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貴方は、ツギハギ令嬢の私の手を取った  作者: 悠木 源基


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第37章 初めての感情の爆発

 

「私はキリアを愛している。だからデビュタントでは彼女のパートナーを務めたかったのに、それができなくて悔しかった。

 だから、正直、自分の思い人のデビュタントのパートナーになれた弟が本当に羨ましかったよ」

 

 ウェンリー様の言葉に私は思わず首を傾げてしまった。

 すぐ下の弟のハルディン様だって、思い人のパートナーにはなれなかったでしょうにと。

 彼が好きだというナタリアさんは、いくら裕福な家とはいえ平民だから、そんな成人の儀式はないはずだ。

 

「その弟ってルーカスのことだよ。

 あの日彼はサリーナのエスコートをするはずだったのに、予定外に妹の婚約者が現れただろう?

 だからもうルーカスは用済みになって帰ったのかと私達は思っていたんだよ。彼は人が集まる場所が苦手だからね。

 ところが君の手を取って会場入りしたから、両親共々私はかなり驚いたよ」

 

「あれは、私に突然パートナーがいなくなったことを知って、ルーカス様が同情してくださったのです」

 

「同情? まあ、あの子爵の息子に腹を立てたのは事実だろうが、思いがけず君のエスコートができる機会を得られて内心かなり嬉しかったと思うよ」

 

 えっ? なんで?

 

「私は君にキリアをいかに愛しているかを話したよね。それは私の気持ちだからこそ伝えることができた。

 だが、ハルディンやルーカスの気持ちを代弁することはできない。もちろんおおよそのことは想像がついている。しかしそれでも、本人でない限りそれを口にすることはできないし、してはいけないことだと思う。

 

 ただし、だからといって君がこのまま誤解して悲しい思いをするのは嫌だから、はっきりしていることだけは話しておくよ。

 私だけでなく、ルーカスだって君の秘密なんて先日まで知らなかったし、母から君を守るように頼まれてもいないのだよ。

 王家の例の秘密なんて、今でこそあのライラックの会のメンバーでさえ知っているみたいだが、本来は王家と宰相しか知らない極秘情報のはずだからね。

 ルーカスは本当に偶然に君を助けたんだよ。

 そしてそれ以後、なぜか君に遭遇したみたいで、いつしか君を守るのが自分の役目だと無意識に思い込んでいたよ。

 とっても勇気があって優しい子がいるんだよ、って家でもよく君の武勇伝を話していた。

 妹のサリーナがさっき興奮しながら君に会いに来ただろう?

 あんな妹を見るのは初めてだったよ。あの子は幼いころからすでに完璧な淑女でね、自分の感情を抑えるのが得意だった。キリアとは正反対だ。

 僕達家族は彼女を誇りに思うと同時に後悔していた。厳しく教育し過ぎたってね。

 実際サリーナは苦しんでいた。完璧な淑女って一体なんなのだろうと。

 そんな妹はルーカスからよく語られる小さな英雄の話に、次第に夢中になっていった。

 自分ではしたくてもできないことをしている君にね。

 妹にとって君は憧れの存在だった。そしてこう思うようになったらしい。

 自分では兄のルーカスのように直接助けることはできない。でも応援ならできるんじゃないかって」

 

 それで私の推し活をしてくださっていたということ? 

 私の作ったパッチワークが人気になったのは、私の作品を高位の貴族のご令嬢が気に入って広めてくれたからだと聞いていた。

 おそらくそれってサリーナ様のことなのだろう。

 それにカイトン一族の皆様が私を陰から見守ってくれていたのも、ケイト様やルーカス様が直接依頼したというより、最初はサリーナ様がお願いしてくれたからだったらしい。

 

「お兄様たち、どうか英雄様を私の代わりに守って差し上げてください」

 

 と。その英雄が男だったら、いくら我がカイトン一族の宝玉の姫の願いだったとしても聞き入れられなかっただろう、とウェンリー様は笑った。

 しかし、相手が姫と同じ年の少女だと知らされれば、それはやぶさかではなかったそうだ。

 しかも、私の境遇を知ってはなおさらだったらしい。

 

「その上君とルーカスの関係を知って、なんとかせねばならないとみんな思ってしまったんだよな。

 とにかく、ルーカスも君も鈍すぎるから」

 

「鈍いですか?」

 

「ああ。鈍い。鈍過ぎる」

 

 ウェンリー様のはっきりしたその物言いに、私は喫驚し、そしてそれと同時にようやく自覚した。

 その瞬間カーッと顔から湯気が沸騰した……気がした。

 

 しかし、その後、彼の口調が突然変わった。

 

「私の愛するキリアは『自分なんか……』などという、自分を卑下する言葉を使ったことはないよ。

 しかしそれは、自分が私に相応しい人間なのだと驕っているからではない。

 相応しい人間になれるように歯をくいしばって努力している、その自負があるからだ。

 最初から身分違いだからと諦められるのなら、君のルーカスへの思いなんてしょせんはそれくらいなんだろうね」

 

「違います」

 

「違わないだろう?」

 

「違います。

 家族に愛されて幸せに暮らしてきた貴方には、家族に愛されなかった者の気持ちはわかりません。

 貴方達がそんなに簡単に自分に自信が持てるのは、恵まれた環境にいるからです。

 厳しく教育されてきたかもしれませんが、それさえ恵まれている証拠なのですよ」

 

 さっきまで温かくなっていた気持ちが急速に冷え込んで、今度は体中から激しい怒りの感情が湧き上がってきた。それは初めて経験する感覚だった。

 転生する前の人生のときだって、自分の感情をこんなに表に出したことはなかった。

 耐えて、耐えて、耐えてきた。

 けれど初めての恋心まで否定されて、信じられないくらいに腹が立った。

 

「互いに裕福な名家の出で、母親同士も親友で嫁姑問題がなくて、家族にも容姿にも才能にも恵まれているくせに、交際を秘密しなくてはいけないから辛いだなんてよくそんな甘ったれたこと言えますね。

 ほとんどの貴族が政略結婚で好きな人と結婚できるなんてまれなことだっていうのに。

 平民だって同じですよ。というより平民は結婚自体が夢のまた夢って人が多いのですからね。

 しかも中には、結婚もしてもらえないのに無理矢理に子供を孕ませられる女性も多いのですよ。片親だけのその子達がどんな人生を送るのか、貴方方はわかっているのですか! そしてその母親の気持ちが!」

 

 これまで溜め込んでいた二つの人生の不満が一気に吹き出した。ウェンリー様には関わりないことだとわかっているのに。

 ウェンリー様が瞠目していた。

 不敬罪? かまうものか!

 

「もしキリア様がウェンリー様の仇同士の家のご令嬢だったとしても、簡単に貴方に愛を告げられたでしょうか? 

 そしてもし反対された上に別の方との政略結婚を迫られていたら、彼女はどうしたのでしょうか? 貴方に連れて逃げてとお願いするのでしょうか? 

 そして貴方にはそれを応じる覚悟がありますか? 家も家族も義務も仕事もみんな捨てて。

 そして仮に二人で平民になったとして、幸せに暮らせるでしょうか?

 

 もしくはキリア様が平民だったとしたらどうされたでしょうね?

 貴方は平民の彼女に愛の告白をされたとしてどうするのでしょうか? 最初の例えのように彼女を選んで平民になりますか? 

 それとも彼女をどこかの貴族の養女にして結婚しますか?

 まあこの場合なら結婚はできるでしょう。でも、いくら貴方を一途に愛して必死に努力をしたとしても、文字も読めなければ教養もマナーも知らない平民の女性が、世間から認められるまで頑張り続けられるでしょうか?

 貴方はそれを支えられるでしょうか?

 

 どんな選択をするのかは貴方の自由です。

 ただもし平民になることを選ぶのなら、絶対に子供だけは作らないでくださいね。子供の事を考えるのなら。自分達だけでも生きていけるかどうか怪しいのですからね。

 この世の中そんなに甘くないのです。高位貴族が平民になるなんて、異世界で生きるようなものなのですから」

 

 ウェンリー様は元々大きな目をさらに大きく見開いたまま、憤るわけでもなくただ驚いた顔をしていたが、やがてクスクスと笑い出した。

 こっちは真剣に話したのに笑うなんて。どうせ高位貴族様にとってはくだらない戯言に聞こえたのだろう。

 平民の気持ちなんて知る必要はないって、現世の母親も言っていたもの。平民並の暮らしをしていたのに。 

 でも、前世の親達よりはまだましかもしれない。別に貴族を辞めたわけではないもの。

 転生前の両親はいつまで経っても良家の出だという意識から抜け切れなかったわ。

 それなら駆け落ちなんてしないで、親の選んでくれたやんごとなき婚約者と結婚すればよかったのに。

 

「何を笑っているのですか?

 私なんかに説教されて怒りのせいで頭がおかしくなったのですか!」

 

「怒ってはいなし、頭も正常だよ。ただそこまではっきりとものを言う人だとは思っていなかったので、予想外だったというか、損な役回りだなと思って苦笑いをしただけだよ。

 君の内にこもった感情を爆発させろと母に言われて、嫌嫌君に嫌われることを言っただけなのに。

 まあ、結果オーライだったけど」 

 

 その言葉に私は呆気にとられた。さっきのウェンリー様の物言いはどうやら演技だったらしい。

 そして彼は、ケイト夫人でさえ詳しく知らないハルディン様とナタリアさんとの事情から、まず私に説明し始めたのだった。

 


読んで下さってありがとうございました。

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