーん、なんだろう?
このタイミングだとやっぱり鑑定魔法のことかなぁ。
「さて、アデル。まずはこのメモの事だが、鑑定魔法を使ったのだね?」
「はい、鑑定しました」
「この件は私に任せて、君は鑑定結果を忘れてしまいなさい。約束できるかな?」
「はい、お父様。お約束します」
やっぱりなぁ。
ツッコミどころ満載だったもんねぇ。
触らぬ神に祟りなし!
心得てますよー。
「うむ、いい子だ。ところで、アデルが魔法を使った事を周囲に気付かれるような事はなかったか?」
「はい、大丈夫です。対象者が少し離れた所に居たので、視線で悟られるような事は無かったと思います」
「しかし、対象者をジッと見ていたのだろう?」
「そうですね。情報提供をしてくれた方に対象者が大広間のどこに居るのか教えていただく流れで見ましたので、違和感は無かったはずです」
「そうか。その時、メアリは何も言わなかったのか?」
「え? その時はメアリの耳打ちに従って視線を動かしましたから、何も言われませんでしたよ」
ここで何故メアリが出てくるのかが分からなくてキョトンとしていると、お父様が真剣な眼差しで私を見た後、お母様の方に顔を向けてアイコンタクトした。
お父様のアイコンタクトに頷いたお母様が、私に話し始める。
「アデル、お父様とも相談したのだけど、メアリには貴女が愛し子である事を打ち明けておいた方が良いと思うのだけど、貴女はどう思う?」
いきなり、私の秘密をメアリに打ち明けてはどうか、と言われて驚いてしまった私は、すぐには返事が出来なかった。
「…どうしてですか?」
「アデル、貴女が洗礼を受けてからずっと、異例尽くしの事が続いているのは理解しているかしら?」
「それは…、私が愛し子だからですよね?」
「そうよ。そして、今までは貴女が愛し子であると知れ渡ってしまうと貴女が危険な目に遭う可能性があるから秘密にする事になっていたわね」
「はい。そうです。」
「でもアデル、考えてみて。来年から、二月に一度は神殿に参拝する事になるわ。これはね、貴族の常識では考えられない事なの。それでもアデルが六つ柱の大神としたお会いする約束は守らなければならないわ。この常識のズレを側近に理解してもらうのは、理由を秘密にしたままではとても困難な事だわ」
「それはそうですけど…」
「貴女の側近達は、貴女と神殿の関わり方がディーやシルと違う事に見て見ぬふりをして支えてくれているけれど、貴女が表に出る事が増えるに従って側近達に秘密にする事が難しくなっていくと思うのよ」
「だから、メアリの協力を得る為に打ち明けるという事ですね。…確かに、お母様の仰る事は正しいと思います。でも…、何故、今なのですか? だったら初めから話していた方が良かったのではないですか?」
「アデル、貴女…」
私は今まで側近達に隠し事がある事を後ろめたく思っていた。それでもそうする事が側近達を守る事に繋がると信じて我慢していたのだ。
お父様が私の隣に移動して来て、私の頭の上に手を置いて優しく撫でながら私に語りかける。
「そうだよな。今更だよな。だが状況が変わったのだよ」
「状況が変わった?」
「ああ、そうだ。アデルの愛し子としての力を借りねばならなくなったのだ」
「私の愛し子としての力って、どういう事ですか?」
「先程、転移陣の設置は初代王が六つ柱の大神から賜った魔法だ、と言ったね」
「はい」
「初代王はレオアウリュム様と共に各領地を回って転移陣を設置した。だが、同じ国王でも私では魔力量が足りなくて設置できない。レオアウリュム様に相談した時にそう言われたのだよ」
「お父様の魔力量が足りないのですか?」
「ああ、今、転移陣を設置するのならば、愛し子であるアデルにしか出来ないとも言われた。初代王も愛し子だったからね」
「そんなぁ…」
そんな事ってある?
全属性の加護があるのに魔力量が足りないって!
どんだけ大規模な魔法なんだよ!
「アデル、この前のグラーチェと一緒にした鑑定魔法の検証を覚えているかい? あの時、君が魔力を吸収している事が分かったね。グラーチェによると、おそらく君は無尽蔵に魔法を行使する事が出来る、と言っていた」
あの検証はそういう事だったんだぁ。
漢字の実験に気を取られて気が付かなかったよ。
「父親としてはまだ幼い君に無理をさせたくは無いのだが、今回はどうしても君を頼りにせざるを得ない。転移陣が無ければ政治が滞る。それで、事前にレクチャーするから一度アデルを神殿に連れて来い、とレオアウリュム様が言っている」
「事前にレクチャー?」
そんな事急に言われても頭が混乱してちゃんと考えられない。
私が転移陣を設置する?
えーっ!
ひょっとして私って初代王と同じ事が出来る能力があるってこと?
いやいや、待て待て!
…要らんなぁ。
過剰な力は要らん!
初代王のような高尚な理想がある訳じゃないし!
国造りができる能力なんて要らないよぉ。
そんな事を考えてアワアワしていたら、身に覚えのある圧がドンとかかって一条の光が私に降り注ぐ。
膝の上にはまたしても一枚の紙片が現れていた。
『嫌な事はせずとも良い』
膝の上の紙片を手に取ってお父様に見せると、その紙片は私の掌で透明になって消えた。
「アデル、嫌か?」
圧がかかった事でとっ散らかっていた思考が戻って冷静になれた私に、お父様がとても優しい目をして尋ねてきた。
「いいえ。お父様のお手伝いをする事は全然嫌ではありません。…ごめんなさい。驚き過ぎて少し取り乱しました」
いつの間にか私はお父様とお母様に挟まれて座っていて、微笑んだお母様が私の手を取って優しく撫でてくれる。
私は一つ深呼吸をして気持ちを落ち着けると、お父様に話を続けてもらう。
「お父様、私が転移陣設置のお手伝いをする事と、メアリに秘密を打ち明ける事がどう繋がるのでしょうか?」
「うむ、アデルの神殿への出入りはこれからも増えるだろうし、それに伴って貴族の常識からズレた事が増えてくる。その都度、君の周囲に納得できるだけの理由を提示しなければならない。だが、君の側に常に仕える者達はおそらく小さな違和感を積み重ねる事になるだろう。そうなると、側近達との信頼関係が損なわれる事は想像できるだろう?」
「それは…お父様の仰るとおりだと思います。そういう理由ならメアリだけでなくセブランにも話しておきたいです」
「うむ、もっともだ。アデルが望むとおりにしよう。急がせて済まないが、今から話をしても良いか?」
「はい、大丈夫です」
善は急げと言うしねぇ。
私としては後ろめたさの解消になるから嬉しい限りだけど…。
メアリとセブランはどう思うかなぁ。
そんな事を考えながら魔法の範囲を出てメアリとセブランを呼び込んだ。
「メアリ、セブラン、少し込み入った話になる。そこに座ってくれないか」
「かしこまりました。仰せのとおりに失礼いたします」
お父様の言葉に恐縮しながらも私達親子の正面の席に座った二人に、お父様が話を切り出す。
「いつもアデリエルに誠実に支えてくれる二人には、王妃共々深く感謝している」
「畏れ多い事でございます」
メアリが返事をして二人一緒に頭を下げる。
「これから話す事は、アデルの側近筆頭として知っておいてもらわねばならぬ事である」
お父様の言葉に二人の顔が緊張に引き締まる。
私は二人の様子に注視しながら、お父様の話に耳を傾ける。
「知っておいてもらいたい事とは、アデリエルが六つ柱の大神の愛し子である、という事だ」
二人の反応は実に対照的で、メアリは目を見張り、セブランは目を閉じた。
「これまでもアデリエルの側にいて違和感を覚える事はあったであろうと推測している。本来であれば、第一王女の秘密は国家を挙げて秘匿するべき事である。それ故、其方達にもこれまで打ち明けずにきた訳だが、今後はアデリエルを守るために其方達の力を是非とも借りねばならぬ」
お父様の話を補足するように、お母様が説明を始める。今までの事、親族会議の見解や親としての気持ち等を語り、秘密保持の為の協力をお願いしている。
メアリとセブランは黙ってお母様の話を聞き終えた後、妙に納得したような様子を見せている。やはり、今まで違和感を感じる事があって、その答え合わせが多少なりとも出来たのだろう。
私はその様子を見ながら、自分の中で再確認をしていた。
なるほどぉ、転生と前世の記憶には触れて無かったねぇ。
全部ぶちまける訳じゃ無いのね。
うん、了解。
落とし子なのは内緒にして全部、愛し子だから、で済ませる訳ね。
落とし子の方が知られると危険だからかなぁ?
とにかく、私が愛し子だからってあまり気負わないでほしいかなぁ。
メアリとセブランにだけでも秘密の一部を打ち明ける事ができたので、
ホッと一安心したアデルです。
次は、フィデスディスレクス領行幸の準備です。




