第11話:陳列棚の上の悪夢
昨日までは、森を統べる女王の卵。 今日からは、値札を貼られたただの「在庫」。
闇ブローカーの地下倉庫に並べられたのは、呪いの武具、禁忌の魔導書、そして――ガラス瓶に詰められた一匹の妖精。 魔力を封じられ、声すら届かない檻の中で、ルナは人間たちのどろどろとした欲望を特等席で眺めることになります。
ガタゴトと揺れていた馬車が止まった。
懐から取り出された私は、再び外の世界の光――といっても、薄暗い地下室のような蝋燭の灯りを目にした。
「へへへ、旦那。とびきりの品を持ってきたぜ」
「ほう……盗賊風情が、またガラクタを拾ってきたか?」
私の入った瓶が、無造作に木のカウンターの上に置かれる。
目の前にいるのは、シワだらけの顔に片眼鏡をかけた、枯れ木のような老人だった。
店の中は埃っぽく、カビと防腐剤の混じった独特の匂いがする。
天井からは正体不明の骨がぶら下がり、棚には禍々しい彫像や錆びた剣が所狭しと並んでいる。
ここは、まともな店じゃない。
「ガラクタじゃねぇよ。こいつを見な」
盗賊の男が私の瓶を指差す。
老人は片眼鏡の位置を直し、顔を近づけてきた。
巨大な魚眼レンズのような瞳が、ガラス越しに私を覗き込む。
「……ッ!」
私は反射的に睨み返そうとしたが、体が震えてうまく動かない。
老人の目は、生き物を見る目ではなかった。素材の価値、鮮度、魔力の保有量……そんなものを値踏みする、冷徹な鑑定士の目だ。
「……ふむ。『ハイ・フェアリー』か。しかも変異種に近い輝きだ。どこで拾った?」
「西の森の街道だ。油断して飛んでたところをパックンチョよ」
「よかろう。金貨150枚だ」
「へへっ、まいどあり!」
私の命の値段は、たったの金貨150枚。
盗賊はジャラジャラと革袋を受け取ると、私に一瞥もくれずに店を出て行った。
「さて……」
残された老人は、私の入った瓶を持ち上げた。
ガリッ、ガリッ。
老人は羽ペンの先で小さな紙切れに何かを書き込むと、それを瓶の表面に貼り付けた。
裏側から透けて見えた文字は――『極上品:非売品(要交渉)』。
私は商品になった。
その事実に、目の前がクラクラする。
老人は店の奥にある、ひときわ高い棚の上に私を置いた。
そこは「特選コーナー」なのだろうか。
私の隣には、ホルマリン漬けにされた双頭の蛇と、何かの呪いで脈打つ心臓が入った水晶箱が並んでいた。
「そこで大人しくしていろ。買い手がつくまではな」
老人はそれだけ言うと、カウンターに戻り、分厚い魔道書を読み始めた。
◇
棚の上からの景色は、絶望的だった。
店には時折、怪しげな客がやってくる。
黒いローブを目深にかぶった男や、全身に刺青を入れた傭兵風の女。
彼らは棚の商品を物色し、時折、私の前で足を止める。
「おい爺さん、この妖精はいくらだ?」
「売り物ではない。それは私のコレクションに加えるつもりでな」
「チッ、ケチなジジイだ。これがあれば、いい薬が作れそうなんだがな」
客の一人が、瓶をコツコツと爪で叩いた。
ドン、ドン。
瓶の中で音が反響し、鼓膜が痛い。
私は膝を抱え、極力動かないようにして、視線を逸らし続けた。
目が合えば、何をされるかわからない。
見世物小屋の動物。
ガラスケースの中の人形。
プライドの高い『ハイ・フェアリー』としての誇りは、冷たいガラスに閉じ込められ、粉々に砕かれていた。
(誰か……助けて……)
森で魔物を殺していた時の、あの万能感はどこへ行ったの?
魔法が使えないだけで、私はこんなにも無力な存在だったんだ。
蜜壺を抱えて飛んでいた頃の自由な空が、今は遠い昔のように思える。
夜が更け、客足が途絶えると、店内は静まり返った。
蝋燭の火が消され、闇が訪れる。
隣の水晶箱に入った心臓が、ドクン、ドクンと音を立てるのが聞こえる。
双頭の蛇の死骸が、恨めしそうにこちらを見ている気がする。
私は瓶の底に丸まり、冷たくなった自分の羽を抱きしめた。
ここから出る方法を考えなきゃ。
泣いている場合じゃない。
でも、どうやって?
この『封魔の瓶』がある限り、私はただの無力な羽虫だ。
その時、店のドアベルがカランコロンと鳴った。
閉店時間を過ぎているはずなのに。
「……夜分にすまないね」
入ってきたのは、落ち着いた声色の男だった。
暗がりで顔はよく見えないが、纏っている空気が違う。
カウンターで居眠りをしていた老人が、弾かれたように顔を上げた。
「おや……これはこれは、珍しいお客様だ」
老人の声に緊張が走る。
私は棚の上から、息を殺してその様子を伺った。
もしかしたら、私の運命を変える――良くも悪くも――出会いなのかもしれない。
【現在のルナのステータス】
状態: 監禁、商品(非売品扱い)、精神的疲労(中)
環境: 闇市の古道具屋『貪欲なフクロウ亭』の棚の上
お読みいただき、ありがとうございました。 ……正直、書いているこちらも心が痛む回でした。 あんなに誇り高かったルナが、薄暗い地下室で「レア物」として扱われる絶望。隣に並ぶのは、意志を持たない呪いの鎧。 自由を奪われた彼女の瞳から、次第に光が消えていきます。
しかし、絶望が極まったその時。 天井の梁の上に、物語を動かす「小さな影」が現れます。 地獄の底に差し込む一筋の光……次回、運命の出会いが訪れます。




