46 海の神タクミ
俺はジャングルを突っ切り、島の外周である砂浜へと出た。
水平線広がる絶景のブルーオーシャンには、大型の帆船たちが壁のように立ちはだかり、景観を台無しにしている。
黒光りする船体に紫色の帆。
見るからに海賊船といった不吉な風貌。
風を受けて翻る、鯉のぼりみたいな旗には……苦悶の表情を浮かべる女の全身が描かれていた。
両腕がなく、首に縄を巻かれて強制的に上を向かされ、生きたまま船首像にされている女……。
あの悪趣味極まりないのが、『デス・パイレーツ』の旗印なんだろう。
実際の船首像は、ハリツケにされている腕のない骸骨だった。
かつては捕らえた人間の腕を切り落とし、生きたまま縛り付けていたんだろう。
もしかして……旗のイラストみてぇに、生きた女を船首像にしてたんだろうか。
「ヒャーッハァーッ! 女だけの村だってよぉーっ!」
「大勢いるなら、長いこと干からびた船首像ともおさらばだぜぇーっ!」
「もしかしたら、日替わりもできるかもしれねぇぞーっ! ヒャーッハッハッハッハッ!」
船からボートに乗り移り、島へと上陸すべく向かってくる新手のゴキブリども。
その最低極まりない雄叫びに、俺は激しい逆上の炎を止めることができなかった。
DQNどもは砂浜で待ち構える俺を見て、嬉しい悲鳴をあげる。
「ひょぉーっ!? 見ろよぉーっ! さっそくサイッコーの女どもがいるぜ!」
「しかも四人もっ!? さっそく捕まえて、マワして、船首像にしてやろうぜぇーっ!」
「おいおい、よく見たらあの女ども、アイドルのヤツらじゃねぇか!?」
「おおっ!? マジだっ!? 四人とも船首像にして、ヤツらのヒットソングを死ぬまで歌わせてやろうぜぇーっ!!」
女? 四人? アイドル? なにを言ってるんだアイツらは……と思って振り返ると、マーメイズが勢揃いしていた。
俺は思わずひっくり返りそうになる。
「おっ……お前らっ!? なんでこんな所にいるんだよっ!?」
「えへへへ……来ちゃった」
アポなしで家に来た彼女みたいにはにかむミューティ。
「へへへへ……加勢してやるよっ!」
他校とのケンカを控えたスケバンみたいに、布団たたきでトントンと肩を叩くフォティア。
「にひひひ……さあっ、アゲアゲでいこーっ!」
置かれている立場を全く理解していなそうなアネモス。
「ふぇぇぇ……だっ、旦那様が心配で、村から抜け出してきちゃいましたぁ……! ごめんなさぁい!」
叱られた子供みたいに泣きじゃくっているセリリム。
燃え上がっていた俺の怒りの炎は風前の灯となり、逆に背筋が寒くなる思いだった。
「お……お前ら……いますぐ帰れっ! 俺ひとりじゃ、お前ら四人を守れるかどうか……!」
俺は村のほうを指さして叫ぶ。
しかしマーメイズは一様に真剣な眼差しになって、首を左右に振った。
「……ううん、帰らない! だって、ボクたちは旦那様の嫁なんだよ!?」
「いままでさんざん守ってもらったしな! 今度はあたしらが旦那様を守る番だ!」
「魔法は使えないけど、私らってば水の中ではイケイケな海棲族なんだよ!?」
「力では男の人にはかないませんけど……泳ぐことでしたらどなたにも負けません!」
訴えかけながら、マーメイズは俺を包囲してきた。
8つの柔らかい胸で、俺の身体をむにゅっと挟み込んでくる。
そして俺は気づく。
彼女らの身体が、まるで極寒の地にいるかのように震えていることを……!
きっと怖くてたまらないんだろう。
そりゃそうだ。捕まったら犯されて、腕を切り落とされたうえに、海賊船の船首で白骨死体になるまで歌わされるんだからな
だが……その想像を絶する恐怖を押して、俺についてこようとしてる。
彼女らは彼女らなりに、理不尽な暴力に立ち向かおうとしてるんだ……!
「よし……いいだろう。俺についてこいっ……!」
俺は両腕で、マーメイズたちを一気に担ぎ上げた。
「キャッ」と俺の身体にしがみつく女たち。
「さあっ……いっくぜぇぇぇぇぇぇーーーっ!!」
俺は砂を蹴って走り出す。
ざぶんっ! と海に飛び込むなり、ミューティの顔をガッと引き寄せて唇を奪った。
ミューティは「んんっ!?」と目を白黒させていたが、抵抗はしてこない。
チュポンと唇を離したあと、次はフォティア、アネモス、セリリムと……女たちを回転寿司のように回し、とっかえひっかえして口づけを交わす。
アイドルたちのみずみずしい唇を、食べ放題のように貪ったあと……うっとりした嫁たち向かって、俺は語りかける。
『よし、景気づけが終わったところで、さっそくおっぱじめるとするか……! まずは得意の泳ぎで潜って、俺をボートの下まで連れてってくれ!』
彼女たちは「おかえりなさいのキス」を終えた新妻のように、とろけきった表情をしていた。
だが俺の一言で引き締まり、ライブを控えたアイドルのようなりりしい表情に変わる。
これが彼女らの、戦いの前の表情なんだろう。
『みんな……マーメイズジェットストリーム、いくよっ!』
『おーっ!』
ミューティの号令とともに、マーメイズの四人は俺の身体にひしっとしがみついた。
そして息のあった動きでバタ脚をはじめる。
海棲族である彼女らは、見た目は平地族である俺と全然変わらねぇ。
でも水の中に入ると、手足の指の間に水かきが現れ、皮膚も変質して水の抵抗が減るらしい。
その体質のおかげで、泳ぐ速度は全種族でもトップクラスなんだ……!
四人分の海棲族ともなると、まるでエンジンでも付いているかのような推進力。
沖から向かってきていたボートの下に、あっという間にたどり着く。
速ぇな……マーメイズたちとチュッチュしてるうちに着いちまった。
俺はセリリムと舌を絡め合わせながら、片手だけ上に伸ばし……ながら作業のようにボートの底をチョンと突く。
次の瞬間、
……ドォォォォンッ!!
ボートはまるで潜水艦からの魚雷を受けたUボートのように、高い水しぶきをあげながら爆散した。
乗っていたDQNどもは四方八方に吹き飛ばされたあと着水、池に落ちたアリンコのようにもがいている。
『よし、ミューティ、フォティア、アネモス……やっちまえ!』
俺はセリリムを酸素ボンベとして残し、ミューティ、フォティア、アネモスを派遣する。
手近な海賊めがけてサメのように襲いかかる、三人の人魚。
武器として持ってきていた布団たたきで、水の中から野郎どもの尻をバシバシとシバきあげていた。
「ぎゃあっ!? いてえっ!? いてえよぉーっ!?」
「わあっ、なんだっ!? 水の中に何かいるっ!?」
「に、逃げろっ! 逃げろぉーっ!」
「いやっ、待て! きっと浜辺にいたヤツらの仕業だっ!」
「そうか、あの女どもか! ナメやがって、女とわかりゃ怖くねぇぞっ!」
叩かれたヤツは最初は悲鳴をあげ、逃げ惑うばかりだったんだが……ついにキレたのか、反撃するべくナイフ片手に潜ってきた。
しかし、海棲族の機動力の前には何の脅威にもならない。
本当に水に落ちたアリと、魚の関係だ。
地上では多くの女どもを切り刻んできたであろう、DQNどもの武器も……水中ではカスリもしない。
ある者は、背後に回り込まれたのにも気づかず、「消えた!?」とアタフタしている間に後ろからガツンとやられて気絶した。
ある者は、渦を起こすように周囲をグルグルと回られ、目をまわして前後不覚となり海の底へと沈んでいった。
ある者は汚れきった布団のように、三人がかりの布団たたきでボカボカと叩かれまった挙句、そのまま打ち捨てられていた。
一方的に狩りをするように、次々とDQNどもを沈めていくミューティ、フォティア、アネモス。
想像以上の戦闘能力の高さに、俺はつい見とれちまった。
『すげえ……! 布団たたきだけで、凶暴な海賊どもを圧倒してるなんて……いいぞいいぞっ! もっとやれーっ!』
『あっ、旦那様、ボートが島のほうに向かっています!』
セリリムに言われ、俺は我に返る。
『よしっ、セリリム! みんなを呼び戻せっ!』
『はいっ!』
海棲族どうしであれば、水中で離れていてもイルカのように会話ができる。
テレパシーを聞いたかのように戻ってくる三人娘。
再び俺の身体を抱いて、接岸しようとしていたボートに急接近。
……ドォォォォンッ!!
再び、魚雷が炸裂した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「す……すごい……! なにが起こってるっていうの……!?」
「どうした!? 何か見えるのか!?」
「こ、こっちにあがってきてください! マリリン様! すごいものが見えます!」
「いったい、何だというのだ……ななっ!?」
……ドォォォーーーンッ……!
「なっ……なんだアレは!? ボートが爆発したぞ!?」
「はい! タクミくんがマーメイズと海にもぐってから、海賊たちのボートがあんなふうに、次々と爆発してるんです!」
「先陣の奴らを倒してから、後続がこないと思っていたら……ぜんぶタクミがやっつけていたのか!」
「その先陣も、タクミくんが指先ひとつで全滅させちゃいましたよね……」
……ドォォォーーーンッ……!
「それだけじゃなくて、今度はボートをあんなふうに沈めてるだなんて……彼っていったい何者なんですか?」
「わからん……! わからんが……ただ者ではないということは、間違いない……!」
……ドォォォーーーンッ……!
「あっ、また一隻……! 投げ出された海賊たちが、次々と海の中に沈んでいきます……! 海は静かなのに、まるで大嵐にでもあってるみたい……!」
「す……すさまじい……! まるで海神がお怒りになっているようだ……!」
「ど、どうしたんですか? マリリン様……拝んだりして……?」
「私は……人質のためとはいえ、なんというお方に弓を引いていたのだ……! なんという愚かで、罪深きことを……! ああっ、タクミ様……! この私を、どうか、どうか、お許しくださいっ……!」
……ドォォォーーーンッ……!
「ま、マリリン様っ! こんな所で土下座したって、タクミく……タクミ様には見えませんよっ!?」
「はなせっ! タクミ様ならきっとお見通しであるに違いない! タクミ様にお許しいただけるまで……私はここを動かんぞっ!」
次回、さらなる一騎当千…!?
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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