第46話 落ち着かない理由
—―18時
屋敷に帰って来たソフィアをベスが笑顔で出迎えた。
「お帰りなさいませ、奥様」
「た、ただいま戻りました」
若干、顔をひきつらせたソフィアが返事をする。
「あら? 奥様……何だか顔色が良くありませんね? 部屋でお休みになられますか?」
ベスは心配してソフィアの顔を近くで覗き込んでくる。
「いいえ! い、いえ。はいそうです。何だかすごく具合が悪いのです。という訳で……今夜の食事はいりません。何も必要無いので、今日はそっとしておいてもらえますか? 出来れば明日の朝までお願いします」
「は? はい、分かりました。では他の使用人達にも伝えておきますね?」
様子のおかしいソフィアを訝しく思いながらも、ベスは頷いた。
「ありがとうございます、では私は早速部屋に閉じこもりますので!」
踵を返すと、ソフィアは急ぎ足でその場を後にした。その後姿を見つめながらベスは首を傾げる。
「昨夜から奥様の様子がおかしいわ……? やはり絶対に旦那様と何かあったに違いない……いえ、もしかすると何も無かったことが問題に違いないわ。とにかく、今夜は奥様にかまっては駄目だと皆に伝えてこなくちゃ!」
ベスは足首まである長いワンピースの両裾をつまむと、バタバタと駆け足で使用人仲間たちの元へ向かった——
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—―バタン
部屋に戻り、扉を閉めたところでソフィアはため息をついた。
「ふぅ~……危ないところだったわ。危うく私の行動がバレてしまうところだった……」
誰もこの部屋に近付かないよう、ベスに伝えたものの不安はつきない。
「内鍵も掛けておいた方がいいかもしれないわね」
カチリと鍵をかけ、クローゼットへ向かうと中から大きなトランクケースを引きずり出した。
「……さて、家出の準備を始めましょう」
小さく呟くと、早速ソフィアは持参する荷物を吟味してケースに詰め込み始めた。
ソフィアが落ち着きない行動を見せていたのは、明け方に家出を決行する為だったのだ。
本来なら夜逃げをするべきなのだろうが、夜行列車は治安が悪そうなので断念し、始発の汽車で逃亡することにしたのである。
勿論、この家出はドナから勧められたものである。
店のことは気にしなくていいので、今すぐにアダムが与えてくれた屋敷を出るべきだとドナは助言した。
さらに逃亡先に提示してきたのが、この町を通る汽車の終着駅『スリーピス』だった。
ソフィアは、この町を訪れたことはまだ一度も無いが、話には聞いたことがあった。
のどかな田園風景が広がる美しい町で、観光客も多く訪れる人気の観光地となっている。
ドナ曰く、『スリーピス』は治安がとても良いらしい。観光客に交じって生活していれば家出女性だということもバレないだろうということだった。
荷造りをしながら、ソフィアは逃亡先の『スリーピース』という町について考えた。
「一体どんなところなのかしら……女1人で暮らしやすい町だといいわね。落ち着いたら両親に手紙を書くのもいいかもしれないわ……」
驚くべきことに、既にソフィアは逃亡先で骨をうずめる覚悟をしていたのだった——