第53章 王太子妃の脅し・・・第三者視点・・・
シェリル王太子妃は『ライラックの会』でクリスティナに会った時に、デビュタントで着たドレスを絶賛し、ナタリアと一緒に自分のドレスを作って欲しいと告げた。
彼女は上司のエマ=ホールズの許しがもらえたら、と答えた。しかし、どうやら本気にしていないのが見て取れた。
その後彼女は本当にルーカスの婚約者となり、その婚約披露パーティーに着るドレスを自ら作ることになったらしいと耳にした。
しかも独身主義者かと思っていたナタリアまで、なんとルーカスの兄と婚約することになり、やはり自分のドレスを作るという。そのことにシェリル王太子妃はひどく焦った。
(彼女達が婚約発表の場に自分達で作ったドレス姿で登場したら、間違いなくかなり話題になるわ。そして彼女達にドレスの注文が殺到するに決まっている。
そうなった後では遅れをとってしまう。私の次の誕生日まで、もう後半年を切ったというのに)
毎週水曜日に開かれる王城での定例会議が終わった後、王太子妃は王宮に戻る道すがら、護衛をしてくれていた近衛騎士のルーカスにこう声をかけた。
「ルーカス卿、来週婚約披露パーティーを開くそうね、おめでとう」
「ありがとうございます。無事婚約できたのは王太子妃殿下のお力添えがあったからです。深く感謝しております」
「ほほほ、大したことではないわ。
デビュタントの挨拶の時にあなた方を見て、お互いに思い合っているとピンときたの。
だから、二人は思い合っている恋人なのだから、王家にお迎えするのは無理ですと、陛下に教えて差し上げただけだわ。
でも、もし余計なことを言わなかったら、貴方の婚約者様は私の義妹になる可能性もあったのにね。惜しいことをしたかしら?」
「・・・・・」
王太子妃が斜め後ろにそっと目をやると、ルーカスが少し青い顔をして、ぷるぷると肩を振るわせているのがわかった。
(何事にも動じなさそうな英雄でも、弱味はあるものね、まあ、五年越しの想い人だものね、わかるわ。
でも、それを利用させてもらうわ。こちらも必死なんだから)
「ねえ。感謝しているという割に、なぜ二人の協力者である私を婚約発表のパーティーに招待してくださらなかったのかしら?」
「えっ?」
ルーカスは意外だという驚きの声を上げた。
「爵位も持たない者の婚約発表パーティーに、シェリル妃殿下をご招待するなんて恐れ多かった、ただそれだけです。他意はありません」
「何を言っているの? 貴方は我が国の英雄なのよ?」
「それは政略的に作られた虚像です。私にそんな価値はありません。ご存知でしょう?」
その整い過ぎた美しい顔を少し歪ませた英雄は、隠すこともなく腹立たしげにそう言った。
普段は父親や兄達同様に冷静沈着で無表情な騎士なのに、「英雄」という言葉に過剰に反応した。
(自分は警邏の騎士として当たり前のことをしただけだ)
そう。強盗犯から被害者を守っただけ。そしてその被害者がたまたま王族だっただけなのだ、と彼は思った。
これまでのルーカスは、兄達のように国全体や王家のことを考えて働いていたわけではなかった。彼はこの国を真に支えている、市井に生きる人々を守りたいだけだった。
愛する婚約者のように、人々の心の中で「私のヒーロー」だと、誰かの密かな励みになれたらそれで良かったのだ。わざわざ王家から勲章を授からなくても。
その勲章のせいで、こうして王宮と王城間をただうろつく羽目になってしまった。
もちろん、与えられた仕事はたとえ嫌でも、全力で取り組んではいるが。
不満げな近衛騎士の言葉に王太子妃はこう思った。
やはり彼もカイトン一族の一員なのね、と。
(騎士なら普通、近衛騎士になることを第一に望むものなのに、彼は違う。
この国を真に支えているのは国民だということをちゃんと理解して、そんな彼らを守りたいと願っている。
そんな貴方だからこそ英雄として表彰されたのよ。そう言っても信じてはもらえないと思うけれど。
少なくとも私にとって貴方は、単に王太子を守ってくれただけではなく、夫と私の大切な仲間の命を救ってくれた英雄なのよ)
「私などを招待したら大きな話題になって、貴方達は注目の的になってしまう。それが嫌だから招待状をよこさなかったのでしょう?
でもね、それは考えが甘いわ。むしろ私を招待した方が、少なくとも貴方のためになると思うわよ。それと、貴男の兄上のハルディン卿にとっても」
王太子妃の言葉にルーカスは頭を傾げた。王太子妃はそんな彼を見て目を細めた。
「貴方の奥様になる方は天才よ。洋裁の天才。生地と生地の縫い目がほとんどわからないの。だからドレスがまるで一枚の生地で出来上がっているように見えるし、感じさせるの。
あの、ツキハギドレスだって、ツギハギと言っているのは縫った本人だけで、みんなにはそう見えなかったはずよ。
貴方だって奇抜なデザインだとは思ったかもしれないけれど、決してみっともないとは思わなかったでしょ?
彼女の作ったドレスは見栄えもいいし、着心地も最高なの。
しかもそれが天才デザイナーのナタリア嬢との共作のドレスになったら、それこそ素晴らしいドレスになることは間違いないわ。
来週のそのパーティーでお二人のドレスを見た人々は、みんな驚嘆し絶賛し、そして欲しがるでしょうね。
その後一体どうなると思う?」
「どうなるのでしょう?」
ルーカスは不安に襲われながらも恐る恐る訊ねてみた。
「ドレス製作の依頼がそれはもう殺到して、貴方とデートをしている暇なんてそれこそ一切なくなるでしょうね。
もしかしたら注文が捌ききれなくなって、結婚式が延期になるかも知れないわね」
「そんなの冗談じゃない!」
英雄は所構わず、つい大声を出してしまった。
婚約が決まって三か月も経とうというのに、彼は未だに彼女とデートすらしたことがなかったのだ。城内でたまにすれ違ったときに、互いに熱く見つめ合うくらいだった。
婚約披露パーティー後は、クリスティナがカイトン伯爵邸に引っ越して来て、一緒に住むことになっていた。
しかし、もしドレスの注文を受けざるを得なくなったら、今と全く変わらなくなってしまうではないか! いや、もっと忙しくなってしまうかもしれない。
「そしてご令嬢だけでなく、これからはご婦人の気を引きたい男性が、ドレスの依頼をしたくて、ひっきりなしにルーカス卿やクリスティナ嬢に近付いてくると思うわよ。
それを防ぐためにも、是非私をパーティーに招待して欲しいわ。そうすれば周りを牽制してあげられるから。
ただし、私のお願いを一つだけ聞いてもらえたらの話だけれど」
王太子妃の小悪魔的な微笑を見たルーカスはゾクッとしたが、彼女のハッタリがなければ、そもそも自分とクリスティナは結ばれなかった可能性もあったのだ。
それに関しては大恩がある。一つだけというのなら、それを聞くしかない。
しかし、これからも無茶な願い事をしてくるようならば、今後は断固拒否してやると心に誓ったルーカスだった。
そして、できるだけ早く、近衛以外の部署へ異動したいと強く思ったのだった。
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