13:更に異な世界
正門から中に侵入すると、後ろで勝手にドアが閉まった。
だが、そこは城ではなかった。
遠くに、高くそびえる城が見える。ここはまだ、『庭』といったところだろうか?
入ったとたんに、空気が変わった。
冷たい風が頬をなで、やわらかい芝がそよぐ。草のいい香りだ。
空には、流れる雲、ぎらぎらと暖かく輝く太陽……。
「……リアルだな」
おれは、さっきと変わったその世界の、隅々を見回す。
さっきまでのリアリティーの無さが、みじんも見られない。
手で触った植物の感触。肌に触れる風の感触。すべてが現実世界と変わらない。
これは、さっきまでのゲーム世界とはまったく違う。
手抜きなしのプログラミング? いや、プログラミングできる限界は超えているだろう。
ここは現実世界?
観察するおれたちに、案内人が言う。
「わたしはその世界を体験できませんが……。どうやらそこは、さっきまでの世界とは違うようです」
意外と案内人は冷静だ。しかし、違う世界というのはどういうことだろう?
そう訊くと。
「簡単に言えば、その世界そのものがセルヴォのようなものでしょう」
「…………」
おれたちは何も反応できなかった。
複雑なことはわからないが、ここは、限りなく現実に近い世界なのかも。
「デンテールか……」
おれは遠くに見える城を眺めた。
あのゾンビに、そこまでの力が……?
「あなたたちは先へ進んでください。城へ―― ボスがいる、塔の頂上へ」
ボスが二人か……。まいったな。
すべてが現実世界のようで、さっきと違って動きやすい。
なんといっても、気持ちがいい。
少し進むと、白い壁の、四角い小さな建物があった。
両脇を高い柵にはばまれていて、この建物の中を通らないと先に進めそうにない。
「罠だな」
「罠だ」
「罠だね」
またも、おれたちの意見は一致。
罠だとわかっていて、入る悲しさ……。
おれは考えるふりをして、不意に振りかぶった。
それに二人も反応する。
「じゃんけん――!」
やつらは前回の勝負で、おれに対してパーを出すクセがついているはずだ!
「ホイ!」
――おれは先頭に立って、建物のドアノブをまわした。
「…………」
「おれたちは準備オーケーだぞ。早く開けろー、一人負け」
「…………」
なぜおれは負けたのだ……?
やつらは『パー』を出すと思って、おれは『チョキ』を出したのに……。
勝ち組二名は、おれの後ろで武器を構えている。
カチャ……。
おれはゆっくりとドアを開けた。
石床の小屋。だが、家具や雑貨などは何も置かれていない。
まっすぐ奥にある、出口のドアを守るように、こん棒を持った四体のブタ―― 『デカブー(エンドー命名)』がいる。
「おーおー、ブタ小屋かここは?」
エンドーが、中に入るなり敵を挑発する。
デカブーも、おれたちを見て、手に持ったこん棒を振り上げ、
「ナんダ、テメえラは……」
低い声でしゃべった。
「へー、モンスターもしゃべるんだな」
おれがつぶやくと、案内人が言う。
「もともとプログラムですからね。しゃべるように改造するのは簡単なのでしょう」
ふむ……。それは便利だな。
「ナにモノダ……?」
おれたちをにらむ四体のデカブーに、エンドーが言い放つ。
「侵入者だ」
そしてエンドーは腕を前に構える。
それを、おれとヨッくんが慌てて制止する。
「バカ! こんなせまい空間でお前の力は使うな!」
おれの言葉に、エンドーは少し考えて、苦笑い。
やっぱりこいつ、危ない……。
「グオオォ! コロす!」
危ないエンドーのせいで、おれたちは危ない状況に陥ったわけで……。
「ぼくがやる」
ヨッくんが、勇ましくおれの前に立った。
おお! 力を持ったヨッくんはなんとも頼もしい!
「こいつらの動きを止めたら、向こうのドアへ走るぞ!」
叫ぶヨッくんの頼もしい背中で、おれとエンドーはうなずく。
魔力を眼に集中させるヨッくん。
銀色の眼の光と、あの鋭い音。再びデカブーが、吠えようと口を開いたとき、そのまま動きを止めた。
よし! 走れ――
「あれ……?」
走り出そうとしたおれは、ヨッくんの抜けた声で踏み止まった。
「どうした!?」
見ると、ヨッくんは敵のほうを見て、首をひねっている。
「グオオオ!」
停止したはずのデカブーの咆哮。
いや、停止したのは一体だけだ。他の三体は動いている。
どういうことだ? あのときは、十数匹のモンスターを一度に停止させたのに……。集中力が足りなかった?
いつの間にか、ヨッくんはおれの後ろに隠れていた。
頼りねぇ〜〜〜……。
停止している他に三体いるから、一人一体と闘うことになるんだぞ!
攻撃を切り抜けながら、出口へ走るか……。
[戦闘開始]
まずは敵の出方をうかがう。
猪突盲進。いきなり突っ込んでくる。しかし、ナリがでかいので、かわすのは容易だ。
敵のこん棒が、おれの左でゴツン!と、石の床を叩いた。
次は、おれの攻撃。
おれはナギナタを上に構えた。
……あっ。やばい。狭い室内で柄の長いナギナタは、非常に不利だ。
「……すいません。話し合いで解決しませんか?」
「グオァ!」
無理なようだ。
左横からこん棒が襲ってきた。
横からの攻撃は対処に困る。左腕で防ぐのが精一杯で、おれは右側になぎ倒された。
「大丈夫か!」
ヨッくんがおれを心配してくれるが、本人も危うい状態だ。腹を殴られるのが目に入った。
おれは左腕の痛みをこらえて、出口へ走る。
とりあえず出口を開けておかなければ!
ヨッくんの力が持続し、停止したままのデカブーを無視して、出口のドアに飛びついた。
ガシャッ!という音が、おれを凍りつかせる。
……カギ、がかかってますね。
「グゴオオォ!」
ここで、停止していたデカブーが復活。背後のおれを見つけると、重たい武器を振り下ろした。
しかし、フリが大きいので、やはり容易にかわせる。
ズゴォォン!
そして―― 敵の怪力と合わさって、破壊力抜群のこん棒は、カギのかかったドアをぶち壊してくれた。
おお! ナイスだブタさん!
デカブーは、「やっちまった〜」と、顔をゆがめる。
優しいおれは、ぽんぽんと、肩を叩いてなぐさめてやる。(当然、怒りを買ったけど)
攻撃を受けた左腕が痛む。
ヨッくんとエンドーも、大苦戦の模様。そして、命からがらおれのほうへ逃れてきた。
「ヤベェな。ムチャクチャ戦いづらい!」
エンドーが傷の痛みにうなりながら言う。
ヨッくんは無言で腹を押さえている。
逃げないと……。
おれは二人に、もっと固まるように言うと、足に魔力を集中させた。
あの時と同じように―― 力を出し切るイメージで――
「くらえ!」
床を踏みしめ、力を放つ!
おれたちを中心に、衝撃波が周囲に広がる。
だが、今回は何か違った。力を出し切った感じがしない。
放たれた衝撃波は、小さい威力ながらも、デカブー四体を転倒させるには十分だった。
「よし! 行くぞ!」
おれは怪我にうめく二人を押して、ブタ小屋から脱出。敵が起き上がるまでに、小屋から距離をとった。
「くっそ! あいつらぁ……! ブタ小屋ごとぶっ潰してやる!」
怒ったエンドーは、腕を構えて、低くうなった。
目を凝らすと、腕にうっすらと、オーラのように魔力が見える。それが腕全体から、手の平に溜まっていく。そして、小さな、球体となった。
おれたちを追って、小屋からデカブーが出てくる。
エンドーは腕を振って、球体を敵へ飛ばした。
あの威力なら、小さな建物くらい一発で崩壊するだろう。
と、思ったが……。
ドォンッ!
球体は先に出てきたデカブーの寸前で破裂。小さな爆発で、後ろに仰け反り、倒れた。
あれ? しょぼくなってる。
エンドーの表情が固まる。
どういうことだ?




