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第44章 姉の婚約者  


 ボストム様のことは以前城内でお見かけしたことがある。

 狭い廊下を歩いていたら急に目の前が暗くなったので、あれっ、どうしたんだろうと顔を上げたら、大岩のように大きな鎧を身に着けた体の上に、小さな顔が乗っていた。

 しかもそれは驚くほど整った美しい顔だった。憧れの人にどこか面影が似ていた。

 

 後になってその方が第三騎士団長のボストム=カイトン様で、ルーカス様の又従兄だということがわかった。

 痩せマッチョのルーカスとは違い、ゴリマッチョ。この世界ではむしろこちらのタイプが人気かもしれない。

 ただボストム様は国防を担う第三騎士団の団長なので、残念ながら普段は国境付近くの城で暮らしていると聞いた。

 彼が王都にいたら、ルーカス様と人気を二分するんだろうな、と思った。

 

 つまり、それくらい素敵でおもてになる方なのだ。婚約者が今までいなかった方がおかしいくらいだ。

 それなのに、なぜあの姉の婿になるのかがわからなかった。しかも王命って、なにそれ。

 ルーカス様からそれを聞かされた私は、まさしく目が点になった。そして彼もまた相当ショックを受けたようだった。

 それも当然よね。ボストム様はルーカス様にとって、尊敬し憧れている先輩騎士だったからだ。そんな人があんな令嬢失格どころか人間失格みたいな姉と婚約することになったのだから。

 しかもそれが自分達が結婚するためなのかと思うと、私同様に居た堪れない気持ちになったのだと思う。

 

 するとルーカス様のお母様であるケイト様も、とても困ったような顔でこう言った。

 

「ヘレナ先生が必死で守ってこられたスミスン子爵家だから、できたらどうにかしたいと私も考えていたわ。

 もちろんクリスティナ嬢のためにも、できれば子爵家が立て直って、生家から嫁げる方がいいに決まっているものね。

 だからといって、私が一族の宝であるボストムを犠牲にするはずがないじゃないの。

 スミスン子爵家との間を取り持って欲しい、そう言ってきたのはボストムの方なのよ」

 

「母上じゃなかったのか。それじゃハルディン兄上か……」

 

 ルーカス様がそう呟くのを私は聞いていた。

 そしてナタリアさんがこうしてボストム様の話を振ったってことは、ハルディン様からこのことを聞いて知っていたということよね。

 ハルディン様を責めるなんて資格はないけれど、もし私のために実家とボストム様の縁談をまとめたのなら、正直迷惑だった。

 私はあの家が潰れても自業自得だと思っているし、実家のために関係のない人まで巻き込みたくなかったのだ。

 だから少し低い声でこう訊いてみた。

 

「この縁談はハルディン様が結ばれたのですか? 私のために?」

 

「それは違います。私もハルディン様がクリスティナ様を思ってやったのかと思って、腹を立てたのです。そんなことをしたら却ってクリスティナ様は悲しむと。

 そうしたら彼は慌てて、自分はそんなことはしていない、と否定しました。

 彼はスミスン子爵家の名を出さずに、ただかなり問題のある貴族がいるので、彼らを矯正する方法があったら教えて欲しい。そう頼んだだけだったそうです」

 

 私の眉間にシワが寄っていることに驚いたのか、珍しく焦っているようにナタリアさんがこう教えてくれた。

 矯正って……

 彼女の話によると、ボストム様はハルディン様からスミスン子爵家の話を聞くと、とても興味を持ったのだという。

 というのも、彼は騎士団長の中で一番部下を育てるのが上手なのだという。

 しかも、落ちこぼれだとか揉め事ばかり起こすような、そんな問題視されている駄目な者を矯正指導するのが、抜きん出て上手らしい。

 それで我が家に関心を持ったという。そういえばあの後、ケイト様がボソッと言っていたことを思い出した。

 

「本当にあの子って悪趣味よね」

 

「もしかして、ボストム様は駄目人間を更生させるのがお好きとか?」

 

 私が言葉を選びながらこう訊ねた。すると案の定ナタリアさんは頷いた。

 

「ウェンリー様によると、ボストム様は子供の頃からとにかく動物がお好きだったそうですよ。

 そして彼が愛情をかけて世話をすると、どんな駄犬や駄馬でも矯正されるので、人様からとても感謝をされていたそうです。

 ですから子供の頃から、大人になったら動物の調教師になりたいと考えていらしたそうです。

 ところがお父上から、名門カイトン一族に生まれてきた者が調教師になるなんて許さん!と叱責されたらしいのです。

 そしてそれと同時に、その能力を無駄にせずに騎士達の教育に役立てろと、まだ騎士になるつもりもなかったのに、そう命じられてしまったそうですよ。

 一見すると理不尽にも思えますが、お父上の目は確かだったようで、実際ボストム様は人を使うのがとてもお上手で、すぐさま功績を上げ、あっという間に頭角を現したのだそうです」

 

 つまり駄犬や駄馬の調教から始めて、今では人間の調教までお得意になったと。それで、スミスン子爵家にも興味を持たれたということですか……

 

「ですからクリスティナ様が申しわけなく思う必要はないと思います。ボストム様は思い切りご自分の趣味を楽しめるのだからと、ウェンリー様とハルディン様がおっしゃっていました」

 

 趣味ですか……

 それではあの両親と姉を本当にお願いしてもいいのかしら? 人として、貴族として、せめて最低限のレベルまで改善されると私としても嬉しいのですが。

 ボストム様が迷惑ではないのなら、彼が本当にそれを望んでいるのなら、お願いしていいのでしょうか?

 

 

 元々カイトン一族の教育方針は独特でかなり厳しいのだそうです。そしてボストム様の指導法も、基本的にはそれに倣っているようです。そこに彼なりに生み出したメソッドを駆使して、指導をしているということだった。

 それにしても、あの人達はそれに耐えられるのでしょうか? 

 いくら家を守るためとはいえ、彼らは根性無しの内弁慶ですから。

 

 もっともそれは皆様お見通しのようで、この縁談を子爵家が拒否できないように王命が出されているそうです。

 王家としても『スミレ色の瞳』を輩出する血筋のスミスン子爵家を、存続させたがっているのでしょう。

 まあ、家を出た私には関係ないけれど…

 

 ここまで考えた後、私は余計な心配をするのを止めて、再びドレス作りに熱中し始め、物凄い勢いで手を動かした。

 そう。ナタリアさんや他のお針子さん達の驚嘆の声が聞こえないくらいに。

読んでくださってありがとうございました。

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