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第52章 王太子妃の思い・・・第三者視点・・・


 国王陛下はまだ四十代半ばでかなりお若い。

 前国王の不良債権処理をようやく終えて、陛下が長年望んでいた国造りを、いよいよ着手しようとしていた矢先だった。

 シェリル王太子妃はそれを王太子と共に手伝っていきたいと、宰相であるカイトン伯爵親子とも話し合っていたところだった。それなのに、こんなことになるなんて。

 

 陛下の退位は思うところがあるが、陛下の決断には従わなければならない。そしてそれをスムーズに進めるためには、王妃にはギリギリまで内緒にしなければ、また大騒ぎされる恐れがある。

 だからシェリル王太子妃はそれまで通りに変わらず王妃と接しなければならなかった。

 それは耐え難いことだったが、頭の中で今後王妃になったらすべきこと、したいことを絶えず考えながら、必死に平静さを装って日々を過ごした。

 

 彼女がまず一番最初にやりたかったこと、それは無用の長物どころか弊害としかならなくなった、時代錯誤の因習やしきたりをなくすことだった。

 しかし、それは簡単そうで一番難しいことだ。だからこそ彼女は、自分を叱咤激励するための戦闘服(・・・)を欲した。

 これまでの慣習はきっぱり切り捨てる。そんな彼女の意志を他人から見てもはっきりとわかるように。

 

 最初はそのドレスの製作をこの国一番の新進気鋭のデザイナーである、カラッティー商会のナタリアに依頼しようと考えていた。

 しかし王城の夜会で、若き英雄ルーカスにエスコートされているデビュタントを見た瞬間に、このドレスだ!と思ったのだ。

 

 母国で今流行し始めているという、最先端のアシンメトリーのドレス。伝統を重んじて冒険をしたがらない人間の多いこの国で、まさかそれを目にするとは思わなかった。

 革新的でありながらもその中に伝統を残し、上品さや可愛らしさを感じさせるドレス。

 それを見事に着こなしていたのは、薄茶色の豊かな髪をまとめ、今まで見たことのないスミレ色の大きな瞳(・・・・・・・・・)をした、なんとも言えないくらい愛らしい魅力的な少女だった。

 

 そしてその少女が、なんと伝説の『スミレ色の瞳』を持つ者だった。つまり、恩師であるヘレナ先生に守って欲しいとお願いされていた少女だったのだ。

 しかもまさかその少女が、カイトン伯爵夫人のご子息にエスコートされて、目の前に現れるなんて予想もしていなかった。夫人からは何も聞いていなかったからだ。

 

 王太子妃はパーティー中に挨拶に来たケイト夫人に、こっそりとその話を振ってみた。

 すると、彼女も自分の三男がクリスティナをエスコートするなんて聞いていなかったと言った。そもそも彼は、妹のサリーナのエスコートをするはずだったのだからと。

 

「今現在、クリスティナ嬢には婚約者がいるはずです。それなのになぜルーカスがエスコートすることになったのか、その経緯はわかりません。

 でも、彼女のお相手はあまり芳しくない方のようですわ。彼女を蔑ろにして、むしろ姉の方と親密だという噂が学園で流れている(娘情報)そうですから。

 クリスティナ嬢はルーカスの初恋の相手、想い人ですの。

 彼女が息子をどう思っているのかははっきりしませんが、先月、自分の危険を顧みずに息子を助けてくれたことを考えますと……

 そのあたりを含めて、シェリル殿下にはご配慮頂けたら、と願っております」

 

 わかったわ、というようにシェリル王太子妃は頷いた。そして壇上からフロアーを見下ろすと、クリスティナとルーカスが互いに頬を染めて、幸せそうに見つめ合い、見事なダンスを披露しているのが目に入ってきた。

 見慣れないカップルだけれど、とてもお似合いねと、周りの人々も微笑ましく眺めているようだった。

 

(これは誰が見たって間違いなく両想いね。

『しのぶれど 色に出でにけり わが恋は……』

 という詩が東の国にあったわよね。まさしくそれだわ。

 となれば、あの二人の邪魔だけはしてはいけないわね)

 

 シェリル王太子妃はパーティーの翌日、なぜクリスティナがルーカスにエスコートされていたのか、彼からその経緯を聞くことができた。その彼は一月前から近衛騎士になっていたからだ。

 ルーカスによると、クリスティナは昨晩王城で、婚約者だった子爵令息からいきなり婚約破棄をされたのだという。

 彼女がツギハギのみっともないドレスを着ていたことに、子爵令息が腹を立てたのだという。こんなみっともないご令嬢が自分の婚約者だと友人に知られたら恥ずかしいと。

 そもそも彼はスミスン子爵家に迎えにも行っていなかったらしく、昨日クリスティナは歩いて王城までたどり着いたのだという。

 

 王太子妃はそれを聞いて怒りで目の前が赤く染まった気がした。

(社交界デビューの日に婚約者を迎えにも行かず、しかも衆人環視の中で一方的に婚約破棄したですって? そちらこそ破棄されるべき人間でしょう!

 しかもあの斬新で流行の最先端を行くアシンメトリーのドレスをみっともないですって? どんな美的感覚しているのよ! 

 彼女はパーティー会場の中で、女性達の羨望の的だったのよ!

 その婚約がなくなって本当に良かったわ。やっぱりクリスティナ嬢にはルーカスのような最高の男性じゃないと釣り合わない、という天からの啓示よ)

 

 シェリル王太子妃はその日のうちに、伝説の『スミレ色の瞳』を持つ少女を見つけて、ずっとハイテンションになっていた夫と義父に向かってこう言った。

 

「『スミレ色の瞳』の伝説ですか……

 お喜びになっているところに水を差して申し訳ないのですが、もしクリスティナ=スミスン子爵令嬢を王家の妃、または養女にしたいと考えていらっしゃるのなら、私は離縁させて頂きます。

 もちろん、息子は私が母国へ連れて帰ります。スミレ色の瞳の方にお子様が生まれたら、その方が後継者に選ばれることになるでしょうから」

 

 それを聞いたホランド王太子は一瞬で凍りついた。

 伝説の『スミレ色の瞳』を持つ少女を見つけて興奮をしていたが、これからその彼女をどうするのかなんて、一切考えてはいなかったからだ。

 つまり自分か弟の妃にしたいとか、あるいは父の養女にしようとか、そんな発想にはまだ至っていなかった。

 そもそもホランドは妻のシェリルを溺愛していて、他の女性のことなどに全く関心がなかった。それ故に、離縁すると言われて驚愕したのだ。

 

 私が君以外の女性を妻にするはずがないだろう、とホランドが言うと、それでは陛下が? とシェリルが訊ねると、国王は目を剥いた。そして慌てて、

 

「私は自分の子のような娘に手を出すつもりは断じてない。それに次の王太子はお前達の息子に決まっている。

 しかし、下の王子とならば年頃も合うと思う。それ故にこれから検討するつもりだが」

 

 と言った。しかし、その後王太子妃の言葉を聞いた国王は、伝説の『スミレ色の瞳』を持つクリスティナを王家に引き入れることをあっさりと諦めたのだ。

 それは、彼女が英雄ルーカスの恋人(最初は王太子妃のはったり……)だと知ったからだった。

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