宴のあと
イザークおじ様が説明する場面からのスタートです。
宴は深夜まで続きますから、アデルとお兄様方は中座します。
側仕え達が噂話を拾い集めてきてくれました。
高位貴族達は、ひな壇の前にいるイザークおじ様を取り囲む様に集まっているので、壇上にいる私達にも説明するイザークおじ様の声が聞こえている。
私の襲撃の話になると説明を聞いている貴族達の顔が、チラチラと見ているのかたまにこちらの方を向く。私は、要らぬ誤解を招かない様に、微笑みを絶やさず、落ち着いて見えるように演じているが、内心は変な質問をされないかとドキドキしている。
イザークおじ様の説明がデクストラレクスの違法貿易の話になる頃には、お父様の相談役の三人、つまりお祖父様、ステラおじ様、ラファエル様が高位貴族の後ろに集まって来た。
そして、デクストラレクスの大災害と被害状況、隣国の災害とその被害状況等を説明し終わると、説明を受けた貴族達は三者三様の反応を見せたが、特に反論などは無かった。
たぶんだけど、今まで情報が無かった分、今日の説明の情報量が多過ぎて、何も考え付かないというのが、本当の所ではないかと思う。
最後にデイテーラ領とデクストラレクス領の今後については、建国の日の祝祭で公表する事を伝えて説明を終ろうとすると、メリディアムディテ伯爵が発言させて欲しいと求めて来た。
イザークおじ様が頷いて、どうぞと手のひらを上に向けて促す。
「宰相殿の説明で、今まで疑問に思い、悩んでいた事が解決した。王家のご苦労とご努力に対し、忠心と共に感謝を捧げます。ところで、今回、デクストラレクスがしでかした事で、デクストラレクス周辺の領地では、大なり小なりの被害が出ている。それに関して、国の援助が望めるのかお伺いしたい」
「もちろんです。既に各領主の方々が対策を打たれている事は、総務局の担当次長から報告を受けております。それらの経緯を踏まえた上で、個別に対応させていただきたいと考えております。
陛下からも、領主の領地経営の手腕は信頼しているが、万一、今回の件に関して助けを求められた時には、できる限り力になるよう仰せつかっております。総務局の担当次長のルーセル侯爵か私にお申し出ください。
その際は、混乱を避けるため、代理ではなく領主と直に話をさせていただくつもりです。差し当たって、私が実害ありと認識しているメリディアムディテ伯爵、
ジェイアレクス侯爵、テルミノスモンス子爵のお三方には、援助の希望の有無に
関わらずお話を聞かせていただきたいと考えておりました」
「それはありがたい事だ。では後ほど、スケジュール調整をさせていただくという事でよろしいでしょうか」
「はい、よろしくお願いします」
名指しされた三人の領主は、お互いに頷き合って安堵した顔をしている。
次に、テルミノスオーチェア侯爵がイザークおじ様に話しかける。
「ランベール宰相、これまで情報を秘匿せねばならなかった事は理解したのだが、姉上(お祖母様のこと)からも全く情報を得られなかった故、王女殿下にお見舞いができなかった事が気にかかっているのだが…」
そこに後ろからラファエル様が声をかける。
「テルミノスオーチェア侯爵、王女殿下への見舞いは、誰一人として許されていないのだよ。あの状況で、外部の者を近付ける事は危険だったからな」
「そうじゃよ。祖父である私でさえもエルちゃんが完治してから知らされたのだから、気にする事はない。こんな事でエルちゃんを蔑ろにしているとは、誰も思わないだろう」
そう言ってお祖父様が私を見ると、皆、つられて私の方を見る。私はにっこり笑うと、大きく頷いてお祖父様の意見に同意する。
すると、グラーチェスシルヴァ伯爵が、お祖父様に訴える。
「しかし伯父上、テルミノスオーチェア侯爵も私も、血縁がある者として心配しているという事をお伝えする機会をいただきたいのです」
それを聞いたテルミノスオーチェア侯爵の片眉が上がる。それはまるで、私は君とは違う、と言っている様に見える。
その時、お祖母様が立ち上がって壇上を前に進み、テルミノスオーチェア侯爵の前で立ち止まる。その気配に、貴族達が居住まいを正す。
「ルイ、そなたの気持ちはありがたく存じます。けれど、そなたに見舞いを許せば我も我もと見舞いが押し寄せて、王女が大変な思いをする事になるのは理解できるでしょう? もう、三月も前の事ですもの。ご覧のとおり、王女はすっかり元気になりましたから、血縁がある者として王女に、引いては王家に迷惑をかける可能性がある事は、控えてくださいませね」
「姉上、いや王太后殿下、確かに承りました。浅慮な事を口に出しまして誠に申し訳ございませんでした」
そう言って、テルミノスオーチェア侯爵は臣下の礼をとり、頭を下げる。
テルミノスオーチェア侯爵は、知らなかったとは言え結果的に私を蔑ろにしてしまったのではないかと心配してくれたのだが、お祖母様は、敢えて実弟であるテルミノスオーチェア侯爵を諌める形を取る事で、お見舞いという言葉に飛びついて、血縁アピールをしてきたグラーチェスシルヴァ伯爵を諌め、同時に他の貴族を牽制してくれたのである。
そして、テルミノスオーチェア侯爵は瞬時にお祖母様の意図を理解して、敢えてそれに乗ってくれたのである。
それを目の前で見ていたグラーチェスシルヴァ伯爵は、恐縮した様子でお祖母様に頭を下げた。お祖母様は微笑みながら彼に頷くと、踵を返して自分の席に戻る。
ちなみに、グラーチェスシルヴァ伯爵はお祖父様の亡き妻、つまり、私の母方のお祖母様の弟の息子である。まだまだ領主としては、若く未熟であるのだ。
イザークおじ様がお父様に説明が終わった事を報告すると、お父様が玉座に座ったまま
「うむ、大義であった。皆、宴を楽しむが良い」
と声をかけた。
すると、お父様に対して臣下の礼で了承を示した高位貴族達は、思い思いに歓談しながら情報の伝達を始める。
お父様の相談役であるお三方は、イザークおじ様の説明で理解できなかった事を質問したい人や、もっと細かい情報を求める人に囲まれて、それぞれにグループができている。
イザークおじ様は、奥様のアリエルおば様の所に行って喉を潤している。どうやらアリエルおば様におねだりされて、ご婦人方への説明係を請け負うらしい。
元々この王家の宴は、社交期間のメインイベントで、王家は情報を発信し、貴族は情報を集める、その為の最も大規模な場を提供しているのだ。
この後、お母様もお祖母様もひな壇から降りて、交流という名の情報収集を始めるだろう。
私とお兄様方は、ひな壇の端にある王族専用の扉から出て、そのまま王宮に帰る。帰る前にお父様から労いの言葉をかけられた。
「ディー、シル、アデル、今日はご苦労だった。そなた達の協力のおかげで、王家が一枚岩で健在している事を示す事が出来た。大人の都合に付き合わせて済まなかったね。先に王宮に戻ってゆっくりしなさい」
王家の宴が終わって翌日
昨夜、私が寝た後、側仕え達は情報収集のために宴に戻ったらしく、その報告をしてくれた。まずは、オーレンフロス侯爵夫人のメアリ、ベルトラン伯爵夫人の
オリビア、フルニエ伯爵夫人のマルティナの三人の既婚者から、代表してメアリが報告してくれる。
「昨夜は、大広間に戻って三人で高位貴族のご婦人方のグループをいくつか回りましたが、どのグループでも姫様を案じる声を掛けていただきました。昨夜の姫様のお姿をご覧になられた方々は口々に、あの稚くて愛らしい姫様に危害を加えるとは犯人は人でなしだ、天罰が降って当然だ、と言っておられました。
それから、事件当時の姫様のご様子を尋ねられましたので、腕に傷を負われた事三日間意識を失くされていた事、お目覚めのあと一部記憶を失ってしまわれた事をご披露いたしました。併せて、姫様の護衛騎士が重傷を負いながらも、見事に守り切った事、今ではすっかり姫様がお元気になられた事をご披露いたしました」
「それ、マルクの事よね? 名前を出して話したの?」
「もちろんでございます。マルクにとってこれ以上の誉れはございませんから」
「え? そうなの?」
メアリだけでなく、オリビアとマルティナも頷いている。
ああ、そうか。
この世界には個人情報保護法なんて無いんだった!
てことは、私の側近がマルクの手柄を美談として広める事は、
私のセルフプロモーションの一環になるのかな?
そうじゃなきゃメアリがわざわざ口に出す理由が無いもんね。
私の側仕え達は、何をするにも私の事を第一に考えて行動する、
側近の鑑なんだよね。
「それから、姫様のマナーの講師でいらっしゃるランベール公爵夫人と刺繍の講師でいらっしゃるルグラン公爵夫人が、それぞれの授業を通してお感じになられた事を、事件後の姫様のご様子として広めておられた様でございました」
「アリエルおば様とイヴォンヌおば様はどの様に仰っていたのかしら?心配だわ」
たぶん、お母様辺りが仕掛け人だと思う。
私が襲撃された事で、私を傷物扱いする人がいないとも限らない。
おば様方は、自分が王族の一族だという事を十分に理解しておられるから、
王家が不利になる言動はしないはず。
あと、私の評価についてお二人から聞いた事が無かったので、すごく気になる。
「姫様、ご心配には及びません。ランベール公爵夫人は、
『王女殿下のマナーは、年齢の割にとても洗練されていて、本当に優秀な生徒ですのよ。感心いたしましたのは、事件の被害者だと全く感じさせない自制心を持っておられて、王族に相応しくあろうと努力されるお姿ですわ』
と仰っておられました。ルグラン公爵夫人は、
『王女殿下は素晴らしい集中力を持っておられますの。熱心に課題に取り組んでおられて、私も教え甲斐がございますわ。ええ、それはそれは優秀な生徒でしてよ。そしてね、家族思いの優しい心をお持ちの姫君でしてよ』
と仰っておられました」
あらら、可愛がられている自覚はあったけど、身内贔屓が酷過ぎない?
「そうなのね。でも、褒め過ぎではないかしら?」
「お二人とも決して嘘は仰っておりませんので、褒め過ぎでは無いと存じます」
そう言われて側仕え達を見回すと、皆、一様に頷いている。
この時点でこの高評価は、ちょっとキツイかなぁ!
昔は神童、今はただの人、なんて言われる大人になるのは嫌だなぁ。
こんな事を考える辺り、私って結構な見栄っ張りだよね。えへへ。
次に、デュポン子爵令嬢のオデット、ジラール子爵令嬢のイザベルの二人から、独身組を代表してオデットが報告してくれた。
「私達は、未婚の女性が集うグループをいくつか回りました。若い女性は、王子殿下方の見目麗しさや姫様の愛らしさ、ご兄妹の仲睦まじいご様子に話題が集中しておりました」
若い女性というのは、具体的には成人する16歳以上の女性だ。日本で言う所の女子高生と同じ年齢層なので、話題も政治色は薄くなるのだろう。
「皆様、妖精姫の噂を聞いておられた様で、噂に違わぬ愛らしさだと口々に申しておりましたので、私共も鼻が高うございました」
だから、その妖精姫って何?
私の容姿が可愛いのは自覚してるけど、妖精との共通点ってどこ?
羽なんてないよ?
「ねえ、オデット。私のどこが? 何が? 妖精姫と呼ばれるのかしら?」
「そうでございますね。全体的な雰囲気?でしょうか。月の光を思わせる柔らかなウエーブのある銀の髪、理知的な煌めきに輝くグリーンの瞳、優雅なのに可愛らしい仕草、御年7歳にしては小柄なお身体、その全てが妖精のような儚さを感じさせるのだと存じます」
おうふ、綺麗な形容詞のオンパレードだ!
「儚さねぇ。私の内面は、儚さとは程遠いと思うのだけど?」
私の答えに、側仕え達がクスクスと忍び笑いをする。
「それは、私共が一番良く存じております。そして、その内面と外見のギャップこそが、姫様の一番の魅力だと存じております」
「そうよね。オデットの評価の方がしっくりくるわ。ありがとう。ところで、事件に関しては話題に上らなかったのかしら?」
「左様でございますね。首謀者に関する批判ばかりで他愛ないことばかりでございました」
「まあ、そうでしょうね。 …皆、ありがとう存じます。私の為にいつも自発的に動いて、私に足りない所を補ってくださって本当に感謝しています」
メアリが微笑みながら一歩前に出る。
「私共が姫様の為に働く事は当然のことでございます。過分なお言葉を賜りましてありがとう存じます」
側仕え達が、誇らしげに微笑んでいる。
皆への感謝を伝えられた事で満足した私は、実は側仕え達が、宴で私の自慢話を撒き散らしていた事をずっと後になってから知るのであった。
その翌日からは、平日の授業を順調にこなし、週末の休日を『建国の日』に着る衣装の確認をしたりして過ごしていた。
昼食時間になったので居間に移動して、食卓の席に着いた途端にドンと上から圧がかかって、真上から光に照らされた直後、圧がフッと消えた。
この現象には覚えがある。案の定、膝の上を見ると一片の紙片が現れていた。
その紙片には『明日、ルーチェステラと一緒に神殿に来なさい』と書いてある。それを読んだ私が、圧に驚いて止めていた息を吐き出すと、紙片がスーッと透明になって消えた。
突然連絡してくるの、どうにかならないのかなぁ!
すごくビックリしてまだドキドキしてるよ。
明日は13の月最後の日で月例の面会日だけど、何故私まで?
とにかくお父様に知らせなければ…。
「メアリ、昼食が終わったらお父様の夕食の予定を確認してくれる?
確実に今日中に会いたいので、もしお父様が夕食に来られない時は、面会依頼をお願いしたいの」
「かしこまりました」
昼食を終えて食後のお茶を飲んでいたら、お父様の筆頭側仕えクリストフが私を呼びに来た。
「姫様、陛下が『すぐに執務室に来て欲しい』との事でございます。クリストフには、姫様のお支度が済み次第向かうと返事しましたが、よろしかったでしょうか」
取り次いでくれたメアリに
「それで大丈夫です。それと、お父様の夕食の予定は聞かなくて良くなったわ」
と返事して着替えをする。
ちなみに、お父様の筆頭側仕えクリストフはメアリの旦那様なのよね。
夫婦で王家に仕えてくれているの。
流石に公私混同はしないけど、他の人と話す時よりほんの少し
メアリが気安い雰囲気になるのが、仲良しの証拠みたいで嬉しくなるよね。
メアリがお父様の予定を聞きに行く前に呼び出しが来たので、タイミングから考えて同じ要件なのではないかと予想する。支度を終えた私は、側近達と一緒にお父様の執務室に向かう。
お父様の執務室では、ちょうどお父様が休憩している所だった。
「アデル、急に呼び出して悪かった。さあ、私の隣においで」
そう言いながら私を見るお父様は、自分が座るソファーの隣をポンポンと叩いている。私は言われるがまま、お父様の隣に座ってお父様を見上げる。
「アデル、明日の魔力奉納に一緒に神殿に行って欲しいのだが、構わないか?」
「はい、お父様。私もそうしたいと思っていました」
そう答えると、どういう事だと問うようにお父様の右眉が上がる。
「お父様、内緒話です。耳を貸してくださいませ」
「うむ」
お父様が私を膝に抱き上げてくれたので、お父様に耳打ちする。
「先ほど六つ柱の大神から、明日、お父様と一緒に神殿に来るように、とお手紙が来ました」
「そうか、そなたにも来たか」
「はい、何のご用があるのか判りませんけど、お呼びとあれば行かなければなりませんから、夕食の時にお父様に相談しようと思っていました」
私の顔を見て頷いたお父様は、側近達に聞こえるように
「そうだな。では明日、5刻(午前10時)の鐘の半限(15分)前に、王宮の私の居間に来なさい」
と言った。
宴が無事に終わり、次は建国の日のイベントだと思っていた所に
いきなり神から呼び出しです。
今度は何が起こるのでしょうか。
次は、愛し子の役目です。




