表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/68

第38章 呪縛からの開放  


 ウェンリー様は以前から、すぐ下の弟のハルディン様とナタリアさんが互いに思い合っていることを知っていた。

 たしかにナタリアさんは平民だったけれど、大商会の娘だったし、教養も礼儀作法も完璧だったので、二人の結婚に何の問題もないと考えていた。

 

 だから以前から、早くプロポーズをしないと誰かに彼女を奪われるぞ、と弟にはっぱをかけていた。

 カイトン兄弟は揃いも揃って女嫌いだとか、不能だとか、不甲斐ないとか周りから噂をされ始めていたので、それを払拭したい思いもあった。

 

 ところが、申し込んだが断られたとハルディン様から告げられたという。

 そして彼女には色々事情があるから、それが解決するまで待つと切なそうな顔で言われたという。

 しかしそれを聞いたウェンリー様は、ナタリアさんが身分の差を気にして遠慮をしているのだと思った。

 だから、弟との結婚を前向きに考えて欲しいと彼女に言ったそうだ。

 

 ところがナタリアさんから、平民と高位貴族の結婚はそんなに簡単なものではないと言われたのだという。

 ハルディンは次男だから結婚をして平民になっても問題はない、というと、自分がただの平民ならまだマシだったかもしれないが、自分はカラッティー商会の娘だから、そうはいかないと俯いたそうだ。

 

 大富豪のカラッティー商会と関係を持ちたいと考えている貴族は多いのだ。

 しかし商会の方が今さら地位や権力などを必要としていないことを知っているので、アプローチする者はそう多くはない。

 そんな中で、この国一番の実力者のカイトン伯爵家の優秀な次男と結婚することになったら、この国を乗っ取る気なのかと言われかねないと。

 権力、武力、人気に加えて財力まで加わることになるのだから。

 

「王家とのパワーバランスが崩れるのを、何よりも恐れているのはカイトン家ではないのですか? 

 だからこそこれまで、高位貴族との婚姻を避けてこられたのでしょう?

 我が家は平民ですが、ある意味高位貴族と変わらぬ影響力を持っているのですよ。

 ですからカイトン家では避けるべき人間ではないのですか?」

 

「なぜ今頃になってそんなことを言う?

 幼い頃から君は、ハルディンの隣に居るのは自分だとばかりに、いつもくっついていただろう。

 それなにのになぜ、ハルディンに婚約の打診をされた途端に態度を変えたのだ?

 弟を弄んでいたのか!」

 

「違います! 弄ぶだなんてありえません。本当に心からお慕いしております。

 でも……そうですね、本当に私は考え無しでした。

 婚約したいとハルディン様に言われて、涙が出るほど嬉しかったのは本当です。でもその時になってようやく、自分にはそれを受ける資格がないとわかったのです。

 本当に本当に申し訳ありません」

 

 彼女は石の床に跪き、両手を付いて頭を下げたそうだ。

 いわゆる土下座だ。

 この国にはそんな謝罪の仕方はないので、さぞかしウェンリー様は驚いたことだろう。

 しかし、謝られても納得できなかった彼が執拗に理由を問い質すと、やがて彼女はこう言ったそうだ。

 

「信じてはもらえないかもしれませんが、私には前世の記憶があります。

 前世のとき、私は孤児でしたが、とても心優しい男性と結婚し、子供も授かり、大変幸せな結婚生活を送ることができました。

 でも、寿命を迎える時に思ったのです。

 今度生まれ変われるとしたら、もう、自分の幸せはいい。

 その代わり、若くして亡くなった恩人を幸せにする手伝いをしたいと、強く強く願ったのです。

 

 ところが、転生した私はその前世の記憶を忘れていて、以前にも増して幸せにのほほんと暮らしていました。

 恩人のことも忘れて。

 その罰でしょうか。

 ハルディン様にプロポーズされた瞬間に、私は前世の記憶を思い出したのです。

 ですから私は恩人を見つけ出して、その人を幸せにしなければならないのです」

 

 突拍子もない話にウェンリー様は動揺した。そしてそんな話は信じられなかった。いや、たとえそれが本当のことだったとしても納得できなかった。

 その恩人とやらが、彼女と同じようにこの世界に生まれ変わっているかどうかなんてわからないのだから。

 しかし、生まれ変わっていることはたしかだ。なぜかそれはわかるのだと、彼女は頑なに言い張った。

 

 自分一人では説得できないと感じた彼は弟にその話をしたそうだ。

 するとハルディン様は、彼女の話を疑うこともなく、自分もその恩人を見つけて、その人が幸せになれるように尽力すると言ったそうだ。

 それを聞いて再び驚愕した兄に向かって彼は、自分も前世の記憶持ちだと告白したそうだ。しかも前世はナタリアの夫だったと。

 彼にとっても前世はとても幸せな人生だった。だから妻が重い病に倒れたとき、来世でもまた君と結婚したいと伝えた。

 しかし、彼女は首を横に振ったそうだ。

 

「私は貴方と結婚できて本当に幸せだった。だからそれでもう十分。来世までそんな幸せを望んだらバチが当たるわ。

 もし生まれ変わることができたら、今度こそ恩人が幸せになるために手伝いがしたいの。

 若いころ、彼女と友人になりたかったのに、勇気が出せなくて声がかけられなかったわ。

 彼女は自分のことは後回しにして、いつも人のために働いて尽くして、若くして亡くなってしまったの。おそらく一度も恋をしないまま。

 だから今度こそは友人、いいえ親友になって、彼女が幸せになれるように協力したいの」

 

 と。

 

「僕は彼女の前世の望みを知っていた。それなのに、再び前世のように彼女と幸せになりたくて、彼女が記憶を失くしていることをいいことに、何も知らない振りをしてそのまま付き合ってきた。

 そして彼女に何も教えずに婚約しようと考えていた。

 そんな卑怯な真似をしたからか、彼女の言っていた通りにバチが当たったんだね」

 

 ハルディン様はそう言って寂しそうに微笑んだそうだ。

 

「つまりね、君が幸せにならないと、弟二人とナタリアは幸せになれないんだよ。

 私達の両親やライラックの会の教え子の皆さんは、君のお祖母様でもあるヘレナ先生への恩義の気持ちの方がたしかに強いかもしれない。

 だけど僕と従兄弟達は、ルーカスとハルディンが幸せになれるようにと君を守ってきたんだ。

 まあハルディン自身はナタリアのためかな。そういう意味では、彼は純粋に君を守ってきたとはいえないけれどね。


 それに比べるとナタリアとサリーナ、そしてルーカスはただ純粋に君を守りたかったし、幸せになって欲しいと願ってきたんだ。

 特にルーカスにとって君は特別な存在だと思うよ」

 

 先ほどまでの激しい怒りとはまた別の、これまで感じたことのない感情が溢れてきた。

 私は愛されることを諦めていた。望んでも得られないものなんて最初から期待しなければいい。そうすれば心が傷付かなくて済むからと。

 それでもやはり人間だから、心の奥底では他人からの承認欲求があった。

 

 子供の頃、アンがエリッツからお金を取り戻そうとしていたのを助けた時、私は彼女からとても感謝をされた。

 そして結果的にそれが元で大掛かりな人買いグループを二つも壊滅することができて、騎士団の皆さんからもほめられた。

 もちろん無茶なことはもうするなと厳しい注意も受けたけれど、生まれて初めて人から感謝され、認められたことがとても嬉しかった。

 その体験が忘れられなくて、人助けみたいな真似をずっとしてきたのだろう。

 あれって結局、ただの自己満足だったのだと今ようやく気が付いた。

 いや気付いていたけれど認めたくなかったのだと思う。

 

 転生する前の世界で私が無理をし過ぎて過労死したのは、子供達のためだけではなくて、子供達に喜んでもらえることで、自分の存在意義を感じていたかったからだと思う。

 そのことを転生後に気付くだなんて、なんて自分の気持ちに鈍感だったのかしら。ウェンリー様に言われた通りだったわ。

 

 これまで抑え続けてきた感情を全て吐き出せたことで、スッと心が軽くなったような気がする。

 前世と今、どちらの両親に対しても見限っていたつもりだったけれど、それでもやっぱり、彼らに愛されたいと心の隅では思っていたのだろう。

 でも、肉親ではなくても本当に私を愛し、思ってくれている人達がいるとわかった今は、親からの愛が必須なのだという呪縛から、ようやく解き放たれた気がした。

読んでくださってありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ