11:敵の名は……
町から逃れ、おれたちは町外れの川原で休憩をすることにした。
流れの速い大きな川だ。でも、やはり自然に感じられる涼しさや、安らぎなどの現実味はない。
「あなたたちの、あの力は何なんです!?」
「わめくな〜! 疲れてんだからっ……!」
エンドーが息を切らせて、石に腰を下ろした。
おれとヨッくんも、近くの手ごろな石に座る。
「ふう……」
あの技を使うと、妙に疲れる。
空腹時に力が入らない感じ。気力が削られたようだ。
これが、ゲームでいう『魔力』だろうか?
休憩すると、疲れは和らいで、力ももどってきた。
「なにがあったんですか?」
おれたちが元気になったのを確認した案内人が、質問を再開した。
ヨッくんが、うーん、と考えながら言う。
「あれは、なんだろう?」
おれも腕を組む。
「なんだろうな?」
今考えると、とても不思議な出来事だった。
『世界を救ってくれ……』『わたしの過ちを……』
「世界って、何のことだろうか? このゲーム世界?」
おれが言うと、二人もそれについて考えていたのか、
「ぼくらがいるこの世界は、制作者がつくったんだよね? 案内人?」
「ですから、あくまでこのプログラムを―― です。前にも言いましたが、この、プログラムの実体化を可能にする世界は、偶然見つけたものなのです」
「それだ。それもわからん」
エンドーが、人差し指を前に振りながら言う。
「この世界のことだ。なぜ、この世界はある? 誰がつくった世界だ?」
「……さっぱりです」
案内人もお手上げのようだ。
会話が途切れても、川の音だけは絶えず聞こえてくる。
ほんとに、この世界ってなに?
おれたちは、自分たちの身に起こったことを、こと細かく案内人に話した。
灰白の間、青白い光、謎の声、世界を救ってくれと頼まれたこと。それと、さっきの力。
「あなたたちに、何かの力が宿った、ということですね」
「ああ、すごい力だ」
自分の右手を見つめるエンドー。
そういえばエンドーの技が一番すさまじかった。あの大量のモンスターの戦意を喪失させたのは、最後のエンドーの大技のおかげなんだ。
……エンドーからは、怒りを買わないようにしよう……。
さて、さっきの技のおさらいだ。
まず、おれの技。あれは足元から強い衝撃波を放ち、周囲の敵を吹っ飛ばす。自分と密着している者には被害はない。
次にヨッくんの技。あの技は、よくわからなかったが、敵の動きを止めるものらしい。使った本人が言うには、この技の使い方はそれだけではないかもしれない、と。
そして、エンドーの技。あれはつまり、人間爆弾製造機だな。でも、爆弾の爆発とは違っていた。凝縮された大きな力を、破裂させたような……。
エンドーがにやけて言う。
「ちなみに技名は、カメハ――」
「さ、進むか。はやくあのゾンビ野郎を滅さないと、被害は増えるぞ」
おれは伸びをしながら立ち上がった。
すると、案内人が、
「いえ、待ってください。わたしからも話があります。その、ゾンビについて」
「ほう、何かわかったのか?」
もう一度石に座りなおす。
「はい。さっき、噴水のところで思い出して、調べてたんですが……」
あのとき、案内人が応答しなかったのは、そのせいか。
「あのゾンビ。名を『デンテール』といいます」
「デンテール?」
おれがくり返すと、案内人は詳しい話を始めた。
「デンテールとは、削除されたはずのキャラプログラムです。もともと、最終ボスとしてつくられたプログラムでしたが、重大な設定ミスがあり、削除したのです。重大なミスというのは、『執念』」
「執念……? 何に対する?」
と、訊くと、少し悩んで案内人は答えた。
「何、と言われても困りますが、ボスキャラは他のキャラクターよりも、知能は高くできています。その中に『執念』というプログラムも追加したそうで、しかし、その程度がいき過ぎていて、やむなく、一からつくりなおすため、『デンテール』というキャラクターは削除されたんです」
削除されたプログラムが、セルヴォとなって、暴走したのか……。
「調べものが終わって、もどってみたら、あなたたちがモンスターにやられていたのでビックリしました」
「うん、一度死んだんだなー。ぼくたち」
ヨッくんが笑いながら話す。
いやー、でもほんと、復活できてよかった。ハハハー。
「と、なると……。おれたちは、そのディテールを倒さなきゃいけねーんだな? そいつの居場所はわかってんのか?」
めんどくさい。と言いたげな、エンドーの憂鬱そうな声。
「『ディテール』ではなく、『デンテール』です」
案内人が律儀に訂正してから言った。(たぶん、わざと間違えたぞ)
「いるとしたら、やはり『魔城』でしょうね……」
魔城……。それはおれたちが最初に目指していた場所だ。
デンテールが削除されたボスキャラということは、もう一人、本物のボスキャラがいるのだろう。
まてよ……? 魔城にデンテールがいるとしたら、もうそこは……。
「ぼくの予想では、魔城もデンテールに占拠されている」
ヨッくんの考えも、おれと同じだったようだ。
一筋縄ではいかないよな……。
おれとヨッくんが困った表情をする中、エンドーが、ポンと手を打った。
「“ディテール”は、おれたちが死んだと思ってるはずだ。その不意を突けばいいんじゃね?」
どうでもいいけど、そのネタはもういいって……。(でも案内人は再び律儀に訂正している)
それに――
「もしも、おれたちが生きていることが、やつにバレてたらどうする?」
そう言うと、エンドーではなく、案内人が、
「その作戦にかけてみてもいいのではないですか? どちらにしても、魔城へ行くことは決まっているのですから、もしも気付かれていなければ、万々歳です」
……んな他人事みたいに言うなよ……。他人事だけど。
ま、エンドーと案内人が同盟を結んだのなら、おれは―― ヨッくんも、ただ引きずられていくだけだろう。二人とも(エンドー&案内人)強引な性格だから。
とか考えていると……。
「それなら、ぼくもエンドー派で」
ん。これでおれ一人引きずられるな。うん。
……泣けるゲームだ……。
いざ、魔城へ――
……どうやって? ていうか、どこにあるの?
「魔城は、この川の下流にあります」
おれたちは川を見た。
流れが速く、深い川だ。川幅も広いし、ところどころで渦が発生している。
川以外に行く道はないのかと訊くと、
「そこに『イカダ』が用意されていますので、それで川を下ってください」
簡単に言う案内人は残酷だ。
たしかに、岸に『イカダ』が用意されているが……。『イカダ』だと? そんなもので下れるわけあるかぁ! ゴムボートのほうが、かえって安心するわ!
「そんな心配そうな顔をしなくても、すぐに着きますよ。大丈夫ですって! 揺れすぎて“船酔い”どころじゃないですから」
「…………」
案内人が的外れな部分を励ましてくる。
問題は船酔いなんかじゃないぞー!
「なんだー、船酔いしねーのかー。安心したー」
エンドーがさくさくと、船出の準備を始める。
……おおっとぉ、これは予想外。
まさかエンドーが船に弱かったとは……。じゃなくて、えっと……。どこを突っ込めばいいんだっけ?
とりあえず、そういう自分にツッコミをいれる。
「行くしかないでしょ」
ヨッくんはヨッくんで、すでにあきらめモード。イコール、おれも強制あきらめモード。
おれとヨッくんは、並んでエンドーを見ていた。
「神よ。どうか、ぼくたちをお見守りください。アーメン」
「キミはいつからキリスト教徒になったんだい?」
「真栄くんもクリスマスパーティーでは楽しむだろ?」
「おれは無宗教だ」
「奇遇だね。ぼくもだよ」
話がかみ合わない……。
そして、出航準備完了。