第64章 結婚間近
ハルディンお義兄様とナタリアお義姉様の結婚式から一年半が過ぎた。二人は相変わらず仲が良く、今では社交界一お似合いのカップルと呼ばれている。
二人はとにかく華やかで美しい。容姿も服装も仕草も会話も。
元平民とはいえ、ナタリアお義姉様はカラッティー家のお嬢様だし、天才デザイナーだ。
彼女に敵認定されたら二度と彼女の作ったドレスは着ることができなくなる。ということで、彼女にちょっかいを出す愚か者はさすがにいなかったようだ。
ウェンリーお義兄様とキリアお姉様の間に生まれたマックス坊やはすでに一歳のお誕生日を迎え、すくすくと元気に育っている。
ちょうど歩き始めたところで、もう可愛くて堪らない。父親に瓜二つの容姿で正しく天使だ。
みんなで坊やを取り合っているが、今のところ、キリア様を除くと私が一番気に入られている。どうやらふわふわ綿毛の感触がいいらしい。
私もいつかルーカス様そっくりの赤ちゃんが欲しいな。
サリーナ様とリックス様の結婚式は半月後だ。愛娘との別れを惜しんで、お義父様は近頃涙脆い。それを慰めるお義母様の姿に家族はみなホッとしている。
完全に元の鞘に収まったわけではないけれど、お父様が息子達を見習って仕事をセーブして、まずお義母様を一番に考えて行動している態度に、このまま上手くいけばいいなと皆が思っている。
お義母様に三行半を突き付けられた後、お義父様は改心し、縋って縋って詫び倒した。
そしてなんと、王都と領地の中間地点に位置するリゾート地に、小ぢんまりとした別荘を買ってお義母様にプレゼントしたのだ。
そこに泊まれば領地への往復も楽になるだろうと。建物の内装は娘のサリーナ様と相談して、お義母様好みに仕上げたそうだ。
この娘とのやり取りにも一人感動していたらしい。
しかし、なぜこんな愛らしい娘との大切な時間をもっと持たなかったのだろうと、嬉しさと共に後悔の念にも襲われていたらしい。
もちろんサリーナ様は、そんな父親に相変わらずの塩対応だったけれど。
そして急ピッチで別荘ができ上がったとき、お義父様はお義母様に土下座して、一緒に泊まってくれと泣きながら懇願していた。
そして、二人でどうにかその別荘へ向かったのだが、そこではお義祖父様が先に二人を待っていたというのだから、思わず笑ってしまった。
やりますね、お義母様。
ちなみに例のあの別荘はウエリン前国王陛下が買い上げてくださって、今では城勤めの官吏や騎士のための保養所として使われている。
時々そこへ陛下も現れて、皆で和気あいあいと楽しまれているそうだ。
そして、その保養所の見晴らしの一番いい一室は、何故かいつも予約不可になっていて、どんなに混んでいても泊まることはできないという。
なぜならそこは陛下の親友のための部屋で、彼がいつ訪れても泊まれるように空き室にしておくようにと、陛下に命じられているからだという。
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そして、ルーカス様との結婚式まであと一月半に迫ったある日、私は王城のお針子の仕事を辞した。
十四歳から四年間、本当に幸せな日々を送らせてもらった。
ホールズ室長や仲間達に支えてもらえなかったら、スミスン子爵家での辛い日々には耐えられなかったと思う。
そしてルーカス様と婚約してからもなんとか王城で無事に過ごせたのも、仲間達が守ってくれたからだ。
室長やみんなにちょっとした贈り物をして、心からお礼を述べて深く頭を下げた。すると、
「貴女が辛抱強く丁寧に指導してくれたおかげで、みんなの腕がかなり上達したわ。
中には一人前の技術を身に付けられたおかげで、結婚退職後も独立して働いている者もいるわ。みんな貴女に感謝しているのよ」
「これからは私達が後輩達にきちんと技術を継承していくから心配しないで」
「聖堂のバザーの商品もみんなで協力し合って作るわ。だから、貴女は新しい土地の人達のために頑張ってね」
室長や同期の年上の仲間達がそう言って私を送り出してくれた。
大きな花束を手に持ち、たくさんの贈り物を包んだ風呂敷を背負って馬車留めに向かっていると、私の背中が突然軽くなった。思わず振り返ると、私の頭一つ分高い所に、たいそう美しい顔があって、風呂敷を手にしていた。
「馬車のところまで運びますよ」
「ありがとうございます。でもいいのですか? 新人なのにさぼったら先輩に目をつけられちゃいますよ」
「休憩時間だから大丈夫ですよ。英雄様ではなくて申し訳ないのですが、手伝わせてください」
「あら、貴方も私にとっては英雄だわ。
貴方が私の身代わりになって、あの人を捕まえてくれていなかったら、私はいつまでも怯えて過ごさなくてはいけなかったんですから。
その後も、逆恨みで私を狙っていた例の一族からも守ってくれましたよね。
そして、城内での人々の悪意からも……」
そう。その美丈夫はジェミン=ケインズ男爵令息様だった。
彼は私のフリをしてわざと誘拐されて、実行犯と共に私の元婚約者のホランドを捕まえてくれたのだ。
一歩間違えば命の危険もあったのに、自らその役目を申し出てくれたのだった。
その後もナクルア一族から狙われた時も、学園と見習い騎士という二足の草鞋を履いていて超多忙だったにもかかわらず、見守り隊に加わってくれた。
彼には感謝しかない。
ただ、私に向けられた人々の悪意の原因の一つに、ジェミン様の存在があったことには気付いていないと思う。
彼はずっと、女の子のような可愛らしい自分の容姿に嫌悪感を抱いていた。
しかしこの三年で少しずつ男らしさを増していき、今ではかなり背が伸びて、しかも厳しい鍛錬の賜物か、痩せマッチョの体型になっている。
つまり現在彼は美少年から美丈夫な青年へと変化を遂げていた。
先々月に学園を卒業して、いきなり近衛騎士団に配属されてからというもの、彼の人気はルーカス様と並ぶほどだ。
その彼に親しげに話しかけられていた私……皆様に嫉妬されてもやむを得なかっただろう。
何しろ、ルーカス様まで彼に嫉妬していたくらいだったのだから。
「貴女に英雄だと言ってもらえるなんて、まるで夢のようです。光栄です。
今後は、ルーカス様やクリスティナ嬢の分まで、人々の助けになるように励みます。これからも第二騎士団への異動願いを出し続けるつもりです」
ジェミン様は爽やかな笑顔でそう言った。近衛は彼の希望先ではなかったようだ。
(貴方ならきっと、弱い者の味方でい続けてくれるでしょう。後はお任せします。よろしくお願いします)
こうして私が城勤めを辞めて半月後、一足先にサリーナ様が、バーナード侯爵家のリックス様の元に嫁いで行った。
サリーナ様は身内贔屓じゃなくても、本当に美しかった。三国一の花嫁? もう、見惚れてしまった。
二年前に約束した通りに、サリーナ様のウェディングドレスはナタリアお義姉様がデザインして私が縫ったものだ。
彼女がお芝居を観て感動したという、ヒロインが着ていたドレス。
それは奇抜でも最新式でもなく、シンプルでオーソドックスなデザインだった。
しかし、胸元のかなり繊細で美しい花柄のレースと、ドレスの裾より長い、やはり花柄レースで出来たベールが、とても印象的だった。
そしてサリーナ様が望んだレースの柄は、バーナード家を表す薔薇と、カイトン家を表すデージーの花だった。
光り輝く美しい花嫁が、彼女に瓜二つの美貌を持つ父親にエスコートされ、バージンロードをゆっくり進んでくる。その姿を親族席から見つめていた私の目からは涙が溢れた。
嬉しくてたまらないのに、やっぱり寂しい。来月には自分だって結婚するというのに。
彼女はこの二年間、馴れない高位貴族としての生活を送る私に寄り添って、いつも助けてくれた大好きな義妹(実際は二月ほど早生まれ)で、大切な親友だ。
もちろん彼女はカイトン一族の宝だったから、大きな喪失感を味わっているのは皆さんだって同じだとは思ったけれど。
でも、その花嫁の手を義父からゆだねられた花婿の顔を見たら、私の切ない気持ちなど吹き飛んでしまった。
我が国の近代化の陰の指導者、と称されているクールな印象のバーナード卿が、すでに感極まって泣いていたからだった。
(わかるわぁ。一度は見捨てられそうになったのを、必死に挽回して結婚できたんですもの。私も陰からずっと応援していたし)
彼は人使いの荒いホランド国王に仕えながらも、地道にブラック過ぎる労働環境を変えていった。
もちろんそれは国のため、労働者のためだったのだと思う。でも、サリーナ様と過ごす時間がもっと欲しい!というその強い願望も、彼の大きな原動力になっていたはずだ。
そしてそれは、カイトン三兄弟と同じだったとは思う。
ただ、リックス様だけが婚約者とは別の屋敷で暮らしていたわけだから、一番耐え忍んでいたのは彼だったのではないかしら、と改めて私は思った。
サリーナ様が呆れることなく、優しい笑顔でリックス様の涙を拭っているわ。
(幸せになってくださいね、お二人とも……)
読んでくださってありがとうございました。




