第13話:自由と銀色の猫
ガラスの檻が、静かに砕ける。 差し伸べられたのは、温かな人間の手ではなく、鋭い爪と肉球を持つ「泥棒」の特権でした。 月明かりの下、再び羽を広げるルナ。 魔力を取り戻し、夜空を駆ける彼女の隣には、不敵に笑う銀色の影がありました。 自由を奪ったのも人間なら、それを返してくれたのは――。
屋敷の窓から飛び出した私たちは、夜風を切って森の中を駆け抜けた。
ジルは私を風呂敷に包んだまま、驚くべき速さで木々を飛び移っていく。
背中で揺られながら、私は遠ざかっていく屋敷の灯りをぼんやりと見つめていた。
どれくらい走っただろうか。
完全に追っ手の気配が消えた森の開けた場所で、ジルは足を止めた。
「ふぅ……ここまでくれば大丈夫だろう」
ジルは風呂敷を解き、私を地面の苔の上に降ろしてくれた。
久しぶりに踏みしめる土の感触。草の匂い。
でも、私の体はまだ鉛のように重かった。あの瓶の呪いが、まだこびりついているみたいだ。
「ほらよ。これを飲みな」
ジルが懐から小さな小瓶を取り出し、放り投げてきた。
受け取ると、中には青く発光する液体が入っている。
「これは……?」
「上等の『魔力回復薬』と『解呪薬』を混ぜた特製ドリンクだ。一気にいけ」
私は頷き、小瓶の蓋を開けて中身をあおった。
苦味と清涼感が混ざった液体が喉を通り抜ける。
カァッ!
胃の底から熱い奔流が湧き上がった。
全身の血管を巡っていた重い鎖が、音を立てて砕け散る感覚。
指先まで冷え切っていた感覚が消え、代わりに温かい力が――私の魔力が、溢れんばかりに戻ってくる。
「はぁ……っ! う……んっ!」
体の内側から光が漏れる。
私の四枚の羽が、再び虹色の輝きを取り戻した。
《状態異常『魔力封印』『衰弱』『魔力吸収』が解除されました》
《MPが最大まで回復しました》
「ふぅ……生き返った……」
私は自分の手を見つめ、握ったり開いたりした。力が漲る。これなら、もう誰にも負けない。
「顔色が戻ったな。もう大丈夫そうだ」
ジルは私の様子を確認すると、満足げに一つ頷いた。
そして、背中の風呂敷(戦利品でパンパンだ)を担ぎ直した。
「じゃあな、ドジっ子妖精。二度と捕まるんじゃねぇぞ」
「えっ、待って! お礼を……!」
「礼ならさっきの屋敷で高い時計を頂いたから十分さ。あばよ!」
ジルは片手をひらりと振ると、影に溶け込むように木の上へと跳躍した。
一瞬でその姿は見えなくなり、後には風に揺れる枝葉の音だけが残された。
「……行っちゃった」
名前も、行き先も告げずに。
本当に、風のような泥棒猫だった。
でも、彼のおかげで私は助かったのだ。この恩は絶対に忘れない。
私は一人、森の中に残された。
緊張の糸が切れ、急激な眠気が襲ってくる。
今日はもう動けない。
私は近くにあった背の高い木の、太い枝の分かれ目にある草むらに潜り込んだ。
ここなら下からは見えないし、風も防げる。
「……ふぅ…暖かい…」
私は膝を抱え、泥のように深く眠りについた。
◇
翌朝。 チュンチュンという鳥の声で目を覚ます。 葉の隙間から差し込む朝日が眩しい。
「……夢じゃ、ないんだよね」
自分の体を見る。ドレスは少し汚れているけれど、体調は万全だ。
ステータスを確認する。
【HP】 80 / 80 【MP】 150 / 150 【魔力】 50(完全回復)
よかった。元通りだ。
私は大きく伸びをして、空中に飛び出した。
風に乗る感覚。魔力を纏って飛ぶ浮遊感。
これだ。これが私だ。
眼下には、平和な朝の森が広がっている。
昨日、あんなに恐ろしい目に遭った人間たちの街は、ここからは見えない。
「人間は……怖い」
改めて思う。
村で無邪気に遊んでいた昨日の私は、本当に馬鹿だった。
彼らは私を「知性ある隣人」としては見ない。「珍しい商品」「金になるモノ」としてしか見ていないのだ。
あのガラス瓶の中で感じた無力感と屈辱は、二度と味わいたくない。
「もう油断しない。次は……絶対に許さない」
私は手のひらに魔力を集めた。
バチバチと小さな雷撃が弾ける。
『ハイ・フェアリー』の力は、飾りじゃない。
逃げるためだけじゃなく、自分を守るために、そして敵を排除するために使うんだ。
グゥゥ……。
決意を新たにしたところで、お腹の虫が鳴いた。
そういえば、昨日から何も食べていない。
前の拠点の蜜壺は、もう取りには帰れないだろう。あそこは人間に近すぎる。
「まずは拠点探しと、食料確保だね」
私は高く舞い上がり、周囲を見渡した。
人間の匂いがしない、もっと深く、険しい森の奥へ。
そこならきっと、強力な魔物もいるだろうけれど、今の私なら負けない。
人間よりも魔物の方が、話が通じない分まだマシだ。殺るか殺られるか、シンプルなルールなのだから。
「行こう。私の新しい国を作るために」
私は銀色の髪をなびかせ、森の深部――『未開の領域』へと向かって加速した。
その瞳には、かつての無邪気な色はなく、冷たく冴え渡る『捕食者』の光が宿っていた。
【現在のルナのステータス】
種族: ハイ・フェアリー
【HP】 80 / 80 【MP】 150 / 150 【魔力】 50
Lv: 1 状態: 良好、人間不信(大)
現在地: 森の深部へ移動中
第13話、お読みいただきありがとうございました! ついに、やっと自由になれましたね、ルナ。 颯爽と現れ、鮮やかに彼女を救い出した銀色のケット・シー。 「名前くらい教えなさいよ!」というルナの叫びも虚しく、彼は名乗ることもなく夜の闇へと消えていきました。 まさに風のような、気まぐれな救世主。結局、名前すら聞けずじまいでしたが……。
しかし、自由にはなれたものの、一度人間に「商品」として扱われた傷は消えません。 絶望と屈辱を経て、ルナの瞳には新たな、そして冷徹な決意が宿ります。 物語はいよいよ、因縁の「復讐編」へと突入します!




