第12話:闇夜の来訪者と銀の猫
魔力も、誇りも、自由も。 すべてを奪われ、薄暗い地下室で「モノ」として朽ちていくのを待つだけだったルナ。 絶望が彼女の心を塗りつぶそうとしたその時、静寂を切り裂く軽やかな声が響きます。
梁の上に佇む、月明かりを浴びた銀色の影。 皮肉屋で生意気な「泥棒猫」との出会いが、ルナの運命を再び変えようとしていました。
深夜の古道具屋に現れた男は、迷うことなく私のいる棚の前へと歩み寄った。
「爺さん。約束のブツはこれだな?」
「ああ、そうだ。『ハイ・フェアリー』の変異種。しかも未契約の処女だ。滅多にお目にかかれん逸品だよ」
老人はカウンターから出てきて、私の入った瓶をうやうやしく捧げ持った。
男――闇ブローカーは、フードの下から冷徹な視線を向けた。感情の読めない、商売人の目だ。
「ふむ、悪くない。顧客のリストに載っている変態貴族どもが喜びそうなツラだ」
「だろう? 値段だが、金貨2000枚でどうだね?」
「1500だ。最近は王国の監視が厳しくてな、輸送のリスク代を引かせてもらおう」
私の目の前で、私の値段が交渉されていく。金貨1500枚。盗賊が売った値段の10倍だ。私は高価な商品になったらしい。でも、嬉しくなんてない。
取引は成立した。男は懐から重そうな金貨が入った革袋をカウンターに置く。
老人はニヤリと厭らしく笑い、舌をチョロっとだした。
「へへ……まいど…!」
「…こいつは貰っていく。」
私が入った瓶を乱暴に掴み取った。
「さあ、新しい飼い主様のところへ行くぞ、お嬢ちゃん」
私は再び闇の中へ、馬車の揺れの中へと放り込まれた。
◇
到着したのは、森の奥深くにある、石造りの堅牢な屋敷だった。
表向きは富豪の別荘だろうが、その地下には広大な「保管庫」が広がっていた。
「ここがお前の新しい部屋だ」
ブローカーの男は、私を埃っぽい棚の上に置いた。
ここは古道具屋よりもさらに異様だった。
私の隣には、禍々しい赤光を放つ『魔剣』が台座に刺さっている。反対側には、持ち主の血を吸って黒ずんだ『呪いの鎧』が、亡霊のように立ち尽くしている。
盗品、呪物、禁制品。ここは、表の世界に出せない闇の宝物庫なのだ。
「次のオークションまで、そこで大人しくしてな。傷物になったら価値が下がる」
男はそれだけ言い捨てて、重い鉄の扉を閉めて出て行った。
ガチャン、と鍵がかかる音が地下室に響く。
再び訪れた静寂。魔剣の唸るような低い振動音だけが聞こえる。
私は瓶の底に座り込んだ。
「……もう、ダメなのかな」
ここから逃げるなんて不可能だ。魔法も使えず、この頑丈な瓶を割ることもできない。
やがて誰かに買われ、どんなひどいことをされるのか。想像するだけで体が震える。
森で自由に飛び回っていた頃が、遥か昔のことのように思えた。ティタお姉ちゃん…みんな…ごめんね。私は、ここまでみたい……。
絶望が心を塗りつぶそうとした、その時。
「――おや?」
微かに、軽い声が聞こえた。
幻聴? それとも、隣の呪いの鎧が喋ったの?
私は顔を上げ、目を凝らした。
薄暗い地下室の天井近く。太い梁の上に、小さな影があった。
月明かりが差し込む高窓から、その姿が一瞬だけ照らし出された。
二本足で立ち、背中に風呂敷を背負った、銀色の毛並みを持つ猫の妖精――『ケット・シー』だ。
彼は頬杖をついて、ニヤニヤと私を見下ろしていた。
「君、ハイ・フェアリーだよね?
こんなところに捕まって、ドジな妖精だね!」
「え……あなたは?」
声が出せない瓶の中から、私は口パクで問いかけた。
ケット・シーは音もなく梁から飛び降り、スタッと私の目の前に着地した。
そして、腰から小さなガラス切りのような道具を取り出し、ウインクしてみせた。
「通りすがりの、ただの泥棒猫さ。……ちょっと待ってな、今出してやる」
彼は腰から小さな道具――ガラス切りのようなものを取り出し、私の入っている瓶に近づいてきた。 その瞳は、商売人のような冷たい目でも、盗賊のようなギラついた目でもない。
闇夜に光る、自由で、いたずらっぽい、冒険者の目をしていた。
【現在のルナのステータス】
【HP】 50 / 80 【MP】 100 / 150 【魔力】 0(封印)
状態: 監禁、絶望からの希望
状態異常: 魔力封印、衰弱(小)、魔力吸収(小)
環境: 闇ブローカーの地下保管庫
遭遇: 銀色の義賊ケット・シー
お読みいただき、ありがとうございました! ついに、ついにルナに救いの手が……!
現れたのは、二足歩行の銀色の猫、ケット・シー。 「ドジな妖精だね」なんて、弱っている今のルナには最高にカチンとくる台詞ですが、これほど頼もしく聞こえる言葉もありません。 ガラスカッターを手にした彼の正体は、一体何者なのか。
いよいよ次話、ルナが再び「外の世界」へと飛び出します。 お楽しみに!




