初めてのお友達とのお茶会
楽しみにしていたご令嬢方とのお茶会です。
昨日のクロード様とのお喋りが楽しかったので、ハードルがグンと上がってしまっています。
僕っ娘のクローディア様(本当は男の子のクロード様)と楽しくおしゃべりした翌日は、側近選びのお茶会でお友達に立候補してくれたカロリーヌ様とフロランス様を招いて、お茶会をする日である。
プライベートなものとは言え、私が初めて対外的なお茶会を主催するとあって、側仕え達がとても張り切っている。
場所は、王城の広大な温室にいくつかある東屋のうち、比較的入り口に近い所にある東屋にした。温室と言ってもかなり広いので、奥の方だとドレスアップした子どもの足には、かなり遠くて大変だからだ。
側仕え達と話し合って決めた今日のドレスは、薄いピンクと白を基調にした上品で可愛らしいドレスだ。側仕えのマルティナが、私の髪をハーフアップにして共布のリボンを結んでくれる。鏡に映る自分の姿を見ていると、だんだんウキウキした気分になってくる。憧れの姫ドレスが当たり前の世界。しかもそれが似合う容姿。外見の事で誰にも悪く言われない幸せ。
だけど、浮かれてばかりはいられない。お母様に注意された王女としての自覚と可愛い容姿の女の子としての自覚を養わなければならない。
王女としての自覚は、前世で積んだキャリアを活かして王女という役職を勤めると考えれば、割と理解しやすい。
問題は、可愛い容姿の女の子としての自覚の方だ。なにしろ、前世では『醜い』に分類されていたから、とんと馴染みがない。そのせいで、何が正解なのかが見当が付かない。
自分が可愛いって知ってるだけでは、ダメって事でしょう?
まだ7歳なのに…
お母様もお兄様も、キツイ課題を投げてくるよね!
今日、お招きした二人も可愛いから、何かヒントがあると良いなぁ!
約束の時間の5刻(午前10時)より1限(30分)早く、オリビア、マルティナ、護衛騎士と一緒に温室へ向かう。現地には既にメアリ、オデット、イザベルの三人が行っていて、準備をしてくれている。
今日は、冬らしい寒い日だけど、温室の中は暖かい。温室の入り口には、受付やクロークに使える場所が設けてあって、王宮の侍女達が受付や案内をするために、準備をしてくれている。
「皆様、今日はよろしくお願い申しますね」
と一声かけてニッコリすると、侍女達が一斉にカーテシーをして見送ってくれた。
こういう時まだ慣れなくて、自分は王女だと自分で自分に言い聞かせてしまう。
東屋に到着すると既に準備は終わっていて、メアリが私を席に誘導する。
「姫様、本日のお茶とお菓子は王妃殿下がご準備なされた物です。王妃殿下の亡きお母君、先代公爵夫人の故郷、グラーチェスシルヴァ領からお取り寄せされました。お茶は、先代公爵夫人の名が冠されたアンナマリアベル。お菓子は、プチアンゲルスでございます。今日の話題の一つとなさってくださいませ」
「お母様が準備してくださったの?」
「左様でございます。この所、姫様は忙しゅうございましたし、初めてであれば、お茶やお菓子まで気が回らないだろうと仰せになっておられました」
正解です、お母様。
側仕えに丸投げしてました。
お心配り、ありがとうございますっ!
「それから、これは私からの進言でございますが、仮に、お友達となられた方に、愛称で呼ぶ事をお許しになられたとしても、殿下という尊称を忘れた場合、訂正をお願いいたします。何事も初めが肝心、親しき仲にも礼節あり、でございます」
前世でも似たような事を母さんから言われてたなぁ。
私が浮かれてるからこその苦言だね!
「分かりました、メアリ。いつもありがとう」
そこに、マルクから声がかかる。
「マルタン侯爵令嬢がお着きになりました」
私が入口の方に視線を向けると、王宮の侍女に先導されたカロリーヌ様が、自身の側仕え一人と護衛騎士一人を連れて、こちらに向かって歩いてくるのが見える。私は、事前に教えられたとおり座ったまま待って、挨拶を受ける。
「アデリエル王女殿下、カロリーヌ・ル・マルタンがご挨拶申し上げます。本日はお招きをいただきまして誠にありがとう存じます」
今日のカロリーヌ様は、毛先をカールさせた黒髪をハーフアップにして、大きな青のリボンを結んでいる。青いドレスは、フリルがたくさん付いているけど上品な感じで、カロリーヌ様の青い瞳と相まって、すごく似合ってキュートだ。
「ごきげんよう、カロリーヌ様。こちらのお席へどうぞ」
アリエルおば様に教わった事を思い出して、できるだけ優雅に見える様に、気を付けながら手で示す。
「マテュー侯爵令嬢がお着きになりました」
カロリーヌ様が座ったタイミングで、マルクの声がかかる。
私は、フロランス様の方へ顔を向けて挨拶を待つ。
今日のフロランス様は、ふわふわの茶髪の両サイドを三つ編みにして、後ろでまとめて花飾りで留めている。菜の花を思わせる黄色のドレスが髪の色を引き立ててこれまたすごく似合って可愛らしい。
「アデリエル王女殿下にフロランス・ル・マテューがご挨拶を申し上げます。今日は、お招きいただきましてありがとう存じます。とても楽しみにしておりました」
「ごきげんよう、フロランス様。こちらのお席へどうぞ」
フロランス様が座って、一息ついたタイミングで
「本日は、私の招待に応じてくださいましてありがとう存じます。お茶を準備しましたので、召し上がってくださいませ」
と言う私の言葉を合図に、側仕え達がお茶を出してくれる。
作法どおりに一口飲んで見せると、それを見ていたお二人がお茶に口をつける。
お茶を一口飲んだカロリーヌ様が
「まぁ、美味しい。初めていただくお味です」
と、感想を言ったので、ここぞとばかりにメアリの受け売りを説明する。
「このお茶は、お母様の母君、つまり私のお祖母様の故郷のお茶なのです。お祖母様の名前が付いたお茶で、アンナマリアベルというのですよ」
「王妃殿下のお母君は、先代のルグラン公爵夫人のアンナマリア様でいらっしゃいますよね? 私のお祖母様が若い頃、亡きアンナマリア様と仲良くさせていただいていたと仰っていました。確かグラーチェスシルヴァ領のご出身でいらしたのですよね?」
「まぁ、フロランス様のお祖母様が私のお祖母様と? それは存じませんでした」
「という事は、このお茶はグラーチェスシルヴァ領産ですのね。花のような香りがしてとても美味しいです。グラーチェスシルヴァ領は、国の北東で寒い領、というイメージがありましたから、花の香りのお茶があるなんてとても不思議です」
「お茶を気に入っていただけて良かったわ。お菓子もグラーチェスシルヴァ領から取り寄せたプチアンゲルスというお菓子です」
私の言葉に合わせてお菓子が一斉に給仕される。私はお菓子を一口食べてから、二人に手で示して勧める。
うわあ、ベイクドチーズケーキみたいで美味しいお菓子!
お茶との相性もすごく良い!
お母様、グッジョブ!
「まぁ、美味しい。こちらも初めていただくお味です。チーズが使われているのかしら?」
「フロランス様、グラーチェスシルヴァ領は牧畜が盛んですから、こういった美味しい物が他にもたくさんあるかもしれませんね」
「カロリーヌ様はお詳しいのですね。私のお祖母様は、アンナマリア様がお土産にお持ちになるヨーグルトが大好きだったと申しておりました。王女殿下は、ヨーグルトをお召し上がりになった事はございますか?」
「ええ、以前、夕食のデザートでいただいた事があります」
「私はお祖母様からお話を聞くだけで、まだ食べた事はないのです。カロリーヌ様は、いかがですか?」
「私も食べた事はないわ。地理のお勉強の時、特産品を学んで知ったばかりなの」
「まぁ、カロリーヌ様は、もう地理のお勉強をなさっているのですか?」
道理で!
領地の話題を広げる事ができる訳だ。
カロリーヌ様は、かなり優秀なのでは?
「お兄様のお勉強に同席しておりますの。二人まとめて教師の雇用を一回で済ませようとする、お父様の方針ですわ」
「まぁ、カロリーヌ様。その様な言い方をなさっては誤解されてしまいますよ?」
「それは困ります、王女殿下。私、お父様が合理的な方だと申したかっただけなのです。私のお父様は、法律の事にとてもお詳しくて、右に並ぶ者はいないと思っておりますし、とても尊敬しております」
「カロリーヌ様のお父様は、法務局で次長を勤めていらっしゃるのよね?」
「ええ、そうです。自慢の父ですわ」
カロリーヌ様は、お父様大好きなのね!
「フロランス様のお父様は、総務局で次長を勤めていらっしゃるのよね?」
「はい。私の父は魔法師団の担当をしています。この前のデクストラレクス領の大災害の時は、魔法師団の派遣に必要な物資の調達で、とても忙しそうにしておりました」
おっと、大災害の話題かぁ。
迂闊に喋れないかも… 用心しよう!
「それは大変でしたのね。大災害の事は、私も噂程度しか存じませんけれど…」
「私も、父が忙しかった事以外、詳しい事は存じませんのよ」
これってお母様が気にしてた事かな?
中央貴族まで不安が広がっているとか?
「噂とは、どの様なものですか?」
「私が聞いた話は、突然の嵐でデクストラレクスの領主の館が雷の直撃を受けて壊れてしまったとか、雷がたくさん落ちてたくさんの人が亡くなったとか、騎士団が被害状況を確認するだけですごく大変だった、とかでしょうか」
事実から反れた噂ではないみたいね!
神罰の事はさすがに漏れてないか!
「それに、デクストラレクスではたくさんの犯罪者が出たらしくて、私のお父様は城から帰れない日が続いていましたの」
「あの…デクストラレクスの犯罪者って、大逆の罪とか、反逆の罪とか、大人達がヒソヒソ話していた事と関係があるのかしら?」
「大逆? 反逆? どういう罪なのかしら? 王女殿下は、ご存知ですか?」
あらら、子どもだと油断して、目の前で噂話をした大人がいたのかな?
ざっくりと教えるくらいなら構わないだろう!
「ええ、大逆は、王族に危害を加える事、反逆は、国や国王に対する裏切り行為ですわね」
「まさか、王家の方が害されたのですか?」
いくら何でも、私です、とは言えないよね!
「犯罪に関する詳しい事は、いずれお父様、いえ陛下から正式な発表があります。それまでは話せないの」
「では、デクストラレクス侯爵が裏切り者だ、という噂は本当なのですね?」
「あら、そんな噂があるの?」
私は、ニッコリ笑って二人を見る。すると、カロリーヌ様が
「フロランス様。王女殿下は先ほど、国王陛下から発表があるまで待て、と仰せになりましたよ。これ以上、犯罪に関する事は質問なさらない方が良いと思うわ」
と言って、ニッコリ笑う。
「ハッ。王女殿下、大変失礼いたしました。カロリーヌ様も止めてくださってありがとう存じます」
「どういたしまして」
話題を変えた方が良さそうだと判断した私は、前回のお茶会の事を尋ねてみた。
「そういえば、カロリーヌ様は、私と初めて会った時にビビビッときた、と仰ってましたけど、そのビビビッというのはどういう意味かしら? 教えてくださる?」
「もちろんです。ただ、これは自慢ではなくて単なる事実として聞いてくださると嬉しいのですけど、私、家の者から、目から鼻に抜けるような子どもだ、と言われますの。意味を聞いてみたら、頭の回転が早くて理解する力に優れている、という意味らしいのです。そのせいでしょうか。私、同じ年頃の子とお話をしても楽しいと思えなくて、退屈してしまいますの。兄ですら時々、馬鹿じゃないの?と思ってしまいますのよ。でも、王女殿下となら楽しいお話ができる、とすぐ分かりました。そのすぐ分かったという事をビビビッと来たと表現したのですわ」
確かに、目から鼻に抜けるような子どもだわ!
見込まれたのは嬉しいけど、ご期待に沿えるかな?
自信ないけど…
「そういう事ですのね。とても嬉しいわ。でも、お兄様を馬鹿呼ばわりは、お控えになった方がよろしいのでは?」
「ご忠告、ありがとう存じます。ですが、私の兄は本当に馬鹿ですもの。お茶会の時だって、言うに事欠いて魔法師になりたいだなんて、見え透いた嘘を言ったりして…王女殿下も呆れてしまわれたでしょう?」
「あの…あれは嘘だったのですか?」
「お兄様に聞いた訳ではありませんが、魔法師になりたいと思うほど魔法が好きな訳ではないと思います。とっさに、側近になったら、違う意味で王女殿下に近付けなくなる、とでも思ったのでしょう。王女殿下が、お兄様を恋のお相手に選ぶ訳ないのに、全然解ってないんだから!」
あれは、そういう意味なの?
その解釈、本当に正しいのかな?
あれ? フロランス様が頷きながら話聞いてるねぇ!
「あの場にいらしたフロランス様も同じように思われますか?」
「はい。カロリーヌ様が仰るとおりだと、私も思います。私の兄なんか、もっと酷かったですから。王女殿下を前にして真っ赤になって、何も言えなくなるなんて、恥ずかしいです。王女殿下を口説くなんて不敬な事をして欲しいとは思いませんがだからと言ってあの態度は本当に恥ずかしかったですわ」
妹の立場で見ると、そうなるのかぁ。
つまり、お兄様方の見る目は正しかったという事になるねぇ。
「お二人ともお兄様に厳しくていらっしゃるのね。少し驚きました」
顔を見合わせて、しまった!と言わんばかりの様子を見せた二人は、微妙に話題を逸らしてきた。
「王女殿下は、兄だけではなく、たくさんの方から注目を集めていらっしゃいましたから、殿方の視線とか好意とかに全く動じず、凛としていらしてステキだわ、と思っていましたの」
「カロリーヌ様、私もですわ。あんなにステキな王太子殿下と第二王子殿下が兄君にいらっしゃるのですもの。生半可な殿方では、王女殿下のお心を動かす事など、できないのだろうと思っていましたのよ」
「その王子殿下お二人が、王女殿下に近付こうとする輩を牽制なさっているのですもの。お二人が王女殿下を大切になさっているのがよく分かりましたわ」
「ええ、私もあんなステキなお兄様が欲しいわ。それに少しですけど、王女殿下はそちらの方面は疎くていらっしゃる様だから、王子殿下方も、心配で堪らないのでしょうね」
あらら、7歳の少女にまで疎いって言われちゃったよ!
それに、この前のお茶会で、お兄様方がそんな事をしていたとは…
全く気付かなかったよ!
これじゃあ、叱られる訳だよねぇ!
「ああ、そうですわね。確かにそんな感じでしたわね。フロランス様、よくご覧になってましたのね?」
「カロリーヌ様も同じだと思いますけど、私も兄にあんな風に庇って欲しいと思う事が、何回かありましたから…」
「ああ、なるほど」
二人のご令嬢は、顔を見合わせてため息をついている。
それにしても、この二人の話を聞いていると、しっかりと観察して、見るべき所を見ているのだと感心してしまう。幼いなりに情報収集ができている上に、キチンと女子力がある。
恐るべし、生粋の侯爵令嬢!
それに引き換え、私ときたら…トホホ
この後、ドレスの話やスイーツの話で盛り上がったんだけど、何となく聞き役に回ってしまったので、クロード様とのおしゃべりの様にキャッキャウフフとはならなかったし、メアリが心配した様な、愛称で呼び合うという事にはならなかった。
楽しみにしていたお茶会でしたが、思っていた様にはなりませんでした。
同年代の同性のお友達と得る事を、諦めないで欲しいものです。
次回は、隣国の王弟のその後と苺ショートケーキのその後です。




