おまけ:アルマの日記
日記の時系列は本編から数日経った後です。
【秋の月2日】
ベネディクト様にこの間の赤い果物を出した。固い果肉を嫌がっていたので今度は前もってすりおろしておく。いつものように食べてくれたが、何か言いたげだった。そんなに見ても口移しはもうしない。
【秋の月10日】
ベネディクト様に魔法書を書いてほしいと依頼が来た。また新しく魔法陣を作ったらしい。喜ばしいことだが、無理をして体調を崩さないか心配だ。徹夜はしないという約束は取り付けた。その代わりに一緒に寝ることになった。何故?
【秋の月30日】
今日、自分が女で良かったと初めて心から思った。ベネディクト様でなく、私が子どもを産めるからだ。馴染みに医師に聞いてみると、私たちが男女逆の立場だったらまず間違いなくベネディクト様は出産で命を落としていただろうと言われた。幸い私は病気もないし健康だけが取り柄だ。彼の子なら何人でも産んでみせる。
【秋の月31日】
夕食の際、昨日の出産の話をベネディクト様に言った。するといきなり盛大に咽せ始めたので驚いた。あんなに動揺している彼は初めて見たかもしれない。しばらく真っ赤になって黙っていたが、ありがとうとお礼を言われた。どういたしましてというと、嬉しそうに小さく笑っていた。やっぱりこの人が好きだなと改めて思う。
【冬の月7日】
恥ずかしい。あんなことを皆するの?しばらく一緒に寝れない! (文字が乱れている)
【冬の月17日】
一緒に寝なくなって10日経つ。ベネディクト様は前とあまり変わらない。けど頻繁に手を握ったり抱きしめたりしてくるようになった。どうやら私のペースに合わせてくれているようだ。嬉しいけれど、申し訳ない気もする。それにやっぱり一人で寝るのは少し寂しい。今日からまた一緒に寝てくれるように頼んでみる。
【冬の月29日】
ベネディクト様が風邪をひいた。軽かったのかすぐに熱は下がった。それでも彼が久々に体調崩したからなのか、もう目覚めないかもしれないと不安になる。(所々が濡れて文字が滲んでいる)
【冬の月30日】
ベネディクト様の体調が回復した。もうすっかり良くなったと本人は言っている。それでも油断はできないのでしばらくは安静にしておくようにお願いした。ベネディクト様は頷きながら何度も私の頭を撫でてきた。それから私の見えないところで泣くなと言われた。目が腫れていたのでバレたらしい。自分が泣かせた原因のくせに腹が立つ。泣かせたくないなら風邪ひくな馬鹿!
【春の月4日】
衝撃の事実だ。ベネディクト様は魔法で自分の身体を清潔にできた。今まで彼の体調が悪い時、私が恥ずかしい思いをして身体を拭いてあげてたのは何だったのか。身体が動かせないほどの時はまだ良いが、治りかけの時は身体を拭くのは自分でできたはずだ。問い詰めると、私に世話をされるのが嬉しくて言い出せなかったという。それを聞いて許してしまった自分が悔しい。今度からは自分でするように命じた。
【春の月12日】
今日は天気が良かったので近くの小さな森に出かけた。野原一面に青い花が咲いていてとても綺麗だった。ベネディクト様が花冠を作って私にくれた。人形のように無表情のままテキパキと花冠を作っていく様子は見ていてなかなか面白い。出来た花冠も超大作で、部屋に飾りたいとお願いすると枯れないように保存魔法をかけてくれた。この人のこういうところが好きだ。
【春の月21日】
今日はベネディクト様の名前の意味を聞いた。遠い国の言葉で「話し上手な人」という意味らしい。本人と真逆だ。名前はその人の性質を表すとよく言うけれど、ここまで違うと一周回ってすごいなと思う。少しは気にしているのかと聞いてみると、アルマが代わりにたくさん話してくれるので問題ないと言う。それから私の話を聞くのが好きだと言われた。嬉しいけれど、不意打ちで言うのは心臓に悪いので控えてほしい。
【夏の月5日】
最近、身体の調子がいまいち優れない。夏の暑さでバテているのかもしれない。別に大したことはないと思うけれど、ベネディクト様がすごく心配している。この間は市場で滋養にいい食材を沢山買ってきてくれた。流石に全部は食べきれなかったけれど、あの黄色い果物は酸味が効いていて美味しかった。
【夏の月8日】
赤ちゃんを授かった。嬉しい。ベネディクト様に伝えるといきなり階段から転げ落ちたので驚いた。咄嗟に魔法を使ったから無傷だったものの、心配させないでほしい。慌てて駆け寄ると、ありがとうと言って抱きしめられた。しばらく2人で一緒に泣いた。
【夏の月20日】
ベネディクト様がすごく過保護になってしまった。毎朝私に防御魔法と結界魔法をこれでもかと掛けてくる。別に戦場に赴くわけじゃないんだけど……。
【夏の月31日】
今日はベネディクト様が——
「……ルマ、アルマ」
自分を呼ぶ声に、アルマはふっと顔を上げた。
声の方向を見ると、ベネディクトが扉の側に立っている。
「どうしましたか?」
「マーカス達が来たぞ」
「あれ、ずいぶん早いですね」
予定では昼過ぎに到着するだったはずだ。
部屋の壁に掛けてある時計の針はまだ昼前を指していた。
よいしょ、と立ち上がろうとすると手が伸びてきた。いつの間にかベネディクトが近くに来ていたようだ。ありがたくその手に捕まってアルマは立ち上がる。
「何を読んでいた?」
「昔の日記です。貴方と結婚したばかりの頃の。マーカスが婚約するって聞いて、懐かしくなって出してきたの」
「そうか。良ければ読んでみたいな」
「だめですよ、恥ずかしいもの」
「それは残念だ」
アルマは頭上にある夫の顔を仰ぎ見る。相変わらず目が死んでいて、覇気がない。本当に残念がっているのかと思うような無表情具合だが、心の底からそう思っているのだろう。
「マーカスのお嫁さん、素敵な人だと良いですね」
「心配いらない。私たちの息子が選んだ女性だ」
「それもそうですね。貴方に似て、きっと素敵な女性を選ぶわ」
「そうだな」
「…………」
「なぜ黙る?」
「……いえ、別に。自分で言って恥ずかしくなっただけです」
「そうか」
いつかのように口を尖らせるアルマを、ベネディクトもまた眩しそうに見て笑った。
雑な登場人物紹介
アルマ(19)
・ちょっと間抜けで小生意気な召使い
・グイグイと来られると流されがち
・低めの身分の生まれで基本的に礼儀とか知らない
・市場のおばちゃんと仲が良い
ベネディクト(22)
・寡黙で目が死んでる魔法使いの主人
・ナチュラルに手を出しがち
・病弱だが魔法で大体何とかなる
・アルマ以外の人間は基本興味ない
ここまでお読みいただきありがとうございます!