30 愛し子の役目
またもや神殿に呼び出されたアデルですが、一体どんな事が起きるのでしょうか。
建国の日を翌日に控えて忙しい時に、呼び出した神の思惑は如何に!
13の月の末日、5刻(午前10時)の鐘の半限(15分)前。
王宮のお父様の居間には、私を含めて12人もの人達が集まっていた。
六つ柱の大神は、真のコントラビデウス全員を召集したようだった。
一族全員が揃ったところで、長老格のお爺様が静かにお父様に話しかける。
「私が王家に生まれて今日まで70年。その間、六つ柱の大神がコントラビデウス全員に召集をかけるような事は一度もござりませなんだ。これは何ですな。おそらく初代王以来となる愛し子が現れた故としか思えませぬな」
そう言ったお爺様が私を見る。
私が愛し子であるという事は、どうやら既に親族内で共有されているようだ。
「お爺様、私が愛し子である事が何か問題になるのでしょうか?」
「さてな。何しろ初代王が愛し子であったと口伝で残っているだけで、それがどういう事なのか、どんなものなのか、何も判っておりませんのでな。おそらく陛下もご存知では有りますまい。今判っている事は、アデル姫という愛し子が現れたという事だけでございますな。その辺りを六つ柱の大神から教えを賜われるという事であろうと存ずる。そうさな、この爺からアデル姫に教えられる事があるとするならばただ一つ、六つ柱の大神から賜る愛に驕ってはならぬ、という事でございますな」
なるほど、一理ある。
好き好んで自分から愛し子になった訳でも、なりたいと願った訳でもないが、いつの日かそれを忘れて驕るようになるかもしれない。なんかそれは私らしくなくて微妙に嫌だ。
絶対に変わらないと断言できないくらいには人生経験がある事に苦笑が漏れる。
お爺様の言葉は、私の心のアンカーにきっとなってくれるだろう。
「ありがとう存じます、お爺様。今のお言葉を私の心の錨といたします」
「うむ。やはりアデル姫は聡い子じゃ」
ホッとして周りを見回すと、皆が微笑んで私を見ている。私にはこんなに沢山の味方がいる、と実感できてとてもくすぐったい気分になった。
「大叔父上、我々が気を付けておく事があればご教示願いたい」
「なに、いつものとおりでよろしいと存じます。我らはコントラビデウス。契約に背かぬ限り、我らは六つ柱の大神と共に在る。分からぬ事は教えを乞えば良いのでございます」
お父様がお爺様の目を見たまま大きく頷いた後、私達の方へ振り返る。
「では、そろそろ参ろうか」
いつもどおりの手順で神殿に着いた。
今日は、全員が呼び出しに応じて来たので全員が魔法陣に入って並ぶ。
前回、お母様は初めて魔法陣に入って魔力を奉納した。後からこっそり聞いてみたらレオアウリュム様の姿も、風の女神ラファーリエの姿も見えたのだそうだ。
魔力の奉納が鍵になるのか、はたまたあの時だけの特例だったのか、真相は判らないままだ。
全員が左膝を突いて胸の前で両手を交差させたのを確認したお父様が、祝詞を奏上する。
祝詞に合わせて魔法陣に魔力を吸い取られると、魔法陣が輝き始める。
天井の光源から一条の光が差し込んできて御台に光が満ちると、光の中からレオアウリュム様が顕現した。
「やあ、ルーチェステラ。今日はちゃんと家族を連れて来てくれたんだね」
「はい。本日は家族全員で参りました。加えて、一族が勢揃いしております」
「うん、六つ柱の大神が呼んだ者はみんな来てるね。やあ、アールブムビィア。久しぶりだね。元気そうで何よりだよ。君の孫には、六つ柱の大神の怒りを鎮める為に良く働いてもらったよ」
「ご無沙汰いたしております、レオアウリュム様。隠居の身なれど、急なお召しによりすわ何事かと馳せ参じましてございます。また、我が孫がお役にたちましたる事、祝着至極に存じます」
「うん、僕もそう思うよ。ああ、フォルゴランスの子にも六つ柱の大神の怒りを鎮めるのにたくさん働いてもらったよ」
「お声がけをいただきましてありがたく存じます。我々、コントラビデウスの一族がトールトスディスの平穏の為に働く事は、当然の事と心得ております」
「うん、契約を守ってくれて嬉しいよ。ステラルクスにグラーチェステラも来ているね。皆、今日の本題に入るよ」
レオアウリュム様の言葉に、私よりお母様の緊張が増したみたいだ。その様子でレオアウリュム様の姿が見えているのが分かる。
「今日は六つ柱の大神を代表してルーチェンナが話をする。今、代わるからそのまま待っててね」
おーっと、今度は光の女神ですか。
入れ替わり立ち替わり顕現するのは、何か理由があるのかな?
終いには一周して六つ柱の大神の全員と会ったりして……。
やばっ! もしかして自分でフラグ立てちゃった?
レオアウリュム様がふわりと浮き上がりクルリと前転すると、いつもの倍はあろうかと思える程の光がバッと広がる。光の中、レオアウリュム様の姿が溶けるように消えて、だんだんと光が収束しながら女性の姿を形作っていく。
最後にストロボのように眩しく輝くとそこには、光を纏って宙に浮いている光の女神ルーチェンナが顕現していた。
光の女神ルーチェンナは、キラキラと輝く黄金の髪に金色の瞳、ややスラリとしたスタイルの神々しさに溢れた女神様だった。その表情は慈愛に満ちている。
「コントラビデウスの一族よ。わたくしは光の女神ルーチェンナです」
「お初にお目にかかります。ルーチェステラ・ル・ロワ・コントラビデウスでございます。左隣が妻のアデリーヌ、右隣が長男のディーヴァプレ、その右隣が次男のシルヴァプレ、左端におりますのが長女のルーチェオチェアーノスでございます」
「お初にお目にかかります。グラーチェステラ・ル・ハフ・コントラビデウス・
ドゥ・ゴディエルでございます」
「お初にお目にかかります。ステラルクス・ル・ハフ・コントラビデウス・ゴディエルでございます」
「お初にお目にかかります。フォルゴランス・ル・ハフ・コントラビデウス・ルグランでございます。ルーチェステラの妻は私の娘でございます。そして、三列目の右端におりますのが長男のロベールでございます」
「初めてお目にかかります。アールブムビィア・ル・ハフ・コントラビデウス・ ランベールでございます。私の右後ろにおりますのが長男のラファエル、その右隣が孫のイザークでございます」
ルーチェンナは、挨拶の紹介に合わせて視線を向け、頷きながら微笑んでいる。まるで、皆と会えたのが嬉しくて堪らないと言っているように見える。挨拶が終わると、ルーチェンナが一同を見回して徐に口を開いた。
「今日は、皆に大切な話が二つあって集まってもらいました。少し長くなるので楽にしてくださいませ」
ルーチェンナは、後半の言葉を私の方を向いて話していた。そう言われてお母様が私の方を見る。前回、足が痺れて動けなくなったので心配しているのだ。
私は、遠慮せずにペタリと床に座り込み、両手を膝の上に揃える。
他の人達は右膝を立てたまま座り、胸の前で交差していた両手を下ろして立てた右膝の上に揃えた。それが貴人に対する正しい座り方らしい。
普段は椅子に座っているので知らなかったけど、私のスカートの裾を直しながらお母様が教えてくれた。
お母様の私に対する仕草やそれを見守るお父様とお兄様方、おじ様方が私に向ける優しい視線を黙って見守っていたルーチェンナが大きく頷いて納得したように話し出す。
「ラファーリエが言っていたとおり、ルーチェステラの家族が仲睦まじくて本当に嬉しく思います。わたくし達の愛し子であるルーチェオチェアーノスをコントラビデウスの一族が慈しんでいる事も良くわかりました」
その言葉にお父様が答える。
「娘は一族の子ども世代で唯一の女の子でございますので皆が気にかけてくれます」
「いいえ、ルーチェステラ。わたくし達の愛し子というだけでルーチェオチェアーノスは誰からも愛されてしまうのです。それは決して良い事ばかりではないという側面を持っています。その事も含め、今日話したかった事の一つは愛し子についてです」
ルーチェンナは相変わらず微笑んでいるが、ルーチェンナの言葉を聞いた私達は皆、真剣な表情になっている。
「一つ例を挙げましょう。先日のわたくし達の怒りの原因は、ルーチェオチェアーノスが傷つけられた事でした。特にティーネブラスとフランマルテの怒りが凄まじくて……。この箱庭を壊そうとした事に関しては不快に思いましたが、いつでも作り直す事ができるという余裕がありましたからね」
マジですか!
あの惨劇の原因が私?
それにまたラファーリエと同じ怖い事言ってるよ!
「ですが、唯一無二の愛し子を失うような事があれば、わたくし達の力を持ってしても元に戻す事はできません。再びルーチェオチェアーノスが傷つくような事があれば、わたくしだけで他の神々を抑える事は難しいと思いますし、わたくし自身が怒りに我を忘れるかもしれません。わたくし達はルーチェオチェアーノスが笑顔で暮らす、今の箱庭の有り様をとても気に入っているのです」
え? 何?
それは全て私にかかっているという事?
責任重大なんですけどぉー!
何気に迷惑なんですけどぉー!
「ルーチェオチェアーノスがコントラビデウスの一族に生まれた事は幸いでした。わたくし達は愛し子を守る為に名を授ける事にしたのです。直接コンタクトを取れるようになった事で神々がずいぶんと落ち着きましたから、これはとても良い考えでした。皆様には我らの怒りを招かぬよう、ルーチェオチェアーノスが自身で身を守れるようになるまで、ルーチェオチェアーノスを守ってくださいませ」
うわお、我らの怒りを招かぬようって、さらっと脅しがきたよ!
私のせいで……皆様に申し訳ない……。
「ルーチェンナ様、ルーチェオチェアーノスは私の愛娘でございますから父として守り通す事は当然でございます。しかし、万が一、私共の手に負えない事態になった時は、何卒、娘をお守りくださいますよう伏してお願い申し上げます」
国王であるお父様が私の為に頭を下げている。お母様とお兄様方も一緒に頭を下げている。振り返るとおじ様方全員が一緒に頭を下げている。
私は嬉しいような、申し訳ないような、複雑な気持ちで皆様に向かって頭を下げた。
「皆の気持ちは分かりました。では、ルーチェオチェアーノス」
私はルーチェンナを見つめて返事する。
「はい」
「貴女の役目は、多くの人に愛されて天寿を全うする事です。気負う必要はありません。人生を楽しんで、わたくし達を喜ばせてくださいませ」
「かしこまりました」
天寿を全うする事は、無論のこと望むところだ。
そうは言っても具体的に何かできる訳ではない。
ましてや、六つ柱の大神を喜ばせる為に生きている訳でもない。
素直に是と言えない辺りは私らしくて天の邪鬼だなぁと思う。
それでも、私にできる事は限りがあるのだもの。
私は私らしく二度目の人生を楽しむだけだ。
「では、二つ目の話です。ティーネブラスはフランマルテに出し抜かれたせいで怒りが鎮まらなかったらしく、冥界に落ちた隣国の王弟の魂を召喚しました。彼の者の記憶を見て確認した上で、お仕置きをしたらしいのです」
えええっ!?
魂にお仕置きって、えげつなっ!
闇の神ティーネブラスはそんな事までして溜飲を下げていたのかぁ。
よっぽど腹が立ったんだろうなぁ……怖っ!
「その記憶の中にベアティトゥードを害した時の記憶があったそうです」
お父様が思わずという様にバッと立ち上がり、ステラおじ様とお祖父様が掴みかからんばかりにして身を乗り出している。
ベアティトゥードという方は、お父様の実の父親であり先代国王である。
そして、ステラおじ様とお祖父様にとっては血を分けた兄だ。
以前メアリから、先代国王は毒殺されてその犯人は不明のままだ、と聞いた事がある。
思わず立ち上がってしまったお父様を見たルーチェンナは、優しく声をかける。
「ルーチェステラ、気を静めて聞いてくださいませね」
「ハッ! 失礼いたしました」
お父様が大きく息を吐いて元の姿勢に戻ると、ルーチェンナが話を続ける。
「隣国の王弟は、自分の兄と王位を巡って争っていた頃から、この箱庭を手に入れて己の功績にしようと狙っていました。箱庭の王を殺し、その混乱に乗じて攻め込もうと考えたようですが、実際にベアティトゥードを亡き者にしても箱庭の結界は揺るがず付け入る隙が無かった。それならと、結界を消すべくデクストラレクスを唆し、ルーチェオチェアーノスを襲撃させるに至った。許すまじ! 愚か者めが!」
話しているうちに怒りがぶり返してきたのだろう。ルーチェンナは、最後の言葉を小声で吐き捨てるように言い放つと、気を静めるように目を閉じ静かになる。
再び目を開けたルーチェンナは、何事も無かったように話を続ける。
「ベアティトゥードに毒を盛った者は、逃亡の道中で隣国の者に殺されています。哀れですね。その毒を盛った者の曽祖母が隣国出身で、愛故にその縁を利用されたようです」
お父様は拳を握りしめてワナワナと震えている。お祖父様とステラおじ様はそんなお父様の様子を唇を噛み締めて見守っている。
「ティーネブラスは、手引きをした者は商人である、と言っていました」
お父様は怒りを堪える為に握りしめていた両手の力を抜き、深呼吸して落ち着きを取り戻すと、ルーチェンナを見上げてお礼を言う。
「その情報を賜りました事を心から御礼申し上げます。その商人までは我々も辿り着いておりましたが、判明した時には既に何者かに殺害されておりました。そこから先が辿れず、首謀者が判らないままでございましたが、ようやく判明いたしました。これで私共の心の靄が晴れます」
ルーチェンナは優しく微笑みながら話を締め括る。
「ティーネブラスはベアティトゥードの弟であるステラルクスとフォルゴランスの苦悩する姿や、息子であるルーチェステラとグラーチェステラの悲しむ姿を見守り、とても案じておりました。子孫を紡いで契約を遵守するコントラビデウスへの思い入れがあるのでしょうね。……さあ、私が話すべき事は以上です。最後に、ルーチェオチェアーノスは来月もルーチェステラと共に神殿に来なさい。ティーネブラスが会いたいそうです」
「かしこまりました」
私の返事を聞いたルーチェンナは、優しく微笑むとゆっくりと横回転し、バッと広がった光に溶け込む様にして姿を消した。光の収束に伴いレオアウリュム様の姿が形作られていく。
トンと軽い音をたてて台の上に降りたレオアウリュム様は、疲れた様にゆっくりとお座りの姿勢になる。
「ルーチェステラ、ルーチェンナの話で何か質問があるかい?」
「申し訳ございません、レオアウリュム様。今は、心が乱れていて何も思い付きません。質問はまた後日、改めてさせていただきたく存じます」
「分かった。それでいいよ。他の者も同じ様にするね。じゃあ、前回の続き、新しい領主をどうするのか報告してくれる?」
「はい。新しい領主には、アールブムビィアの次男、ウリエルを任命しようと思います。荒廃した彼の地を治めるに足る能力を持っており、信頼に足る者として選定いたしました。ウリエルには既に、息子のフィリップという後継者がおり、その妻は私の末の妹のセラフィエルでございます。長期に渡り、王家と連携して国境を守る事ができると考えております」
「そう、ちょっと待ってね」
レオアウリュム様が目を閉じて静かになる。しばらくして目を開けると、厳かに宣言する。
「コントラビデウスの一族から新領主を出すとあらばそれに相応しき名を授ける。新領地の名をフィデスディスレクス《王の信頼》とせよ」
「新しき領地の名を賜りまして誠にありがたく存じます」
お父様が頭を下げて感慨深げにお礼を申し上げる。それを受けてレオアウリュム様はひとつ頷くと、何事も無かったようにいつもの様子に戻った。
「うん、他に聞きたい事が無ければ、僕は帰るよ」
「本日は色々とご配慮を賜りまして誠にありがたく存じます。今後とも我らコントラビデウスをお導きくださいます様お願い申し上げます」
「うん、ルーチェステラ、いつもご苦労様。他の皆んなもまたね」
レオアウリュム様が御台の上で立ち上がると、天井の光源から一条の光が差し込みレオアウリュム様を包み込む。レオアウリュム様の姿がスッと消えると、差し込んでいた光も消えた。
お父様が立ち上がると、全員が立ち上がって振り返ったお父様の元に集まる。
自然と円陣を組む形になったが、皆、複雑な気持ちを隠しきれない様子で誰も口を開こうとしない。
先代国王ベアティトゥードの死の真相が、皆の心に重くのしかかっているのだと思う。
重い口を最初に開いたのは、長老格のアールブムビィア様だった。
「皆、このまま城に戻っても心が落ち着かないであろう? 明日の建国の日に差し障りがあってはならぬ。どうじゃ、皆で茶でも飲みながら話をしようではないか」
「そうだな。大叔父上の言うとおりだ。皆、私の居間で茶にしよう。こんな時だからこそ、大叔父上に話を聞いていただこう。さあ、行こうか」
皆が一様に頷いてエレベーターの部屋に向かう。
お母様はお父様に寄り添い、私はお兄様方と手を繋いで歩き出したのであった。
先代国王にまつわる話で愛し子についての話は霞の彼方です。
明日の建国の日のイベントを無事終える事ができるのでしょうか。
次回は、心の平穏です。




