44 マリリンの告白
年寄りのように、あちこちガタが来ていたマリリンの身体は、俺の指圧によってオーバーホールされたように復活した。
身体だけではない、顔も生気にあふれ、肌ツヤで輝いている。
「……すごい……! 触れただけだというのに、身体の軋みや重さが全て消え去った……! さらに肌のシワも消えるとは……! まるで不老長寿の薬を飲んだかのようだ……!」
鉄面皮だった表情もすっかり豊かになり、大感激のマリリン。
確かに以前はお局様みたいなオバサンだったのだが、今は二十代後半と言われても信じてしまいそうなお姉さんになっている。
正直……青少年なら誰もが憧れる、憧れのお姉さんといっても過言ではないレベル。
「すごい……! マリリン様、なんだか十歳……いや二十歳は若返ったみたい……!」
「タラッティア王国で、『烈風のマリリン』として名を馳せていた頃のお姿に戻られたみたいです……ああ、麗しい……!」
「素敵です……! マリリンさまーーーっ……!!」
マリリンは女たちの声援に気を良くしたのか、それとも生まれ変わった身体の性能を確かめようとしているのか、村の広場で演舞を始めた。
腰から抜いた日本刀みたいな細身の剣を、目にも留まらぬ速さで振り回す。
さすが将軍をしていただけあって、その太刀筋の鋭さには目を見張るものがあった。
ビュン! ビュン! という風切り音とともに、マリリンのまわりに旋風がまきおこる。
村の女たちに教えてもらったんだが、かつて彼女は『烈風のマリリン』の二つ名で恐れられていたらしい。
その名のとおりカマイタチのような剣圧を放ち、遠距離の敵兵士たちをまとめて倒していたという。
まるで当時を再現をするかのように、マリリンはたったひと太刀で集落の外れにある木々をなぎ倒し、俺の牢屋までもを粉々にしていた。
「……ああ、俺の住み慣れた我が家がブッ壊されちまった」
俺はガレキの山と化した牢屋を眺めながら、さして惜しくもなさそうに言う。
もちろん惜しくなんかねぇ……牢屋はもうこりごり。
シャバに出た今はなおさらで、野宿のほうがマシだと思えるほどだ。
マリリンは最後に独楽のように身体を回転させたあと、刀をサヤにしまう。
パチン、と刀がおさまった途端、背後にいるマーメイズたちの拘束が弾け散った。
身体は一切斬れてないのに、身体を縛っているロープだけが斬れたので、マーメイズはキツネにつままれたようにキョトンとしている。
おお、すげぇ。なんか曲芸みてぇだ……!
俺が思わず拍手していると、マリリンがキッと睨みつけてきた。
「……タクミ、私の家に来い。話がある」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺はマーメイズとともに、マリリンの家の客間へと招かれた。
久しぶりに俺と一緒になれたマーメイズは、わんわん泣きながらタコみたいに俺の身体に絡みつき、しがみついて離れようとしない。
しょうがないので俺は、マーメイズをはべらせつつ話を聞く。
「んむ……マリリ……で、話……うぷ……ってのは……んっ……」
話を切り出そうとするんだが、アイドルたちが絶え間なく唇に吸い付いてくるのでままならねぇ。
「ちょ、お前ら、あとでたっぷり相手してやるから、今は大人しくしててくれよ」
しかし四人揃って、
「「「「嫌」」」」
と短くハモって俺の頼みを一蹴し、なおも顔をペロペロ舐めてくる。
「……まあよい。私が話をするから、タクミはそのままで聞いていてくれ」
マリリンがそう言ってくれたので、俺はベロチューしながら頷く。
「何から話そうか……そうだな。最初から順を追って……まずミューティ様の生い立ちからだ」
そう前置きして、マリリンが話してくれたのは……俺のかねてからの疑問がすべて氷解するものだった。
……ミューティの両親であるタラッティアの国王と女王は、ミューティが生まれて間もなく病に倒れ、ふたりとも亡くなった。
残ったのは赤ん坊のミューティひとり。
でも大きくなるまでは国政を務められないので、摂政が代わりを務めることとなった。
その摂政は魔法至上主義者で、魔法を使えない海棲族たちを『ナロー』と呼び、弾圧を始めた。
当時、タラッティアの将軍であったマリリンはそのやり方に反発。
『ナロー』たちを連れて王国からの逃亡を計画していた。
しかし……計画途中で当時のマリリンの旦那を筆頭とした、『ナロー』の男たちから裏切られ、アジトは王国の兵士たちから襲撃にあう。
その時マリリンは身重の身体であったが、女たちを連れ、傷つきながらもなんとかタラッティアから逃げ出した。
しかし……多くの女たちは自分たちが逃げるので精一杯で、子供たちはやむなく置き去りにするしかなかったそうだ。
マリリンもお腹の子供は連れて行けたものの、幼かった子供だけは王国に残してきてしまったらしい。
そして……なんとか王国から脱出したマリリンと『ナロー』の女たちは、いま俺たちがいる島へと流れ着く。
島を拠点とすることを決め、生きていくために村を作りはじめた。
実はマリリンだけは『ナロー』ではなく、魔法は使えるらしいのだが、外部からの魔法攻撃から村を守るため、島全体に魔法を使えなくする結界を張ることにしたらしい。
弾圧の原因を産んだ『魔法』を捨て、そして裏切った男を『穢れし生き物』として捨て……島で新たなる生活を始める。
しかし……自由の身になれたわけではなかった。
摂政は置き去りにしてきた子供たちを人質に取り、タラッティアの汚れ仕事をマリリンに押し付けてきたのだ。
断れば子供たちは殺され、村への弾圧が再び始まる……そう脅されたマリリンは、軍隊虎のナミルとともに王国の反乱分子たちを始末してきた。
そして……新たなる依頼がやって来る。
それは、ミューティの婚礼の儀式である『海神の試練』を阻止するというものだった。
ミューティが『婚礼の船』で俺と契りを交わしてしまえば、自動的に俺が国王となり、摂政はいまの立場を追われてしまう……。
タラッティアの法律では、王位継承権のある子供が女性で、二十歳までに結婚しない場合は摂政と結婚する、という決まりがあるそうだ。
摂政はミューティを二十歳まで独身にさせ、国王になろうとしていたのだ……!
『海神の試練』は中継される決まりになっているので、摂政は表立って妨害することができない。
そのために、マリリンに白羽の矢が立てられたのだ。
手はずとしては、『婚礼の船』に乗った俺とミューティを、摂政の津波の魔法で押し流し……マリリンたちの島へと漂流させる。
そこでマリリンは俺を捕らえ、マーメイズを見捨てさせるような拷問にかけた。
俺を殺さなかった理由は、『男なんてロクでもない』という印象を刷り込むため。
俺が死んでしまえば、ミューティは悲劇のヒロインとなり、さらに新しい恋を求めるかもしれない。
でも俺がミューティを裏切り、ひとりで島から逃げ出せば……マリリンが旦那に裏切られたような気持ちが芽生えるはず。
そうすれば摂政はもう、ミューティの悪い虫にヤキモキすることもなくなる。
ミューティは自らの意志で、二十歳まで独身を貫くだろう、と……!
俺は、すべてを理解した。
「……なるほどな。それで俺とマーメイズが……っていうかミューティとイイ感じになったら、邪魔するみたいに波が襲ってきたのか……」
突然前ぶれもなく襲ってきた波は、やっぱり自然現象なんかじゃなかった。
俺とミューティが契りを交わすのを妨害するために、摂政が起こした魔法の津波だったんだ……!
マリリンは「そうだ」と頷く。
「以上が、私が知りうる全てだ。……タクミが拷問に音を上げて、マーメイズを裏切ってくれれば、すべてうまくいっていたのだが……全く、お前というやつは、本当にしぶといやつだった。摂政もいまごろ悔しがっていることだろう」
フッ、と自嘲気味に笑うマリリン。
しかしその表情は、どこか晴れやかだった。
「……話を聞いて、気が変わったか? 私を殺す気になったのなら、好きにしろ。この若返った身体のまま死ぬのも悪くない」
俺は呆れて溜息をついた。
コイツはなんだって、健康な身体を手に入れたばかりだってのに死のうとするんだろう。
「そんなことしねぇよ。でもまぁ……話してくれてありがとよ。ずっと耐えてばっかりだったけど……するべきことがようやく見えてきたぜ」
「……これからどうするつもりだ?」
「俺がタラッティアの国王になりゃいいんだろ? そうすれば、ぜんぶ解決だ」
「……なぜ、そういう結論になる?」
「俺はナローだか何だかしらねぇが、魔法が使えないからって弾圧なんかしねぇ。俺自身、魔法が使えないからな。俺が国王になれば、お前らも大手を振ってタラッティアに帰れるだろ?」
俺の唾液をこくこく飲んでいたミューティが、ぷはっ、と顔を離したかと思うと、
「そっか! じゃあ今夜にでもさっそく、契りを交そっ! そうすれば旦那様はタラッティアの王様だよ!」
「「「さんせーい!」」」と拳を掲げる続くメンバーたち。
しかしマリリンだけは、結婚を反対する頑固オヤジのように、ダァンとテーブルを叩いた。
「……それは、私が許さん……! 許すわけにはいかんのだ……! なぜならば、タクミが契りを交わした時点で、タラッティアにいる人質は殺される……! 私はこの命に代えてでも、村の女たちが残してきた子供を守る義務があるのだ……! 許せ……!」
マリリンは悔しそうに唇を噛んでいた。
まるで切腹すら辞さないほどの、切羽詰まった表情。
まったく……コイツの考え方っていちいち、幕末のサムライみてぇなんだよな……。
そのうち、「武士道とは死ぬことと見つけたり」とか言い出すんじゃなかろうか。
俺は辛気臭ぇ顔はやめろとばかりに、煙たそうに手を振る。
「なんだ、そういうことかよ……じゃ、契りを交わす前に、俺がちょっくらタラッティアまで行って、摂政と話をつけてきてやるよ。そして人質を解放させりゃ、文句ねぇだろ?」
「そんなことが、できるものか……! タクミは海棲族ではないうえに、魔法も使えないだろう……! いまや王国には、魔法を使えぬ者は人にあらずという考えが蔓延している……! きっと民衆は、タクミが国王になることを全力で阻止してくるに違いない……! 摂政に会う前に、間違いなく殺されるぞ……!」
「タラッティアの国民って、俺のこと知ってんのか?」
「当たり前だ。『海神の試練』はタラッティアの国中で中継されているのだぞ。それに摂政のことだ、中継所に介入し、見ている国民たちがタクミに反感を覚えるような演出を指示しているに違いない……! 私が将軍をやっていた頃から、あの摂政は悪巧みに長けた男であった……!」
「……もしかして、俺たちがこうして話してるところも中継されてんのか?」
「ここは大丈夫だ。中継を遮断する結界を張ってある。でなければ人質を取られた身で、摂政の不正などバラせるわけがなかろう。だが、タクミが入った時点で結界がバレてしまうから……摂政からは『結界を外せ』という要請があるだろうな」
「そっか……じゃあその結界がある間は、ここは誰にも見られねぇってわけか。もしその要請があったら、結界を外すのをなるべく引き伸ばしてくれねぇか? その間に摂政と話をつけてくるからよ。ここにマーメイズを置いときゃ安全だしな」
すると、聞き捨てならんとばかりにマーメイズたちがカッと目を剥いた。
「ええっ!? タラッティアに行くの!? そんなのダメだよっ!?」
「ふざけんな! 殺されるかもしれねぇって聞いて、行かせてたまるかよ!」
「もう! 旦那様ってばなんでわざわざヤバいことに首を突っ込もうとすんの!? 次こそはマジ御臨終だって!?」
「お願いします! セリリムたちとここにいてくださぁい!」
「そういうわけにはいくか。デカい理不尽がお前たちの国に蔓延してるんだぞ? そいつをブッ潰さねぇと、俺ぁ気がすまねぇんだ。いいからどいてくれ」
俺は膝に乗っていたマーメイズを、猫のようにワキを抱えて降ろし、立ちあがろうとしたんだが……。
まるで聞き分けのない子猫のように次から次へと膝を占拠してきて、全然立ち上がらせてくれなかった。
ああもう、いい加減に……! と思った瞬間、
「た……大変! 大変だよっ! ママ……!」
息を切らしたスリリスが、外から飛び込んできた。
え……? スリリスとマリリンって、親子だったの……?
意外な新事実に、俺とマーメイズが顔を見合わせあっていると……すかさずマリリンが叱りつけた。
「スリリス! ふたりきり以外のときは、そう呼ぶなと言ったであろう!」
「ご、ごめんなさい! ママ……じゃなかった、マリリン様! 誰もいないかと思って、つい……!」
「ところでなんだ? 緊急の知らせか?」
「あっ……! そ、そうだ! 大変ですっ! か、海賊が……! 海賊が村に攻めてきましたっ!!」
「「……なにいっ!?」」
同時に立ち上がる、俺とマリリン。
俺の膝にいたマーメイズたちは、滑り落ちて床で尻もちをついていた。
次回、シオマネキの本領発揮…!
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓




