42 動物王タクミ
「……あわてんな、って……! 泣くのも喜ぶのも、まだ早えよ……!!」
俺は重量挙げのように、ナミルを担ぎあげていた。
『アドレナリン・オーバードーズ』……一時的に筋力を増強するツボ。
それだけじゃあのボディプレスを受け止めるには足りねぇと思ったから、骨格の強度をあげる『パワード・エクソスケルトン』のツボも突いておいたんだ。
どっちも効果が切れたあとの揺り戻しがキツいんだが、そうも言ってられなかった。
なんたって、ナミルの身体がヤバかったんだからな。
文句のひとつも言ってやらなきゃ、おさまらねぇ気分だ。
「おい、ナミル……! いくら元気になったからって、無茶な大技出すんじゃねぇよ……! まだ腰は治してねぇんだから……! 俺が支えてやらなかったら、腰がぐしゃぐしゃになってたぞ……! まったく、手間ぁかけさせやがって……!」
まわりの女たちは、喜ぶことも悲しむこともせず……完全に表情が消えていた。
理解が周回おくれしているかのように、ボーッと立ち尽くしている。
「タクミくんがナミルを持ち上げたことも、信じられないけど……」
「タクミくんはナミルを守るために、わざと潰されて……自分がクッションになってあげったていうの……」
「あのボディプレスって、戦争の時には何十人もの兵士を押しつぶしたって言ってたよね……」
「それをなんで、タクミさんひとりで持ち上げられるの……?」
「私たち……夢でも見てるのなかぁ……?」
「タクミさんが死んだショックが受けれられなくて、みんなで白昼夢を見てるのかも……」
俺がナミルを床に置き直すと、微振動がおこる。
……ズズン!
雷に撃たれたみたいに肩を震わせ、正気に戻る女たち。
「あ……あれ? ゆ、夢じゃないの……?」
「ゆ、夢じゃない! 夢じゃないんだっ!」
「生きてる! タクミくんが生きてる!」
「タクミくんっ! タクミくんっ! タクミくぅぅぅんっ!!」
「タクミくぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!」
ドドドドと檻のそばまで詰めよってきて、顔を突っ込んでくる女たち。
戦いの最中は危険だからと近寄るのは禁止されているんだが、もうおかまいなしだ。
感極まった様子で俺の名前を連呼しながら、俺の身体に触ろうと手を伸ばしてくる。
なんだか動物園の人気動物にでもなったような気分だ。
その声援に応えてやりたいところなんだが、俺の身体ももう限界が近い。
さっさと終わらせなきゃな。
俺は身体に負担の強いツボを、ふたつ同時に刺激していたため……ちょっとボンヤリしていた。
海の向こうから響いてきたような『シオマネキーーー!!!』という声援を空耳しちまうほどに。
ブルブルと顔を振るって正気を保ち、ナミルの腰にまたがる。
再び暴れだす前に、しっぽの付け根あたりをギュッと押してやった。
ネコ科の動物は、ここを押してやると鎮静の効果があるんだ。
ナミルは再び起き上がろうとしていたが、それよりも俺のツボ押しの効き目のほうが早かった。
へにょっと腰を折って、再び身体を床に沈めたかと思うと、
……ゴロロロロロロロロロ
と喉を鳴らし始めた。
「み……見て! ナミルが大人しくなったよ……?」
「ホントだ……! あんなに暴れてたのに……!?」
「それになんだか気持ちよさそう……!」
「目を細めて、ゴロゴロ鳴いてる……! うふふ、なんだか可愛い……!」
「ナミルってずっと怖いと思ってたけど……こうしてると、なんだか猫みたい……!」
まわりにもわかるほどリラックスさせたところで、俺は最後の仕上げに入る。
身体の向きを変え、ナミルの肩のあたりに跨りなおす。
肩ごしに手を伸ばして、ナミルの顔を両手でマッサージしてやった。
「……ナミル、気持ちいいか? 軍隊虎であるお前は痛い目ばっかりで、こんな気持いい目にあうのは久しぶりだろ? お前、傷だらけだもんなぁ」
まるで床屋でシャンプーされているみたいに、じっとしているナミル。
「でもよく見たら、後ろのほうは全然傷を負ってないんだな。きっとお前はどんなヤツを前にしても、逃げなかったんだろうなぁ」
返事をするかように、耳をプルッと震わせるナミル。
「それもいいけどよ……せっかく引退したんだったら、もっとのんびりやったらどうだ? お前の飼い主にも言っといてやるからさ……よし、これで最後だ、ちょっと痛いかもしれねぇけど、我慢してくれよな」
俺は、大きな傷に覆われているナミルの目のあたりに手を這わせる。
古いケガのせいで、もはや目としての機能を失いつつある部位。
こめかみのあたりといっしょに、顔の肉をひっぱるようにして刺激してやると……奥に埋もれていた眼球が、カッと見開いた。
「……ああっ!? 見て見て! つぶれてたナミルの片目が……!」
「ひ……開いた!?」
「き……キレイ……! ナミルって、こんなキレイな瞳をしてたんだ……!」
「ほんとだ……! まるで海に浮かぶ宝石みたい……!」
観客たちのうっとりした声で、俺はナミルの目が元通りになったことを知る。
大きくひと息ついて、ナミルの身体から立ちあがった。
「これでよし……っと、これで俺からの『お近づきの印』は終わりだ。腰のほうも治しておいたから、全盛期と変わらねぇくらい走りまわれるようになってるはずだ」
じっとしたまま動かない、歴戦の兵士に向かって続ける。
「……じゃ、続きのほうをやるか? といっても……お前さんは元気になったかもしれねぇけど、俺の身体のほうはもう限界だ。もう、ネコパンチをよける力も残ってねぇよ」
答えないナミル。その態度に業を煮やしたのか、威圧的な声が割り込んできた。
「な……ナミルっ! なにをしておる! 貴様は軍隊虎……! 人を食い殺すために生まれてきた生き物であろう!? 足腰が立たなくなり、爪と牙を全て失っても、戦う宿命を背負っているのだ……! 私と同じ、その命尽きるまでは、平穏など許されぬ……! さあ立ちあがれっ! いますぐ立って、『穢れし生き物』を八つ裂きにするのだっ……!!」
飼い主の声に反応し、ナミルはスックと起き上がる。
悪いところは全部キッチリと治してやったから、もう若虎のように動きに淀みがない。
それとは真逆に、俺の身体はガタがきすぎて、震えが止まらなくなっていた。
俺からは見えていなかったが、きっとナミルは戦士の顔に戻っていたんだろう。
夢見心地だった観客たちの顔に、再び緊張が走ったのですぐにわかった。
……さぁて、マジでヤバくなってきたようだ。
いまのこの状態で、やりあうにはちょっと辛ぇ相手だなぁ……。
なんて思っていると、ナミルは俺の足元に額をすり寄せてきて、
コロンッ
と可愛らしい音が似合うほどの動きで、仰向けに寝転がった。
檻の外で、息をするのも忘れていたような女たちの身体から、一斉に力が抜けていく。
「あ……ああ……よかったぁ……!」
「ふ……服従してる……! ナミルが服従のポーズをとってる……!」
「ナミルが服従してるところ、初めて見た……! マリリン様の前でも服従したことがなかった、あのナミルが……!」
「タクミくん! トラがそうやってお腹を見せてるのは、『服従のポーズ』っていって……降参します、って意味なんだよ!」
「降参させた側は、お腹を踏んであげるんだ! そしたら喜ぶから、ナミルのお腹を踏んであげて!」
ナミルは床の上でヘソ天になったまま、解剖を待つカエルのように動かない。
俺は女たちに促され、その白い腹を……ちょっとおっかなびっくりながらも踏んでみた。
するとナミルはゴロゴロと喉を鳴らし、全身で喜びを表現するみたいにゴロンゴロンと床を転がりはじめる。
俺の脚にもぶつかってきて、膝がガクガクだった俺はバランスを崩し……ナミルの腹の上にぼふっと倒れてしまう。
するとナミルは、爪を立てていない前足の肉球で俺の頭をガッとホールドすると、毛繕いするようにベロンベロンと舐めてきた。
「ちょ……やめ、ナミル! くすぐったいって! ちょ、やめろってば!」
なんとか逃れようとしたんだが、すごい力でぜんぜん離してくれない。
まわりで見ている女たちも、
「アハハハハハ! ナミル、タクミくんが大好きになっちゃったんだ!」
「ウフフフフフ! すっごい仲良しだねぇー!」
「キャハハハハ! ナミルの舌って普通の虎と違ってザラザラしてないから、痛くないでしょー!?」
「アッハッハッハッ! ナミルはナミルなりに、気持ちいいことのお返しをしてるつもりなんだよ!」
なんて笑うばっかりで、全然助けてくれねぇ。
まるでサーカスのピエロになったみたいだ。
俺は笑い声に包まれ、いつまでもいつまでもナミルに舐めまわされていた。
次回、マリリンとの戦い…!?
それと新作小説を掲載いたしました。
本作がお好きな方でしたら、同じく楽しんでいただけると思います。
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