23 名の秘密
貴重な休日にまたしてもアクシデント発生です。
アデルに危害が加えられる訳ではありませんが、無関係でもありません。
お父様とじっくり話ができたのは嬉しい誤算でした。
お友達とのお茶会の翌日。
後から考えると、今日がちょうど3ヶ月目に当たる日だったのだな、と感慨深くしみじみと思ったのだった。
※ ※ ※
朝食を済ませて自室に戻るとステラルクス様から、試作品が出来たので明日持参する、と連絡があった。
思ったより早かったなぁ!
もっと時間が掛かるかと思ってたよ。
火の女神フランマルテのリクエストである苺ショートケーキ作りは、調理器具が無くて手付かずのままだった。
これで、明日以降は本腰を入れる事になるだろう。
そうなると、ゆっくりできる日は今日しか無くなる。
私は久しぶりにのんびり庭園を散歩する事にした。
王宮の奥にある庭園は、元々そこにあった林や野原を流れる小川等の自然を活用して整備されていて、城の敷地内にいながら自然に触れる事ができる場所になっている。
庭園内の野原が冬から春にかけて咲く花々が美しく咲いて花畑になっている、と庭師から聞いて、その花畑を見てみたくなったのだ。
寒くない外出着に着替えて、メアリと護衛騎士を連れて王宮を出る。
オリビアとマルティナは
「姫様、後からお茶をお持ちいたしますね」
と準備に向かったので、ピクニックみたいだと嬉しくなった。
今日はお天気が良くて昨日よりも寒さが少し緩んでいる。少しずつ春に近付いているのだ。
お目当ての花畑へは、庭師のジャン爺さんが案内してくれる。
ジャン爺さんは庭師の長で、私が
「あれは何?」
「これは何て言うの?」
と質問攻めにしても、面倒がらずに丁寧に教えてくれる。
ちなみに、この世界の植生は、地球のものに似ているけど少し違う、といった感じで、前世で見た植物と全く同じ植物は見当たらない。
私の好奇心を満たす為に途中で何回も立ち止まるから進むのに時間がかかったが、散策の末にお目当ての花畑にたどり着いた。
花畑に咲いている花を観察すると日本の水仙の花によく似ていた。私が知る水仙より背が低く、薄桃色・白・黄色・オレンジ色と色とりどりの花が咲いている。
群生している辺り一面に、スイートピーの花のような良い香りがしていた。
風があまり当たらなくて花がよく見える場所に、メアリが敷物を敷いてくれた。移動に少し疲れていた私は、喜んで敷物に座って花を楽しむ。
しばらくしてオリビア達が追いついて来たので、皆でお茶を楽しんだ。
あー、いい気持ち!
風が当たらない所にいれば、ポカポカして気持ちいいなぁ!
のんびりとした心持ちになって花を愛でていると突然、ドンと大きな空振が起こり、続いてゴーッと飛行機が飛んでいるような音がした。
え? なになに? 爆発?
え? え? この世界に飛行機なんて有ったの?
セブランが私に駆け寄り、マルクとマティアスは身構えて周りを警戒している。
私が空を仰ぎ見ると、火の玉のような物が飛行機雲を尻尾のようにくっつけて空を飛んで行くのが見えた。
デカい! 早い!
何あれ!
「セブラン、あれは何?」
「判りません。隕石のようにも見えますが上空にいきなり出現したように思いますし、魔法にしては規模が大き過ぎると存じます」
「そうなのね。あれが飛んで行く先には何があるのかしら?」
「方向から考えられるのは、デクストラレクス領とメリディアムディテ領の境目の辺りでしょうか」
「国内に落ちるのかしら?」
「ハッキリとは判りませんが、おそらく結界の外だろうと思います」
「あ、見えなくなった」
デクストラレクス領の方向に飛んで行って魔法じゃ無いとすれば、六つ柱の大神の仕業ではなかろうか?
また災害となって、お父様が苦労する事になるのかしら?
そんな風に思案していたら、またしてもドンと弱めの空振が起こった。
「今のは、先ほどの隕石のような物が落ちた音かしら?」
「おそらくそうでしょう」
「姫様、恐ろしくはございませんか?」
「大丈夫よ、メアリ。別に怖くないわ。貴方達が一緒にいるもの。そんな事よりもしも今のが国内に落ちていたら大きな災害になると思うから、そちらの方が心配だわ」
「姫殿下、念の為、王宮に戻りましょう。正体が判りませんし何かあってからでは遅いですから」
「そうね、セブラン。戻りましょう。花は充分楽しんだわ。メアリ、帰り支度をお願いね。ジョン爺、今日は案内をありがとう。後でいいからその香りの良い花を少し摘んできてね。お部屋に飾りたいの」
「かしこまりました、姫様」
※ ※ ※
王宮の自室に戻って一息ついていると、先触れなしにお父様がやって来た。
「アデル、無事に戻っていたか」
「お父様!」
私がお父様に駆け寄ると、お父様は私を抱き上げてギュッと抱きしめてくれた。
ああ、落ち着く。
「お父様、もしかして先ほどの隕石みたいな物の事ですか?」
「ああ、それは今、ロベールに確認を任せている。報告が上がるまで5日ほどかかるだろう。そうではなくて……」
お父様は言いかけて
「盗聴防止の魔法を使うから、少し下がれ」
と言いながら片手を振ると、私を抱いたままソファーに座り、私達二人だけが入る規模の盗聴防止の魔法をサクッと展開した。
お父様も使えるの?
小さいのができるなんてスゴイ!
なんか繊細そうに見えるんですけどぉ。
尊敬の眼差しでお父様を見ると、お父様は慈愛に満ちた笑顔で私を見つめている。
ああ、この笑顔。
無条件に信頼できると思える大好きな笑顔だわ。
お父様は、私の大好きな笑顔をほんの少しだけ曇らせて徐に話し始める。
「アデル、デクストラレクスが死んだ、という報告が牢番から上がってきた」
「あっ! 呪いの?」
私の問いにお父様が頷いて応える。
「呪いが発動して今日でちょうど1ヶ月だ。そして、アデルが襲撃を受けた日からちょうど3ヶ月になる。そこに六つ柱の大神の意図があるのではないかと思い至った時、アデルの事が無性に心配になってしまったんだ」
ああ、それで急に私の所に来たのね。
「意図?」
「ああ、そうだ」
うーん。
意図なんて分からん!
「お父様、例え六つ柱の大神に意図が有ったとしても、私達には理解できないかもしれませんよ?」
「理解できない?」
「はい。だって六つ柱の大神が怒っている理由が判っていませんもの。起こった事は一つの事でも視点が違いますからね。六つ柱の大神が神の理で神罰を下したのですもの。一方でお父様は人の理で罰を下そうとしておられたでしょう?」
「理由か。そう言われればそうだな」
「はい。六つ柱の大神がこの国を箱庭と呼ぶからには、玩具なのか実験場なのかは分かりませんけど、神々にとってこの国は、人が持つ国という概念とはかけ離れたものなんじゃないでしょうか」
「……。アデルは何故その様な考え方に至ったのかな?」
「んーと、どう言えば良いかな? 神様は理不尽で不公平だなぁ、と前世で思っていたから……ですかね」
「理不尽で不公平か……」
「そうですね。今でも、何処の世界でも神々の根幹は同じなんじゃないかなと思っていますね」
「ふむ、アデルは、神に対する畏怖する気持ちはないのかい?」
「もちろんありますよ! 祟りは怖いです。ただ必要以上に怯えず、神の怒りに触れないようにしようとは思っています」
お父様が、真剣な顔で私に問う。
「何故、そんなに冷めているのだ?」
「……前世の神様が、私に全く優しくなかったからでしょうか」
「そうなのか。……では、現在の事はどう思っている?」
「まだよく判りません。ただ、王家が持つ役割についてある程度教えていただきましたから、お父様の治世に役立つ様に立ち回りたいと考えていますよ」
「そうか。アデルの考え方については理解した。だが、六つ柱の大神との契約についてはまだ全て教えた訳ではない。決して、逆らったり交渉しようとしたりしないでくれないか?」
「分かりました。元々、逆らったり交渉したりできる相手ではないと思っていますから、大丈夫ですよ」
お父様が、心配そうに私を見ている。
「私、今の家族が大好きなのです。決して、大好きなお父様を困らせたりしないと約束しますから、心配しないでくださいませ」
お父様が私の言葉を聞いて、フッと笑ってから柔らかく言う。
「では今後、六つ柱の大神に関する事は全て私に報告してくれ。頼めるか?」
「はい、分かりました。……あ、ひとつ報告があります」
「何だ? 何かあったのか?」
「フランマルテ様のご要望のお菓子を作る為に、お母様と一緒に王宮シェフの話を聞いた時、六つ柱の大神からメッセージが来ました」
「何だって! どんなメッセージだ?」
お父様が、珍しく酷く慌てた様子で、私に尋ねた。
「王宮シェフに話を聞いて、この世界に無い調理器具が必要だ、と判った時なんですけど。心の中で六つ柱の大神に対して、調理器具を造る事は『過度な知識の流布』に該当するかどうか判らない、と強く思ったのです。そしたらいきなり上からドンと圧がかかって一条の光に照らされた、と思ったら一瞬で圧と光が消えて、私の膝の上に『該当しない』と書かれた紙切れが乗っていました」
「その紙切れはどうした?」
「透明になって消えました」
「他の者は知っているのか?」
「いいえ、私以外の人は気付いていない様子でしたし、誰にも話していません」
お父様がホッとした様子になって尋ねる。
「アデリーヌにもか?」
「はい。その後、色々と考えなければならなくて、お母様にお話しするのを忘れていました。報告を忘れていてごめんなさい」
「いや、アデルに悪いところは無い。まさか、名の秘密を教える前に、こんな事になるとは思っていなかった。急にメッセージが来て驚いただろう?」
「はい。すごく驚きました。今も驚いています。これって名の秘密に関する事なのですか?」
「そうだよ。良い機会だから教えておこう。六つ柱の大神は『名付け』という神業で、神と我々の魂を紐付けする。そして、その神業により六つ柱の大神は、我々の記憶や思考をいつでも読み取る事ができるようになられる」
「それは、監視する為でしょうか?」
「いや、それは違う。私は生まれた時から今まで監視されていると感じた事は一度もない。六つ柱の大神がコントラビデウスである我々の考えを正確に知り、神の理で判断する為だという印象を持っている。そうだな。信頼し合えないと契約そのものが成り立たないであろう? アデルも知るとおり価値観や感覚は神と人では全く違う。この国の運営を安定させる為に必要な事を知る為だという解釈で間違いないと思っている」
名を賜るってそういう事なんだぁ。
お父様の話を聞いて、私は少し考え込んでしまった。
確か火の女神フランマルテは、デアフォルフォンスで私の記憶を見た、と言っていた。デアフォルフォンスは女神の泉だから、少なくとも光の女神ルーチェンナと風の女神ラファーリエも私の記憶を見ているはずだ。
もし、前世の私が神にとって危険な思想を持っていたなら、私はその時点で抹殺されていたのかもしれない。もしくは前世の記憶を消されていた可能性もある。
待てよ?
前世の記憶を甦らせた事こそ、女神の仕業かもしれない!
うわ〜っ! 今更ながらゾッとする! 怖っ!
王家の者が洗礼前に禊を義務付けられているのは、魂の質をチェックする為なのだろうか?
いや判らん。前世の神の概念と比較したり、疑って思い込むのはマズい気がする。お父様が説明してくれた事のみを真実として受け入れよう!繰り返すけど思い込みは危険だ。
だってこの世界では神々が実在すんだもん!
これは人間の妄想が産んだ宗教よりよっぽど怖い事実ですよぉ!
ここまで考えた所で、私はもう一つの懸念事項をお父様に尋ねてみる。
「お父様、火の女神フランマルテ様は何故、私の前世の記憶にある水の星のお菓子をご所望されたのでしょう? 『過度な知識の流布』を禁じる事は、六つ柱の大神の総意のはずです。何故、わざわざ抵触する事をするのでしょう?」
「それは私にも分からんが、六つ柱の大神が望む事ならば許容範囲内という事になるのであろう。更に言えば、六つ柱の大神が許容範囲を示しているとも言える。望まれた事のみ、アデルの知識を活用すれば良いのではないか?」
私は、目からウロコの気分で、ポンと手を打つ。
「なるほど! お父様の仰るとおりですね!」
「それから、注意事項を一つ教えよう。六つ柱の大神は、こちらの呼びかけに必ず応えてくださる訳ではない。基本的に、レオアウリュム様を通す事になっている。その事は、理解してくれよ」
「分かりました。教えていただきましてありがとう存じます」
「うむ、今日は、アデルの顔を見に来て良かった。話ができて安心したよ」
「私もお父様とお話しできて、ちょっと気持ちが晴れました」
※ ※ ※
翌日、ステラルクス様が造った試作品を持って来てくれた。
泡立て器・スポンジケーキの型・絞り口金は、形こそ違えど日本の物とほぼ変わらない性能の物が出来ている。
泡立て器には持ち手の所に小さな魔石が埋め込まれていて、そこに魔力を流すと稼働する様になっている。
回転台にも台座の所に小さな魔石が埋め込まれていて、そこに魔力を流すと回転する仕組みになっている。
二つとも流す魔力の量で回転の速度が変わるらしい。
二つとも同じ魔法理論に基づいているが、私にはまだ早いので私が魔法理論を学ぶ様になったら教えてやろうと仰ってくださる。
いやー、私が物作り?
出来るんかいな!
興味もないけど……。
魔道具の説明が終わると、当然のように盗聴防止の魔法を展開したステラルクス様が私に尋ねる。
「王女殿下。今回の事は、火の女神フランマルテ様が顕現なされて王女殿下に直にご依頼なされた、というのは本当の事ですかな?」
「はい、本当です。その時はお父様も一緒にいましたからご存知ですし、イザークおじ様とロベールおじ様は、お姿は光の輪郭しか見えなかったけれど声は聞こえたと言っておられましたよ」
「どのようなお姿で在られましたか?」
「ええと、お髪が本物の炎で、炎のような赤い瞳で、それから赤い変わった衣装を纏っておられました。とても迫力のある美しい女性でしたよ」
「なるほど、私も是非ともお目にかかりたいものだ」
ここで、ステラルクス様がずいっと私に近づいて来て、お尋ねになる。
「ところで王女殿下」
「はい?」
「六つ柱の大神から『過度な知識』の定義が示されましたでしょうか? 今回の依頼以外にも新しい魔道具が必要な時は、グラーチェではなく私にご依頼いただきたいのですがいかがでしょうか?」
「ステラルクス様、残念ながら『過度な知識』の定義は示されておりません。おそらく示される事は今後も無いと存じます。それから、魔道具については今後も相談させていただきますので、どうぞよろしくお願い申します」
「おお、そうとなれば王女殿下」
「はい?」
「そろそろ私の事も、おじ様と呼んでくださいませんか?」
「よろしいのですか?」
ステラルクス様が、ウキウキした様子で頷く。
「はい、もちろん」
「では、お父様に倣ってステラ大おじ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「王女殿下、『大』は要りません。『大』は!」
「分かりました、ステラおじ様。では、私の事はアデルとお呼びくださいませ」
「おお、嬉しや! これでグラーチェに自慢できるぞ。では、アデル姫、御前失礼いたします」
ステラおじ様はご自分の用事が終わると、サッサと魔法を解除して帰っていったのだった。
ステラルクス様におじ様呼びを要求されて、驚いているアデル。
どうやら、アデルにおじ様と呼ばれる事がステータスになっているみたいですね。
次回は、苺ショートケーキ作りです。




