50 本当のキス会
「い~~~やっほぉぉぉぉーーーーーっ!!」
波の上にいる俺は、こんな時だというのに最高の気分だった。
本来であれば災害クラスの高波。
大地震のような轟音を響かせ、いまにも島を飲み込まんばかりに突き進んでいる。
そのてっぺんからの眺望は、まるで荒れ狂う王蟲に乗っているようだ。
見下ろすと、遠くに村が見えた。
村の女たちは、さっきまで火あぶりにされる魔女みたいな絶望的な表情をしていたのだが……今や天から降臨する神を目の当たりにしているかのように、俺を見上げたまま感動にむせび泣いている。
普通の人間にとっては、こんなヤバい波に飲まれたらひとたまりもないんだろうが、海棲族にとっては恵みの雨のようだ。
それを証拠に、俺の横ではマーメイズたちがイルカのように楽しそうに泳いでいる。
「旦那様ぁーっ! すっごぉーい! 波の軌道を変えちゃうだなんてーっ!」
興奮気味にドルフィンジャンプを決めるミューティ。
「おう! 俺の右手は魔法を跳ね返せるんだ! いちかばちかやってみたら、うまくいったぜ!」
「それよりもヤバいのは、旦那様ってサーフィンもできるんだねぇーっ! チョー意外っ!」
トビウオみたいに飛びながら、俺の前を行ったり来たりしているアネモス。
「ああ……取引先の接待をしなくちゃならなくて、夏休み返上で必死に練習したんだ! それで何とかできるようになったんだが……当日はコイツの役目だったんだよな!」
俺は親指を下に向けた。
足元ではシルバーウルフが踏み付けられていて、
「フギャアアアアアーーーッ!? 首がっ、首がっ!? 波がっ、波がぁぁぁぁぁーーーっ!?」
とギャアギャア大騒ぎしている。
あまりにうるさかったので、俺はかつての接待でされたように、身体をひっくり返してやった。
「モガガガガガガ!? おぼっ、溺れ……! ゴボボボボボボッ!?」
顔を海中に沈められ、泡を吹くサーフボード。
「ハハッ、人間サーフィンなんて、旦那様は本当にメチャクチャだな! それにしてもこんなでっけぇ波を乗りこなせるのって、旦那様くらいのもんじゃねぇーか!?」
死にそうなサーフボードの隣で、悠々と背泳ぎしているフォティア。
「かもな! ……さぁて、マーメイズ! そろそろ村に降りるぞっ!」
「「「「はいっ!」」」」
俺たちは島のど真ん中にある村めがけて、ジェットコースターのように急降下していく。
……どっ……ぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーんっ!!!
村に覆いかぶさった波は、猛威を振るっていた炎をあっさりと消し去った。
それどころか島ごと水没させてしまい、俺の身体は巨大な洗濯機に放りこまれた洗濯物みてぇに、渦に巻かれて深い海に引き込まれてしまう。
く……クソッ! 身体がどんどん沈んでいく……! このままじゃヤベえっ……!
バタ足でなんとか浮上しようとしたんだが、なぜか脚が動かない。
足元を見ると、血走った目のサーフボードがしがみついていた。
どうせ死ぬなら、ひとりでは死なん……お前も道連れに……!
というハタ迷惑な気迫に満ちている。
おい……やめろっ! あっちいけっ、この野郎!
俺は必死になってもがいたが、スッポンみたいに離れねぇ。
力を込めるあまり、つい口から息を吐き出してしまう。
やがて、だんだん息が続かなくなってきて……目の前が暗くなってきた。
まっ……マジでやべぇ……! これは、いよいよかもしれねぇな……!
なんて焦っていたら、暗い海の向こうから女神が現れた。
長い髪をワカメのようにたなびかせ、泳いでいた女神は……俺を見つけるなりものすごい勢いで向かってくる。
俺の身体を貫くような、激しい抱擁をかましてきたかと思うと、
……ぶっちゅぅぅっ……!
唇に食いつかれた。
『よ……よかった……よかったぁ……! タクミ様、ご無事で……! ご無事にでなによりですっ……!』
俺の頭に響き渡ったのは、もう決して流さないと決めたのに、こらえきれずに流してしまったかのような……振り絞ったような涙声。
『ああ……マリリンか……助かったぜ……村の女たちは無事か?』
『はい……全員……! これに控えております……!』
マリリンに呼び寄せられたのか、懐かしい面々がイワシの群れのように集まってくる。
マーメイズはもちろん、村の女たちは全員無傷のようだ。
みんなさっきまでの死にそうな顔がウソのようで、まさに水を得た魚のようなハツラツとした笑顔を浮かべていた。
よく見たらナミルもいる。
ナミルは犬かきならぬ虎かきで器用に泳ぎ、スリリスから酸素を分けてもらっていた。
いつの間にか、俺の脚をロックしていた邪魔者もいなくなっている。
村の女たちが引きずり降ろし、深海に連れ去っていく姿が見えた。
『マリリン様、そろそろ交代してください!』
『むっ……しょうがないな』
マリリンが俺の身体から離れていくと、名前も知らない女が俺の唇に吸い付いてきた。
女にはだいぶ慣れたつもりでいたが、ほぼ初対面の女からのキスにはさすがに面食らい、ついたじろいでしまう。
『タクミ様……助けていただいてありがとうございます……!』
『あっ、ああ……無事でよかったな……』
『ありがとうございます……! ああ……強くて、カッコよくて、男らしくて……! みんなの憧れのタクミ様とキスできるなんて……! 本当に夢みたい……もう死んじゃってもいいです……!』
俺は知らねぇけど、向こうは俺のことをよく知っているようだ。
まるで大ファンだった芸能人に会えたみたいな瞳で、うっとりと俺を見つめている。
でも、会ってするのが握手じゃなくて、ディープキスなんて……なんて大胆な女の子なんだろう……!
と思っていたら、その女の子の両脇が、ガッと掴まれた。
『はいはーい、キスはひとり1分までだよー!』
『ほらほら、次がつっかえてんだから離れろよ!』
ミューティとフォティアが、俺にタコみたいに吸い付いていた女の子を引き剥がす。
『はぁーい、次のひと、カモーン!』
アネモスが手招きすると、またしてもよく知らない女の子がやってきて、緊張気味にペコリと一礼したあと、勢いをつけるようにして抱きついてきた。
そして頭突きのようなキス。
初めてで力加減がわからないのか、額と鼻がゴツンとぶつかり、前歯もコツンとぶつかった。
『んむむむむっ……!? おいおい、落ち着けよ……!』
女の子はきつく目を閉じたまま、ただただ震えている。
結局俺と目も合わせないまま、引き剥がされていった。
そして間髪いれず次の女の子がやってきて、唇を重ねてくる。
入れ代わり立ち代わり、いったい何なんだ……と思っていたら、
『ちゃんと一列に並んでくださぁい! 旦那様はお逃げになりませんから、みなさんちゃんとキスできまぁす!』
セリリムが大声で叫びながら、行列整理をしていた。
さらによく見ると……少し離れたところには村の女たちが一列になっていて、今か今かと自分の番を待っている。
どうやらいつの間にか、握手会ならぬキス会が始まったようだ。
マーメイズ相手にはやったことがあるけど、まさか村じゅうの女たちが相手とは……!
次のお相手はスリリスだった。
こんな小さな子とキスしていいのか? とためらっているうちに、ぷちゅっとかわいいキスをしてくるスリリス。
ちょうど顔見知りの相手だったので、俺は尋ねてみた。
『なあスリリス……お前の村の住人って、何人くらいいるんだ?』
『はい、120人です。タクミ様』
120人か……ひとり1分だとして……2時間!?
しかし2時間後、俺の計算は大きく誤っていることに気づく。
どっかで見た覚えのある女が、待ちかねたようにキスして教えてくれたんだ。
『タクミ様、2周目です……! これが終わったらまた並ばせていただきますね……!』
次回、さらなるお楽しみ…!
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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