第9話:小さなお客さんと人間観察
森を抜け、ついに辿り着いた「人の世界」。 ハイ・フェアリーへと進化したルナの瞳に、人間という生き物はどう映るのでしょうか。 好奇心と警戒心を抱えながら、小さなお客さんによる「人間観察」が始まります。 彼らは利用すべき道具か、それとも――。
森での生活にも余裕が出てきた私は、行動範囲を広げてみることにした。
木々の梢を飛び越え、さらに東へと進む。
すると、森の切れ目から、細い煙が立ち上っているのが見えた。
「あれは……かまどの煙?」
以前見た、里を焼く黒い煙とは違う、生活の匂いがする白い煙。
私は高度を上げ、風に乗ってその場所へ近づいた。
そこには、こじんまりとした人間の村があった。
石と木で組まれた家々。畑を耕す人々。走り回る子供たち。
前世で見てきた景色とは違うけれど、どこか懐かしい「人間の営み」がそこにあった。
「ここなら、魔物もいなそうだし……ちょっとだけ、ね」
私は『飛行』スキルで音もなく滑空し、村の中へと侵入した。
私の体は手のひらサイズ。しかも『ハイ・フェアリー』になったことで、魔力隠蔽能力も上がっているはずだ。
案の定、すれ違う村人たちは誰も私に気づかない。
「ふふっ、透明人間になった気分」
私はメインストリートらしき通りへ出た。
そこには数軒の露店が並んでいて、活気のある声が響いていた。
「へいらっしゃい! 採れたてのリンゴだよ!」
威勢のいいおじさんの声に惹かれて、私は果物屋の屋根に降り立った。
木箱には真っ赤なリンゴや、紫色のブドウが山盛りにされている。甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。
「おいしそう……」
私はブドウの山にこっそりと着地した。
店のおじさんは、別のお客さんと話していてこちらを見ていない。
私は一番端っこにある、大きな粒を一つだけもぎ取った。
「いただきまーす」
プチッ。
皮ごと齧りつくと、ジューシーな果汁が口いっぱいに広がる。森の野生の果物とは違う、品種改良された洗練された甘さだ。
「おいしい! 人間ってば、こんな美味しいもの隠し持ってたんだ」
私が夢中でブドウを一粒平らげたその時、おじさんが振り返った。
「ん? なんだ、ブドウが房から外れて……虫食いか?」
おじさんは不思議そうな顔で、私が食べたあとの皮を摘み上げた。
目の前に私がいるのに、全く見えていない。
私は口元を押さえてクスクスと笑い、お代の代わりに、ブドウの山にほんの少しだけ『回復魔法』をかけて鮮度を戻してあげた。
これでおあいこね。
◇
次に向かったのは、色とりどりの花が並ぶお花屋さん。
看板娘らしき若い女性が、少し元気のない花にジョウロで水をあげていた。
「あらら、この子、枯れちゃいそう……」
彼女が悲しそうに見つめる鉢植えには、白い花がしおれて首を垂れていた。
私はその花の葉っぱの上にふわりと降り立つ。
「元気を出しなよ。君はまだ綺麗に咲けるでしょ?」
私は指先で花弁を撫でながら、自分の魔力を少しだけ分けてあげた。
ハイ・フェアリーの魔力は、自然を活性化させる力が強い。
すると、しおれていた茎がみるみるうちに緑色を取り戻し、白い花弁がパッと大きく開いた。
「えっ!?」
看板娘さんが目を見開いて驚いている。
まるで手品でも見たかのような表情だ。
「すごい……急に元気になった! 奇跡かしら?」
彼女が嬉しそうに花に顔を近づける。
その拍子に、彼女の鼻先が隠れていた私に触れそうになった。
私は慌てて飛び退き、彼女の鼻の頭を指でちょんと突いた。
「えいっ」
「くしゅんっ!」
可愛いくしゃみをする看板娘さん。
私は空中でくるりと回転し、満足げにその様子を眺めた。
人間を驚かすのって、意外と楽しいかも。
◇
村を一通り見て回ったあと、私は広場のベンチで休憩している一人の男に目をつけた。
鎧を着た、見回りの兵士だ。
でも、兜を目深にかぶって、槍を抱えたまま船を漕いでいる。完全にサボりだ。
「お仕事中に寝るなんて、悪い大人だねぇ」
私は悪戯な笑みを浮かべて、兵士の肩に乗った。
そして、兜の隙間から中へ入り込み、彼の耳元で囁いた。
「――おきろおおおおおっ!」
人間の耳には聞こえない音域だけど、鼓膜を直接揺らす魔力の声だ。
「うわぁっ!?」
兵士は悲鳴を上げて飛び起きた。
勢い余って抱えていた槍を取り落とし、ガシャン! と派手な音を立てる。
その音に驚いた近くの野良犬が吠え出し、さらにその声に驚いたニワトリがカゴから脱走し、広場は大騒ぎになった。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
キョロキョロと慌てふためく兵士。
その頭上高くで、私はお腹を抱えて笑い転げた。
「あははは! すごい顔!」
人間って、無防備で、鈍感で、面白い。
森の中で命のやり取りをしていた時とは違う、平和な時間。
今の私には、人間は脅威じゃない。ただの「観察対象」であり、気まぐれに手を出す「おもちゃ」のようなものだ。
「また遊びに来てあげてもいいかな」
私は騒がしくなった広場を見下ろしながら、夕暮れの空へと飛び立った。
手には、戦利品としてこっそり拝借した、甘いブドウを一粒抱えて。
【現在のルナのステータス】
種族: ハイ・フェアリー Lv: 1
状態: 満喫、優越感
スキル経験値取得: 『隠密』『飛行』
お読みいただきありがとうございました! 看板娘(?)として花を咲かせ、パンを貰って喜ぶルナ。 ここまでの殺伐としたサバイバルが嘘のような、微笑ましい日常回でしたね。 しかし、ルナの心根はあくまで「捕食者」。 人間たちの無防備な善意と、その裏に透けて見える好奇の視線。 この静かな「観察」が、どのような変化をもたらすのか……次回、ついに不穏な影が忍び寄ります。




