第8話:新生の朝
「進化」。それは単なる強化ではなく、存在そのものの変革。 かつてカブトムシに怯えていた小さな命は、今、神々しい輝きを纏って目覚めます。 新しく手に入れた翼と、跳ね上がった力。 その「新生の朝」に、ルナは何を思い、どこへ羽ばたくのでしょうか。
目の前に浮かぶ二つの選択肢。
私は、血で汚れた手をじっと見つめ、それから空中の文字を見上げた。
「……インプは、なんか違うよね」
生きるために手は汚した。けれど、心まで怪物になりたいわけじゃない。
女神様に誓った「まともな人生」を歩むなら、そして、亡きティタお姉ちゃんたちが誇りに思っていた「妖精」としての在り方を守るなら。
私は、綺麗なままで強くなりたい。
「私は『ハイ・フェアリー』を選ぶよ」
そう告げた瞬間、私の体は柔らかな銀色の光に包まれた。
カエルさんの死骸や泥の感触が遠のいていく。
まるで温かいお湯の中に沈んでいくような、深い安らぎ。
意識が溶け、私は深い眠りへと落ちていった。
◇
チュン、チュン……。
小鳥のさえずりが耳をくすぐる。
瞼の裏が明るい。朝が来たようだ。
ゆっくりと目を開けると、視界の鮮明さに驚いた。
木の葉の一枚一枚、空気中を舞う埃の粒、そして森に満ちる魔力の流れ(ライン)までもが、手に取るようにハッキリと見える。
「ふわぁ……よく寝たぁ」
体を起こし、大きく伸びをする。
体の重さが全くない。以前よりもさらに軽く、そして力が満ち溢れているのを感じる。
私は近くの湧き水の方へ歩いて――いや、無意識に滑るように飛んで移動した。
水面に映る自分の姿を見て、私は息を飲んだ。
「これ……私?」
そこには、透き通るような銀色の髪と、宝石のように輝くルビーの瞳を持つ少女が映っていた。
背中の羽は二枚から四枚に増え、朝露に濡れたガラスのように虹色の光沢を放っている。
大きさは相変わらず小指サイズ(少し大きくなって手のひらサイズくらい?)だけど、以前の「子供っぽさ」が抜け、どこか神々しささえ感じる姿になっていた。
「綺麗……」
自分で言っちゃうけど、本当にお人形さんみたい。
私は水面に指を浸した。昨日の戦いでこびりついていた血や泥は、進化の光ですっかり浄化され、肌は白く輝いている。
「ステータス、オープン」
【名前】 ルナ 【種族】 ハイ・フェアリー 【レベル】 1
【HP】 80 / 80 【MP】 150 / 150 【魔力】 50
【スキル】
・固有:『チャーム(魅了)Lv.3』
・魔法:『水魔法Lv.1』『風魔法Lv.1』『回復魔法Lv.1』 ・耐性:『毒耐性Lv.2』
・その他:『精霊の加護』
「すごい、魔法を覚えてる!」
私は嬉しくなって、水面に向かって掌をかざした。
体の中の魔力が、自然と形になるイメージ。
「――『ウォーター』」
ポチャン。
指先から小さな水球が生まれ、水面に波紋を広げた。
攻撃魔法というよりは、生活魔法に近いささやかなもの。でも、私にとっては初めての「自分の力」で作った魔法だ。
「ふふっ、楽しい」
私はしばらくの間、水球を作っては弾けさせ、風を起こしては落ち葉を舞わせて遊んだ。
殺すためでも、食べるためでもない。ただ純粋な、魔法への好奇心。
木漏れ日が水面をキラキラと照らし、森は静かで美しい。
昨日までの血生臭いサバイバルが嘘のような、穏やかな時間が流れていた。
「……お腹、空かないな」
ふと気づく。いつもなら目覚めと共に襲ってくる飢餓感がない。
『精霊の加護』のおかげだろうか。空気中の魔力を呼吸するだけで、ある程度のエネルギー補給ができているみたいだ。
これなら、無理に魔物を狩らなくても生きていけるかもしれない。
「今日はのんびりしようかな」
私は湧き水のほとりに生えていた大きな花の花弁に寝転がった。
ふかふかのベッドみたい。
空を見上げると、青い空に白い雲が流れていく。
復讐は忘れていない。強くなることも諦めていない。
でも、今は少しだけ休息を。
この美しい森を、恐怖の対象としてではなく、私の新しい庭として楽しむ余裕が、今の私にはあるのだから。
私は新しい四枚の羽をゆったりと広げ、花の香りに包まれながら、二度寝の幸福に身を委ねた。
【現在のルナのステータス】
種族: ハイ・フェアリー Lv: 1(進化によりリセット)
状態: リラックス、幸福 装備: 世界樹の葉のドレス(進化に合わせて変化)
第8話、お読みいただきありがとうございました! ハイ・フェアリーとしての第一歩。ステータスの上がり幅にニヤリとしてしまいますね。 見た目は聖なる妖精そのものですが、中身はあの「お人形遊び」をこなすルナのまま。 この「美しすぎる猛毒」が次に何をしでかすのか……。 次回、いよいよ人間の住む場所が視界に入ってきます。お楽しみに!




